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最終章 崩壊都市

女傭兵、ツバメ

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 午前、まだ太陽が頂上に達していない時刻。


 マリアはカンタロウとアゲハを連れて、ある場所へとむかっていた。

 カンタロウの仕事を約束どおり手伝ったので、今度は自分に返してもらう番なのだ。

 まだ二人には仕事の内容を話していないため、目的にむかう途中で言うことにしていた。


「それでは、仕事の話をします。歩きながらで、ごめんなさい」


 時間はあまりないようだ。マリアの焦りがわかる。

「いいさ」

 カンタロウは落ち着いた様子で、歩いている。

「それにしてもさ、どこ行くの?」

 アゲハは後頭部に両手をやり、ふらふら歩いていた。


「仲間と待ち合わせしてるんです。今回行く場所はとても危険なので、私は仲間集めを、彼女は情報収集を担当していました」


 マリアは前をむき話を進め、




「私の目的は一つ――妹を取り戻すことです」




 妹という単語に、カンタロウが顔を上げる。前にマリアから、話を多少聞いていたからだ。

「カンタロウさんには少しだけ話ましたけど、私の妹を連れ去ったのは、宗教団体『ビーナスメイク』。その団体を率いるのは、大使徒クロワ。元はエリニス国で、官僚を勤めていた人物です」

「大使徒って偉いのか?」

 カンタロウは、マリアに向かって、素朴な疑問を口にだした。使徒という単語を、知らないようだ。

「使徒、大使徒、総使徒、教皇とありまして、使徒の次に偉い人ですね。私も大使徒様の命令で動いています。個人的な感情もありますけど」

 マリアが答える。

 使徒が肩書きのことだと知ると、カンタロウは納得して口を閉じた。

 マリアは息を吐き、



「妹の名前はシオン。シオンと別れたのは、今から二年前です。今はもう八歳になっているはずです」



「えっ、六歳であなたと別れたの?」

 アゲハがちょっとだけ声を上げた。

 六歳といえば、まだ分別もつかない子供だ。

 マリアと別れるときに、抵抗の一つもしなかったのだろうか。



「ええ。別れたといっても、私達はまたすぐ会えると思っていましたから。それに、シオンからクロワの元に行くと、願いでたのです。それなのに一年前、ビーナスメイクとは音信不通になりました。まだそのときは、何が起こっているのか、私はわからず、ビルヘンというリブラ派の聖地で、修行していました。ビーナスメイクが森の中に閉じこもったという情報を聞いたのは、つい最近のことです」



「森の中に? 森にいたんじゃなく?」



「はい。クロワは研究所を持っており、そこに信者を集め、ある儀式を行っていました。シオンは巫女に、つまり、女神になる予定だったんです」



 アゲハの質問に、マリアは即答していく。言葉に淀みはない。

「女神に? どういうことだ?」

 カンタロウがまた素朴な疑問を感じ、マリアに質問してみた。

「人間の体を依り代として、神を乗り移らせるってことじゃないの?」

 今度はアゲハが、カンタロウに答えた。



「そうです。しかし、クロワは邪悪な儀式を行い、木をはやし、研究所の周りに樹海をつくってしまったんです。その森がとてもやっかいで、今の私達では手がだせません。そこで、強い仲間が必要だったんです」



「どうして? 深い森なの?」



「いいえ。その森には、なぜか次々とゴーストエコーズが集まってきたんです。何人かハンターを送ったみたいですが、全員帰って来ませんでした。今ではハンターギルドでさえ、この仕事は断っています」



 マリアの言い方に、アゲハが納得する。

 カンタロウはそこまで聞いて、ようやくマリアがハンターギルドに行けず、傭兵を雇おうとしていた理由がわかり、





「受付拒否、レッド認定されたんだな」





 あまりにも危険で、報酬金との等価交換が期待できない仕事は、ハンターギルドではレッド認定として扱われる。

 仕事を受付しないということになるのだ。

 この情報はすべてのハンターギルドに通達されるため、どこのギルドでも受付拒否される。

「ハンターギルドにレッド認定されたため、私個人で、強いハンターを探さなくてはいけなくなりました。そこで出会ったのが、カンタロウさんとアゲハさんです」

「なるほど。他に情報はない? クロワって奴の特徴とか?」

 アゲハは乗り気じゃない態度を見せながら、マリアから詳しく情報を聞こうとしている。

 カンタロウは大人しく、耳を傾けた。


「クロワの年齢は五十二歳。瞳は青く、髪は白髪です。目は大きく、ギョロリとしていて、淡々と話す方でした。体格は華奢です」


「よくその人に、妹を預けようと思ったよね?」


「エリニスで地位の高い方でしたから……すっかり信用していたんです。まさかこんなことになるとは、思ってもみなかった……」


 アゲハにツッコまれ、マリアの声が沈んだ。そこに後悔が見て取れる。

「ふぅん……他に情報はないのね?」

「はい。少なくてごめんなさい」

 マリアの話が終わり、アゲハは一応カンタロウの方を見上げてみる。

「わかった。妹を助ければいいんだな?」

「はい。その……仕事を受けていただけますか?」

 カンタロウに申し訳なさそうに言うマリア。

 ハンターギルドには頼れず、ここで断られれば一からやり直しだ。

 だからこそ、マリアは最後まで仕事の話ができなかった。

 マリアの体に、緊張感が走っている。

「あたりまえだ。すぐに行動しよう」

 カンタロウの言葉に、マリアは胸をなで下ろした。


「はい――ありがとうございます。カンタロウ様」


 マリアはこぼれるような笑顔を、カンタロウにむけていた。カンタロウも、それに笑顔で応えた。



「ねえ。どうして、カンタロウ君に、『様』をつけるの? たまに言ってるけど?」



「えっ? ……意味は、ありません」



 アゲハの指摘に、マリアは頬を赤く染め、伏し目がちに話した。

「嘘だぁ。マリアって、嘘がすぐに顔にでるから、わかりやすいもん」

「ええっ? そうなんですか?」

 アゲハに言われ、マリアは慌てて両手で、顔を押さえた。

「まあ、いいじゃないか。俺は別に気にしない」

「なんでよ。マリアに『様』呼ばわりされてるんだよ? お前はどこかの、王様か。帝王なのか」

「それぐらい、マリアが俺のことを大切に思ってくれてるんだろ? だから俺も、それに応えるだけだ」

 カンタロウは誠実にそう答えた。

 アゲハにとって、それはカンタロウらしい反応なので、特に面白さも感じなかった。

 それよりも、マリアの方が面白い反応をするので、そっちに興味があった。

「あっ、あのっ! そんなつもりでは……でも、そうです……」

 アゲハの予想どおり、マリアはモジモジしながら反応している。

 アゲハはそれを見て、小悪魔っぽく、小さく笑った。何かよからぬことを、思いつき、

「いいじゃんマリア。カンタロウ君がああ言ってるんだし。じゃ、カンタロウ君。マリアにたっぷりマッサージしてやれ」

「今ここでか?」

 カンタロウは意味不明といった、表情をした。

「いえいいです! そんな、とんでもないです!」

 マリアはアゲハの冗談に気づかず、慌てふためく。

「じゃ、マリアが風呂か、川に入っているときにしようぜ。突撃マッサージだ」

 悪ふざけが成功し、二人の反応に喜ぶアゲハ。

「それは駄目だろ?」

 カンタロウが即つっこむ。

「まっ……お待ちしてます」

 マリアは覚悟を決めたのか、頭から湯気が上がっている。

「いや、駄目だろ?」

 カンタロウはマリアにも、つっこんだ。





 休憩を挟みつつ、目的の地に進んでいった。


 川を越え、橋を渡り、街道を外れて山道を歩いていく。

 山道に人はおらず、途中、紅葉の広がる滝のそばで、マリアの作ったお弁当を食べた。


 食事が終わり、また山道を上っていくと、森がなくなり、平地が開いた。すでに時刻は昼間近になっていた。




「あっ、いました。あの人です」




 マリアが指さした方向を見ると、大人の腰ぐらいまである大きさの岩の上に、誰かが座っている。

 茶色のフードをかぶり、表情は影でまったく見えない。

 肩まで伸びた黒い髪が、風にそよぐ。


 ――女、か?


 体格は華奢。胸が大きく、フード付きの上着からでも、形がわかる。それらの見た目の情報から、カンタロウは女であると判断した。





「ツバメさん! 新しい仲間を連れてきましたよ!」





 マリアが大きく手を振った。

 ツバメという名前の女性らしい。

 ツバメはマリアとカンタロウ達に気づくと、ニィと白い歯をだして笑い、



「――へえ。いい男じゃないか」



 カンタロウの耳に、そんな言葉が聞こえた刹那、女の上着が空を舞った。

 すでに女の姿は岩の上になく、視界から消える。殺気が、目の前にまで近づいていた。

「なっ!」

 カンタロウが殺気の正体に気づいたとき、すでにツバメは中型の剣を片手に持ち、突きだしていた。


 ――速い!


 カンタロウはあまりの速さに、自分の意志ではなく、無意識に体を動かし、

「くっ!」

 横に飛び、地面に手をつきながら、何とか剣をかわす。




「ひゅう。やるじゃないか。まっ、これぐらい、かわせないとね」




 女の割には、異常に力強い声。

 カンタロウは、ツバメの後ろを捕らえようとした。


「ほらよっと!」


 ツバメはすぐにカンタロウの位置を把握し、剣を後ろへなぎ払う。剣は風を切り、手応えがない。

 ――かわされた?

 ツバメは目下に気配を感じる。

 カンタロウは地面にしゃがみ、大振りの剣を素早くかわしていた。もうその目に、動揺はない。

 冷静さを取り戻していた。


「悪いが、少しだけ痛い目にあってもらう」


 カンタロウは刀を抜かず、鞘をつけたまま、ツバメの横腹を打ち据える。

 だが、固い金属音が響くだけで、ツバメに痛みの反応はない。

 黒い瞳が不気味に笑った。

 ――二刀流?

 今持っている剣と、同じ大きさの剣で、ツバメはカンタロウの刀を防いでいた。




「おいおい、本気できなよ。じゃないと、死んじゃうよ!」




 ツバメの右目が一瞬で赤く染まった。右目下の頬に、神文字があらわれる。


 カンタロウが赤眼化だと気づいたときには、すでに熊のような力で、数メートルまで弾き飛ばされていた。


 ツバメはなおも追従し、

「ははっ!」

「くそっ!」

 カンタロウは赤眼化すると、地面に踏ん張った。土がえぐれ、草花が散る。

 赤眼化できない人間であれば、足の骨が砕けていた。




「へえ、赤眼化できるのかい? そうでなくっちゃぁね!」




 ツバメは片手剣のまま、カンタロウを追撃する。

 カンタロウは刀を抜くと、それに応戦した。

 剣と刀の火花が散り、音が大きく唸った。



「やめてください! 二人とも!」



 マリアは必死で、二人の戦いをやめさせようと叫んだ。まさかこうなるとは、思ってもいなかったからだ。

 せっかく仲間となる者同士が、真剣で争う姿は見るのも耐え難かった。


「無駄だよ。あの女の人。戦いを楽しんでる――しかも、相当強い」


 アゲハは二人の激しい戦闘に、カンタロウを助けることもできず、見守っていた。

 ツバメは狂戦士のように、笑みを浮かべ、戦いに狂い踊っている。


「はははっ! 楽しいねぇ! 久しぶりだよ! こんなに血肉踊るのはっ!」


 ツバメの剣を受け止めながら、カンタロウはどんどん焦ってきていた。

 ――手加減できない! コイツ! 強すぎる!

 カンタロウの額から汗が流れ、呼吸が荒くなる。

 容赦ない攻撃に、体力も激減してきた。

 ツバメの剣をかわしきれず、小さな傷が増えていく。

 ――カンタロウ君の呼吸が乱れてる。それなのに、あのツバメって女は、まったく呼吸が荒れてない。これは、すごくやっかい。

 アゲハはツバメの異様な強さに、自然と体温が高くなり、頬から汗が流れていく。

 自分と戦ったときの模擬戦闘をしてみるが、互角かそれ以上。

 だから「やっかい」だと、アゲハは判断した。


「さあっ! 来なよ! 私をもっと興奮させな!」


 ツバメが鬼のように、大きく叫んだ。

 カンタロウはツバメとの距離をとると、一呼吸し、


「……仕方ない」


 カンタロウは腰を下ろし、柄に右手を乗せた。

 呼吸を整え、荒い息が静まっていく。

 目は水平に、ツバメを見据えている。



 ――居合いの構え?



 ツバメはそれがどういう構えか、すぐに見切った。

 歪んだ口元が、スッと引き締まる。

 視線はカンタロウから、離さなかった。

「カンタロウさん、何を?」

「あれは、本気だね」

「えっ? 本気って……」


「どちらかが――死ぬかもね」


 アゲハに言われ、マリアの顔から血の気が引き、青くなっていく。

 アゲハは二人の戦いに目が離せず、マリアの不安に気づけないでいた。




「くくくっ。いいねいいね。ぞくぞくしてきたぁ! やっぱり殺し合いは、こうじゃなくっちゃぁ!」




 ツバメが再び狂戦士化していった。

 声が高揚し、興奮が止められず、しゃべるたびに唾が飛ぶのも気になっていない。

 白い歯を獣のように剥きだし、獲物を殺すことにすさまじい快感を覚えている。

「死ぬ……カンタロウ様が……やめて……」

 マリアの不安は、極限に達していた。


「乗ってやるよ、イケメン! 顔のいい男ってのは、不甲斐ない奴が多いけどさ。あんたは違うようだね! その磨き上げた技を、あたしに使ってみなっ!」


「…………」

 カンタロウはツバメの挑発に答えない。一瞬の勝負の決着に、すべての力と集中をそそいでいる。


「ははあっ!」


 ツバメが土を蹴り飛ばし、カンタロウにむかって走った。

 行動に躊躇や遠慮はない。

 全力でカンタロウを倒しにかかっている。



「やめて、やめてください……やめてっ!」



 マリアの限界が超えた。

 衝突する二人の前に走ると、ツバメからカンタロウを守るように、両手を広げる。

「マリアっ!」

 アゲハはマリアが飛びだしたことに気づき、声を上げた。


「なっ!」

 ――マリア!


 ツバメ、カンタロウも、マリアの無謀な行動に気づいた。

 カンタロウは構えをやめ、素早くマリアの前に立つと、肩を抱いた。

 背中から、ツバメがせまってくるのがわかる。

 身を挺して、マリアを守っているのだ。



「くっ、そぉ!」



 ツバメは興奮が急降下し、我に返ると、片足を蹴って、横に自分をズラした。



「ぐわぁ!」



 ツバメは勢いあまって、顔から地面に落ちていった。


 カンタロウは赤眼化を解除すると、マリアから少し離れた。

 ツバメが自ら、戦闘を放棄したことを悟ったからだ。

「……無茶するな、お前は」

 カンタロウに言われ、マリアは悲しそうに、顔を伏せ、

「……ごめんなさい。どうしても、止めたくて」

「まっ、無事でよかった」

 カンタロウはマリアの頭をなでると、安心したように笑った。

「……はい」

 マリアは嬉しさに揺れるような、微笑みを浮かべて、カンタロウを見つめる。

 カンタロウはその笑みに一瞬、目を離せなかった。


「で、いつまでくっついてるの?」


 二人の間から、不機嫌そうなアゲハの声が聞こえる。

「きゃあ! ごっ、ごめんなさい! また私、ぼうっとしちゃって」

「あっ、ああ。俺の方こそ悪かった」

 我に返ったカンタロウとマリアは、慌てて離れた。

「何照れてんの? マザコンのくせに」

 アゲハがカンタロウの背中を、拳でグリグリしている。

「マザコンでも、親孝行でも、照れるものは照れる」

 カンタロウはマリアとアゲハに、目をむけない。耳たぶが真っ赤になっているのが、二人にはわかった。

「あはっ、そうですね」

 マリアはクスクスと、カンタロウの照れ隠しを笑っていた。




「そんなことは、どうでもいいさね。マぁリぃアぁ~」




 マリアの後ろで、ツバメの地獄からの唸り声が聞こえた。

 顔は土で汚れている。

 鼻からは、鼻血の跡が見えた。

 右目はもう赤くなく、黒に戻っている。


「はっ、はい!」


 マリアはシャキッと、立ち尽くした。




「危ないじゃないか! いきなり前にでてくるなんて!」




「ごめんなさい!」

 マリアは素早く、ツバメに頭を下げて、謝った。

「あと、あたしを置いて、いつまで仲間探しに行ってんだい! すごく寂しかったんだからぁ!」

 ツバメが飛びかかってきた。

「きゃああああ! カンタロウ様!」

 マリアは悲鳴を叫ぶと、カンタロウの後ろに隠れる。

「えっ?」

 カンタロウはなぜ自分の後ろに隠れたのか、わからず呆然とした。

「とっ、見せかけて、とうっ!」

 ツバメはマリアではなく、別の方向に飛びついた。

「えっ?」

 その方向には、アゲハがいた。




「金髪獣美少女、見っけ!」




「うっ、うわっ!」

 ツバメはアゲハに馬乗りになると、悪魔のように舌をだして狂喜した。


「うへへへへへへっ! 可愛いお嬢ちゃんだねぇ。痛くしないから、おじさんと来な!」


「どこへ!」


「ちょっと、ちょっと遊ぶだけだから! 終わったらすぐに、お家に帰すから! さあ、おじさんと行こう! ヘヴンへ!」


 ツバメがアゲハの両肩をつかむ。押し倒されたアゲハは、子供のように必死で抵抗する。



「きゃああああ! カンタロウ君助けてっ! 可愛いくて、美少女で、可憐な私が、変な女に悪戯されるっ!」



 アゲハはカンタロウに助けを求めた。

「お前、けっこう余裕だな?」

 カンタロウは特に、すぐに助ける行動にはでなかった。


「うひひひひひ、ぐわっ?」


 ツバメの頭に激痛が走った。



「いい加減に、しなさいっ!」



 マリアが金属製の槍の柄で、ツバメの頭を殴ったのだ。


「いっ、痛い痛い痛いぃぃぃ!」


 あまりの痛さに、ツバメは頭を押さえて地面を転がり回った。

「ふう。危なかった。可愛いって、やっぱり罪だよね」

「自分に惚れるな」

 服装を整えるアゲハに、ついカンタロウはつっこんでしまった。
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