上 下
57 / 89
最終章 崩壊都市

満月の夜

しおりを挟む



 宗教国家エリニス、リブラ派の聖地ビルヘン。


 二階建ての煉瓦造りの家で、マリアが一人、机に顔を伏せていた。

 マリアの部屋で、ベッドにタンスと、簡素な物しか置いていない。

 机には、マリア、妹、父と母が写った写真立てがあった。 


「お父さん……お母さん……」


 マリアはしゃっくりを上げ、写真を手に取った。目は充血し、潤っている。



「これから私、どうしたらいいの……シオンだって、まだ六歳なのに」



 マリアの父と母は、すでに他界していた。

 マリアと妹のシオンは、親戚を頼って、ビルヘンへやってきたのだ。

 今は親戚を離れ、貸し家でシオンと二人ですごしていた。




「……お姉ちゃん」




 小さな声に、マリアは驚き波立った。


 ドアが開き、茶色の瞳が、こちらにむけられている。

 妹のシオンが、ウサギのぬいぐるみを手に持ち、姉のマリアを眺めていたのだ。

「あっ、シオン? ごめんね。ちょっと疲れがでちゃって」

 マリアは、慌てて、腕で両目を拭う。

 シオンを心配させまいと、わざと笑ってみせる。

 目の充血や目下の黒いクマは、誤魔化せない。

「お姉ちゃん、いつも傷だらけ。何をしてるの?」

 シオンの何気ない質問に、マリアは明らかに動揺し、

「そっ、それは……それはその……そう、接客。接客業をしてるの」

「それ、辛そう」

「えっ?」

「お姉ちゃん。いつも泣いてる」

 マリアの頬がカッと真っ赤になる。


 シオンに泣いている所を見られたのは、これが初めてではないのだ。

 シオンはいつも部屋に一人で、ぬいぐるみ遊びをしているため、完全に油断していた。


「そっ、そんなことないよ。そう。お姉ちゃんは辛くない。だってシオンがいるもの。私の可愛い妹がいるもの」

 マリアはたまらず、シオンに近づくと抱きしめた。

 自分と同じ白い髪から、妹の匂いがする。

 身体はまだ柔らかく、小さくて華奢で、抱きしめると壊れそうなぐらい細かった。

「ねえ、お姉ちゃん」

「うん?」




「今日クロワ様が来て、私に女神様にならないかって誘ってくれたの」




 突然の報告に、マリアは目を丸くした。

 マリアは、少しシオンから体を離して、瞳を見つめ、

「クロワ様が?」



「うん。だから、シオン行きたい。女神になって、お姉ちゃんを助けたい」



 神様になる。

 幼い子供が言うと、それはとても可愛らしく聞こえる。

 シオンはシオンなりに、自分を助けようとしてくれているのだと、マリアはわかっていた。




「そう――ありがとう、シオン」




 再びシオンを抱きしめた。

 どんなことをしてでも、妹だけは守ってみせる。

 自分は泣いている暇などないと、ようやくマリアは決心できた。

「お姉ちゃん。シオン、えらい?」

「うん。とっても」

 マリアはシオンの頭を、なでなでした。

 シオンは嬉しそうに頬を赤くして微笑むと、マリアにむかって精一杯笑って見せ、




「がんばるね。マリアお姉ちゃん」




 姉にばかり苦労をかけず、自分から何かしてみようとする決意。

 シオンは、母や父を失った苦しみから脱し、前向きに生きようとしている。

 妹の姿を見て、マリアは目頭が熱くなっていた。




「うん、うん。がんばろうね。――私達二人で」





「はっ!」



 マリアは、布団から飛び起きると、すぐに周りを確認した。


 古い木造建築の家で、今寝ていた部屋は狭い。

 隣では、長身な女が、寝息を立てている。

 スズだとわかると、マリアは目をパチパチさせた。

「……夢? そっか、夢か」

 さっきまでシオンと一緒にいたのが、夢だとわかると、マリアはため息をついた。

 額には汗をかき、下着も濡れている。

 暗い闇の窓から、月の光が、部屋に射し込んでいた。




「――シオン」




 外では金色の満月が、地上に明かりを照らしていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...