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最終章 崩壊都市
満月の夜
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*
宗教国家エリニス、リブラ派の聖地ビルヘン。
二階建ての煉瓦造りの家で、マリアが一人、机に顔を伏せていた。
マリアの部屋で、ベッドにタンスと、簡素な物しか置いていない。
机には、マリア、妹、父と母が写った写真立てがあった。
「お父さん……お母さん……」
マリアはしゃっくりを上げ、写真を手に取った。目は充血し、潤っている。
「これから私、どうしたらいいの……シオンだって、まだ六歳なのに」
マリアの父と母は、すでに他界していた。
マリアと妹のシオンは、親戚を頼って、ビルヘンへやってきたのだ。
今は親戚を離れ、貸し家でシオンと二人ですごしていた。
「……お姉ちゃん」
小さな声に、マリアは驚き波立った。
ドアが開き、茶色の瞳が、こちらにむけられている。
妹のシオンが、ウサギのぬいぐるみを手に持ち、姉のマリアを眺めていたのだ。
「あっ、シオン? ごめんね。ちょっと疲れがでちゃって」
マリアは、慌てて、腕で両目を拭う。
シオンを心配させまいと、わざと笑ってみせる。
目の充血や目下の黒いクマは、誤魔化せない。
「お姉ちゃん、いつも傷だらけ。何をしてるの?」
シオンの何気ない質問に、マリアは明らかに動揺し、
「そっ、それは……それはその……そう、接客。接客業をしてるの」
「それ、辛そう」
「えっ?」
「お姉ちゃん。いつも泣いてる」
マリアの頬がカッと真っ赤になる。
シオンに泣いている所を見られたのは、これが初めてではないのだ。
シオンはいつも部屋に一人で、ぬいぐるみ遊びをしているため、完全に油断していた。
「そっ、そんなことないよ。そう。お姉ちゃんは辛くない。だってシオンがいるもの。私の可愛い妹がいるもの」
マリアはたまらず、シオンに近づくと抱きしめた。
自分と同じ白い髪から、妹の匂いがする。
身体はまだ柔らかく、小さくて華奢で、抱きしめると壊れそうなぐらい細かった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「今日クロワ様が来て、私に女神様にならないかって誘ってくれたの」
突然の報告に、マリアは目を丸くした。
マリアは、少しシオンから体を離して、瞳を見つめ、
「クロワ様が?」
「うん。だから、シオン行きたい。女神になって、お姉ちゃんを助けたい」
神様になる。
幼い子供が言うと、それはとても可愛らしく聞こえる。
シオンはシオンなりに、自分を助けようとしてくれているのだと、マリアはわかっていた。
「そう――ありがとう、シオン」
再びシオンを抱きしめた。
どんなことをしてでも、妹だけは守ってみせる。
自分は泣いている暇などないと、ようやくマリアは決心できた。
「お姉ちゃん。シオン、えらい?」
「うん。とっても」
マリアはシオンの頭を、なでなでした。
シオンは嬉しそうに頬を赤くして微笑むと、マリアにむかって精一杯笑って見せ、
「がんばるね。マリアお姉ちゃん」
姉にばかり苦労をかけず、自分から何かしてみようとする決意。
シオンは、母や父を失った苦しみから脱し、前向きに生きようとしている。
妹の姿を見て、マリアは目頭が熱くなっていた。
「うん、うん。がんばろうね。――私達二人で」
*
「はっ!」
マリアは、布団から飛び起きると、すぐに周りを確認した。
古い木造建築の家で、今寝ていた部屋は狭い。
隣では、長身な女が、寝息を立てている。
スズだとわかると、マリアは目をパチパチさせた。
「……夢? そっか、夢か」
さっきまでシオンと一緒にいたのが、夢だとわかると、マリアはため息をついた。
額には汗をかき、下着も濡れている。
暗い闇の窓から、月の光が、部屋に射し込んでいた。
「――シオン」
外では金色の満月が、地上に明かりを照らしていた。
宗教国家エリニス、リブラ派の聖地ビルヘン。
二階建ての煉瓦造りの家で、マリアが一人、机に顔を伏せていた。
マリアの部屋で、ベッドにタンスと、簡素な物しか置いていない。
机には、マリア、妹、父と母が写った写真立てがあった。
「お父さん……お母さん……」
マリアはしゃっくりを上げ、写真を手に取った。目は充血し、潤っている。
「これから私、どうしたらいいの……シオンだって、まだ六歳なのに」
マリアの父と母は、すでに他界していた。
マリアと妹のシオンは、親戚を頼って、ビルヘンへやってきたのだ。
今は親戚を離れ、貸し家でシオンと二人ですごしていた。
「……お姉ちゃん」
小さな声に、マリアは驚き波立った。
ドアが開き、茶色の瞳が、こちらにむけられている。
妹のシオンが、ウサギのぬいぐるみを手に持ち、姉のマリアを眺めていたのだ。
「あっ、シオン? ごめんね。ちょっと疲れがでちゃって」
マリアは、慌てて、腕で両目を拭う。
シオンを心配させまいと、わざと笑ってみせる。
目の充血や目下の黒いクマは、誤魔化せない。
「お姉ちゃん、いつも傷だらけ。何をしてるの?」
シオンの何気ない質問に、マリアは明らかに動揺し、
「そっ、それは……それはその……そう、接客。接客業をしてるの」
「それ、辛そう」
「えっ?」
「お姉ちゃん。いつも泣いてる」
マリアの頬がカッと真っ赤になる。
シオンに泣いている所を見られたのは、これが初めてではないのだ。
シオンはいつも部屋に一人で、ぬいぐるみ遊びをしているため、完全に油断していた。
「そっ、そんなことないよ。そう。お姉ちゃんは辛くない。だってシオンがいるもの。私の可愛い妹がいるもの」
マリアはたまらず、シオンに近づくと抱きしめた。
自分と同じ白い髪から、妹の匂いがする。
身体はまだ柔らかく、小さくて華奢で、抱きしめると壊れそうなぐらい細かった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「今日クロワ様が来て、私に女神様にならないかって誘ってくれたの」
突然の報告に、マリアは目を丸くした。
マリアは、少しシオンから体を離して、瞳を見つめ、
「クロワ様が?」
「うん。だから、シオン行きたい。女神になって、お姉ちゃんを助けたい」
神様になる。
幼い子供が言うと、それはとても可愛らしく聞こえる。
シオンはシオンなりに、自分を助けようとしてくれているのだと、マリアはわかっていた。
「そう――ありがとう、シオン」
再びシオンを抱きしめた。
どんなことをしてでも、妹だけは守ってみせる。
自分は泣いている暇などないと、ようやくマリアは決心できた。
「お姉ちゃん。シオン、えらい?」
「うん。とっても」
マリアはシオンの頭を、なでなでした。
シオンは嬉しそうに頬を赤くして微笑むと、マリアにむかって精一杯笑って見せ、
「がんばるね。マリアお姉ちゃん」
姉にばかり苦労をかけず、自分から何かしてみようとする決意。
シオンは、母や父を失った苦しみから脱し、前向きに生きようとしている。
妹の姿を見て、マリアは目頭が熱くなっていた。
「うん、うん。がんばろうね。――私達二人で」
*
「はっ!」
マリアは、布団から飛び起きると、すぐに周りを確認した。
古い木造建築の家で、今寝ていた部屋は狭い。
隣では、長身な女が、寝息を立てている。
スズだとわかると、マリアは目をパチパチさせた。
「……夢? そっか、夢か」
さっきまでシオンと一緒にいたのが、夢だとわかると、マリアはため息をついた。
額には汗をかき、下着も濡れている。
暗い闇の窓から、月の光が、部屋に射し込んでいた。
「――シオン」
外では金色の満月が、地上に明かりを照らしていた。
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