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第2章 雲隠れの里
ヒナゲシとコウタロウ
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*
ツネミツとの戦いが終わり、二日がすぎた。
カンタロウ、アゲハ、マリアは、剣帝国でランマルと別れ、ヒナゲシのいる実家に帰っていた。
ヒナゲシは三人のために、料理に腕を振るっていた。
ご飯に野菜の漬け物、菜っぱと魚の入った味噌汁、果物を甘く煮たものに、肉じゃが、オレンジのサラダと、種類は豊富だ。
若い頃から趣味が料理だけあって、盛りつけもうまい。
隣では目の見えないヒナゲシのため、スズがサポートを担当していた。
料理が出来上がり、皆の前に並べられる。
「さあ、たくさん食べてね」
ヒナゲシがそう言うと、カンタロウとアゲハはすぐに食べ始めた。
「初めまして。マリアと申します」
食事の前にマリアが、ヒナゲシとスズにむかって挨拶をする。
「あらあら。丁寧な方ね。私はヒナゲシ、カンタロウの母です。遠慮せずに食べてね」
ヒナゲシは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。いただきます」
マリアはチラリと、ヒナゲシの顔を覗く。
ヒナゲシの両目は開いていない。
――両目が閉じられてる。やっぱり全盲なんだ。
マリアは、カンタロウから、目が見えないと聞いていたため、特段驚きはしなかった。
同情的な気持ちになり、何て言おうか迷う。
失礼になるのではないかと思い直し、開きかけた口を閉じた。
「私はスズです。マリアさん」
スズが無表情な顔で、マリアに挨拶した。
表情をださないように、顔を引き締めているようだ。
他人に油断しないように、気を張っている。
「はい。カンタロウさんの、お姉さんですね」
マリアがそう言うと、少し照れたのか、スズはコホンと咳をした。
『お姉さん』という単語に、つい反応してしまったようだ。
クスリと、マリアはスズに気づかれないように微笑んだ。
「おいしいぞ、マリア。ヒナゲシの飯は」
アゲハはガツガツとご飯を食べ、おかずや前菜をつまんでいる。
「うん。最高だ。生きていてよかった」
カンタロウは食事をしながら、号泣していた。
涙がお吸い物に入り、しょっぱい味がする。
「カンタロウ君。泣きすぎ!」
隣にいるアゲハが、カンタロウの泣きっぷりに、多少引いた。
「今回はホームシックがひどかったよね?」
「ああ。久しぶりに会えた、喜びの反動だろうな。母と離れて――一時間後から危なかった」
ソフィヤと別れ、実家に帰った瞬間、カンタロウの『マザコン度』は一気に最高値に達した。
母としばらく過ごすうちは、数値を維持していた。
剣帝国に旅だった日、その反動でプラスからマイナスへと、下がりすぎてしまったのだ。
「はやっ! 早すぎるわ! グランデルに到着する前から、やばかったんじゃん!」
実際そのとおりなので、カンタロウはアゲハに何も言えなかった。
カンタロウは誰よりも先に食事を終え、お茶を飲んでいると、ふと、あることをヒナゲシに聞きたくなった。
「……母さん、聞いていいかな?」
「何? カンタロウさん?」
「父さんって、どんな人だったんだ?」
カンタロウは、ヒナゲシに悲しい記憶を、思い出させてしまうのではないかと恐れながら、慎重に聞いてみる。
カンタロウは、父のことを何も知らない。
父を亡くすまでの六年間、自分はとても幼かった。
唯一覚えているのは、『結界切り』のやり方を教えてもらったことだけだ。
ツネミツが言ったとおり、王が暴君であったのなら、その王を殺めてしまった父は、どんな気持ちだったのか。
「う~ん。そうねぇ。ミイちゃんかな」
「ミイちゃん?」
視線を上に上げても、カンタロウはヒナゲシの言う『ミイちゃん』というものを、何も思い出せない。
「ああっ……懐かしいですね」
スズがお茶をすすりながら、懐かしそうにうなずく。
「まだカンタロウが、三歳ぐらいのときかな。ミイちゃんっていう私が飼ってた猫が、古井戸の中に落ちちゃったの。私、すごく動揺しちゃって、泣いてしまったわ。今思えば恥ずかしいけど」
ヒナゲシ達が住んでいた昔の屋敷には、確かに古く、枯れた井戸があった。
敷地は広く、ペットは放し飼いにされていたのだ。
今は火事で燃えて、跡すらなくなっている。
「カンタロウ君、覚えてる?」
アゲハがモゴモゴとジャガイモを頬張りながら、カンタロウに聞いてみる。
「いいや。ただ、やたらデブな猫がいた記憶がある。俺が五歳のとき、死んでしまったが……」
「その猫ですよ。ミイという名前でした。当時カンタロウは屋敷にいましたからね。事件のことは覚えていないはずです」
カンタロウはほぼ忘れていたが、スズはミイに餌をあげていたので、よく覚えていた。
「その猫。どうしたんですか?」
マリアが箸置いて、話に耳を傾けた。
「コウタロウさんが助けてくれたの。あの人。何も考えず、井戸の中に飛びこんで、猫は無事だぞ、助かったぞって言ってくれたの。でも、コウタロウさん、猫と一緒に井戸からでれなくなっちゃって。その後は大変だったわね」
ヒナゲシはスズの肩をポンッと叩き、おかしそうに笑った。
スズは苦笑いしてみせ、懐かしそうに上を見上げ、
「そうですよ。確か私とランマルで縄を持ってきて、どうにか引き上げましたから。当時、私はまだ十三ぐらいでしたので、赤眼化発動させて、やっと救出できました」
「それからスズったら。コウタロウさんに一時間ぐらい説教してたわよね。あの人、正座してしゅんとしてたわ」
「そっ、それは違います! ただ、その、文句というか、もう少し考えて行動してくださいって、言いたかったんです」
「二人の間に入った、ランマルさんまで説教し始めるんですもの。ランマルさん、確か正座して聞いてたわよね」
まるでヒナゲシとは、昔からの友達のような会話だ。
二人の話を聞いていると、イメージが鮮明に浮かんでくる。
「うわっ、ランマル兄さんかわいそ」
アゲハが食べ物を飲み込み、ランマルに同情してみせた。
「そっ、そうでしたか? 記憶にありませんね」
スズは知らぬ顔をしているが、頬が真っ赤になっている。
カンタロウとマリアは、クスクスと笑った。
「とにかく、とっても優しい人だったわ。きっと、生まれ変わったとしたら――誰か困った人を助けてると、私は思う」
ヒナゲシは少し言葉をつまらせたが、コウタロウのエピソードを最後まで聞かせてくれた。
「……そうか。父さんなら、そうだね」
カンタロウは、ようやく気持ちが晴れた気がした。
民衆が言うような、父は王を守れなかった情けない騎士じゃない。
他国を踏みにじる、王に憤怒し、真正面から立ちむかった立派な騎士なのだ。
「ええ」
カンタロウとヒナゲシは微笑み合った。
スズは指で、目を拭っていた。
マリアとアゲハは雰囲気を察し、大人しく食事を続けていた。
その後、皆で雑談し、最後にマリアが食事を終えた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。その……ヒナゲシさん」
恥ずかしそうに、マリアはヒナゲシにお礼を言った。
生来内向的なのだろう。
最後の言葉が小さく、聞き取りずらかったが、ヒナゲシはマリアに小鳥のような可愛らしさを感じ、
「あら。別にお義母さんでもいいのよ。カンタロウさんの彼女さんでしょ?」
「ちっ、違います!」
マリアは、両手を振って否定する。
「でも……その……がんばります」マリアは小さな声で、顔を伏せながら言った。恥ずかしさと緊張からか、両手はスカートを強く握っている。
カンタロウと自分との仲を、認めてもらいたい気持ちは本気なのだから。
「えっ? マリア。何て言ったの?」
隣にいたアゲハが、マリアにむかって耳を寄せる。
マリアと違って、アゲハは気になることは遠慮なく聞いていた。
「いっ、いいえ。なんでもありません」
「嘘っ、何か言ったじゃん。今夜がんばりますって」
「言ってません! 何言ってるんですか!」
マリアはすぐに真っ赤になって、言い返した。
頭から白い湯気がでてきそうな、勢いだ。
アゲハの冗談なのだが、マリアは真に受けるほど純粋だった。
「あらやだ。マリアさんて、意外に積極的なのね」
ヒナゲシはその愛くるしさに、微笑んだ。
マリアの声から、カンタロウに対する緊張や愛情が伝わってくる。
自分の息子に好意を寄せる女性に、感謝の気持ちが生まれていた。
「本気にしないでください!」
慌てて否定するマリア。
「言ったよ。じゃ、今夜、私と一緒にがんばろうな」
アゲハがマリアの肩に手を乗せ、モミモミ揉んだ。
「ええっ? 本当に何言ってるんですか? アゲハさん!」
アゲハの期待どおり、マリアは面白い反応を存分に発揮させていた。
「まさか二人同時とは。さすが若いだけあって、すごい性欲ですね。カンタロウ。ケダモノって呼んでもいいですか?」
スズが真顔で、カンタロウに言った。
「スズ姉。母の前で、ケダモノってやめてくれ」カンタロウは胃に痛みを感じた。
「そうよ。せめて性獣さんね」
「母さん。それはもっとひどくなってる」カンタロウは変なことを母に言われ、泣きそうだった。
「とにかく、嬉しいわ。カンタロウさんに女の子のお友達が、二人もできるなんて」
ヒナゲシにとっては、今までにない成果だ。
皆カンタロウがマザコンだと知ると、去っていったが、今回はそれを承知で付き合ってくれている。
後は、いかに好かれている本人が、母から他人の女性に好意を転換させるかが問題だった。
「しかし、まだカンタロウの嫁になることは、このスズが許しません。適正があるかどうか、見極めさせていただきます」
さらにスズという壁を、乗り越えなくてはならないようだ。
ヒナゲシはスズの姑のようなねちっこさに、苦笑いするしかなかった。
――なんか、厳しそうなお姉さん……。
マリアはスズに、カンタロウに対する姉以上の思い入れを感じた。
母であるヒナゲシの代わりに、カンタロウに悪い虫がつかないよう目を凝らしているのかもしれない。
この家族を必死で幸せにしようとする、本物の身内のように思えた。
「さてと。じゃ、お片づけするわね」
「あっ、私手伝います」
ヒナゲシが立ち上がろうとすると、マリアが手を上げた。
「ありがとう。助かるわ」
「いいえ。私、こういうの好きなんです」
マリアは日頃よく家事を行っていたため、自然とヒナゲシのそばに近づけた。
スズはその様子を眺め、二人が台所に消えると、満足気にうなずき、
「なるほど。あの積極的な態度。ヒナゲシ様を助けようという優しさ。気遣い。なかなか品のある子ではないですか。マリアさんに、十ポイント、ゲッツ!」
スズはマリアに、幾何か好意を持ったようだ。
緊迫した表情が、少しだけほぐれる。
――なぜポイント制に?
カンタロウは口にはださなかったが、心の中ではそう疑問を感じた。
「じゃ、私は食後の散歩に行ってくるからな。風呂わかしといてね。カンタロウ君」
アゲハは腹を叩くと、子鹿のようにさっさと外にでていってしまう。
「あなたはマイナス百ポインツ!」
アゲハの後ろで、スズが大声を上げていた。
「…………」
カンタロウはアゲハの行き先を、なんとなく目で追っていた。
ツネミツとの戦いが終わり、二日がすぎた。
カンタロウ、アゲハ、マリアは、剣帝国でランマルと別れ、ヒナゲシのいる実家に帰っていた。
ヒナゲシは三人のために、料理に腕を振るっていた。
ご飯に野菜の漬け物、菜っぱと魚の入った味噌汁、果物を甘く煮たものに、肉じゃが、オレンジのサラダと、種類は豊富だ。
若い頃から趣味が料理だけあって、盛りつけもうまい。
隣では目の見えないヒナゲシのため、スズがサポートを担当していた。
料理が出来上がり、皆の前に並べられる。
「さあ、たくさん食べてね」
ヒナゲシがそう言うと、カンタロウとアゲハはすぐに食べ始めた。
「初めまして。マリアと申します」
食事の前にマリアが、ヒナゲシとスズにむかって挨拶をする。
「あらあら。丁寧な方ね。私はヒナゲシ、カンタロウの母です。遠慮せずに食べてね」
ヒナゲシは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。いただきます」
マリアはチラリと、ヒナゲシの顔を覗く。
ヒナゲシの両目は開いていない。
――両目が閉じられてる。やっぱり全盲なんだ。
マリアは、カンタロウから、目が見えないと聞いていたため、特段驚きはしなかった。
同情的な気持ちになり、何て言おうか迷う。
失礼になるのではないかと思い直し、開きかけた口を閉じた。
「私はスズです。マリアさん」
スズが無表情な顔で、マリアに挨拶した。
表情をださないように、顔を引き締めているようだ。
他人に油断しないように、気を張っている。
「はい。カンタロウさんの、お姉さんですね」
マリアがそう言うと、少し照れたのか、スズはコホンと咳をした。
『お姉さん』という単語に、つい反応してしまったようだ。
クスリと、マリアはスズに気づかれないように微笑んだ。
「おいしいぞ、マリア。ヒナゲシの飯は」
アゲハはガツガツとご飯を食べ、おかずや前菜をつまんでいる。
「うん。最高だ。生きていてよかった」
カンタロウは食事をしながら、号泣していた。
涙がお吸い物に入り、しょっぱい味がする。
「カンタロウ君。泣きすぎ!」
隣にいるアゲハが、カンタロウの泣きっぷりに、多少引いた。
「今回はホームシックがひどかったよね?」
「ああ。久しぶりに会えた、喜びの反動だろうな。母と離れて――一時間後から危なかった」
ソフィヤと別れ、実家に帰った瞬間、カンタロウの『マザコン度』は一気に最高値に達した。
母としばらく過ごすうちは、数値を維持していた。
剣帝国に旅だった日、その反動でプラスからマイナスへと、下がりすぎてしまったのだ。
「はやっ! 早すぎるわ! グランデルに到着する前から、やばかったんじゃん!」
実際そのとおりなので、カンタロウはアゲハに何も言えなかった。
カンタロウは誰よりも先に食事を終え、お茶を飲んでいると、ふと、あることをヒナゲシに聞きたくなった。
「……母さん、聞いていいかな?」
「何? カンタロウさん?」
「父さんって、どんな人だったんだ?」
カンタロウは、ヒナゲシに悲しい記憶を、思い出させてしまうのではないかと恐れながら、慎重に聞いてみる。
カンタロウは、父のことを何も知らない。
父を亡くすまでの六年間、自分はとても幼かった。
唯一覚えているのは、『結界切り』のやり方を教えてもらったことだけだ。
ツネミツが言ったとおり、王が暴君であったのなら、その王を殺めてしまった父は、どんな気持ちだったのか。
「う~ん。そうねぇ。ミイちゃんかな」
「ミイちゃん?」
視線を上に上げても、カンタロウはヒナゲシの言う『ミイちゃん』というものを、何も思い出せない。
「ああっ……懐かしいですね」
スズがお茶をすすりながら、懐かしそうにうなずく。
「まだカンタロウが、三歳ぐらいのときかな。ミイちゃんっていう私が飼ってた猫が、古井戸の中に落ちちゃったの。私、すごく動揺しちゃって、泣いてしまったわ。今思えば恥ずかしいけど」
ヒナゲシ達が住んでいた昔の屋敷には、確かに古く、枯れた井戸があった。
敷地は広く、ペットは放し飼いにされていたのだ。
今は火事で燃えて、跡すらなくなっている。
「カンタロウ君、覚えてる?」
アゲハがモゴモゴとジャガイモを頬張りながら、カンタロウに聞いてみる。
「いいや。ただ、やたらデブな猫がいた記憶がある。俺が五歳のとき、死んでしまったが……」
「その猫ですよ。ミイという名前でした。当時カンタロウは屋敷にいましたからね。事件のことは覚えていないはずです」
カンタロウはほぼ忘れていたが、スズはミイに餌をあげていたので、よく覚えていた。
「その猫。どうしたんですか?」
マリアが箸置いて、話に耳を傾けた。
「コウタロウさんが助けてくれたの。あの人。何も考えず、井戸の中に飛びこんで、猫は無事だぞ、助かったぞって言ってくれたの。でも、コウタロウさん、猫と一緒に井戸からでれなくなっちゃって。その後は大変だったわね」
ヒナゲシはスズの肩をポンッと叩き、おかしそうに笑った。
スズは苦笑いしてみせ、懐かしそうに上を見上げ、
「そうですよ。確か私とランマルで縄を持ってきて、どうにか引き上げましたから。当時、私はまだ十三ぐらいでしたので、赤眼化発動させて、やっと救出できました」
「それからスズったら。コウタロウさんに一時間ぐらい説教してたわよね。あの人、正座してしゅんとしてたわ」
「そっ、それは違います! ただ、その、文句というか、もう少し考えて行動してくださいって、言いたかったんです」
「二人の間に入った、ランマルさんまで説教し始めるんですもの。ランマルさん、確か正座して聞いてたわよね」
まるでヒナゲシとは、昔からの友達のような会話だ。
二人の話を聞いていると、イメージが鮮明に浮かんでくる。
「うわっ、ランマル兄さんかわいそ」
アゲハが食べ物を飲み込み、ランマルに同情してみせた。
「そっ、そうでしたか? 記憶にありませんね」
スズは知らぬ顔をしているが、頬が真っ赤になっている。
カンタロウとマリアは、クスクスと笑った。
「とにかく、とっても優しい人だったわ。きっと、生まれ変わったとしたら――誰か困った人を助けてると、私は思う」
ヒナゲシは少し言葉をつまらせたが、コウタロウのエピソードを最後まで聞かせてくれた。
「……そうか。父さんなら、そうだね」
カンタロウは、ようやく気持ちが晴れた気がした。
民衆が言うような、父は王を守れなかった情けない騎士じゃない。
他国を踏みにじる、王に憤怒し、真正面から立ちむかった立派な騎士なのだ。
「ええ」
カンタロウとヒナゲシは微笑み合った。
スズは指で、目を拭っていた。
マリアとアゲハは雰囲気を察し、大人しく食事を続けていた。
その後、皆で雑談し、最後にマリアが食事を終えた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。その……ヒナゲシさん」
恥ずかしそうに、マリアはヒナゲシにお礼を言った。
生来内向的なのだろう。
最後の言葉が小さく、聞き取りずらかったが、ヒナゲシはマリアに小鳥のような可愛らしさを感じ、
「あら。別にお義母さんでもいいのよ。カンタロウさんの彼女さんでしょ?」
「ちっ、違います!」
マリアは、両手を振って否定する。
「でも……その……がんばります」マリアは小さな声で、顔を伏せながら言った。恥ずかしさと緊張からか、両手はスカートを強く握っている。
カンタロウと自分との仲を、認めてもらいたい気持ちは本気なのだから。
「えっ? マリア。何て言ったの?」
隣にいたアゲハが、マリアにむかって耳を寄せる。
マリアと違って、アゲハは気になることは遠慮なく聞いていた。
「いっ、いいえ。なんでもありません」
「嘘っ、何か言ったじゃん。今夜がんばりますって」
「言ってません! 何言ってるんですか!」
マリアはすぐに真っ赤になって、言い返した。
頭から白い湯気がでてきそうな、勢いだ。
アゲハの冗談なのだが、マリアは真に受けるほど純粋だった。
「あらやだ。マリアさんて、意外に積極的なのね」
ヒナゲシはその愛くるしさに、微笑んだ。
マリアの声から、カンタロウに対する緊張や愛情が伝わってくる。
自分の息子に好意を寄せる女性に、感謝の気持ちが生まれていた。
「本気にしないでください!」
慌てて否定するマリア。
「言ったよ。じゃ、今夜、私と一緒にがんばろうな」
アゲハがマリアの肩に手を乗せ、モミモミ揉んだ。
「ええっ? 本当に何言ってるんですか? アゲハさん!」
アゲハの期待どおり、マリアは面白い反応を存分に発揮させていた。
「まさか二人同時とは。さすが若いだけあって、すごい性欲ですね。カンタロウ。ケダモノって呼んでもいいですか?」
スズが真顔で、カンタロウに言った。
「スズ姉。母の前で、ケダモノってやめてくれ」カンタロウは胃に痛みを感じた。
「そうよ。せめて性獣さんね」
「母さん。それはもっとひどくなってる」カンタロウは変なことを母に言われ、泣きそうだった。
「とにかく、嬉しいわ。カンタロウさんに女の子のお友達が、二人もできるなんて」
ヒナゲシにとっては、今までにない成果だ。
皆カンタロウがマザコンだと知ると、去っていったが、今回はそれを承知で付き合ってくれている。
後は、いかに好かれている本人が、母から他人の女性に好意を転換させるかが問題だった。
「しかし、まだカンタロウの嫁になることは、このスズが許しません。適正があるかどうか、見極めさせていただきます」
さらにスズという壁を、乗り越えなくてはならないようだ。
ヒナゲシはスズの姑のようなねちっこさに、苦笑いするしかなかった。
――なんか、厳しそうなお姉さん……。
マリアはスズに、カンタロウに対する姉以上の思い入れを感じた。
母であるヒナゲシの代わりに、カンタロウに悪い虫がつかないよう目を凝らしているのかもしれない。
この家族を必死で幸せにしようとする、本物の身内のように思えた。
「さてと。じゃ、お片づけするわね」
「あっ、私手伝います」
ヒナゲシが立ち上がろうとすると、マリアが手を上げた。
「ありがとう。助かるわ」
「いいえ。私、こういうの好きなんです」
マリアは日頃よく家事を行っていたため、自然とヒナゲシのそばに近づけた。
スズはその様子を眺め、二人が台所に消えると、満足気にうなずき、
「なるほど。あの積極的な態度。ヒナゲシ様を助けようという優しさ。気遣い。なかなか品のある子ではないですか。マリアさんに、十ポイント、ゲッツ!」
スズはマリアに、幾何か好意を持ったようだ。
緊迫した表情が、少しだけほぐれる。
――なぜポイント制に?
カンタロウは口にはださなかったが、心の中ではそう疑問を感じた。
「じゃ、私は食後の散歩に行ってくるからな。風呂わかしといてね。カンタロウ君」
アゲハは腹を叩くと、子鹿のようにさっさと外にでていってしまう。
「あなたはマイナス百ポインツ!」
アゲハの後ろで、スズが大声を上げていた。
「…………」
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