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第2章 雲隠れの里

ツネミツの真実

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「なんだと? どういうことだ? ツツジはどこに行った?」



 ツネミツは布になった姫に、目を丸くしている。


「もしも、無知が故意の場合は犯罪だが、これでもまだわかんねぇようだな」


 カッコウが動揺するツネミツにむかって、目を細めた。

 カンタロウはツネミツの言動を、注意深く聞いていた。

 ある一点に違和感を覚えた。


 ――この男、一兵卒のわりにはやけに……。


 口を開きかけるカンタロウ。



「気安いな。クハッ、自分が守るべき姫様を呼び捨てか?」



 カンタロウの疑問点を、カッコウが言ってしまった。

 タイミングがよかったため、カンタロウはギョッとして、カッコウの方へ振りむく。

 カッコウは特にカンタロウを意識して、しゃべったつもりはないようだ。




「……っ!」




 ツネミツは的を当てられ、言葉がつまった。図星だ。


 ツネミツとツツジは、兵士と王族の身分を越える関係なのだ。


「まあそうだよな。この城が落ちる前、お前とツツジって姫様は、親密な仲だったもんな。――身分違いの許されざる恋ってやつだ」


 カッコウはどこから知ったのか、ツネミツの過去に詳しい。

 ツネミツの血の上った頭が、急速に引き、青ざめ始めている。

「ちっ、ちが……」


「違わないね。お前のことはよく調べさせてもらった。逢瀬を重ね、姫様は身ごもっちまったんだろ? お前は焦ったはずだ。このことが知れれば、処刑は確実。そこでお前は、どんどん狂った方向にいってしまった」


「おっ、俺は……」

 刀を落とし、頭を抱えるツネミツ。

 楽しむかのように、カッコウはニヤニヤ笑っている。

「何をしたの?」

 ツネミツの変わりに、アゲハが先をうながした。



「姫の暗殺だよ。ちょうど剣帝国が、この国を襲ってきた。お前はチャンスだと思ったはずだ。その状況を利用して――姫様を殺した。まっ、国が落ちるとは、予想外だったようだがな」



 カッコウがナイフを使って、突き刺す仕草をする。

「違う……」

 頭を抱えたツネミツの声は、消え入りそうなぐらい小さい。

 カッコウの言うことが正しいのなら、違和感がでてくる。


 今神獣を操り、月の魔都を発動させたのは誰なのか?


 カンタロウとアゲハは、お互いこの点に気づいていた。



「となるとおかしいな。この城にいるゴーストエコーズは、誰になるんだろうな?」



 カッコウの赤い両目に、ツネミツが映る。


「……まさか」


 アゲハがツネミツの顔を、凝視した。




「違う……違う……違う」




 ツネミツの両目が、黒から赤に変色していた。

 目の中から、白い液体が流れていく。

 神獣が、ツネミツの目に入り、瞳の色を誤魔化していたのだ。

 目から頬を伝わるその白い液体は、まるで涙のようだった。


「お前が……」

「ゴーストエコーズだったの……」


 カンタロウとアゲハは意表をつかれ、言葉を失った。

 ツネミツは神獣だと思っていた。




 神獣に擬態する、ゴーストエコーズだとは考えてもいなかった。




「違う……あの女が言ったんだ。俺に、言ってくれたんだ」

 ツネミツの知りたくもない過去が、頭の脳を活性化させる。

 十六年前、白いマリアベールをかぶった女が、自分の耳元で囁いた。

 ツツジ姫がいたはずだ。

 姫は霧のように薄く、呼吸音も、体温も感じない。


『自分が傷つくだけの世界なら――逃げてしまえばいい。それにお前は、良いことをした』


 女はそう言った。

 ツネミツはツツジに手を伸ばした。

 手が身体に触れたとき、ツツジの身体は透明になり、腕がすり抜けてしまった。

 ツネミツの両手は、真っ赤に染まっており、その血はとても新鮮で、畳に赤いシミを作っていた。

 自分の腕に、痛みはなかった。

 女はツネミツの頬を、白い手で優しくなでると、紫の唇で、小声でそっと囁く。

 ツツジはもうそこに、いなかった。




「死は、なくなる怖さじゃない。――永遠になれる、喜びなのだと」




 ツネミツはゆっくりと立ち上がった。

 見開かれた両目は、流れる血よりも深紅。

 頬に伝わる涙は、鮮血だった。

 カンタロウとアゲハは、呆然と立ち尽くした。



「ぐっ!?」



 突然、ツネミツの胸が裂けた。

 心臓の部分から、槍の穂先が見える。

 ツネミツの後ろには、槍を持ったマリアがいた。




「神の敵。――死になさい」




 マリアの顔に、表情はない。

 躊躇いも、興奮も、哀れみですら、表情にでていない。

 人が毒虫を容赦なく殺すような、そんな目をしていた。


「ぐはっ!」


 ツネミツは赤い血を吐くと、その場に倒れた。

 胸から大量の血が流れている。

 止まる気配がない。


 マリアはツネミツに、見下すような目つきをむけていた。

 助けたいという気持ちすら、起こっていない。

 マリアの中では、ツネミツは人ではなく、害虫なのだ。

「……マリア」

 カンタロウは一瞬、マリアの目に恐怖した。

 自分が受けてきた他者の扱いに、とても似ていたからだ。

 蟻達が蝶の幼虫に群がり、攻撃しているような、強者が弱者にむける視線。卑しめ、蔑み、薄笑いした目。

「がはっ……。ぐっ……ツツジ……」

 ツネミツは畳をつかみ、ゆっくりとツツジがいた場所に這っていく。



 ツツジに化けていた神獣は、すでに結界に吸収されていた。




「ツツジ……俺は……俺……は……」




 ツツジが着ていた女房装束を手につかむと、ツネミツの顔から、苦痛が消えた。

 うつ伏せに倒れ、赤い両目は開いたままだった。


 ツネミツは、事切れていた。




「クハッ、あらら。死んじまったか。まっ、いいか。神獣すらうまく使えず、自分がゴーストエコーズだと、気づきもしない欠陥品だ。捨て駒としては役に立ったが……おう?」




 カッコウの喉元に、切っ先がむけられている。

 剣身には、アゲハの姿が映っていて、

「あなた。詳しいよね。この城のことについて。それに、偶然しては、タイミングよく、私達の前にあらわれたよね?」

「そりゃそうだ。お前達に、この仕事を紹介したのは、俺だからな。実力が見たくて試験したのさ」

 リア・チャイルドマンに仕事を依頼し、カンタロウに紹介させたのは、カッコウの仕業だった。

 カンタロウはそれを初めて知り、不可解な顔をし、

「なぜそんなことを? わざわざ俺に?」

「お前のことは調べたぜ。ゴーストエコーズをかなりの数、倒しているようだな。例えば――カインとかな」

 カッコウが言う名前。


 カイン。

 精神病院で会ったカンタロウの親友。今は大地に眠っている。

 ふいにでた親友の名前に、カンタロウは目を白黒させる。


 その反応を、マリアは見逃さなかったが、我慢して口を閉ざした。

「カインのことを知っているのか?」


「ああ。スカウトしようと思ってたんだ。まっ、行ってみたら死んでたがな。そこでお前達のことを知った。赤眼化もできるようだし、今度の仕事に使えるかと思ったが、残念だ。クハハッ」


「何の仕事なんだ?」

「さぁてねぇ。まっ、世界が覆る――とでも言っとこうか」

 カッコウはふざけた顔で、カンタロウから答えをはぐらかした。

 無視されていたアゲハは、剣をさらに突きだし、

「へえ。で、私はどう? 合格?」

「言ったろう。不合格だ。お前は見込みがありそうだが、駄目だな。まるで点数が足りねぇ」

「あっ、そう。じゃ、力づくで合格にしてもらおうかなっ!」

 剣がカッコウの肩にむかって、突いてくる。

 カッコウはそれをジャンプでかわし、城の天井に張りついた。

「なっ!」

 あまりの速さに、呆気にとられるアゲハ。

「クハッ! 合格したけりゃ、大金持ってくるんだなっ!」

 カッコウの口から、透明な唾液が垂れる。

 赤い舌が、小馬鹿にするようにだされていた。

「このっ!」

 天井にむかって、アゲハは剣を振り上げた。

「まっ、お前の体でもいいぜぇ」

 カッコウはすでに、天井から消えていた。

 アゲハは声がどこからするのか、一時わからなかった。

 アゲハの頬が、ベロリと舐められ、


「ひっ?」


 ザラザラとした感触。

 悪寒を誘う唾液。

 すべてが嫌悪。


 アゲハは急いで、唾液のついた頬を、腕で拭った。

「いい味だ。じゃな、お嬢ちゃん」

 カッコウは素早く窓まで走ると、ぴょんと外に飛びだしていった。



「こっ、このっ! よくもっ!」



 アゲハは頬を汚された怒りで赤眼化し、水神の魔法で、カッコウが逃げた窓を破壊した。

 躍起になって外に飛びだす。

「アゲハさん!」

「大丈夫だ。アゲハなら心配ない。あの男には、逃げられるだろう……けどな」

 マリアのそばで、カンタロウの足がふらついた。その場に倒れる。

「えっ? カンタロウさん!」

 マリアが慌てて、カンタロウのそばにかけ寄る。

 額に手を当ててみるが、高熱が原因ではない。

 身体を調べてみても、怪我はなかった。



「どうした! 何があった!」



 ランマルがようやく、最上階まで上がってきた。

 途中で体力が尽きたため、マリアを先に行かせていたようだ。

 日頃体力をつけていないためか、ゼイゼイ息をしている。

「カンタロウさん! カンタロウさんがっ!」

「しっかりしろカンタロウ! 何があった?」

 ランマルがカンタロウの体を軽く叩き、耳近くで名前を呼んでみる。

 マリアは両手を強く握りしめ、カンタロウの様子を見守っていた。

「は……は……」

 仰向けになったカンタロウは、かすれた声で、何かを言っている。

 手をプルプル震わせ、何かをつかもうとしているようだ。

 いったいそれが何を意味するのか、ランマルはまだわからない。

「『は』? 『は』って何だ?」

 ランマルは耳を、カンタロウの口に近づけた。




「――母よ」




 小さくそう言うと、カンタロウは白目を剥き、気絶した。

「持病が悪化しただけかっ! 心配させやがって。こいつは……ほんとに」

 ランマルがキレる。

 単にホームシックが悪化し、母が恋しいあまり、現実逃避しただけだった。

「えっ? 持病って?」

 マリアはまだ、カンタロウの持病の内容を知らないので、意味がわからず首を傾げる。

 ランマルはふと、カンタロウの右手の甲に目がいった。

 赤眼化を解除したばかりのためか、薄く国章血印があらわれていた。

「うん? 国章血印? これは、『夜刀』か」

 角のある蛇。

 カンタロウの父、コウタロウの右手の甲に刻まれていたもの。

 前国王時代の剣帝国の国章。




「まだ持っていたんだな。――すべてが夢のように、懐かしいもんだ」




 ランマルは白い歯をだして、笑った。





 アゲハは城をでて、静かになった城下町を走り、カッコウを追って森に入った。

 カッコウの姿は、すでにそこにはなかった。

 癖のある笑いが響いてくる。



「くそっ! せっかくの情報を……」



 アゲハは怒りで、骨のような木の幹を、拳で叩く。

 幹にヒビが入り、木は地面に倒れていった。

 人の骸骨のようなもろさだった。





 魔帝国、城内。


 城の最上階から一階下にある浴室に、女王エメルダが入ってきた。

 浴室には絵や鏡が飾られており、壁は防水処理がされたタイル張りとなっていた。

 上げ下げ窓から、明るい太陽の日差しが入ってくる。


 外では体格のよいガードナーが、見習いに庭園管理の指導をしていた。


 エメルダは服を脱ぐと、乳白色の水に、赤いバラが浮かべられた浴槽に、白い素肌を浸す。

 ブルーの長い髪を使用人の女に櫛でとかせ、長く、細い素足を浴槽からだした。

 冷えた体温が暖まるまで、エメルダはバラの花びらを手で弄ぶ。


「エメルダ様」


 側近であるエルフの女が、浴室のドアをノックした。

 心地よい時間を邪魔したのだ。

 よほどの事態が発生したのだろう。


 エメルダは髪をとかしている女に、チラリと視線をむけた。

 使用人の女は、何も言わず、浴室からでていった。

 エメルダは髪を一振りし、

「どうした?」


「申し訳ありません。緊急のお知らせがございます。ムー殿がお亡くなりになりました」


 第二級ハンター、ムー。

 釣瓶の国を手に入れるために、送り込んだハンターだ。

 二十日はたっただろうか。


 エメルダは死因を知りたくなり、

「ほう? どのような、死に方をしたのだ?」

「仲間を見捨て、神獣から逃げたようですが、体を串刺しにされ、捨てられておりました」

 凄惨な死に方。

 言葉からも、その残酷さがよくわかる。

 金銭主義のムーはろくな死に方をしないだろうと思っていたため、エメルダは特に驚かなかった。

「なるほどな。あの男らしい死に方だ。それで、勝者はどっちだ?」


「剣帝国です」


 側近の女の言葉に、エメルダの息がつまった。

 予想では、豊富な資金を持つ、賢帝国だろうと思っていたからだ。

 金欠で、優秀なハンターすら雇えない、剣帝国が勝利するとは思っていなかった。


 ――ほう。優秀なハンターを、そんなに早く準備していたのか? まさか……な。


 エメルダは水を口まで浸し、考えてみるが、こちらから情報が漏れていたということは有り得ない。

 何よりも、あまりにも行動が速すぎる。

 偶然にしては怪しい。

「剣帝国の軍は、動いていまいな?」

「はい。間違いなくハンターです。ハンターギルドには所属していない者達なので、詳細は不明ですが。リア・チャイルドマンという有名な金貸しが雇ったハンターのようです」

 側近の女の高揚のない声。

 剣帝国で有名であるのなら、その豊富な人脈を利用して、強いハンターを雇ったのかもしれない。


 釣瓶の国の領土を失った。


 賭けの言いだしっぺが、今更取り消すことなどできないのだから。

「そうか。もうよい」

「はっ、失礼しました」

 側近の女の気配が消える。

 エメルダは細い足を組むと、天井を見上げ、



「さて、次はどのような退屈しのぎをしようか。人生は、長いのだから」



 エメルダの顔に、悲壮感はなかった。
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