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第2章 雲隠れの里

ツツジの真実

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 神獣達は、じりじりとアゲハに近寄ってくる。


 数は十三。


 剣を持ったツネミツが、アゲハの隙をうかがっている。

 カッコウは何もせず、畳の上で寝転がっていた。


「……仕方ない。これはあまり、使いたくなかったんだけどね」


 アゲハは口を開いた。

 歯は獣人のように、鋭く尖っていない。

 人と同じ、普通の白い歯が見える。


 ――口を? 何をするつもりだ?


 カッコウはアゲハの行動を、逐一見逃さなかった。


 刹那、神獣の動きが止まった。

 ピシッと何かが割れた音がする。

 神獣達の身体が、泥のように崩れていった。

「なんだっ! 神獣が?」

 何が起こったのかわからず、ツネミツは驚き叫ぶ。



「新しい結界を張った。お前の負けだ」



 ツネミツの後ろで声がした。

 長身の男が立っている。

 カンタロウだ。

「カンタロウ君!」

 アゲハもツネミツと同じく、声を上げた。


「なっ……」


 ツネミツは言葉を失った。

 自分達を見捨てた仲間を、助けに来るとは思っていなかったからだ。

 ツネミツは狼狽し、窓から張られているはずの、結界を見上げ、



「あの魔法円は……内部吸収式に変わっている。まさか?」



「そうだ。今の結界を壊して、もう一回レベル4以上の結界を張った。ランマルが吸収式神脈装置の扱い方を知っていたからな。場所はすぐにわかった。だいたい敵の本体の地下にある。つまり、この城の最下部だ」

 カンタロウたちによって、鍍金は剥がれていた。

 吸収式神脈装置の設置場所もバレている。

 レベル4以上の神脈結界を張られては、神獣は活動できない。

 神獣の活動限界は、レベル3神脈結界だからだ。

 ――この娘に気を取られて、神獣の状況を定期的に把握していなかった。あれほどの神獣を相手に、ここまで来れるとは。

 ツネミツの想定外。

 あの数の神獣で、生き残ったハンターはいない。実績がない。

 今まではやってこれた。それが今日、鉄壁の壁が崩れた。

 ――なるほど。カンタロウ君の荊棘魔法。『結界切り』で一度装置をトリップさせて、神獣が消失した後、一気に私を追いかけてきたわけね。敵に気づかれないってのは、運がいいわ。

 カンタロウ達があの数の神獣から、助かった手段。

 アゲハの予想通り、カンタロウが能力を発動させたからだ。


 まず、ランマルとマリアを、先にアゲハを追いかけさせ、自分が囮となって神獣を引きつける。

 そして、十分引きつけた所で、神脈結界を切る。

 装置がトリップし、起動を停止していても、アゲハに夢中だったツネミツは、まったく状況の変化に気づかなかった。


 今、ランマルとマリアは、城の最下部で装置を発見し、正常結界を発動させた。

 月の魔都専用の装置は、強制停止による警報アラームが点滅しているので、すぐにわかる。

 それを除外し、月の都専用の装置を発見する。

 あとは押しボタン操作で起動させるだけなので、専門的な知識を持っていないランマルでも、緊急訓練を受けていたため知っていた。



 ――結界を壊した? 装置をトリップさせたってことか? どんな手段を使ったかは知らねぇが、運がいいな。クハッ。さてどうする? せっかく与えてもらった、おもちゃが扱えないんじゃ、ここで終わりか。



 カッコウはツネミツに視線を移す。

 ツネミツはあまりの不測の事態に、目が完全に泳いでしまっている。

 月の都結界では、兵士である神獣を召還できない。

 敵は四人。しかも全員、赤眼化でき、神の力を扱える。


「ありがとね。カンタロウ君」


 アゲハは何事もなかったように、笑って見せた。

 表情の切り替えの速さは、まさしく彼女の特技だった。


 カンタロウは特に気にすることなく、

「いいさ。優秀な獣人についていけば、そこにエコーズがいるからな」

「ふふっ、わかってんじゃん。じゃ、終わりにしますか」

 アゲハが剣を構えながら、ツツジに近寄っていく。

「させるかっ!」

 ツネミツが、アゲハにむかって剣を突き刺す。


 カンタロウが、鉄の手甲で止めた。赤い火花が散る。

 カンタロウの手甲は、粉々に砕け、

「お前の相手は俺だ」



「邪魔するなっ! 小僧!」



 ツネミツの怒りは、頂点に達した。


 ツツジの前に、ふらりと、カッコウが立った。


 アゲハの歩みが止まる。

「クハハッ! まだ駄目だぜ、お嬢ちゃん。まだ終わってねぇ」

「どいてほしいな。死にたいの?」

「いいねぇその目。死をびんびん感じるぜ」

 カッコウはアゲハの脅しにも動じず、ただニヤニヤ笑っている。


 カンタロウは赤眼化し、ツネミツの前に立つ。

 右手の甲に赤い紋章があらわれる。

 旧剣帝国国章、角のある蛇『夜刀』だ。

 国章血印を見たツネミツは、目を見張り、そして怫然し、

「その国章血印は! 貴様! 剣帝国の人間か!」

「そうだ。俺は剣帝国で生まれた」

「よくも、我が国を襲ってくれたな!」

「どういうことだ?」

 カンタロウは意表をつかれ、目を見開いた。



「貴様等の王は、民のために散財し、悪化した財政を潤すため、水源のある我が国を襲ったのだ! 同盟を結んでいたのに、それを裏切った! この町に火を放ち、住人を焼き殺したのだ! そして我が主君を暗殺した! ツツジの父と母を!」



 ツネミツが言う真実。

 カンタロウが聞いた話とは、まったく違う真実。

 釣瓶の国から、しかけてきた戦争ではなかったか。


 カンタロウは動揺し、

「お前達が、剣帝国を攻め入ろうと、したんじゃないのか?」

「違う! そんなのはでたらめだ! 都合よくでっちあげたのだ!」

 ツネミツはゼイゼイと呼吸を荒くし、自分を落ち着かせた。

 愛しい者を見るような目で、ツツジに振りむく。

 その表情は、悲愴に叩きつけられていた。



「俺はツツジを守る、最後の兵士だ。この穏やかな町を、静かな城を、俺は造り上げた。もう俺達にかまわないでくれ。彼女に――平穏と安らぎを与えてくれ」



 ツツジは後ろをむいたまま、ツネミツに何も答えなかったが、それに同意しているように見えた。

 愛する肉親を殺され、信頼していた使用人を亡くし、さらに自分を守ってくれた町の人間を焼き殺された。

 最後の砦であるツネミツは、何の反応もなくなったツツジのために、命を張ってこの町を守っている。


 アゲハとカンタロウの表情が曇った。




「くくっ、クハハハハハハハハッ!」




 ただ一人、カッコウだけが、おかしそうに大笑いした。

 三文芝居を見ていた観客のように、何の感情移入も、同情も、そこには生まれていない。

「貴様。何がおかしい?」



「いやっ、もういい。もうわかった。不合格だ。実力は確かにある。だが、この程度で躊躇するようじゃ――俺の仕事はやりこなせねぇ」



 ツネミツにむかって、カッコウは手を振った。

 ツネミツは意味がわからず、カッコウを睨んだ。



「――思い出した。S級犯罪者、カッコウ。確か、相当危険な仕事を、無理矢理ハンターにさせる極悪人」



 アゲハが、カッコウの顔をようやく思い出した。


 犯罪者等級最上位。S級犯罪者。

 人の名前を名乗れず、人扱いされず、その存在は絶対悪。

 逮捕する必要のない者。

 即殺害してもいい者。

 人の名前を持たないのだから、法律で守られないのだ。

 犯罪者リストに、カッコウの顔はしっかりと描かれていた。



「無理矢理? おいおい違うぜぇ。仕事を達成すれば、それなりの報酬は払ってる。――まっ、断られないように、仕込みはするがな」



 突然、カッコウはナイフを取りだすと、ツツジの背中に突き刺した。

 ツツジは悲鳴すら上げず、ゆっくりとその場に、倒れていく。



「ツツジ!」



 ツネミツが叫んだ瞬間、カッコウは片手を広げてそれを止めた。




「ツツジ? 何言ってんだ。これは違うぜぇ」




 ツツジは倒れたのではなかった。

 ただの布切れとなり、地面に広がったのだ。

 人らしい血すら流れず、人の髪すらなく、ただの物が転がっていた。
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