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第2章 雲隠れの里
エリニスとハンターギルド
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*
カンタロウ達四人は、ゴーストエコーズがいる森に入った。
森の枝の間から、白い太陽が射し込んでくる。
すがすがしい空気、静かな空間、小鳥達の鳴き声が聞こえてきた。
優しげな風が、長い手のような枝を揺らす。
細い川のせせらぎが、聞こえてきた。それは一足でまたげる幅だった。
次々とまたいでいく中、マリアはヒスイ色の小鳥が気になり、視線をむける。
岩の上で小魚をくわえ、プレゼントを渡しているようだった。
マリアはその可愛らしさに、つい微笑んだ。
「さっきの奴、第一級ハンターだと言ったな?」
カンタロウがさっき会った人間のハンターのことが気になるのか、マリアに話しかけてきた。
「ええっ、ラッハというハンターは、聞いたことがあります。確か、有名ですよ」
マリアはきちんと、カンタロウに答えた。
ハンターギルドに登録しているハンターのことは、情報開示されている。
マリアはそれを閲覧したことがあるので、ラッハという名前をよく知っていた。
「へぇ。それならすごいハンターじゃん」
アゲハの手には、シマリスが乗っていた。
小動物は、あまりアゲハを怖がらないようだ。
シマリスはアゲハの手の中で、木の実をかじっている。
「さすが獣人だな。動物に好かれやすいのか?」
「まあね。羨ましいか?」
「別に」
カンタロウよりも、マリアの方が羨ましがっているのか、ぼうっとシマリスを眺めている。
「ところで、なんだ? 一級って?」
「何? 知らないの? カンタロウ君」
「知らん」
「もうっ、なんでハンターなのに知らないの? ハンターギルドに入ってないの?」
アゲハはシマリスを逃がし、カンタロウにむきあった。
「入ってない」
「どうして?」
「仕事を紹介される代わりに、報酬金の何割かピンハネされるからだ」
「ああ……それで。ケチだねぇ」
「ほっとけ」
少しでもお金がほしいカンタロウは、誘われてもハンターギルドには入らなかった。
ギルドから仕事をもらうよりも、リア・チャイルドマンからもらった方が報酬金は高い。
そのかわり、死にかけたことが何度もあった。
「簡単に説明しましょうか?」
マリアがカンタロウの隣に近づいた。
ハンターギルドのことを知っているようだ。
「うん。頼む」
カンタロウはうなずいた。
マリアは一つせきをし、
「ハンターギルドとは、その名のとおりハンター達の集まりで、世界中にネットワークがあります。昨日の傭兵達とは、まったく違う組織です」
「昨日の傭兵ってなんだ?」
ランマルがアゲハに、傭兵について聞いてきた。
昨日の酒場での出来事を覚えていないようだ。
机の上で爆睡していたのだから、当然だった。
「もういいから」
アゲハは煩わしいのか、手を振っただけだった。
マリアの説明は続き、
「その活動内容は、ハンターの育成、派遣、仕事の受付です。登録すれば、その能力により五つのランクに分けられ、活動することになります。素人がハンターになりたければ、学校に入ることになります。戦闘経験者がギルドに入るメリットは、チームを組みやすいことです。いろいろな人種が登録してあるため、必要な能力を集め、仕事を達成しやすいのです」
「詳しいね? マリア」
「まあ、いろいろ勉強しましたから。棒読みですけど」
マリアはアゲハに向かって、一呼吸すると、説明を続けた。
「例えば、さっきのハンター達を例にすると、ラッハは第一級ハンターで、チームリーダーを務めていると思います。恐らく、他の三人は第二級ハンターで、上級戦闘員という位置づけだと思います。つまり、ハンターの中でもベテランでかつ、優秀なハンター達ということになりますね」
「それでも報酬金はピンハネされるんだ?」
「ええ。でも第一級ハンターが一人チームにいる場合、天引き率は低いはずですよ。ギルドの広報にもなりますし。ランクアップのモチベーションの一つとして、優遇されていると思います」
「へぇ。そういう仕組みだったんだ」
ハンターギルドに興味がなかったアゲハは、マリアから知識を得て満足した。
「まったく知らなかったな」
カンタロウもすっかり感心し、マリアを尊敬する目で見つめた。
マリアはカンタロウに見つめられ、赤く照れた。
アゲハが指を天に向かってクルクル回し、
「じゃ、カンタロウ君。ハンターギルドに入ったら?」
「なんでそうなる。俺は見知らぬ他人と、仕事をするのは苦手だ」
「それじゃ、友達もできないよ?」
「母がいれば――いい」
本心なのか、カンタロウに焦りはない。
「あっ、そうなるのね」
アゲハは特に、驚きもしなかった。
「ギルドに入ったことは、ないんですか?」
マリアがカンタロウのことに興味があるのか、何気に過去のことを聞いてみる。
「ある。十歳の頃だ。二人のハンターと仕事した」
「マジ? よく家からでれたね?」
「あのときは確か、ハンターになると言って、スズ姉と喧嘩して、家出を決意したんだ。母の布団で眠りながら、俺は悶々と自分自身と戦っていた。家をでたい自分と、家にいたいという自分とだ。家にいたいという自分は、母を盾にして……」
「あっ、もういい。想像できるから。ハンターに入った所から話して」
アゲハが、自分との苦悩と葛藤を語るカンタロウの話を、長いと判断して切ってしまった。
カンタロウは一つ咳をすると、
「……ハンターギルドで門前払いをくらった俺は、二人のハンターに拾われた。一人は眼鏡の男で人間。もう一人はダークエルフの女だった。二人とも俺より年上だ」
「おおっ、よく十歳の少年を仲間にしようと思ったよね?」
「まったくだ。あの眼鏡の男は最悪だった。子供だからと言って、容赦なく俺の頭は殴るは、馬鹿にするわ、強制教育するわ……。思い出すだけでも腹が立つ」
カンタロウは怒りを思い出したのか、むかむかとしてきている。
――ビシビシ鍛えられたんだねぇ。
カンタロウが立派なハンターとして成長したのは、そういう先輩がいたんだなと、アゲハは思った。
「でっ、持病の方はアレか? もしかして、女に甘えまくったのか?」
アゲハがニヤニヤ笑いながら、カンタロウをからかう。
「……その話はいい。したくない」
核心を突かれてしまったのか、カンタロウは顔をそらした。
「もしかして、名前を呼ぼうとして、間違えて母とか言ったんじゃないの?」
「ははっ、まさか。そんなこと、言うわけゴホッ、ゴホッ、言うわけないだろ。アゲハは面白いことを言うな」
アゲハに言われ、冷や汗をかくカンタロウ。
――絶対言ったな。こいつ。
アゲハは確信をもって、そう断言できた。
「でも、じゃあ、どうして一人になったんですか?」
マリアが疑問点を聞いてきた。
現在、カンタロウは一人でハンター仕事をしている。
後の二人のハンターがどうなったのか、知りたくなったようだ。
カンタロウの表情が変わり、
「……あるハンター仕事を受けたんだ。簡単な仕事のはずだった。俺達はテントの中で休んでいた。真夜中、女のハンターが突然いなくなった。心配になって、眼鏡のハンターが探しに行ったが、結局朝まで帰ってこなかった。俺は心配になって、二人を探しに行った」
「うん、それでそれで?」
話がガラリと変わり、アゲハは興味深そうに先をうながした。
マリアは嫌な予感がして、何もしゃべれなかった。
「森をでると、そこは凄惨な光景だった。土は底が見えないぐらいえぐれ、大木はつまようじのように何本も簡単に折られていた。地面に赤い血の水たまりが、いくつもできていた。すさまじい、戦闘の跡だった」
カンタロウの話は、二人の死を暗示している。
もしくは、悪い終わり方。
さすがのアゲハも口をつむいだ。
「二人がどうなったか。俺はわからない。あまりの恐怖に逃げだしたからだ。どこをどう歩いたかわからないまま、家に帰っていた」
カンタロウの表情は、暗くもなく、悲しくもない。
どこか悟り、いや、何度も苦悩し、達観した顔だった。
「情けないだろう? 俺はまだまだあいつ等に届かない。俺は弱い。もっと強くならなきゃな」
カンタロウは拳を握りしめた。
雰囲気がピリピリとうねる。
森のざわめきが、静寂へと変化していく。
「ねっ、ねえマリア。そういえば、エスリナって人と知り合い? 相手はあなたのこと、知ってるみたいだったけど?」
アゲハは陰気になった話を変えようと、マリアにニンフのハンターについて聞いてみた。
「えっ? いえっ、違います。たぶん、エリニスで、私の事を知ったんだろうと思います」
「同じ信者だったってこと? それ、エリニスの紋章だよね?」
アゲハが言うマリアの服には、何かの紋章が刺繍されていた。
美しい女性が、自分の胸を抱えている紋章だ。
両目は閉じられている。
「ご存じなんですか?」
「そりゃ知ってるよ。有名じゃん。女神崇拝で」
「そうです。私達は慈愛の女神様を信仰しています」
マリアはアゲハの前で、両手を合わせた。
「そんなに有名なのか?」
カンタロウはエリニスのことをよく知らないのか、アゲハに訪ねてみた。
「有名だよ。世界中の孤児や信者希望者を受け入れている宗教国家だよ」
「正確には、私はエリニスのリブラ派に属しています。汚れなき魂の葬送。それが私達の教義です」
「ああ。リブラって言ったら、魂を救う女神の名前だね」
アゲハはマリアに向かって、手を上げて答えた。
「よく知ってるな?」
「カンタロウ君が馬鹿なの。もっと家からでろ」
カンタロウに、平然と毒づくアゲハ。
「ほっとけ、あと馬鹿って言うな」
カンタロウはアゲハに感心したことを、すぐに後悔した。
「そうだっ! カンタロウさんも入信しませんか?」
マリアが何を思ったか、カンタロウに入信をせまった。
「えっ? いやっ、俺はいい」
「どうしてですか?」
「どうしてって、言われてもな……」
カンタロウは困惑している。
それにマリアは気づいていないのか、それとも自分の言う事に自信があるのか、さらにカンタロウにせまってきた。
カンタロウはさすがに引いた。
――私には勧めないのかっ!
アゲハは入信を誘われなかったことよりも、無視されたことに腹が立ったようだ。
マリアが明らかに、カンタロウだけを特別扱いしているのも気に入らない。
「……んっ?」
空気が振動した。
カンタロウの耳が、微動する。
アゲハ、マリア、ランマルも、その小さな声に気づいた。
「これは……唄だ……」
アゲハが周りの気配に集中する。いつの間にか、鳥達の鳴き声が消えていた。
「えっ? 唄?」
マリアがアゲハの言ったことがわからず、聞き返してくる。
「唄ってなんだ?」
ランマルもアゲハに聞く。
アゲハは両目を閉じ、
「――エコーズの特殊能力の一つのこと」
「ああっ――ハウリング・コールだ」
カンタロウがそれに答えた。
「何っ! ほんとか?」
ランマルが驚き、声を上げた。
ハウリング・コール。
それはエコーズが、神獣を呼びだすときに、使う特殊能力。
アゲハはそれを唄と呼び、人間はそれを地獄の唸りと呼ぶ。
「神獣の登場か」
カンタロウの顔つきが変わる。
地面から白い粘土のような物体が、体を激しく震わせながら、四人の前にあらわれた。
次々と地面から盛り上がってくる。
手と足を形づくり、何もない顔を侵入者にむけていた。
カンタロウ達四人は、ゴーストエコーズがいる森に入った。
森の枝の間から、白い太陽が射し込んでくる。
すがすがしい空気、静かな空間、小鳥達の鳴き声が聞こえてきた。
優しげな風が、長い手のような枝を揺らす。
細い川のせせらぎが、聞こえてきた。それは一足でまたげる幅だった。
次々とまたいでいく中、マリアはヒスイ色の小鳥が気になり、視線をむける。
岩の上で小魚をくわえ、プレゼントを渡しているようだった。
マリアはその可愛らしさに、つい微笑んだ。
「さっきの奴、第一級ハンターだと言ったな?」
カンタロウがさっき会った人間のハンターのことが気になるのか、マリアに話しかけてきた。
「ええっ、ラッハというハンターは、聞いたことがあります。確か、有名ですよ」
マリアはきちんと、カンタロウに答えた。
ハンターギルドに登録しているハンターのことは、情報開示されている。
マリアはそれを閲覧したことがあるので、ラッハという名前をよく知っていた。
「へぇ。それならすごいハンターじゃん」
アゲハの手には、シマリスが乗っていた。
小動物は、あまりアゲハを怖がらないようだ。
シマリスはアゲハの手の中で、木の実をかじっている。
「さすが獣人だな。動物に好かれやすいのか?」
「まあね。羨ましいか?」
「別に」
カンタロウよりも、マリアの方が羨ましがっているのか、ぼうっとシマリスを眺めている。
「ところで、なんだ? 一級って?」
「何? 知らないの? カンタロウ君」
「知らん」
「もうっ、なんでハンターなのに知らないの? ハンターギルドに入ってないの?」
アゲハはシマリスを逃がし、カンタロウにむきあった。
「入ってない」
「どうして?」
「仕事を紹介される代わりに、報酬金の何割かピンハネされるからだ」
「ああ……それで。ケチだねぇ」
「ほっとけ」
少しでもお金がほしいカンタロウは、誘われてもハンターギルドには入らなかった。
ギルドから仕事をもらうよりも、リア・チャイルドマンからもらった方が報酬金は高い。
そのかわり、死にかけたことが何度もあった。
「簡単に説明しましょうか?」
マリアがカンタロウの隣に近づいた。
ハンターギルドのことを知っているようだ。
「うん。頼む」
カンタロウはうなずいた。
マリアは一つせきをし、
「ハンターギルドとは、その名のとおりハンター達の集まりで、世界中にネットワークがあります。昨日の傭兵達とは、まったく違う組織です」
「昨日の傭兵ってなんだ?」
ランマルがアゲハに、傭兵について聞いてきた。
昨日の酒場での出来事を覚えていないようだ。
机の上で爆睡していたのだから、当然だった。
「もういいから」
アゲハは煩わしいのか、手を振っただけだった。
マリアの説明は続き、
「その活動内容は、ハンターの育成、派遣、仕事の受付です。登録すれば、その能力により五つのランクに分けられ、活動することになります。素人がハンターになりたければ、学校に入ることになります。戦闘経験者がギルドに入るメリットは、チームを組みやすいことです。いろいろな人種が登録してあるため、必要な能力を集め、仕事を達成しやすいのです」
「詳しいね? マリア」
「まあ、いろいろ勉強しましたから。棒読みですけど」
マリアはアゲハに向かって、一呼吸すると、説明を続けた。
「例えば、さっきのハンター達を例にすると、ラッハは第一級ハンターで、チームリーダーを務めていると思います。恐らく、他の三人は第二級ハンターで、上級戦闘員という位置づけだと思います。つまり、ハンターの中でもベテランでかつ、優秀なハンター達ということになりますね」
「それでも報酬金はピンハネされるんだ?」
「ええ。でも第一級ハンターが一人チームにいる場合、天引き率は低いはずですよ。ギルドの広報にもなりますし。ランクアップのモチベーションの一つとして、優遇されていると思います」
「へぇ。そういう仕組みだったんだ」
ハンターギルドに興味がなかったアゲハは、マリアから知識を得て満足した。
「まったく知らなかったな」
カンタロウもすっかり感心し、マリアを尊敬する目で見つめた。
マリアはカンタロウに見つめられ、赤く照れた。
アゲハが指を天に向かってクルクル回し、
「じゃ、カンタロウ君。ハンターギルドに入ったら?」
「なんでそうなる。俺は見知らぬ他人と、仕事をするのは苦手だ」
「それじゃ、友達もできないよ?」
「母がいれば――いい」
本心なのか、カンタロウに焦りはない。
「あっ、そうなるのね」
アゲハは特に、驚きもしなかった。
「ギルドに入ったことは、ないんですか?」
マリアがカンタロウのことに興味があるのか、何気に過去のことを聞いてみる。
「ある。十歳の頃だ。二人のハンターと仕事した」
「マジ? よく家からでれたね?」
「あのときは確か、ハンターになると言って、スズ姉と喧嘩して、家出を決意したんだ。母の布団で眠りながら、俺は悶々と自分自身と戦っていた。家をでたい自分と、家にいたいという自分とだ。家にいたいという自分は、母を盾にして……」
「あっ、もういい。想像できるから。ハンターに入った所から話して」
アゲハが、自分との苦悩と葛藤を語るカンタロウの話を、長いと判断して切ってしまった。
カンタロウは一つ咳をすると、
「……ハンターギルドで門前払いをくらった俺は、二人のハンターに拾われた。一人は眼鏡の男で人間。もう一人はダークエルフの女だった。二人とも俺より年上だ」
「おおっ、よく十歳の少年を仲間にしようと思ったよね?」
「まったくだ。あの眼鏡の男は最悪だった。子供だからと言って、容赦なく俺の頭は殴るは、馬鹿にするわ、強制教育するわ……。思い出すだけでも腹が立つ」
カンタロウは怒りを思い出したのか、むかむかとしてきている。
――ビシビシ鍛えられたんだねぇ。
カンタロウが立派なハンターとして成長したのは、そういう先輩がいたんだなと、アゲハは思った。
「でっ、持病の方はアレか? もしかして、女に甘えまくったのか?」
アゲハがニヤニヤ笑いながら、カンタロウをからかう。
「……その話はいい。したくない」
核心を突かれてしまったのか、カンタロウは顔をそらした。
「もしかして、名前を呼ぼうとして、間違えて母とか言ったんじゃないの?」
「ははっ、まさか。そんなこと、言うわけゴホッ、ゴホッ、言うわけないだろ。アゲハは面白いことを言うな」
アゲハに言われ、冷や汗をかくカンタロウ。
――絶対言ったな。こいつ。
アゲハは確信をもって、そう断言できた。
「でも、じゃあ、どうして一人になったんですか?」
マリアが疑問点を聞いてきた。
現在、カンタロウは一人でハンター仕事をしている。
後の二人のハンターがどうなったのか、知りたくなったようだ。
カンタロウの表情が変わり、
「……あるハンター仕事を受けたんだ。簡単な仕事のはずだった。俺達はテントの中で休んでいた。真夜中、女のハンターが突然いなくなった。心配になって、眼鏡のハンターが探しに行ったが、結局朝まで帰ってこなかった。俺は心配になって、二人を探しに行った」
「うん、それでそれで?」
話がガラリと変わり、アゲハは興味深そうに先をうながした。
マリアは嫌な予感がして、何もしゃべれなかった。
「森をでると、そこは凄惨な光景だった。土は底が見えないぐらいえぐれ、大木はつまようじのように何本も簡単に折られていた。地面に赤い血の水たまりが、いくつもできていた。すさまじい、戦闘の跡だった」
カンタロウの話は、二人の死を暗示している。
もしくは、悪い終わり方。
さすがのアゲハも口をつむいだ。
「二人がどうなったか。俺はわからない。あまりの恐怖に逃げだしたからだ。どこをどう歩いたかわからないまま、家に帰っていた」
カンタロウの表情は、暗くもなく、悲しくもない。
どこか悟り、いや、何度も苦悩し、達観した顔だった。
「情けないだろう? 俺はまだまだあいつ等に届かない。俺は弱い。もっと強くならなきゃな」
カンタロウは拳を握りしめた。
雰囲気がピリピリとうねる。
森のざわめきが、静寂へと変化していく。
「ねっ、ねえマリア。そういえば、エスリナって人と知り合い? 相手はあなたのこと、知ってるみたいだったけど?」
アゲハは陰気になった話を変えようと、マリアにニンフのハンターについて聞いてみた。
「えっ? いえっ、違います。たぶん、エリニスで、私の事を知ったんだろうと思います」
「同じ信者だったってこと? それ、エリニスの紋章だよね?」
アゲハが言うマリアの服には、何かの紋章が刺繍されていた。
美しい女性が、自分の胸を抱えている紋章だ。
両目は閉じられている。
「ご存じなんですか?」
「そりゃ知ってるよ。有名じゃん。女神崇拝で」
「そうです。私達は慈愛の女神様を信仰しています」
マリアはアゲハの前で、両手を合わせた。
「そんなに有名なのか?」
カンタロウはエリニスのことをよく知らないのか、アゲハに訪ねてみた。
「有名だよ。世界中の孤児や信者希望者を受け入れている宗教国家だよ」
「正確には、私はエリニスのリブラ派に属しています。汚れなき魂の葬送。それが私達の教義です」
「ああ。リブラって言ったら、魂を救う女神の名前だね」
アゲハはマリアに向かって、手を上げて答えた。
「よく知ってるな?」
「カンタロウ君が馬鹿なの。もっと家からでろ」
カンタロウに、平然と毒づくアゲハ。
「ほっとけ、あと馬鹿って言うな」
カンタロウはアゲハに感心したことを、すぐに後悔した。
「そうだっ! カンタロウさんも入信しませんか?」
マリアが何を思ったか、カンタロウに入信をせまった。
「えっ? いやっ、俺はいい」
「どうしてですか?」
「どうしてって、言われてもな……」
カンタロウは困惑している。
それにマリアは気づいていないのか、それとも自分の言う事に自信があるのか、さらにカンタロウにせまってきた。
カンタロウはさすがに引いた。
――私には勧めないのかっ!
アゲハは入信を誘われなかったことよりも、無視されたことに腹が立ったようだ。
マリアが明らかに、カンタロウだけを特別扱いしているのも気に入らない。
「……んっ?」
空気が振動した。
カンタロウの耳が、微動する。
アゲハ、マリア、ランマルも、その小さな声に気づいた。
「これは……唄だ……」
アゲハが周りの気配に集中する。いつの間にか、鳥達の鳴き声が消えていた。
「えっ? 唄?」
マリアがアゲハの言ったことがわからず、聞き返してくる。
「唄ってなんだ?」
ランマルもアゲハに聞く。
アゲハは両目を閉じ、
「――エコーズの特殊能力の一つのこと」
「ああっ――ハウリング・コールだ」
カンタロウがそれに答えた。
「何っ! ほんとか?」
ランマルが驚き、声を上げた。
ハウリング・コール。
それはエコーズが、神獣を呼びだすときに、使う特殊能力。
アゲハはそれを唄と呼び、人間はそれを地獄の唸りと呼ぶ。
「神獣の登場か」
カンタロウの顔つきが変わる。
地面から白い粘土のような物体が、体を激しく震わせながら、四人の前にあらわれた。
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