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第2章 雲隠れの里

エリニスとハンターギルド

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 カンタロウ達四人は、ゴーストエコーズがいる森に入った。


 森の枝の間から、白い太陽が射し込んでくる。

 すがすがしい空気、静かな空間、小鳥達の鳴き声が聞こえてきた。

 優しげな風が、長い手のような枝を揺らす。

 細い川のせせらぎが、聞こえてきた。それは一足でまたげる幅だった。


 次々とまたいでいく中、マリアはヒスイ色の小鳥が気になり、視線をむける。

 岩の上で小魚をくわえ、プレゼントを渡しているようだった。

 マリアはその可愛らしさに、つい微笑んだ。


「さっきの奴、第一級ハンターだと言ったな?」

 カンタロウがさっき会った人間のハンターのことが気になるのか、マリアに話しかけてきた。

「ええっ、ラッハというハンターは、聞いたことがあります。確か、有名ですよ」

 マリアはきちんと、カンタロウに答えた。


 ハンターギルドに登録しているハンターのことは、情報開示されている。


 マリアはそれを閲覧したことがあるので、ラッハという名前をよく知っていた。

「へぇ。それならすごいハンターじゃん」

 アゲハの手には、シマリスが乗っていた。

 小動物は、あまりアゲハを怖がらないようだ。

 シマリスはアゲハの手の中で、木の実をかじっている。


「さすが獣人だな。動物に好かれやすいのか?」

「まあね。羨ましいか?」

「別に」


 カンタロウよりも、マリアの方が羨ましがっているのか、ぼうっとシマリスを眺めている。

「ところで、なんだ? 一級って?」

「何? 知らないの? カンタロウ君」

「知らん」

「もうっ、なんでハンターなのに知らないの? ハンターギルドに入ってないの?」

 アゲハはシマリスを逃がし、カンタロウにむきあった。

「入ってない」

「どうして?」

「仕事を紹介される代わりに、報酬金の何割かピンハネされるからだ」

「ああ……それで。ケチだねぇ」

「ほっとけ」


 少しでもお金がほしいカンタロウは、誘われてもハンターギルドには入らなかった。

 ギルドから仕事をもらうよりも、リア・チャイルドマンからもらった方が報酬金は高い。

 そのかわり、死にかけたことが何度もあった。


「簡単に説明しましょうか?」

 マリアがカンタロウの隣に近づいた。

 ハンターギルドのことを知っているようだ。

「うん。頼む」

 カンタロウはうなずいた。

 マリアは一つせきをし、



「ハンターギルドとは、その名のとおりハンター達の集まりで、世界中にネットワークがあります。昨日の傭兵達とは、まったく違う組織です」



「昨日の傭兵ってなんだ?」

 ランマルがアゲハに、傭兵について聞いてきた。

 昨日の酒場での出来事を覚えていないようだ。

 机の上で爆睡していたのだから、当然だった。


「もういいから」


 アゲハは煩わしいのか、手を振っただけだった。

 マリアの説明は続き、



「その活動内容は、ハンターの育成、派遣、仕事の受付です。登録すれば、その能力により五つのランクに分けられ、活動することになります。素人がハンターになりたければ、学校に入ることになります。戦闘経験者がギルドに入るメリットは、チームを組みやすいことです。いろいろな人種が登録してあるため、必要な能力を集め、仕事を達成しやすいのです」



「詳しいね? マリア」

「まあ、いろいろ勉強しましたから。棒読みですけど」

 マリアはアゲハに向かって、一呼吸すると、説明を続けた。



「例えば、さっきのハンター達を例にすると、ラッハは第一級ハンターで、チームリーダーを務めていると思います。恐らく、他の三人は第二級ハンターで、上級戦闘員という位置づけだと思います。つまり、ハンターの中でもベテランでかつ、優秀なハンター達ということになりますね」



「それでも報酬金はピンハネされるんだ?」

「ええ。でも第一級ハンターが一人チームにいる場合、天引き率は低いはずですよ。ギルドの広報にもなりますし。ランクアップのモチベーションの一つとして、優遇されていると思います」

「へぇ。そういう仕組みだったんだ」

 ハンターギルドに興味がなかったアゲハは、マリアから知識を得て満足した。

「まったく知らなかったな」

 カンタロウもすっかり感心し、マリアを尊敬する目で見つめた。

 マリアはカンタロウに見つめられ、赤く照れた。

 アゲハが指を天に向かってクルクル回し、

「じゃ、カンタロウ君。ハンターギルドに入ったら?」

「なんでそうなる。俺は見知らぬ他人と、仕事をするのは苦手だ」

「それじゃ、友達もできないよ?」

「母がいれば――いい」

 本心なのか、カンタロウに焦りはない。

「あっ、そうなるのね」

 アゲハは特に、驚きもしなかった。



「ギルドに入ったことは、ないんですか?」



 マリアがカンタロウのことに興味があるのか、何気に過去のことを聞いてみる。

「ある。十歳の頃だ。二人のハンターと仕事した」

「マジ? よく家からでれたね?」

「あのときは確か、ハンターになると言って、スズ姉と喧嘩して、家出を決意したんだ。母の布団で眠りながら、俺は悶々と自分自身と戦っていた。家をでたい自分と、家にいたいという自分とだ。家にいたいという自分は、母を盾にして……」

「あっ、もういい。想像できるから。ハンターに入った所から話して」

 アゲハが、自分との苦悩と葛藤を語るカンタロウの話を、長いと判断して切ってしまった。

 カンタロウは一つ咳をすると、

「……ハンターギルドで門前払いをくらった俺は、二人のハンターに拾われた。一人は眼鏡の男で人間。もう一人はダークエルフの女だった。二人とも俺より年上だ」

「おおっ、よく十歳の少年を仲間にしようと思ったよね?」

「まったくだ。あの眼鏡の男は最悪だった。子供だからと言って、容赦なく俺の頭は殴るは、馬鹿にするわ、強制教育するわ……。思い出すだけでも腹が立つ」

 カンタロウは怒りを思い出したのか、むかむかとしてきている。



 ――ビシビシ鍛えられたんだねぇ。



 カンタロウが立派なハンターとして成長したのは、そういう先輩がいたんだなと、アゲハは思った。

「でっ、持病の方はアレか? もしかして、女に甘えまくったのか?」

 アゲハがニヤニヤ笑いながら、カンタロウをからかう。

「……その話はいい。したくない」

 核心を突かれてしまったのか、カンタロウは顔をそらした。

「もしかして、名前を呼ぼうとして、間違えて母とか言ったんじゃないの?」



「ははっ、まさか。そんなこと、言うわけゴホッ、ゴホッ、言うわけないだろ。アゲハは面白いことを言うな」



 アゲハに言われ、冷や汗をかくカンタロウ。


 ――絶対言ったな。こいつ。


 アゲハは確信をもって、そう断言できた。

「でも、じゃあ、どうして一人になったんですか?」

 マリアが疑問点を聞いてきた。

 現在、カンタロウは一人でハンター仕事をしている。

 後の二人のハンターがどうなったのか、知りたくなったようだ。

 カンタロウの表情が変わり、

「……あるハンター仕事を受けたんだ。簡単な仕事のはずだった。俺達はテントの中で休んでいた。真夜中、女のハンターが突然いなくなった。心配になって、眼鏡のハンターが探しに行ったが、結局朝まで帰ってこなかった。俺は心配になって、二人を探しに行った」

「うん、それでそれで?」

 話がガラリと変わり、アゲハは興味深そうに先をうながした。

 マリアは嫌な予感がして、何もしゃべれなかった。



「森をでると、そこは凄惨な光景だった。土は底が見えないぐらいえぐれ、大木はつまようじのように何本も簡単に折られていた。地面に赤い血の水たまりが、いくつもできていた。すさまじい、戦闘の跡だった」



 カンタロウの話は、二人の死を暗示している。

 もしくは、悪い終わり方。

 さすがのアゲハも口をつむいだ。

「二人がどうなったか。俺はわからない。あまりの恐怖に逃げだしたからだ。どこをどう歩いたかわからないまま、家に帰っていた」

 カンタロウの表情は、暗くもなく、悲しくもない。

 どこか悟り、いや、何度も苦悩し、達観した顔だった。

「情けないだろう? 俺はまだまだあいつ等に届かない。俺は弱い。もっと強くならなきゃな」

 カンタロウは拳を握りしめた。

 雰囲気がピリピリとうねる。

 森のざわめきが、静寂へと変化していく。



「ねっ、ねえマリア。そういえば、エスリナって人と知り合い? 相手はあなたのこと、知ってるみたいだったけど?」



 アゲハは陰気になった話を変えようと、マリアにニンフのハンターについて聞いてみた。

「えっ? いえっ、違います。たぶん、エリニスで、私の事を知ったんだろうと思います」



「同じ信者だったってこと? それ、エリニスの紋章だよね?」



 アゲハが言うマリアの服には、何かの紋章が刺繍されていた。

 美しい女性が、自分の胸を抱えている紋章だ。

 両目は閉じられている。

「ご存じなんですか?」

「そりゃ知ってるよ。有名じゃん。女神崇拝で」



「そうです。私達は慈愛の女神様を信仰しています」



 マリアはアゲハの前で、両手を合わせた。

「そんなに有名なのか?」

 カンタロウはエリニスのことをよく知らないのか、アゲハに訪ねてみた。



「有名だよ。世界中の孤児や信者希望者を受け入れている宗教国家だよ」



「正確には、私はエリニスのリブラ派に属しています。汚れなき魂の葬送。それが私達の教義です」

「ああ。リブラって言ったら、魂を救う女神の名前だね」



 アゲハはマリアに向かって、手を上げて答えた。

「よく知ってるな?」

「カンタロウ君が馬鹿なの。もっと家からでろ」

 カンタロウに、平然と毒づくアゲハ。

「ほっとけ、あと馬鹿って言うな」

 カンタロウはアゲハに感心したことを、すぐに後悔した。




「そうだっ! カンタロウさんも入信しませんか?」




 マリアが何を思ったか、カンタロウに入信をせまった。

「えっ? いやっ、俺はいい」

「どうしてですか?」

「どうしてって、言われてもな……」

 カンタロウは困惑している。

 それにマリアは気づいていないのか、それとも自分の言う事に自信があるのか、さらにカンタロウにせまってきた。


 カンタロウはさすがに引いた。


 ――私には勧めないのかっ!

 アゲハは入信を誘われなかったことよりも、無視されたことに腹が立ったようだ。

 マリアが明らかに、カンタロウだけを特別扱いしているのも気に入らない。




「……んっ?」




 空気が振動した。

 カンタロウの耳が、微動する。

 アゲハ、マリア、ランマルも、その小さな声に気づいた。





「これは……唄だ……」





 アゲハが周りの気配に集中する。いつの間にか、鳥達の鳴き声が消えていた。

「えっ? 唄?」

 マリアがアゲハの言ったことがわからず、聞き返してくる。

「唄ってなんだ?」

 ランマルもアゲハに聞く。

 アゲハは両目を閉じ、




「――エコーズの特殊能力の一つのこと」

「ああっ――ハウリング・コールだ」




 カンタロウがそれに答えた。

「何っ! ほんとか?」

 ランマルが驚き、声を上げた。


 ハウリング・コール。

 それはエコーズが、神獣を呼びだすときに、使う特殊能力。

 アゲハはそれを唄と呼び、人間はそれを地獄の唸りと呼ぶ。


「神獣の登場か」

 カンタロウの顔つきが変わる。

 地面から白い粘土のような物体が、体を激しく震わせながら、四人の前にあらわれた。

 次々と地面から盛り上がってくる。

 手と足を形づくり、何もない顔を侵入者にむけていた。
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