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第2章 雲隠れの里

ザクロ

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 カンタロウが屋敷をでると、光が目に飛び込んできた。


「…………」


 空を見上げると、蜂の巣のような雲から、太陽が射し込んでくる。

 手をかざして防ぐ。

 それでも、指の隙間から入ってくる。



「……いつになったら、太陽ってのは、手に届くんだろうな」



 太陽にむかって、手を伸ばしてみる。

 太陽には届かない。届いたとしても、燃え尽きてしまう。

 暗澹たる気持ちになりながら、カンタロウは一階にむかって、外の階段を下りていた。

 見覚えのある、金髪が見えてきた。




「ヤッホー。カンタロウ君」




 手を上げて、アゲハがカンタロウを待ってくれていた。

 明るい声に、カンタロウの気持ちが少し晴れた。


 カンタロウは何事もなかったように階段を下りると、

「なんだ? ランマルと一緒じゃないのか?」

「心配で様子を見にきたんじゃん。何かされた?」

「大丈夫だ。お金を返しに行っただけだしな」

「そっか。それは何よりだな。ランマルに飯、おごってもらいに行こうぜ」

 アゲハは手を後ろにやると、さっさと先に進みだす。


「ふふっ」


 カンタロウはアゲハの奔放さに、つい小さく笑ってしまった。

「うん? どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「なになに? すっごく気になるんですけど?」

 アゲハはわざとカンタロウの顔を覗き込む。


 カンタロウは恥ずかしいのか、照れて目をそらし、

「なんでもない。仕事が入った。その内容を聞いてから、ランマルの所に戻るよ」

「ええっ、そうなの? 少しは休みなよ」

「アゲハはいつも休んでいるだろ?」

「きちんと働いてますぅ。アゲハさんはこう見えても、いろいろと忙しいんだぞ」

「わかった。ザクロの所に行くよ」

「ザクロ?」

「ハンター仕事の請負人だ」

 カンタロウは、屋敷の一階に建設されている、酒場にむかった。


 アゲハは口を少し尖らせたが、カンタロウの後ろについていった。

「ここか……」

 アゲハが酒場の入り口で立ち止まる。


 酒場の出入り口は小さく、狭い。

 窓から酒が並べられているのが見えるが、中身はなく、ただの飾りのようだ。

 場所は目立った所になく、地味なため、恐らく客層は少ない。


「気をつけろ。奴に近づくと――食われるぞ」

 カンタロウの声が、微妙に震えている。

「えっ? どういうこと? 凶暴な人ってこと?」

「慎重にドアを……」


「ヤッホー。こんにちは」


 アゲハはカンタロウの忠告を聞かず、ドアをおもいっきり開けた。



「だからさぁ。ハンター仲間がほしいんだったら、ハンターギルドに行きなって」

「ギルドに行っても、誰も仲間になってくれないんです! お願いします! 強いハンターを紹介してください!」



 酒場の中では、胸元の開いた上服を着た、黒髪の女性と、膝がでているミニスカートの、白髪の女性が、言い争いをしている。

「だからぁ。ここは仕事を紹介する所であって、仲間を紹介する所じゃないって……あれ? お客さん?」

 ブラウンの瞳が、アゲハを捕らえる。

 声は大人の女性らしく、艶があり濃厚。

 髪型はソバージュで、右頬に斜めの切り傷の跡がある。

 右目の下の、黒いほくろが魅力的だった。


「あっ……」


 白髪の女性も、アゲハ達に気づいた。


 瞳は茶色、肌は日焼けを嫌うのか、美しい白。

 背にはショート・スピアという槍を背負っている。

 髪型は後ろ半分をしばった、ハーフアップにしているようだ。

 上服の胸には、何かの紋章が刺繍されていた。


 アゲハは大きく女性に向かって手を挙げ、

「どうも」

「あらら、今度は子供が来ちゃったよ。お嬢ちゃん。ここは学校じゃないよ?」

「私はハンターだよ。カンタロウ君に依頼された、仕事をもらいに来たの」

「カンタロウ? カンタロウの坊やがいるのかい?」

「うん、後ろに……うわっ!」

 ドアの入り口で、カンタロウは体を半分だけだしていた。

 目には大型獣に脅える小動物のような、恐怖が見える。



「アゲハ。それ以上、ザクロに近づくな。――やられてしまうぞ」



 空気と同化してしまいそうな声で、つぶやくカンタロウ。 

 ――脅えてる! カンタロウ君が、なんだかわかんないけど、脅えてる!

 アゲハは状況分析即終えた。

 ザクロがよほど怖いのか、カンタロウはまだ酒場の中にすら入っていなかった。

「あいかわらずだねぇ、坊や。お姉さんは何もしないから、こっちきなよ」

「嫌だ。大人はみんな、嘘つきだ」

 カンタロウはますます、ドアから離れていく。

 ――いったい、過去に何が……。

 アゲハは知りたくもない、カンタロウの過去が少し見えた気がした。

「はぁ。やっぱり遠くから見ても、いい男はいい男だねぇ。なんか、ムラムラするよ」

 ザクロの頬が、紅く染まる。紅い舌が、唇をいやらしく舐めた。

 両目がしっとりと濡れ、興奮しているのがよくわかる。


 ――なるほど、カンタロウ君が苦手なタイプだわ。


 肉食獣のようなザクロに、マザコンであるカンタロウが勝てるわけがないなと、アゲハは思った。

「冗談だよ。中に入りなよ。紅茶ぐらいは入れてやるよ」

 ザクロがお茶の用意をしようと、カウンターから離れると、白髪の女性がカンタロウの元に走り、



「あっ、あのっ! ハンターの人ですよね?」



「あっ、ああ。そうだ」

 突然のことに、カンタロウは少しひるむ。

 ――私は無視か!

 ハンターである自分を無視し、カンタロウの元にむかった女性に、アゲハは少し腹が立った。



「私の仲間になってくれませんか? お願いします!」



「ちょっと、あんた。その坊やは特別なんだ。無茶なお願いはやめな」



「妹を……妹を助けたいんです!」



 ザクロを無視し、白髪の娘の発言で、困惑していたカンタロウの目が、冷静さを取り戻した。

 ――あっ、まずい。

 アゲハは一瞬、嫌な予感がした。

「……わかった。だけど、まずは俺の仕事をこなさなきゃならない。後で話は聞く。それでいいか?」



「……はっ、はい。ありがとうございます!」



 数秒、カンタロウに見入っていた女性は、ようやく我に返り、頭を下げた。

 ――あぁ、やっぱりこのパターンだ……。

 アゲハは、げんなりとした気分になった。


 酒場の中は、木製の机に椅子。

 幅の狭いカウンター。

 棚には少ない酒瓶があった。


 特定のお客しか来ないのか、部屋は狭く、椅子も数個しかない。

 甘い酒の香りがしてくる。

 アゲハとカンタロウ、白髪の女性はカウンターの椅子に座った。


 窓の外では、黒いカラス達が集まっている。

 ネズミを食わえ、おもちゃにして遊んでいるようだ。

 カンタロウが見つけ、眺めている。


「このお茶おいしいね」

 アゲハがお茶を飲んだ感想を、何気にしゃべった。

 カンタロウの意識が、窓の外から中にむかう。

「だろ? 剣帝国製の紅茶さ。魔帝国の薬茶には負けるけどね」

 カウンター越しに、ザクロはお茶をすする。

「酒場なのに、お茶があるんですね」

 白髪の女性も意外なのか、目をパチクリさせた。



「自己紹介だ。私の名前はザクロ。よろしく」



 酒場の主人。ザクロから挨拶した。



「私はマリアです」



 次に、白髪の女性が、静かに自分の名前を名乗った。

 初対面のハンター達に、少し緊張している。



「俺はカンタロウ、ハンターだ」

「私はアゲハ、カンタロウ君の愛人だ」



 例によって、アゲハがカンタロウをからかう。

「えっ! そうなんですか?」

「違う。アゲハはハンター仲間だ。愛人でもなんでもない」

「そうなんですか。びっくりしました」

 マリアはカンタロウの言うことを、素直に受け止めた。

 ――へぇ。なんか、超素直。胸もそこそこって所か。髪も長いし。武器は槍ね。それにしても、スカート短っ!

 アゲハはそこがやたら気になった。

「あの……」

「あっ、ううん。なんでもない」

 視線をマリアに気づかれ、アゲハは慌てて誤魔化した。




「仕事の内容の話をしようかね。――剣帝国からの依頼だ。国境付近にゴーストエコーズが出現している。これを討伐してほしいってさ」




 ザクロの依頼内容に、アゲハの獣の目が鋭く反応し、

「ゴーストエコーズがらみってわけね。どうするカンタロウ君? 受けるでしょ?」

「やけに高揚しているな?」

 カンタロウはアゲハに、細い目をむける。

「そっ、そうかな? 別に私はどっちでもいいけど……」

「俺に仕事を選ぶ権利はないよ。わかった」

 カンタロウはすぐに了承した。

「大丈夫かい? 国からの依頼だ。難易度は高いよ」

「いいよ。やるさ」

「ママは心配しないのかい?」

 ザクロはどうやら、カンタロウがマザコンであることを知っているようだ。


「母は関係ない。これは俺の仕事だ。でも仕事が長引くようなら――手紙を書く」


 やはり母のことは、しっかりと気にしていた。

 ザクロは後ろをむき、ブフッと息を吹きだした。

 ――うん。しっかりオチを落としたよね。

 アゲハは満足気だった。



「場所を説明するよ。ここから半日で行ける。ここらへんに巣があるはず」



 ザクロは地図を広げると、ゴーストエコーズが出現している場所を指さした。

 カンタロウとアゲハは、食い入るように、地図を眺め、

「都市部から、そんなに離れていないね」

「ああ、これなら、一日で終わりそうだな」

「うまくいけば、ね」

「ああ、うまくいけば、だな」

 相手がゴーストエコーズである以上、難関な仕事であることには間違いない。

 一応お金を払い、ザクロから地図を購入することにした。


 次にザクロは、報奨金の明細をカンタロウに渡し、

「報奨金額はこれだけ。リア・チャイルドマンの方にこれだけピンハネされるけど、いいかい?」

「ああ」

 明細を見たアゲハは、その金額に息を飲み、



 ――えっ? すごい金額ピンハネされてる……。どれだけ借金あるの?



 カンタロウの表情を見ても、動揺の色がない。これが普通のことなのだ。

 マリアもアゲハと同じ気持ちなのか、チラチラとカンタロウと金額を見比べる。

「残りの借金額の請求書はもらったかい?」

「もらってない」

「それなら、仕事が終わった後に、私が渡すよ。またここに寄るといい」

「わかった」

「ねえ。坊や」

 ザクロが、カンタロウの手に触れた。

「なっ、なんだ?」

 カンタロウの手が、ビクリと震える。



「無事帰ってきな。お前のことを、待ってる女を忘れるんじゃないよ。わかったかい?」



 カンタロウの手を、すりすりとさするザクロ。

 母のため、自分の命をかける青年を、本気で気に入っているようだ。

 三十手前の若さだが、艶のある瞳で、カンタロウを誘う。




 ――カンタロウ君。白目! 白目剥いてる!




 アゲハの予想通り、カンタロウは失神しかけていた。
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