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第2章 雲隠れの里
リア・チャイルドマン
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*
カンタロウ、アゲハ、ランマルは剣帝国、グランデルに行くために、旅の準備を終え、外にでていた。
ヒナゲシ、スズは三人を送りだすため、一緒に表にでる。
「母さん」
カンタロウは眼の見えない母親に近づくと、そっと、その体を抱きしめた。
「いってくるよ」
「いってらっしゃい。カンタロウさん」
二人が抱き合う光景を見て、スズが手を両目にやった。
――親と子か。私にはわかんないな。
親が存在しないアゲハにとって、その光景は理解できないものだった。
*
それから半日、ランマルについて、街道を歩き続けた。
太陽が沈みかけ始める頃になると、道を通る人が多くなってきた。
傭兵、商人、隣町からきた住人など、多様な職種が歩いている。
「ついたぞ」
ランマルが丘の道で立ち止まった。
「ようやく? もう夕方じゃん。けっこう遠いね」
アゲハは靴を手ではらっている。
すでに太陽は、西に傾きつつあった。
カンタロウはまぶしい夕日に目を細めながら、
「だから宿泊代をねだったんだ」
「なるほどねぇ」
アゲハは納得したのか、両手を後頭部へやった。
「あれが剣帝国都市、グランデルだ」
ランマルが指さす方向には、地上に巨大な剣が刺さっている。
剣帝国のお城だった。
国旗には、剣を持つドラゴン『ソードドラゴン』が描かれていた。
天空から落ちてきた、巨人の剣のようだ。
「剣が、地上に刺さってる」
アゲハは剣帝国に行ったことがなかったため、その壮大な城に、感嘆の声を上げた。
「神の剣ってやつだな。うちの観光名所だ」
ランマルはアゲハの反応に喜ぶと、また先へと進み始めた。
都市は茶色の壁で守られており、中には神脈結界を張るための、魔法円が設置されている。
壁の外では、市場や酒場、アイテム屋や宿屋が客引きを行っていた。
都市出入り口では、兵士が人物チェックを行っている。
「へぇ。煉瓦の壁と神脈結界の二重構造で都市を守ってるんだ?」
「ああ、魔法円のメンテナンスを、円滑に行うために、神脈結界はあまり都市の外には広げていないんだ。だからほらっ、結界に入る前に、もう兵士がいるだろ?」
「何か、アダマスと同じ。鉄壁の壁って感じだね」
「都市の中にいる人間にとってはな」
アゲハは興味があるのか、ウキウキしている。
カンタロウは慣れているため、新鮮な驚きというものは特になかった。
「もうすぐ関門だな」
カンタロウは兵士が見張る都市出入口前で、茶色のフードをかぶり、口を布で覆った。
自分の素顔を隠すためだ。
ランマルは申し訳なさそうな顔つきになると、
「すまんな。たぶん、成長したお前のことを、覚えている者は、少ないと思うけどな」
「いいさ。前の仕事のときは、俺のことを知っている者もいた。やっかい事は起こしたくない」
父、コウタロウの処刑から、もう十年はたっている。
カンタロウは、人不信な性格から、自らの身を隠す癖がついていた。
ランマルは一般人とは違う、別ルートで門へむかっていた。
「あれ? あっちじゃないの?」
アゲハが都市に入るために、チェックを受ける一般人の行列を指さした。
「俺は一応団長だからな。特別扱いなんだよ」
「よっ、さすが団長」
「こういうときだけ褒められるなぁ」
ランマルは門で、簡単な手続きを済ますと、二人を都市の中へ案内し、
「よしっ、結界の中に入ったな。ようこそ、百パーセント安全な都市、グランデルへ」
アゲハの顔が、一瞬、歪んだ。
「ん? どうした? アゲハ」
カンタロウが、アゲハの変化に気づく。
「ううん。別に」
アゲハの表情は、もう元に戻っていた。
「……そうか」
カンタロウはそれ以上、何も聞かなかった。
都市内部は夕方のためか、人は少なかった。
石の地面、煉瓦と木の建物、屋根は灰色の瓦葺き。
人々の服装は、カンタロウと同じ和装。
さすが職人が多く、手には工具を持つ者が多い。
人種としては人間が多く、他の種族はほとんど見かけない。
「おおっ、都市ってかんじ」
アゲハは興奮し、子供のように、キョロキョロし始める。
「アゲハ、こっちだ」
カンタロウは一人ふらふらしているアゲハに声をかけ、見慣れた光景から離れていく。
路地裏に入り、小さなトンネルを抜けると、人が少なくなってきた。
大きな屋敷が見えてくる。
屋敷の周りには、家があまり建てられていない。
狭い都市の中で、異様な風貌をしている。
「ここだな」
ランマルとカンタロウが、足を止める。アゲハも、歩行をやめた。
「じゃ、いってくる」
カンタロウはそう言うと、屋敷の方へむかっていった。
「何? あの屋敷?」
アゲハが鼻をスンスン鳴らす。
屋敷の壁は黒ずみ、漆喰は剥がれ、屋根では黒いカラスの群がとまっている。
立派な建物だが、雰囲気が暗い。
太陽が当たっているのに、自ら影になっている。
アゲハは異様な気配を感じとり、
「すごく嫌な感じ」
「リア・チャイルドマンの家だ。剣帝国都市の、金貸しのボスさ。――あいつも災厄な奴に捕まったもんだよ」
静まり返った両目で、ランマルは屋敷を見つめていた。
カンタロウは外に設置された固定階段を上り、二階にある玄関をノックした。
黒いスーツを着、動物の仮面をつけた、チャイルドマンの部下がでてきた。
部下はカンタロウを一目見ると、無言で屋敷の中に招き入れた。
屋敷の中は、価値の高い装飾品がずらりと置かれてあった。
怪物の剥製、古い壷、金の皿、オーダーメイドの少女の人形。
数えても、きりがない。
床には赤い絨毯が敷かれてあった。
部下は三階に上っていった。
カンタロウは品物に見向きもせず、ついていく。
チャイルドマンがいる部屋に、カンタロウが招かれた。
部屋の中は暗く、鬱血したかのように息苦しい。それを誤魔化すためなのか、お香の香りが漂ってきた。
四人の部下が、左右にずらりと並んでいた。
どの部下もお面をかぶり、素顔を見せていない。
腰には剣と拳銃を所持していた。
部屋の奥にある、立派な剣が描かれた豪華な机に、男が一人座っている。
窓のカーテンは閉められており、暗くてよく見えないが、男のピンクのスーツはよく目立った。
小太りで、背は低く、頭は禿げており、毛は少ししかはえていない。
椅子がきしみ、男がカンタロウの方に振りむいた。
短い足の太股には、灰色の猫が座っている。
猫の赤い瞳が、獲物を捕らえたかのように、カンタロウを睨む。
カンタロウは部下に、お金を渡した。
部下はお金を数えると、机にいるチャイルドマンに耳打ちする。
無表情だったチャイルドマンの口元が、ニタリと笑った。
「いつもすごいね。カンタロウ君。エコーズを倒したんだって? さすが報酬額がいい。このままいけば、借金もすぐに返せると思うよ。おっと、エコーズじゃなくて、神獣を操る魔物か」
チャイルドマンは子供のように、飴を口に咥えていた。顔はもう五十代の中年男だ。
ふくれ上がった瞼から、死人のような目つきが見えた。
飴の甘ったるい臭いが、カンタロウの鼻に入ってくる。
口の飴から、透明な粘膜が糸を引く。
高めの椅子に座っているのか、短足の足がまる見えだった。
カンタロウは異臭に顔をしかめながら、
「……今月分と来月分、再来月分はたしかに払ったぞ」
「うん。たしかに受け取った。あっ、そうだ。また仕事があるんだけど、やるかい?」
「エコーズがらみか?」
「そう。今度も報酬金は高いよ。なんせこの国が関わっているからね。どう?」
「わかった。下の階にいる、ザクロに聞けばいいんだな?」
ザクロとは、チャイルドマンが雇っている女の名前だ。
いつも危険な仕事を、どこからか請け負っている。
酒の仕入れも、彼女の担当だ。
「そうそう。危険な仕事は、いつも僕の所に集まってくるからね」
カンタロウはチャイルドマンに答えず、屋敷の下へむかおうとした。
「ああっ、ちょっと待って、そういえば、簡単で稼げる仕事もあるよ。こんな危険な仕事ばっかりやってちゃ、命がいくつあっても足りないでしょ?」
チャイルドマンが声をかける。
カンタロウの足が、ピタリと止まった。
「……条件は?」
「君のママ。紹介してくれない? 『犬小屋にいるメス犬』ってみんな呼んでるけど、一目見れば印象が変わるよね。盲目の未亡人って感じかな? すごく美しいママだ。僕は一目で気に入っちゃった。だから君のママを……」
カンタロウは刀を抜くと、チャイルドマンにむけた。
部下がすばやく反応し、拳銃を抜く。
チャイルドマンは手で制止した。
「俺の母に近寄るな」
忠告すると、カンタロウは刀を鞘に収め、部屋からでていった。
「……ふう。やっぱ駄目か」
チャイルドマンは飴を食わえたまま、椅子に深く腰をかける。猫が不気味に鳴いた。
「仕事は危険なんだろうね? カッコウ」
部屋にいる部下の一人が、動物のお面を外した。
ボサボサの茶髪、ニタニタした表情、猿のように、しわが目立つ。
両目は血のように赤い。
指には指輪だらけ、耳にはピアスをしていた。
「クハッ、ああ、危険も危険、百二十パーセント危険だぜぇ。しっかしすごい奴だな。ゴーストエコーズがらみで、よくここまで生きてきたもんだ」
カインの墓の前に、立っていた人物だ。
カッコウの手には、カンタロウのデータを持っていた。
今まで受けた仕事の履歴が書かれてある。
「そうなんだよ。しぶといんだ」
チャイルドマンは感情がわかりやすい、苦い顔をした。
「クハッ? なんだ? 生きてちゃまずいのかよ?」
「あたりまえだよ。カンタロウ君さえ死んでくれれば――ママは僕の物だからね」
ガリッと、飴を砕くチャイルドマン。
「……クハハッ! 人間の欲望はきりがねぇな!」
カッコウはあまりのおかしさに、大笑いしていた。
カンタロウ、アゲハ、ランマルは剣帝国、グランデルに行くために、旅の準備を終え、外にでていた。
ヒナゲシ、スズは三人を送りだすため、一緒に表にでる。
「母さん」
カンタロウは眼の見えない母親に近づくと、そっと、その体を抱きしめた。
「いってくるよ」
「いってらっしゃい。カンタロウさん」
二人が抱き合う光景を見て、スズが手を両目にやった。
――親と子か。私にはわかんないな。
親が存在しないアゲハにとって、その光景は理解できないものだった。
*
それから半日、ランマルについて、街道を歩き続けた。
太陽が沈みかけ始める頃になると、道を通る人が多くなってきた。
傭兵、商人、隣町からきた住人など、多様な職種が歩いている。
「ついたぞ」
ランマルが丘の道で立ち止まった。
「ようやく? もう夕方じゃん。けっこう遠いね」
アゲハは靴を手ではらっている。
すでに太陽は、西に傾きつつあった。
カンタロウはまぶしい夕日に目を細めながら、
「だから宿泊代をねだったんだ」
「なるほどねぇ」
アゲハは納得したのか、両手を後頭部へやった。
「あれが剣帝国都市、グランデルだ」
ランマルが指さす方向には、地上に巨大な剣が刺さっている。
剣帝国のお城だった。
国旗には、剣を持つドラゴン『ソードドラゴン』が描かれていた。
天空から落ちてきた、巨人の剣のようだ。
「剣が、地上に刺さってる」
アゲハは剣帝国に行ったことがなかったため、その壮大な城に、感嘆の声を上げた。
「神の剣ってやつだな。うちの観光名所だ」
ランマルはアゲハの反応に喜ぶと、また先へと進み始めた。
都市は茶色の壁で守られており、中には神脈結界を張るための、魔法円が設置されている。
壁の外では、市場や酒場、アイテム屋や宿屋が客引きを行っていた。
都市出入り口では、兵士が人物チェックを行っている。
「へぇ。煉瓦の壁と神脈結界の二重構造で都市を守ってるんだ?」
「ああ、魔法円のメンテナンスを、円滑に行うために、神脈結界はあまり都市の外には広げていないんだ。だからほらっ、結界に入る前に、もう兵士がいるだろ?」
「何か、アダマスと同じ。鉄壁の壁って感じだね」
「都市の中にいる人間にとってはな」
アゲハは興味があるのか、ウキウキしている。
カンタロウは慣れているため、新鮮な驚きというものは特になかった。
「もうすぐ関門だな」
カンタロウは兵士が見張る都市出入口前で、茶色のフードをかぶり、口を布で覆った。
自分の素顔を隠すためだ。
ランマルは申し訳なさそうな顔つきになると、
「すまんな。たぶん、成長したお前のことを、覚えている者は、少ないと思うけどな」
「いいさ。前の仕事のときは、俺のことを知っている者もいた。やっかい事は起こしたくない」
父、コウタロウの処刑から、もう十年はたっている。
カンタロウは、人不信な性格から、自らの身を隠す癖がついていた。
ランマルは一般人とは違う、別ルートで門へむかっていた。
「あれ? あっちじゃないの?」
アゲハが都市に入るために、チェックを受ける一般人の行列を指さした。
「俺は一応団長だからな。特別扱いなんだよ」
「よっ、さすが団長」
「こういうときだけ褒められるなぁ」
ランマルは門で、簡単な手続きを済ますと、二人を都市の中へ案内し、
「よしっ、結界の中に入ったな。ようこそ、百パーセント安全な都市、グランデルへ」
アゲハの顔が、一瞬、歪んだ。
「ん? どうした? アゲハ」
カンタロウが、アゲハの変化に気づく。
「ううん。別に」
アゲハの表情は、もう元に戻っていた。
「……そうか」
カンタロウはそれ以上、何も聞かなかった。
都市内部は夕方のためか、人は少なかった。
石の地面、煉瓦と木の建物、屋根は灰色の瓦葺き。
人々の服装は、カンタロウと同じ和装。
さすが職人が多く、手には工具を持つ者が多い。
人種としては人間が多く、他の種族はほとんど見かけない。
「おおっ、都市ってかんじ」
アゲハは興奮し、子供のように、キョロキョロし始める。
「アゲハ、こっちだ」
カンタロウは一人ふらふらしているアゲハに声をかけ、見慣れた光景から離れていく。
路地裏に入り、小さなトンネルを抜けると、人が少なくなってきた。
大きな屋敷が見えてくる。
屋敷の周りには、家があまり建てられていない。
狭い都市の中で、異様な風貌をしている。
「ここだな」
ランマルとカンタロウが、足を止める。アゲハも、歩行をやめた。
「じゃ、いってくる」
カンタロウはそう言うと、屋敷の方へむかっていった。
「何? あの屋敷?」
アゲハが鼻をスンスン鳴らす。
屋敷の壁は黒ずみ、漆喰は剥がれ、屋根では黒いカラスの群がとまっている。
立派な建物だが、雰囲気が暗い。
太陽が当たっているのに、自ら影になっている。
アゲハは異様な気配を感じとり、
「すごく嫌な感じ」
「リア・チャイルドマンの家だ。剣帝国都市の、金貸しのボスさ。――あいつも災厄な奴に捕まったもんだよ」
静まり返った両目で、ランマルは屋敷を見つめていた。
カンタロウは外に設置された固定階段を上り、二階にある玄関をノックした。
黒いスーツを着、動物の仮面をつけた、チャイルドマンの部下がでてきた。
部下はカンタロウを一目見ると、無言で屋敷の中に招き入れた。
屋敷の中は、価値の高い装飾品がずらりと置かれてあった。
怪物の剥製、古い壷、金の皿、オーダーメイドの少女の人形。
数えても、きりがない。
床には赤い絨毯が敷かれてあった。
部下は三階に上っていった。
カンタロウは品物に見向きもせず、ついていく。
チャイルドマンがいる部屋に、カンタロウが招かれた。
部屋の中は暗く、鬱血したかのように息苦しい。それを誤魔化すためなのか、お香の香りが漂ってきた。
四人の部下が、左右にずらりと並んでいた。
どの部下もお面をかぶり、素顔を見せていない。
腰には剣と拳銃を所持していた。
部屋の奥にある、立派な剣が描かれた豪華な机に、男が一人座っている。
窓のカーテンは閉められており、暗くてよく見えないが、男のピンクのスーツはよく目立った。
小太りで、背は低く、頭は禿げており、毛は少ししかはえていない。
椅子がきしみ、男がカンタロウの方に振りむいた。
短い足の太股には、灰色の猫が座っている。
猫の赤い瞳が、獲物を捕らえたかのように、カンタロウを睨む。
カンタロウは部下に、お金を渡した。
部下はお金を数えると、机にいるチャイルドマンに耳打ちする。
無表情だったチャイルドマンの口元が、ニタリと笑った。
「いつもすごいね。カンタロウ君。エコーズを倒したんだって? さすが報酬額がいい。このままいけば、借金もすぐに返せると思うよ。おっと、エコーズじゃなくて、神獣を操る魔物か」
チャイルドマンは子供のように、飴を口に咥えていた。顔はもう五十代の中年男だ。
ふくれ上がった瞼から、死人のような目つきが見えた。
飴の甘ったるい臭いが、カンタロウの鼻に入ってくる。
口の飴から、透明な粘膜が糸を引く。
高めの椅子に座っているのか、短足の足がまる見えだった。
カンタロウは異臭に顔をしかめながら、
「……今月分と来月分、再来月分はたしかに払ったぞ」
「うん。たしかに受け取った。あっ、そうだ。また仕事があるんだけど、やるかい?」
「エコーズがらみか?」
「そう。今度も報酬金は高いよ。なんせこの国が関わっているからね。どう?」
「わかった。下の階にいる、ザクロに聞けばいいんだな?」
ザクロとは、チャイルドマンが雇っている女の名前だ。
いつも危険な仕事を、どこからか請け負っている。
酒の仕入れも、彼女の担当だ。
「そうそう。危険な仕事は、いつも僕の所に集まってくるからね」
カンタロウはチャイルドマンに答えず、屋敷の下へむかおうとした。
「ああっ、ちょっと待って、そういえば、簡単で稼げる仕事もあるよ。こんな危険な仕事ばっかりやってちゃ、命がいくつあっても足りないでしょ?」
チャイルドマンが声をかける。
カンタロウの足が、ピタリと止まった。
「……条件は?」
「君のママ。紹介してくれない? 『犬小屋にいるメス犬』ってみんな呼んでるけど、一目見れば印象が変わるよね。盲目の未亡人って感じかな? すごく美しいママだ。僕は一目で気に入っちゃった。だから君のママを……」
カンタロウは刀を抜くと、チャイルドマンにむけた。
部下がすばやく反応し、拳銃を抜く。
チャイルドマンは手で制止した。
「俺の母に近寄るな」
忠告すると、カンタロウは刀を鞘に収め、部屋からでていった。
「……ふう。やっぱ駄目か」
チャイルドマンは飴を食わえたまま、椅子に深く腰をかける。猫が不気味に鳴いた。
「仕事は危険なんだろうね? カッコウ」
部屋にいる部下の一人が、動物のお面を外した。
ボサボサの茶髪、ニタニタした表情、猿のように、しわが目立つ。
両目は血のように赤い。
指には指輪だらけ、耳にはピアスをしていた。
「クハッ、ああ、危険も危険、百二十パーセント危険だぜぇ。しっかしすごい奴だな。ゴーストエコーズがらみで、よくここまで生きてきたもんだ」
カインの墓の前に、立っていた人物だ。
カッコウの手には、カンタロウのデータを持っていた。
今まで受けた仕事の履歴が書かれてある。
「そうなんだよ。しぶといんだ」
チャイルドマンは感情がわかりやすい、苦い顔をした。
「クハッ? なんだ? 生きてちゃまずいのかよ?」
「あたりまえだよ。カンタロウ君さえ死んでくれれば――ママは僕の物だからね」
ガリッと、飴を砕くチャイルドマン。
「……クハハッ! 人間の欲望はきりがねぇな!」
カッコウはあまりのおかしさに、大笑いしていた。
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