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第2章 雲隠れの里

リア・チャイルドマン

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 カンタロウ、アゲハ、ランマルは剣帝国、グランデルに行くために、旅の準備を終え、外にでていた。


 ヒナゲシ、スズは三人を送りだすため、一緒に表にでる。

「母さん」

 カンタロウは眼の見えない母親に近づくと、そっと、その体を抱きしめた。


「いってくるよ」

「いってらっしゃい。カンタロウさん」


 二人が抱き合う光景を見て、スズが手を両目にやった。



 ――親と子か。私にはわかんないな。



 親が存在しないアゲハにとって、その光景は理解できないものだった。





 それから半日、ランマルについて、街道を歩き続けた。


 太陽が沈みかけ始める頃になると、道を通る人が多くなってきた。

 傭兵、商人、隣町からきた住人など、多様な職種が歩いている。

「ついたぞ」

 ランマルが丘の道で立ち止まった。

「ようやく? もう夕方じゃん。けっこう遠いね」

 アゲハは靴を手ではらっている。

 すでに太陽は、西に傾きつつあった。

 カンタロウはまぶしい夕日に目を細めながら、

「だから宿泊代をねだったんだ」

「なるほどねぇ」

 アゲハは納得したのか、両手を後頭部へやった。



「あれが剣帝国都市、グランデルだ」



 ランマルが指さす方向には、地上に巨大な剣が刺さっている。

 剣帝国のお城だった。


 国旗には、剣を持つドラゴン『ソードドラゴン』が描かれていた。

 天空から落ちてきた、巨人の剣のようだ。



「剣が、地上に刺さってる」



 アゲハは剣帝国に行ったことがなかったため、その壮大な城に、感嘆の声を上げた。

「神の剣ってやつだな。うちの観光名所だ」

 ランマルはアゲハの反応に喜ぶと、また先へと進み始めた。


 都市は茶色の壁で守られており、中には神脈結界を張るための、魔法円が設置されている。

 壁の外では、市場や酒場、アイテム屋や宿屋が客引きを行っていた。

 都市出入り口では、兵士が人物チェックを行っている。

「へぇ。煉瓦の壁と神脈結界の二重構造で都市を守ってるんだ?」

「ああ、魔法円のメンテナンスを、円滑に行うために、神脈結界はあまり都市の外には広げていないんだ。だからほらっ、結界に入る前に、もう兵士がいるだろ?」

「何か、アダマスと同じ。鉄壁の壁って感じだね」

「都市の中にいる人間にとってはな」

 アゲハは興味があるのか、ウキウキしている。

 カンタロウは慣れているため、新鮮な驚きというものは特になかった。


「もうすぐ関門だな」


 カンタロウは兵士が見張る都市出入口前で、茶色のフードをかぶり、口を布で覆った。

 自分の素顔を隠すためだ。


 ランマルは申し訳なさそうな顔つきになると、

「すまんな。たぶん、成長したお前のことを、覚えている者は、少ないと思うけどな」

「いいさ。前の仕事のときは、俺のことを知っている者もいた。やっかい事は起こしたくない」

 父、コウタロウの処刑から、もう十年はたっている。

 カンタロウは、人不信な性格から、自らの身を隠す癖がついていた。


 ランマルは一般人とは違う、別ルートで門へむかっていた。

「あれ? あっちじゃないの?」

 アゲハが都市に入るために、チェックを受ける一般人の行列を指さした。

「俺は一応団長だからな。特別扱いなんだよ」

「よっ、さすが団長」

「こういうときだけ褒められるなぁ」

 ランマルは門で、簡単な手続きを済ますと、二人を都市の中へ案内し、



「よしっ、結界の中に入ったな。ようこそ、百パーセント安全な都市、グランデルへ」



 アゲハの顔が、一瞬、歪んだ。

「ん? どうした? アゲハ」

 カンタロウが、アゲハの変化に気づく。

「ううん。別に」

 アゲハの表情は、もう元に戻っていた。

「……そうか」

 カンタロウはそれ以上、何も聞かなかった。


 都市内部は夕方のためか、人は少なかった。

 石の地面、煉瓦と木の建物、屋根は灰色の瓦葺き。

 人々の服装は、カンタロウと同じ和装。

 さすが職人が多く、手には工具を持つ者が多い。

 人種としては人間が多く、他の種族はほとんど見かけない。


「おおっ、都市ってかんじ」


 アゲハは興奮し、子供のように、キョロキョロし始める。

「アゲハ、こっちだ」

 カンタロウは一人ふらふらしているアゲハに声をかけ、見慣れた光景から離れていく。


 路地裏に入り、小さなトンネルを抜けると、人が少なくなってきた。

 大きな屋敷が見えてくる。

 屋敷の周りには、家があまり建てられていない。

 狭い都市の中で、異様な風貌をしている。



「ここだな」



 ランマルとカンタロウが、足を止める。アゲハも、歩行をやめた。


「じゃ、いってくる」


 カンタロウはそう言うと、屋敷の方へむかっていった。

「何? あの屋敷?」

 アゲハが鼻をスンスン鳴らす。


 屋敷の壁は黒ずみ、漆喰は剥がれ、屋根では黒いカラスの群がとまっている。

 立派な建物だが、雰囲気が暗い。

 太陽が当たっているのに、自ら影になっている。


 アゲハは異様な気配を感じとり、

「すごく嫌な感じ」




「リア・チャイルドマンの家だ。剣帝国都市の、金貸しのボスさ。――あいつも災厄な奴に捕まったもんだよ」




 静まり返った両目で、ランマルは屋敷を見つめていた。


 カンタロウは外に設置された固定階段を上り、二階にある玄関をノックした。

 黒いスーツを着、動物の仮面をつけた、チャイルドマンの部下がでてきた。

 部下はカンタロウを一目見ると、無言で屋敷の中に招き入れた。


 屋敷の中は、価値の高い装飾品がずらりと置かれてあった。

 怪物の剥製、古い壷、金の皿、オーダーメイドの少女の人形。

 数えても、きりがない。


 床には赤い絨毯が敷かれてあった。

 部下は三階に上っていった。

 カンタロウは品物に見向きもせず、ついていく。


 チャイルドマンがいる部屋に、カンタロウが招かれた。

 部屋の中は暗く、鬱血したかのように息苦しい。それを誤魔化すためなのか、お香の香りが漂ってきた。


 四人の部下が、左右にずらりと並んでいた。

 どの部下もお面をかぶり、素顔を見せていない。

 腰には剣と拳銃を所持していた。


 部屋の奥にある、立派な剣が描かれた豪華な机に、男が一人座っている。

 窓のカーテンは閉められており、暗くてよく見えないが、男のピンクのスーツはよく目立った。

 小太りで、背は低く、頭は禿げており、毛は少ししかはえていない。

 椅子がきしみ、男がカンタロウの方に振りむいた。


 短い足の太股には、灰色の猫が座っている。

 猫の赤い瞳が、獲物を捕らえたかのように、カンタロウを睨む。


 カンタロウは部下に、お金を渡した。

 部下はお金を数えると、机にいるチャイルドマンに耳打ちする。

 無表情だったチャイルドマンの口元が、ニタリと笑った。



「いつもすごいね。カンタロウ君。エコーズを倒したんだって? さすが報酬額がいい。このままいけば、借金もすぐに返せると思うよ。おっと、エコーズじゃなくて、神獣を操る魔物か」



 チャイルドマンは子供のように、飴を口に咥えていた。顔はもう五十代の中年男だ。

 ふくれ上がった瞼から、死人のような目つきが見えた。

 飴の甘ったるい臭いが、カンタロウの鼻に入ってくる。

 口の飴から、透明な粘膜が糸を引く。

 高めの椅子に座っているのか、短足の足がまる見えだった。


 カンタロウは異臭に顔をしかめながら、

「……今月分と来月分、再来月分はたしかに払ったぞ」

「うん。たしかに受け取った。あっ、そうだ。また仕事があるんだけど、やるかい?」

「エコーズがらみか?」

「そう。今度も報酬金は高いよ。なんせこの国が関わっているからね。どう?」

「わかった。下の階にいる、ザクロに聞けばいいんだな?」


 ザクロとは、チャイルドマンが雇っている女の名前だ。

 いつも危険な仕事を、どこからか請け負っている。

 酒の仕入れも、彼女の担当だ。


「そうそう。危険な仕事は、いつも僕の所に集まってくるからね」

 カンタロウはチャイルドマンに答えず、屋敷の下へむかおうとした。

「ああっ、ちょっと待って、そういえば、簡単で稼げる仕事もあるよ。こんな危険な仕事ばっかりやってちゃ、命がいくつあっても足りないでしょ?」

 チャイルドマンが声をかける。

 カンタロウの足が、ピタリと止まった。

「……条件は?」

「君のママ。紹介してくれない? 『犬小屋にいるメス犬』ってみんな呼んでるけど、一目見れば印象が変わるよね。盲目の未亡人って感じかな? すごく美しいママだ。僕は一目で気に入っちゃった。だから君のママを……」

 カンタロウは刀を抜くと、チャイルドマンにむけた。

 部下がすばやく反応し、拳銃を抜く。

 チャイルドマンは手で制止した。


「俺の母に近寄るな」


 忠告すると、カンタロウは刀を鞘に収め、部屋からでていった。



「……ふう。やっぱ駄目か」

 チャイルドマンは飴を食わえたまま、椅子に深く腰をかける。猫が不気味に鳴いた。



「仕事は危険なんだろうね? カッコウ」



 部屋にいる部下の一人が、動物のお面を外した。

 ボサボサの茶髪、ニタニタした表情、猿のように、しわが目立つ。

 両目は血のように赤い。

 指には指輪だらけ、耳にはピアスをしていた。




「クハッ、ああ、危険も危険、百二十パーセント危険だぜぇ。しっかしすごい奴だな。ゴーストエコーズがらみで、よくここまで生きてきたもんだ」




 カインの墓の前に、立っていた人物だ。



 カッコウの手には、カンタロウのデータを持っていた。

 今まで受けた仕事の履歴が書かれてある。

「そうなんだよ。しぶといんだ」

 チャイルドマンは感情がわかりやすい、苦い顔をした。

「クハッ? なんだ? 生きてちゃまずいのかよ?」

「あたりまえだよ。カンタロウ君さえ死んでくれれば――ママは僕の物だからね」

 ガリッと、飴を砕くチャイルドマン。



「……クハハッ! 人間の欲望はきりがねぇな!」



 カッコウはあまりのおかしさに、大笑いしていた。
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