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第2章 雲隠れの里

ヒナゲシと寝るのは

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 夕方、カンタロウの家では、囲炉裏で野菜鍋を作っていた。


 囲炉裏の周りを、ヒナゲシ、カンタロウ、スズ、アゲハが囲んで座る。

 それぞれの前には、炊いたお米が置かれてあった。


 白い湯気が、米からおいしそうに吹き上げる。


 ヒナゲシは野菜鍋をすくい、お椀に入れると、皆に配り始めた。

「今日は畑でとれた野菜で、お料理作ってみたの。おいしいかしら?」

 ヒナゲシの両目は全盲のため、固く閉じられているが、うまく配分していく。

 スズ、カンタロウ、アゲハはさっそく野菜鍋を口にほおばった。

「はい、ヒナゲシ様。最高です」

「母さんの作るものは、なんだっておいしいよ」

 スズとカンタロウは素直に受け入れる。

「うん、いける」

 アゲハも息で食べ物の熱を殺しながらほおばった。


 三人は次々と、料理を口に入れていく。

「あらあら、嬉しいわね。おかわりたくさんあるから、どんどん食べてね」

 ヒナゲシがそう言うと、三人は一斉にお椀をだした。

「いただきます」

「俺ももらう」

 スズ、カンタロウは当然のごとし言う。

「私も」

 アゲハも追随する。

 ヒナゲシは楽しそうに、お椀に料理をついでいく。

「さすがヒナゲシ様です。この出汁の取り方。私では真似できません」

「うん、うまい」

 スズ、カンタロウは当然のごとしほめる。

「なかなかやるな。お主」

 アゲハは上から目線でほめた。

 すぐにお椀の中身がなくなってしまった。

「お褒めいただいて、光栄ですわ」

 ヒナゲシは微笑むと、自分の食事を食べ始めた。




「さてと……あなた誰なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




 スズはお椀を下に置き、手を合わせると、アゲハをビシッと指さした。



「へっ? 誰かいるの?」



 アゲハは自分のことだとは思わず、後ろをむいた。



「あなたですよ! あなたっ! 勝手に人の家に上がってきて、何普通に晩ご飯食べてるんですかっ!」



 スズは気になっていたことを、一気に口から外に吐いた。

「あら、いいじゃない。カンタロウさんのガールフレンドでしょ?」

 ヒナゲシはアゲハのことを、ずっとそう思っていた。

「違う」

 カンタロウはすぐに否定した。

「そうだぞ。私はカンタロウの愛人、アゲハだ。飯おかわり」

「だから違う」

 再び否定するカンタロウ。

「たくさん食べてね」ヒナゲシは特に動じることなく、アゲハのお椀に食事をついだ。

「あなた、ご飯食べるために、わざと理由作ってません?」

 スズが疑うような目つきで、アゲハを見つめる。

「いいじゃん。そんなこと」アゲハはヒナゲシから食事を受け取ると、すぐにたいらげてしまった。


「……まったく。カンタロウ! ちゃんと自分はマザコンだって言いました? その何気ない一言が、相手を深く傷つけ追いやるんですよ?」


「俺はマザコンじゃない。親孝行してるんだ」


「もう何人見知らぬ女、家に連れてきてるんですか。最近はようやく静かになったのに……」


 ハンターになってから、カンタロウはしょっちゅう女の子を家に連れてきていた。いや、連れてきたのではなく、女の子がついてくるのだ。

 それで、自分は母しか愛していないと、主張するようになったのである。

「モテモテだねぇ。おい」

 アゲハがからかうように、肘でカンタロウを小突く。

「俺は望んでいない」

 カンタロウはお茶をすすった。



「とにかく。獣人なんかに、カンタロウの嫁は絶対に認めません!」



 スズは立ち上がると、腰に手をやり、アゲハを見下ろした。

「えっ、いいの? この人、絶対嫁なんてできないよ? ぜいたく言ってる場合じゃないよ? マザコンだよ? もう重傷なんだよ?」

「そうよ、スズ。もういいじゃない」

 スズはアゲハだけではなく、ヒナゲシにも反論をくらい、少しだけひるんだ。しかし、すぐに立ち直った。



「駄目です! 家の復興のためには、もっと知的で、大人っぽくて、強くて、料理や家事のできる娘でなければ! こんな子供では駄目なんです!」



 スズはグッと、拳を握り、前に突きだした。

 アゲハはスズにむかって、手を上げる。

「そんなこと言ってるから、カンタロウ君、嫁できないんじゃないの?」

「そうよ。私はカンタロウさんが好きな人なら、誰でもいいわ」



 からかうアゲハに、ほぼあきらめてるヒナゲシ。



 問題となっているカンタロウは、目線をヒナゲシにむけ、



「俺が好きなのは――母さんだけだ」



「あらあら。カンタロウさんたらっ」

 ヒナゲシは頬に手を添え、赤く染める。まだ三十二の肌は、若く美しい。それは魂が吸われそうになるぐらい、白く透き通っている。

「ねえ。これで大丈夫なの?」

 アゲハは獣の目を、じっとスズにむけた。



「ヒナゲシ様。照れないでください。とにかく、カンタロウがほしければ、まず私を倒しなさい!」



「いや、俺は求めてないぞ」

 暴走していくスズに、カンタロウがつっこむ。

「いいよ。やる?」

「アゲハも乗るな」

 乗り気のアゲハにも、カンタロウはつっこんだ。


「やめなさい。スズ」


 ヒナゲシは厳しい口調で、スズの行動を止めようとする。

「ヒナゲシ様。止めないでください。これは家の命運をかけた戦いなのです」


「違います。もう夜だから。明日やりなさい」


「……はい」

 スズの戦闘意欲が、完全にくじかれた。

 ヒナゲシと長年一緒にいて、二十六歳になった今でも、この天然さを突き崩せない。

 ただ、スズはヒナゲシの性格に好意的なので、文句は何一つ言わなかった。

「アゲハちゃんも、それでいいわね?」

「私はどっちでもいいよ。まっ、明日やるんだったら、私の寝床はどこになるんだ?」

 ヒナゲシにだされたお茶をすすりながら、もう寝る気でいるアゲハ。

「なに泊まる気でいるんですか! ずうずうしい! 外で寝なさい!」

 スズを無視してカンタロウは、

「じゃ、俺の部屋で寝るか?」

「そうだねぇ」

 アゲハはいつもの寝床にするか、どうか、迷っている。

「人の話を聞け!」スズはさらにかっかし、

「それに、カンタロウの部屋で寝るってどういうことですかっ!」

「アゲハは俺の体を枕にしないと、眠れないらしいんだ」

 二人で旅をしていたとき、アゲハはためらうことなく、カンタロウのそばで寝た。

 休憩するときも、疲れたときも、カンタロウの肩や胸に頭をおいて目を閉じるのだ。

 それは愛情というわけではなく、ただ体温が普通より低いので、暖かいものが近くにないと眠れないという理由からだった。

「あらっ、カンタロウさんを枕だなんて。若いわね」



「かっ、カンタロウ? どうしちゃったんですかっ? 熱でもあるんですか? ちゃんとマザコン臭出しておいて、誰も近寄れないようにしとかないとだめじゃないですか」



 ヒナゲシとスズは、アゲハの体調のことを知らないので、当然のように勘違いした。

 カンタロウは慌てる様子もなく、

「いや、そういう意味じゃない。アゲハの体温が低いせいだ」

「まあ今日は……」

 アゲハはヒナゲシのそばに寄ると、ふくよかな胸を揉んだ。

「あらっ?」ヒナゲシは驚き、可愛らしい悲鳴を上げる。



「ママと寝る!」



 アゲハはヒナゲシに抱きつくと、胸に顔を埋めた。

「あらやだ。アゲハちゃんたらっ」

 ヒナゲシはアゲハの行動が可愛らしいのか、そっと抱きしめた。


「それは私が許しません! あとヒナゲシ様をママって言うな!」

「そして俺も許さない! 母と寝るのは俺だ!」


 こいうときだけ、カンタロウはスズとよく合った。

「そうよ。アゲハちゃん」

 ヒナゲシは強い口調で言う。

「そうです。ヒナゲシ様」スズはヒナゲシが意図を理解してくれたと思い、コクコクとうなずいた。


「私はアゲハちゃんと寝るから、カンタロウさんは一人で眠りなさい」

「……母よ、なぜだ?」


 カンタロウはショックを受け、すっかり落ち込んだ。

「そっちじゃありません! ヒナゲシ様!」スズはもう泣きそうだった。
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