20 / 89
1-3
結界切り
しおりを挟む
*
エルガがソフィヤの部屋に入ってきた。
表情はぼんやりとしている。
町の長に呼びだされ、衝撃的な事実を教えられたからだ。
明日は急いで、城にむかわなくてはならない。
「どうしよう……」
ソフィヤがいつも寝るベッドに座る。
棚に置かれてある、ぬいぐるみを手に取る。
抱きしめると、顔を埋めた。
妹の匂いが、愛らしさと懐かしさを思い出させる。
「ソフィヤ……」
考えがまとまらない。
どうしていいか、わからない。
思考がハエのようにブンブン唸る中、耳に雷音が入ってきた。
「大雨がくるのかしら?」
窓を見ると、赤い光が入ってきている。さすがに不安な気持ちになり、窓辺に立った。
「空が、赤い」
窓を開けて、空を眺める。
黒い雲が町を覆い、青白い光が波のように走っている。
城の方角を見てみると、何かが飛んでいた。
「あれは……」
鳥ではなかった。
*
アゲハはカンタロウの左腕を持つと、大空を飛んでいた。
赤眼化し、背には水神の翼をはばたかせている。
体力の消耗が激しいのか、アゲハは息切れを起こし、
「カンタロウ君! 重いんですけどっ!」
「我慢しろ。もうすぐ結界だ」
「結界まで行って何する気?」
「時間がない。とにかく早くしてくれ」
地上から一千メートルぐらいまできただろうか。
神脈結界の中心点が見えてきた。虹色の渦が、渦巻いている。
「すごい、結界に虹の渦ができてる。こんなの始めて見た」
「もうすぐだな」
アゲハとカンタロウは、結界の表面に近づいてきた。
カンタロウの右目が赤く染まる。赤眼化したのだ。
轟音が鳴った。
「雲が近づいてくる! あんな中に入ったら、すぐに焼け焦げちゃう!」
「ここでいい。俺をあそこまで放り投げろ」
「簡単に言うよね! この仕事終わったら、なんかおごってよ!」
「了解」
「ふんっ!」
アゲハはカンタロウを持つ手に力を込めると、空中でグルグル振り回した。
遠心力を利用し、カンタロウを結界まで放り投げる気なのだ。
赤眼化の力と、水神の魔法を利用し、うまく形にはまった。
「よっしゃ、行ってこい!」
アゲハは、おもいっきりカンタロウを投げる。
カンタロウは空中でも、冷静に刀の鞘を握った。風の抵抗を小さくするため、腰を下ろす。
目は水平に、結界を見据え、手を柄にそえる。
赤い結界が、目の前にまで近づいてきた。
「はっ!」
カンタロウは、一気に刀を抜き、大きくなぎ払う。
刀で切られた結界は、横線に割れていった。波及し、ガラスのようなヒビが入り、形が崩れ、次々と蒸発していく。
「そんな、結界を切るなんて」
アゲハはあぜんとした。
普通ではあり得ないことだ。
神脈結界を剣で切れば、すぐに元に戻ってしまう。
形が崩れることはあっても、壊れることはない。
「アゲハ! 回収してくれ!」
地上に急降下している、カンタロウが叫んだ。
「はっ、あっ、はいっ!」
アゲハは慌てて、カンタロウを追いかけた。
カンタロウはアゲハにむかって、手を伸ばす。
アゲハはカンタロウの手を、しっかりとつかみ、
「ふう、すごいじゃん、カンタロウ君!」
「そうか?」
「どこでそんな技、覚えたの?」
「父からだ。あの人から、教わった」
カンタロウの表情に、寂しげな影が走った。
「そう……」
アゲハはそれ以上、何も聞かなかった。
破られた結界から、雲が吸い込まれていき、四散していく。
雷音はやみ、いつもの夜空へと戻っていった。
*
「結界を切るなんて、すごいな。カンタロウ」
城では、カインが仰向けに、空の様子を眺めていた。
吸収式神脈装置も、トリップを起こし、機械を強制停止させたようだ。
起動するには、時間がかかる。
カインは立ち上がると、気絶しているソフィヤを、優しげに見つめた。
「ソフィヤ、クシギ、ミユ、ヒバリ、リズ。僕は間違っていたのかもしれない。だけど、君達と一緒にいるときだけ、僕は人間でいられた」
城に招待した女性達の名をあげると、屋上の端にむかう。
「もう人間を捨ててしまったけど、後悔はない。君達が奇跡の人となれば、道を開けると思ったけど、あいつのようにもしかすると、別の道があるのかもしれない」
カインは端に立つと、夜空を見上げた。
下から冷たい風が、足下を揺らす。
何もない闇が、カインを待ち構えるように、両腕を広げる。
「だけど、もう僕には道がない。もう人でないのだから――」
カインは目を閉じた。そこにあったのは、さらなる闇だった。
「待て!」
カンタロウがカインの行動に気づいて、叫ぶ。
アゲハとともに、屋上に帰ってきたのだ。
カインは何かを思い出したのか、楽しそうに笑うと、闇の中へと飛び上がった。
「くっ!」
カンタロウは赤眼化し、すさまじい速さで走ると、落ちていくカインの手をつかんだ。
全身を使って、その場に踏ん張る。それでも力が足りず、体が宙に放りだされた。
「ちょっと! カンタロウ君?」
アゲハがジャンプし、カンタロウの腕をつかんだ。カインの落下を防ぐことができた。
アゲハは二人分の命を、その手に託された。
「……どうして僕を、助けるんだい?」
闇だけを見つめていたカインは、カンタロウを見上げた。
「さあな。どうしてこんなことをしたのか、聞きたかったからかもな」
カインを持つ手が震える。
何度も赤眼化し、体力を消耗したアゲハも、辛そうに顔を歪ませた。
カインは高揚のない笑みを見せる。
「……変わらないね。カンタロウ。君は立派に成長した。僕と違って」
「どういうことだ?」
「わからないか。そうだろうな。僕だよカンタロウ――ルウだ」
カンタロウの記憶が、ルウという名に反応して、大きな科学反応を起こした。
黒い瞳を全開にして、カインを見つめる。
カインは力なく笑っていた。
エルガがソフィヤの部屋に入ってきた。
表情はぼんやりとしている。
町の長に呼びだされ、衝撃的な事実を教えられたからだ。
明日は急いで、城にむかわなくてはならない。
「どうしよう……」
ソフィヤがいつも寝るベッドに座る。
棚に置かれてある、ぬいぐるみを手に取る。
抱きしめると、顔を埋めた。
妹の匂いが、愛らしさと懐かしさを思い出させる。
「ソフィヤ……」
考えがまとまらない。
どうしていいか、わからない。
思考がハエのようにブンブン唸る中、耳に雷音が入ってきた。
「大雨がくるのかしら?」
窓を見ると、赤い光が入ってきている。さすがに不安な気持ちになり、窓辺に立った。
「空が、赤い」
窓を開けて、空を眺める。
黒い雲が町を覆い、青白い光が波のように走っている。
城の方角を見てみると、何かが飛んでいた。
「あれは……」
鳥ではなかった。
*
アゲハはカンタロウの左腕を持つと、大空を飛んでいた。
赤眼化し、背には水神の翼をはばたかせている。
体力の消耗が激しいのか、アゲハは息切れを起こし、
「カンタロウ君! 重いんですけどっ!」
「我慢しろ。もうすぐ結界だ」
「結界まで行って何する気?」
「時間がない。とにかく早くしてくれ」
地上から一千メートルぐらいまできただろうか。
神脈結界の中心点が見えてきた。虹色の渦が、渦巻いている。
「すごい、結界に虹の渦ができてる。こんなの始めて見た」
「もうすぐだな」
アゲハとカンタロウは、結界の表面に近づいてきた。
カンタロウの右目が赤く染まる。赤眼化したのだ。
轟音が鳴った。
「雲が近づいてくる! あんな中に入ったら、すぐに焼け焦げちゃう!」
「ここでいい。俺をあそこまで放り投げろ」
「簡単に言うよね! この仕事終わったら、なんかおごってよ!」
「了解」
「ふんっ!」
アゲハはカンタロウを持つ手に力を込めると、空中でグルグル振り回した。
遠心力を利用し、カンタロウを結界まで放り投げる気なのだ。
赤眼化の力と、水神の魔法を利用し、うまく形にはまった。
「よっしゃ、行ってこい!」
アゲハは、おもいっきりカンタロウを投げる。
カンタロウは空中でも、冷静に刀の鞘を握った。風の抵抗を小さくするため、腰を下ろす。
目は水平に、結界を見据え、手を柄にそえる。
赤い結界が、目の前にまで近づいてきた。
「はっ!」
カンタロウは、一気に刀を抜き、大きくなぎ払う。
刀で切られた結界は、横線に割れていった。波及し、ガラスのようなヒビが入り、形が崩れ、次々と蒸発していく。
「そんな、結界を切るなんて」
アゲハはあぜんとした。
普通ではあり得ないことだ。
神脈結界を剣で切れば、すぐに元に戻ってしまう。
形が崩れることはあっても、壊れることはない。
「アゲハ! 回収してくれ!」
地上に急降下している、カンタロウが叫んだ。
「はっ、あっ、はいっ!」
アゲハは慌てて、カンタロウを追いかけた。
カンタロウはアゲハにむかって、手を伸ばす。
アゲハはカンタロウの手を、しっかりとつかみ、
「ふう、すごいじゃん、カンタロウ君!」
「そうか?」
「どこでそんな技、覚えたの?」
「父からだ。あの人から、教わった」
カンタロウの表情に、寂しげな影が走った。
「そう……」
アゲハはそれ以上、何も聞かなかった。
破られた結界から、雲が吸い込まれていき、四散していく。
雷音はやみ、いつもの夜空へと戻っていった。
*
「結界を切るなんて、すごいな。カンタロウ」
城では、カインが仰向けに、空の様子を眺めていた。
吸収式神脈装置も、トリップを起こし、機械を強制停止させたようだ。
起動するには、時間がかかる。
カインは立ち上がると、気絶しているソフィヤを、優しげに見つめた。
「ソフィヤ、クシギ、ミユ、ヒバリ、リズ。僕は間違っていたのかもしれない。だけど、君達と一緒にいるときだけ、僕は人間でいられた」
城に招待した女性達の名をあげると、屋上の端にむかう。
「もう人間を捨ててしまったけど、後悔はない。君達が奇跡の人となれば、道を開けると思ったけど、あいつのようにもしかすると、別の道があるのかもしれない」
カインは端に立つと、夜空を見上げた。
下から冷たい風が、足下を揺らす。
何もない闇が、カインを待ち構えるように、両腕を広げる。
「だけど、もう僕には道がない。もう人でないのだから――」
カインは目を閉じた。そこにあったのは、さらなる闇だった。
「待て!」
カンタロウがカインの行動に気づいて、叫ぶ。
アゲハとともに、屋上に帰ってきたのだ。
カインは何かを思い出したのか、楽しそうに笑うと、闇の中へと飛び上がった。
「くっ!」
カンタロウは赤眼化し、すさまじい速さで走ると、落ちていくカインの手をつかんだ。
全身を使って、その場に踏ん張る。それでも力が足りず、体が宙に放りだされた。
「ちょっと! カンタロウ君?」
アゲハがジャンプし、カンタロウの腕をつかんだ。カインの落下を防ぐことができた。
アゲハは二人分の命を、その手に託された。
「……どうして僕を、助けるんだい?」
闇だけを見つめていたカインは、カンタロウを見上げた。
「さあな。どうしてこんなことをしたのか、聞きたかったからかもな」
カインを持つ手が震える。
何度も赤眼化し、体力を消耗したアゲハも、辛そうに顔を歪ませた。
カインは高揚のない笑みを見せる。
「……変わらないね。カンタロウ。君は立派に成長した。僕と違って」
「どういうことだ?」
「わからないか。そうだろうな。僕だよカンタロウ――ルウだ」
カンタロウの記憶が、ルウという名に反応して、大きな科学反応を起こした。
黒い瞳を全開にして、カインを見つめる。
カインは力なく笑っていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる