上 下
17 / 89
1-3

カイン

しおりを挟む
 アゲハとソフィヤは城の最上部まで上っていき、廊下にでる。


 灯りのない廊下を走り、逃げ道を探っていく。

 城の中は意外に広く、迷路のように壁ばかりいき当たる。




 ――駄目だ。嫌な感じがする。




 アゲハは自分の直感を最大限に引きだして、神獣の気配を探っていった。




 ――こっちも駄目か。




 行こうとした廊下の先に、嫌な気配を感じるたびに、方向転換していく。


「ねえ、本当に神獣なの?」


 ソフィヤが恐怖からか、背中から囁くような小さな声で、アゲハに状況を聞いてくる。

「間違いないよ。神獣を操っている、エコーズもいる」

 アゲハはそう断言した。

 今ならはっきりと、言い切れる。

「そんな……結界が張られているはずなのに……」



「ヨドさんが言ってたよね? 町はレベル3の神脈結界を張ってるって。そのレベルじゃ、神獣は活動できてしまうの。レベル4以上の結界を張らないと」



 レベル3だと、神獣の活動はかなり制限されるが、普通に動き、攻撃してくる。


 都市や首都では、レベル5の神脈結界が主力となっていた。


「でも、エコーズはレベル1結界でも入れないはずだよ?」

「う……ん。そうなんだけど。もしかすると、結界を張る前にこの城にいたってことかな? ねえ、町に結界が張られたのはいつ?」

「ソフィヤが生まれたときからずっと、結界は途絶えていないよ」

「そうなんだ……」

 少なくとも、十年前から結界は張られているようだ。

 影無のように、吸収式神脈装置が据え付けられる前に入り込んだのか、それとも別の方法があるのか。



 今になって、神獣を召喚し、活動する意図もわからない。



「ねえ、アゲハさん」

「うん?」

「もし、ソフィヤが邪魔だったら……」

「シー。静かに」

 弱気になったソフィヤの言葉を遮って、アゲハは廊下の奥を見つめた。誰もいない。

「大丈夫。ソフィヤちゃんがいるおかげで、この暗闇の中、お姉ちゃんは寂しくないんだから。だからそんなこと、言わないの」

「でも……」


「はい、そんなこと言うの禁止です。このアゲハさんに任せなさい」


「……うん」

 そう励ますと、アゲハはまた見知らぬ廊下を走っていく。

 夜目がきくので、灯りがなくとも進むことができた。


 前から神獣の気配を感じた。


 引き返そうと考えたが、後ろからも神獣の気配がする。

 途中に、窓もなければ、部屋もない。



 ――挟まれた。



 八方塞がり。

 最悪の状況だ。

 緊張感が増してきたのか、感覚が鋭くなり、隙間風の流れを感じる。

 風の流れをたどってみると、大きな扉があった。

 ――この部屋に、逃げるしかないか。

 選択の余地はない。

 すぐに決断し、部屋に逃げこむ。

 部屋には不思議なことに、明かりが灯っていた。



「ここは?」



 滑らかな円柱が何本も建ち、天井近くには窓がある。

 雰囲気も豪華で、どこか良い香りが漂う。

 床はタイルでできており、動物が装飾されていた。

 アゲハはこの部屋が何かわからず、しばらく奥へと進むと、



「誰?」



 突然、殺気を感じた。

 アゲハが叫ぶと、奥に明かりが灯った。

 王が座るような豪勢な椅子に、仮面をかぶった何者かがいる。




「やあ――よくソフィヤを連れてきてくれたね。感謝するよ」




 声からして男。

 仮面は右目しかなく、瞳の色は深紅の赤。

 背はアゲハよりも高い。



 ――右目が赤い。赤眼化してる?



 どこか違和感を感じる。

 アゲハは警戒しながらも、男の観察を続けた。

「あなた、誰? この城の王様?」



「違うよ。この城の主は、樽の中にいるはずだ。他の使用人と一緒にね」



 殺害したということなのか。

 アゲハは剣を手に取った。


「この声……カインさん?」


 目の見えないソフィヤは、声だけでその人物が誰なのかを思い出した。

「カイン? この城の使用人の?」

 ヨドとソフィヤが言っていた人物。白髪の若い男。



「そうだよソフィヤ。よく覚えていてくれたね。嬉しいよ」



 仮面の男は、自分がカインだということを認めた。

 ――ということは人間? だけど、この気配。

 人間ではない気配。



「あなた、エコーズ?」



 仮面の目が、ニヤリと笑った。

「ふふ、よくわかったね」 

 カインは仮面を脱ぎ、素顔をさらした。

 白い前髪の間から、赤い両目が見える。

 表情は穏やかで、敵意を感じさせない。

 好青年の印象を受ける。

 しかし、それはまやかしであることに、アゲハは気づいた。



「やっぱり。右目下の頬に神文字がない――神に愛されぬ者の証拠」



 赤眼化すれば、右目下の頬に神文字という古代文字があらわれる。


 アゲハはテファという文字を、カンタロウはテトという文字を持っている。


 なぜ文字があらわれるのか、理由はわかっていないが、神脈を持たないエコーズは、この文字を持つことはない。




「そうだよ――僕はエコーズだ」




 自ら正体を明かす、カイン。

「そんな……カインさん」

 ソフィヤはショックを受けていた。

「あなたが障害のある娘達に、招待状をだしたの?」

「そうだよ」

「なぜ?」


「彼女達を守るため。僕達の王国を造るためだ」


「どういう意味?」

「知る必要はないさ。君はその一員にはなれないのだから」

 カインは玉座から立ち上がると、両手を広げ、歌手のように、大きく口を開いた。

「これは……唄」

 部屋の中で、すさまじく殺気が高まった。

 あらゆる所から、神獣が姿をあらわす。



 両手が剣となっている、ソード型と呼ばれる神獣だ。  



 その数、数十体。



 ――神獣達がこんなに。そうか。罠にかかったってわけか。



 ここまでおびき寄せられたのだ。後悔する余裕はない。

「もしかして、この町に来る前に、私達に神獣をけしかけたのもあなた?」

「そうだね。本来は君達など相手にしないのだけどね。本能には逆らえない」

 カインにとって、アゲハやカンタロウはよけいな客だった。

 ここまで強引に計画を進めたのも、二人の存在が邪魔だったからだ。

 赤眼化所持者ということもあって、下手に姿を見せるわけにはいかなかった。



「さあ、ソフィヤを渡してもらおうか。もちろん、手荒なことはしない。君は別だけどね」



「嫌、だと言ったら?」

 カインは微笑みをたやさない。

 仮面を脱いだときから、ずっと笑い続けている。

 すっと手を上げた。



 その合図をきっかけに、神獣がアゲハに襲いかかった。


「そうくるよね。やっぱり!」


 アゲハは赤眼化すると、剣を抜いた。

「ソフィヤ! しっかりつかまっててよ! ちょっと動き回るけど!」

「うん!」

 ソフィヤを背に乗せたまま、アゲハは神獣と戦った。

「赤眼化。神に愛されし種族が持つ特殊能力。地上を巡る神脈を体内に過剰吸収し、常人を超えた身体能力と魔法を得る。だが、それゆえに副作用が大きく、体に多大な負担をかける」

 赤眼化の欠点。

 持続時間が短いこと。

 通常は、十分が限界だ。


 カインはそれをよく知っていた。


「さて、君はいつまでもつかな?」

 ソードの剣をかわし、アゲハは空に舞う。



 翼を持つイカロス型神獣が二体。



 アゲハを狙って急降下してきた。

 ――上から!

 アゲハは一体を剣で切り裂く。

 その隙を狙って、もう一体がソフィヤの体をつかんだ。



「きゃあ!」

「ソフィヤ!」



 イカロスはアゲハからソフィヤを引きはがすと、カインの元へと飛んでいった。


 カインはソフィヤを受け取ると、白い手で顔をなでる。

 ソフィヤの意識がなくなり、両腕がだらりと力をなくした。



「ふふっ、安心して眠るといい。君が目覚めたとき――世界は変わる」



「このっ!」

 アゲハは水神の魔法を使い、周りのいるソードにむかって発した。

 鋭いカッターとなった水は、ソード達を真っ二つに切り裂いていく。

 威力は鋭く、壁すら突き抜けていった。



 カインにむかう道があき、アゲハは走った。チリチリと威圧感を感じる。

 ――後ろから!

 アゲハが振りむくと、ソードが一体、剣を突きだした。

 かわそうと足を止めた瞬間、地面に亀裂が入り、床のタイルが飛び散る。

「うわっ!」

 アゲハは腕で残骸を防御する。

 ほこりが舞う中、誰かがアゲハの前に立っていた。




「すまないな――少し、遅れた」




 カンタロウだ。

 胸や腕は赤く染まり、切られた跡がある。


 本人の体力にはあまり問題はないようだ。


 右目はアゲハと同じく、赤眼化していた。



「なっ、どっからでてきてるの?」

「異常に神獣の数が多くてな。手間取った」



 カンタロウが刀を肩に乗せた。

 アゲハは少し安心したのか、冷静になることができた。

「もう! 遅いっつーの! ママが恋しくなったのかと思ったぞ!」


「言うな――泣きそうだ」


 カンタロウは母のことを思い出し、目元を指でぬぐった。

「そこ怒るとこじゃない? あ~、ごめんごめん。私が悪かった。ほらほら。この仕事が終わったらママに会えるって」

「そうだな。早く終わらせよう」

「元気になったか? マザコン」

「親孝行だ」

 カンタロウとアゲハはお互いの背を合わせ、神獣にむき合った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】元・おっさんの異世界サバイバル~前世の記憶を頼りに、無人島から脱出を目指します~

コル
ファンタジー
 現実世界に生きていた山本聡は、会社帰りに居眠り運転の車に轢かれてしまい不幸にも死亡してしまう。  彼の魂は輪廻転生の女神の力によって新しい生命として生まれ変わる事になるが、生まれ変わった先は現実世界ではなくモンスターが存在する異世界、更に本来消えるはずの記憶も持ったまま貴族の娘として生まれてしまうのだった。  最初は動揺するも悩んでいても、この世界で生まれてしまったからには仕方ないと第二の人生アンとして生きていく事にする。  そして10年の月日が経ち、アンの誕生日に家族旅行で旅客船に乗船するが嵐に襲われ沈没してしまう。  アンが目を覚ますとそこは砂浜の上、人は獣人の侍女ケイトの姿しかなかった。  現在の場所を把握する為、目の前にある山へと登るが頂上につきアンは絶望してしてしまう。  辺りを見わたすと360度海に囲まれ人が住んでいる形跡も一切ない、アン達は無人島に流れ着いてしまっていたのだ。  その後ケイトの励ましによりアンは元気を取り戻し、現実世界で得たサバイバル知識を駆使して仲間と共に救助される事を信じ無人島で生活を始めるのだった。  ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さん、「ノベリズム」さんとのマルチ投稿です。

サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ
ファンタジー
───────魔法使いは人ではない、魔物である。 この世界で唯一『魔力』を扱うことができる少数民族ガナン人。 彼らは自身の『価値あるもの』を対価に『魔法』を行使する。しかし魔に近い彼らは、只の人よりも容易くその身を魔物へと堕としやすいという負の面を持っていた。 人はそんな彼らを『魔法使い』と呼び、そしてその性質から迫害した。 四千年前の大戦に敗北し、帝国に完全に支配された魔法使い達。 そんな帝国の辺境にて、ガナン人の少年、クレル・シェパードはひっそりと生きていた。 身寄りのないクレルは、領主の娘であるアリシア・スカーレットと出逢う。 領主の屋敷の下働きとして過ごすクレルと、そんな彼の魔法を綺麗なものとして受け入れるアリシア……共に語らい、遊び、学びながら友情を育む二人であったが、ある日二人を引き裂く『魔物災害』が起こり―― アリシアはクレルを助けるために片腕を犠牲にし、クレルもアリシアを助けるために『アリシアとの思い出』を対価に捧げた。 ――スカーレット家は没落。そして、事件の騒動が冷めやらぬうちにクレルは魔法使いの地下組織『奈落の底《アバドン》』に、アリシアは魔法使いを狩る皇帝直轄組織『特別対魔機関・バルバトス』に引きとられる。 記憶を失い、しかし想いだけが残ったクレル。 左腕を失い、再会の誓いを胸に抱くアリシア。 敵対し合う組織に身を置く事になった二人は、再び出逢い、笑い合う事が許されるのか……それはまだ誰にもわからない。 ========== この小説はダブル主人公であり序章では二人の幼少期を、それから一章ごとに視点を切り替えて話を進めます。 ==========

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...