上 下
14 / 89
1-3

アゲハの弱点

しおりを挟む
 城の中は暗く、人の気配もなく、ひんやりとしていた。


 床は洞窟のようにぬめり、足が何本もある虫がはう。

 壁は黒いカビがはえ、元の色がわからないほど黒ずんでいる。

 風が城へ侵入しているのか、ヒュウと、どこか遠くで叫んでいた。


 ――なんだ、この空気。それにこの臭い。


 空気が鉛のように重い。

 どこからか、何かが腐った臭いがする。

 こんな城の中に、人が住むことなどできるのか。



「ああっ! カンタロウ君!」



 カンタロウは背中に水を受けたように、驚いた。

「どうした?」



「靴に変な液体ついちゃったぁ」



 どうやら、外にあった水たまりの水が、靴にこびりついたらしい。

 アゲハの靴に、小さく赤い染みができている。本人に怪我はない。

「……で?」



「どうしよっ! 何かで拭わなきゃ! カンタロウ君! 服貸して!」



「俺の服で拭うと? 嫌だ」

「あぁもぉ、最悪の最悪だよ」

 アゲハの声が裏がえり、足で地団駄を踏む。

 本気でショックを受けたようだ。

「靴を大切にしても、戦いで汚れるだろ?」

「わかってるよ! 変な液体がつくのが嫌なの!」


「そこなのか?」カンタロウはアゲハの意外な性癖に驚いた。




「まあ、もうそれはいいとして。くらぁい! 城の中くらぁい!」




 今度は城の奥にむかって、アゲハが大声でがなる。

 カンタロウはアゲハの行動の意図がわからず、目を白黒させた。

「見ればわかる。叫ぶことないだろ?」


「アゲハさん、暗いの苦手なの?」


 ソフイヤもアゲハの異常行動が、心配なようだ。

「いっ、いや、苦手ってことはないけどさ……なんかこの雰囲気が嫌」

 両手で自分の体を抱くと、アゲハはカタカタと震えている。

「震えているのか? 暗いのが怖いのか?」

「だから、違うって。その、あの、あれだよ。あれがいるかもって思うと……」

「あれ?」



「おっ、おっ、お化けがいるかもしれないって」



「お化け? なんだそれは?」

 カンタロウはきょとんとした。お化けという単語すら知らないからだ。



「お化け知らないの? 世界の常識じゃん!」



「そうなのか? すまん」

 律儀に謝るカンタロウ。


「カンタロウさん、お化けは絵本なんかにでてくる、創作の生き物のことだよ」


 ソフイヤがカンタロウの耳元で、お化けについて教えてくれた。

「なんだ。それならいないだろ」



「いるし! お化けはいるの!」



 アゲハはお化けの存在を信じていた。

 怪談話や肝試しが苦手で、そういうたぐいのものに参加したことはいっさいない。

 普段の状況であれば、落ち着いて対処できるが、今回のようにお化け屋敷のような現状では、冷静でいられないのだ。



 異常行動の根幹は、単にお化け嫌いからきている。



「まあ、どっちでもいいが。城の中を探索してみるか」

 アゲハの心境が理解できないカンタロウは、灯りを探そうと壁に手をついた。

 小さなくぼみに、ランプが置いてある。

 手に持つと、重みがあり、中で液体が揺れていることがわかった。


「よし、これを使うか」


 一時的に赤眼化すると、魔法で火種をつくる。

 ランプに火が灯った。

 灯りを手に入れ、城の中を進んでみる。         


 奥へ、奥へむかっても、誰一人でてこない。

 またどこからか、隙間風が、ヒュウと唸った。


「おい」


 カンタロウが細い目で、アゲハを一瞥し、

「何?」


「腕をつかむな。何かあったとき、刀が持てない」


 左手にはランプを持ち、右手はアゲハがしっかりとつかんでいる。



「いいじゃん! 腕の一本ぐらい!」



 怖さからか、アゲハは逆ギレした。

「わかった、わかった。怒るな」

 アゲハの様子を聞いていたソフィヤは、少しだけ悪戯心がうずいてしまった。

「カンタロウさん、何か嫌な気配がする」

 わざと小さく、低い声で話す。

「そうか?」



「嘘っ、なになに! お化け? どこにいるの!」



 もうパニック状態になるアゲハ。

 頭をグルグル動かし、見えない何かを探している。

「そう……アゲハさんの、後ろからする」



「ひぃあぁ!」



 アゲハは悲鳴を上げると、カンタロウの前に立ち、胸を押さえつけた。

「うっ、うわっと!」

 カンタロウはランプを落としそうになったが、なんとか踏ん張った。

「カンタロウ君! 私のために、犠牲になって!」

 どうやら後ろのお化けに対して、カンタロウを盾にしているらしい。

「俺を盾にするな。あとソフィヤ。こんな状況で冗談はやめてくれ」

「へへっ、ごめん」

 予想どおりの反応に満足したのか、ソフィヤは可愛らしく舌をだした。

「アゲハ。もう俺を押さえるの、やめないか?」


「おっ、お化けいないの?」


「いないよ。そんなもの」

「絶対? 証拠は! 証拠だせ!」

「いっ、いや、証拠と言われてもなぁ」

 カンタロウはランプを後ろにむけてみる。

 灯りの先には、もちろん誰もいない。

「ほらっ、後ろには誰もいないだろ? 安心しろ」

「…………」

 黙り込むアゲハ。

「俺を信じろ。なっ? 誰もいないだろ?」



「……カンタロウ君。だっこ」



「はっ? 何を言ってるんだ?」

「腰、抜けちゃって……」

「……はぁ」

「ごめん」


 アゲハは真っ赤な顔になり、その場にへたりこんだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...