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イデリオ城

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 三人はイデリオ城の正門にたどりついたものの、まだカインはそこにはいなかった。


 仕方なく、道に倒れていた、大木の上に座り待つ。

 数分がすぎても、カインはあらわれなかった。


 カンタロウは刀を地面に立て、両目をつぶり大人しくしている。

 ソフィヤは待つことに飽きてきたのか、両足をぶらぶらさせていた。

 アゲハはイライラしているため、貧乏ゆすりがすごい。



「遅い!」



 アゲハがついにしびれを切らし、立ち上がり、



「もう三十分はたってんじゃん! 遅すぎる!」

「まだ三十分だ。もう少し待てばでてくるさ」

「待てない! 疲れた! お腹すいた!」



 カンタロウと城にむかって叫ぶ。それでも誰もでてこない。

「もう乗りこもうよ。門番だっていないしさ」

「それはまずいだろ」

「いいの! 門番設置しない奴が悪い!」

「そういう問題じゃない」

「どういう問題なんだよ!」

 アゲハがカンタロウにくってかかる。

 冷静に対応されたことが、よけいに腹が立つらしい。


「待って、カンタロウさんも、アゲハさんも喧嘩しないで」


 ソフィヤが二人の喧嘩を止める。

 アゲハは口をムッと閉めた。

 子供に注意されては、やめざるおえない。

「カインていう男がでてくる手はずになっているんだったな。ソフィヤ、知っているのか?」

 カンタロウが話題を変えた。

「うん知ってる。声しかわからないけど、優しい人だと思う」


「私は無視ですかね?」アゲハはプイッとそっぽをむくと、また大木に座った。


「会ったことがあるのか?」

「うん。握手の感覚からして、アゲハさんみたいな体格かな」

「背が低いんだな。いつからいるんだ?」

 
「小さい言うな」アゲハが独り言のように、つっこむ。


「わかんない。たぶん、私がもっと小さかったときから」

 下をむくと、ソフィヤはカインのことを思い出していた。

 アゲハが暇つぶしに、カインについて聞いてみる。

「何してる人なの?」

「王様の身の回りの世話だと思う。町へ食料や水を買いに来ていたし」


「一人だけで?」


「う~ん。それはよくわからないけど。でもお城にいる人は、少ないって聞いたよ。あまり使用してないみたいだから」

「なるほど。お城は飾りみたいなものなんだよ。こんな田舎じゃ不似合いだわ」

 両手を後頭部にやると、アゲハは両足をおもいっきり伸ばした。

「あっ、そういえば……」

「どうした?」




「この前お姉ちゃんと散歩してるときに会ったんだけど、耳元で『待ってる』って言われた気がした」




「ふむ……」



 待っている。



 それはソフィヤが城へ来ることがわかっていたのか。それとも別の意味なのか。


 カンタロウは目を開けると、盲目の少女を見る。

 ソフィヤはカンタロウの視線に気づいたのか、赤い唇でニコリと笑った。

「まっ、王の側近なんでしょ? 招待客ぐらい知ってるでしょ」

 アゲハは金髪の髪を、手でかき上げる。

「ねえ、今度はソフィヤが聞いていい?」

「うん?」


「どうしてカンタロウさんは、ソフィヤを護ってくれるの?」


 それはアゲハも聞きたいことだった。人よりも長い耳を、カンタロウにむける。

 カンタロウは静かに語った。


「エルガに依頼内容を教えられたとき、なんとなく思ったんだ。ソフィヤの雰囲気が――母に似ているなと。だから受けた」


 アゲハは狐につままれたように、ポカンとする。

 ――ええっ! 何それ?

 アゲハの想像としては、かわいそうな少女を、若さゆえの正義感から助けたいのだと思っていた。

 王にとりいったり、お金のためではないことはわかっていた。


 それがまさか、母に似ているからとは想像の外だ。


「へぇ。ソフィヤ、カンタロウさんのお母さんとそっくりなんだ」

「そうだな」

「じゃ、カンタロウさんのお嫁さんになれるかな?」

「なれるさ。俺も嬉しい」

 カンタロウは照れたように笑う。



 ――カンタロウ君! 危ないっ! その発言は危ないっ!



 アゲハの心の叫びは、カンタロウに届いていなかった。


「まっ、まあとにかく。もういくら待っても来ないよきっと。だからお城に行こうぜ」


 相方がマザコンであることを再認識し、アゲハは無理矢理自分を落ち着かせて、再び立ち上がった。

「我慢できない奴だな」

「いざゆかん! お城へ!」

 剣を抜き、城をさす。もう気持ちが止められない。


「仕方ない。行くか」


 カンタロウは待つことを諦め、ソフィヤを背負うべく、腰を下ろした。

「あっ、待って。今度は私がソフィヤをおぶっていくよ。ロリコンのお兄ちゃんより、まともなお姉ちゃんの方がいいよね?」

 アゲハはソフィヤに提案する。


「誰がロリコンだ」カンタロウは不快感を、おもいっきり顔にだす。


「ううん。いい。ソフィヤ、カンタロウさんにおぶってもらう」

「ええっ!」          

 アゲハが驚いているすきに、ソフィヤはカンタロウの背におぶさった。

 白いドレスのスカートが、ひらりと花のように舞う。


 ――ぐっ、小娘のくせに色気づきおって。


 心の声をぐっと飲み込むアゲハ。

「悔しいか?」                    



「別に! ふんだ!」



 カンタロウ達をおいて、アゲハは一番乗りに城に入っていった。





 城に入ると、前庭は異常な状態だった。


 バラが生い茂り、太いトゲが侵入者の足下を阻む。

 バラは城や塔、教会に張りつき、壁を傷つけている。

 庭に建てられてある、ブロンズ像にもこびりついていた。


 ブロンズ像は老若男女あり、皆裸姿で、手を上げ叫んでいるように見える。

 バラがトゲで、像を突き刺しているのだ。

 皮膚に食いこみ、片目をつぶし、口にもトゲが侵入していた。


 門には剣を片手に持った、カラス頭の門番の像が立っている。

 まるで何者もこの城から逃がさないように、形相は険しく不気味。

 魔界から来た住人を描いたのだろうか。


 雨は降っていないのに、中央のくぼみに、池のような水たまりができている。

 赤いバラの花が水に溶け、鮮血が流れてきたかのように真っ赤。

 どこからか、腐臭が漂ってくる。



「うわぁ……これ……」



 アゲハは絶句した。こんな城の惨状は、生きてきた中で見たことがない。

「嫌な気がする」

 目が見えなくとも、嫌な気配はするのか、ソフィヤは自然と腕に力が入った。



「これ、おかしいね」

「ああ、同感だ」



 カンタロウとアゲハの意見が一致した。

 王の精神状態をあらわしているのだろうか。


 もしそうだとしたら、もはや常軌を逸している。


「ソフィヤ。大丈夫か?」

 カンタロウの声に、ソフィヤはコクコクうなずき反応した。

「町の住民は、この城に入ったことがないのか?」

 この城の状況を見れば、誰でも違和感に気づく。


 今日まで町の住人が、騒がないのはおかしい。


「うん。王様が病気だから、立ち入り禁止だって聞いた」

 ソフィヤの声質が震えている。

 カンタロウとアゲハの緊張感を感じとっているのかもしれない。



「とにかく、城の中へ入ってみるか」



 バラのトゲを避け、魔物が待ち受けているような威圧感を感じながら、城の玄関へとむかう。


 バラが巻きついてきそうな気がして、カンタロウとアゲハは足下から目を離せなかった。
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