上 下
2 / 89
第1章 王のいない城

幼少のアゲハ

しおりを挟む



 エコーズが住む大陸、エトピリカ。


 海に面する港湾都市では、エコーズと人間が対立する世界において、唯一交流できる都市として認定されている。

 都市に配置されているエコーズは、比較的人型、気性は穏やか、社交的なため、人間も安心して住処にしていた。

 都市に神脈結界などなく、そこには多様な人種、エルフ、獣人が集まっており、商業を活発化させている。


 一匹の白いカモメが、帆船から飛びたった。


 カモメは港湾都市を離れると、すぐ近くの山へ飛翔していく。

 風切の翼が、湿った風を突き進む。

 山の中間部まで進んだとき、そこには大きなお城が建っていた。

 カモメはまた海へと引き返す。


 お城は石や煉瓦で造られ、強固な城壁が周りを囲んでいる。

 とんがり屋根には、国の国旗である飛竜、『リンドブルム』の旗がかかげられていた。


 いくつもある塔の中で、キープと呼ばれる一番高い塔がある。

 塔には、ある少女の部屋があった。


「ちょっと、どうしてこんなもの、着なきゃいけないの? 動きずらいよ。下スースーするし」


 少女は金髪の髪、碧い瞳、背は低い。

 瞳孔は獣のように鋭く、人間の瞳ではなかった。

 耳はエルフのように尖っている。


 少女の後ろでは、使用人の女、サラが少女に着せるドレスを整えていた。

 サラの両目は真っ赤で、顔は人間の女。

 時折、頭の頭頂部にある、左右の獣耳が、震えるように動いた。

 服装はメイド服だ。年齢はまだ若い。


「我慢なさい。王の御前ですよ。ちゃんとした着物を着ないと」


 スカートをあまりはいたことのない少女は、頬をむくれさせた。

「はい、これでよしと。後は」

 サラは長い舌をだし、少女の頬をペロペロ舐めた。

「きゃ、くすぐったいよぉ」少女は嬉しそうにはしゃぐ。

「完了です。それじゃ、背筋を伸ばして、胸を張って、礼儀正しくするのですよ」

「はいはい。じゃ、行ってくるね」

 廊下にでると、少女は王の間へのんびりむかった。


「ふう……」


 サラは廊下の奥で、少女が消えたことを確認すると、ため息をつく。



「行ったのか?」



 少女が消えた廊下の反対側から、体格のいい男があらわれた。

 手の爪が鋭く、両目は赤い。

 口から鋭い牙が見える。腰には刀を所持していた。


「はい。先生」


 少女の剣の師匠であり、読み書きの先生でもある、朧という名のエコーズだ。


 朧の顔つきは精悍な人間の男性で、服装は和服を着ている。

 髪は灰色に染まっており、長髪を馬のしっぽのように、後ろでまとめていた。

 言動や態度は先生をしているだけあって、物静かに語りかける。


 サラはしきりに、指で目をこすっていた。


「泣いているのか?」

「ええ、ちょっと。わかってはいたんですけどね。いざこの日が来ると、あの子、人間の大陸でやっていけるのかどうか心配で」

 サラは少女にとって、姉のような存在だ。使用人の立場でありながらも、家族のように接してきた。それゆえに、心配でたまらないようだ。

「私もだ」



「わかりますよ。先生。気づいていますか? 号泣してますよ」



 朧は腕を組み、両目から滝のような涙を流していた。

 少女を娘のように接していたために、サラ以上に情が深いのだ。

 普段は冷静沈着だが、アゲハのことになると、感情が高ぶってしまう。

「辛すぎる。我が弟子の中で、一番出来が良く、明るく可愛らしいあの子が、あの化け物どもがいる大陸にたった一人で旅立つとは。人間め。もしあの子に手をだしたとわかったら、その身を引き裂いて、臓物を飛び散らせ、骨を砕いて……」

「まあまあ。人間との戦争はほぼ終結。大丈夫ですよ」

 話がどんどん残忍な方向へいっているので、サラはそれを止めた。

 朧は十四年前、人間の住む大陸、コスタリアで人と戦っていた。

 それであまり人間を信用していないのだ。

「わかっているが心配だ。昨日の夜も眠れなかった。どうすれば眠れると思う?」

「泣けばよいのでは? すっきりしますよ」



「そうか。では。ウオオオオォォォォォォ!」



 両手を上げて、泣き叫ぶ朧。

「外でやってください!」

 サラは耳を押さえて叫んだ。      





 リンドブルムの王、コウダが机の上で仕事をしている。


 コウダのいる部屋には、様々な本が置かれてあった。

 椅子も机も豪華な作りで、エコーズの王らしい。

 しかし、王の体格は人の子供ように背が低く、表情も幼い。

 背は一メートルあるか、ないかの高さだった。

 両目は他のエコーズと同じ、血のように赤い。


 部屋のドアがノックされた。



「失礼します。アゲハです」



 女の子の声が、ドアの外で響く。


「ああ、入って」


 コウダは躊躇することなく、部屋の中に迎え入れた。



「おはようございます。王、コウダ様」



 アゲハは中に入ると、恭しく頭を下げた。

「やあ、おはよう。今日もいい天気だね」

 コウダはペンを置くと、アゲハに顔をむける。

 色の混ざらない白い肌と白い髪。

 赤い両目は、異常な輝きを際立たせる。

「その椅子に座るといい」

「はい」

 素直に椅子に、ちょこんと座るアゲハ。

「うん。その体つきと顔立ちからして、人間の世界でいうと八歳ぐらいか。まあ僕らの世界じゃ二十歳を超えているけどね」


 エコーズは人間よりも長寿だ。

 アゲハは生まれてから、もう二十二年たっている。

 それでも、エコーズからして見れば、まだ子供だった。


「そうなんですか?」

 人を見たことのないアゲハは、不思議そうに首を傾げた。

 コウダは少し苦笑する。

「まあ、これから色々と経験するといいよ」

 コウダは椅子から立ち上げると、窓から空を見上げた。




「――任務を君に伝える。これから君は、同盟国である大帝国に行ってもらう。そこに居住を構える貴族、マーガレット家の養子になること」




「人間の養子にですか?」

「正確に言うと、マーガレット家の当主は獣人だ。君はその目からして獣人に似ている。人間の大陸では獣人としてすごすんだ。そのほうが都合がいいからね。あとはその耳」

「私の耳?」

 アゲハは自分の耳を手で触れてみた。先端が尖り、上をむいている。


「それは髪で隠したほうがいい。獣人にはない特徴だからね」


「わかりました」

「まあ、心配することはないよ。マーガレット家の当主とは、いい取引先だしね。その姿であれば可愛がられるさ。最初はしおらしくしておくんだよ」

「はい。でもよく私を受け入れるだなんて、相手方は了承しましたね?」



 エコーズは人間に限らず、獣人にとっても嫌悪の対象だ。

 あまり人間や獣人に会ったことのないアゲハですら、それは知識として知っていた。



「獣人の赤子を拾って育てているが、民衆が処刑しろとうるさい……と、言っておいた。あとは君の写真を渡しておいたよ。先方は気に入ってくれた」

 エコーズの大陸では、港湾都市以外の村では人間、獣人、エルフ等の人種は敵だと見なされている。

 大陸をめぐって起こした戦争が、そのような敵視を助長させたのだ。

「へぇ。なるほど」

 アゲハは納得したのかうなずいた。

「さて、ここからが本題だ」

 コウダは窓の外から、アゲハへと視線を移した。




「人間の大陸で、理性や知性のないエコーズを生みだしている者がいる。その者を見つけだし――殺してほしい」




 暗殺の依頼。



 アゲハはその依頼を達成させるために、幼少のころから選ばれ、育てられてきた。

 剣の技術、勉強など、他のエコーズよりも特別扱いされてきたのだ。

 王女のように扱ってきたのも、高貴な身分の者に対して、物怖じしない態度を身につけさせるためだ。



 コウダは再び窓から外を見上げる。

「人間とは今後もいい関係を続けたいと思っている。だが、やはりエコーズへの不安を払拭しきれていないのか、神脈結界はより強固になりつつある。これ以上人間を刺激し続ければ、僕達の不利になりかねない。ようやく戦争は終結し、ここまでの関係を築きあげたんだ。それを壊してもらっては困るのでね」

 大帝国との同盟。

 エコーズと人間との戦争を終結させるための、大イベントだった。

 同盟を結んだ理由は、世界災厄とされたエコーズ、ホーストホースを封印するため。



 ホーストホースとは、自己増殖を繰り返し、人間だけではなく、エコーズでさえ飲み込んだ巨大な魔物。

 コウダはその封印方法を大帝国の王に教え、封じこめることに成功した。

 これにより、人間だけでなく、エコーズにとっても封印の決壊は世界の破滅を意味するようになる。



 魔帝国、剣帝国、賢帝国、武帝国、大帝国の五大帝国は、リンドブルムと平和条約を結び、戦争は終結したのである。



 コウダは平和の証である、五大帝国の旗を眺めた。

 旗は手の平サイズまで縮小したものだ。



「僕達エコーズは、生殖能力を持っていない。ゆえに、子供はつくれない。母樹様が年に数人生むだけだ。まあ、その副作用からか、人間より長寿だけどね。その代わり――神脈を失った」



 コウダは自分の赤い瞳を指さした。



 母樹様とは、巨大な大樹のことだ。エコーズは人間のように、雄と雌が必要な有性生殖では生まれない。

 地面に流れる神脈を養分とする、母樹からしか誕生できないのだ。



 アゲハは指で顎をさわると、考える仕草を見せた。



「でもその人。なんのために理性のないエコーズ。ゴーストエコーズでしたっけ? そんなもの作ってるんですか?」



「理由はわからない。だが彼等はコミュニケーションがとれないだけに、僕達にとってもやっかいな存在だ」



 ゴーストエコーズ。

 別の名前を『姿なきエコーズ』。

 人の前には姿を見せず、壊れた録音機のように、何度も同じ言葉を繰り返す。



 敵と認識すれば、同種のエコーズでさえ襲いかかるため、コウダですら手を焼いていた。

「君の他にも、手練れを送りこんでいるんだけどね。やはり神脈結界に阻まれて、調査が進まないみたいなんだ。そこで君にこの仕事をお願いしたい」

「わかりました」

 アゲハはぐずつくことなく、返事を返した。

「不安はないのかい?」




「いえ――楽しみです」




 アゲハは本心で答えていた。初めて外の大陸にでられる。それで興奮して、昨日は眠れなかったほどだ。



「そうかい。それは良かった。あと一つ――」



 コウダは指を一本、アゲハに突きだした。表情は堅く、険しい。






「――君の正体を人間に知られてはいけないよ。もし知られれば、世界の常識が壊れてしまうからね」






 指は静かに、口元に当てられた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...