雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第三章 階級昇格編

80話『雷霆と獄炎』

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 ──アウラとヴェヘイアが、交戦を開始した頃のこと。

 新緑に囲まれた林の中に、だらりと力の抜けた状態の少女を抱えたカレンの姿があった。
 それなりの距離を移動した筈だが、呼吸は乱れてはいない。少し周囲を見渡して安全の確保を確認すると、カレンはゆっくりとしゃがんで

(ここまで来れば、マナの量も問題ないか。……あの地点だけ周囲のマナが枯渇してたのは多分、あの男の仕業でしょうね)

 木々の多い場所までクロノを連れて移動したカレンは、草むらの上に彼女を仰向けで寝かせる。
 アウラ達のいた場所から離れ、可能な限り安全を確保でき、周囲のマナの量が十分な場所まで退避していた。

(……にしても不味いわね。傷が想像以上に深い……!)

 クロノの状態は、カレンの想定よりも悪かった。胸の真ん中に空いた穴。そこから流れ続けた血が、彼女の戦いの苛烈さを物語っている。

「……ぁ……」

「クロノ……! 今は話さなくて良いから、じっとしていて……!」

 僅かに、クロノの喉と口が動いた。
 微かではあるが、その命の灯火は消えていない。

(良かった。今から治療すれば、まだ間に合う……)

 即座に患部の周辺、鎖骨の辺りに掌を当てて魔力と意識を集中させる。
 一先ずの生存は確認できたが、依然として危険な状態であることには変わりない。
 カレンも己の持ちうる魔力を使い切る覚悟で、クロノの治療に専念しなければならないのだ。

 一度の深呼吸のうち、カレンは虚空から己の武器である漆黒の剣──ダインスレイヴを顕現させて大地に突き刺す。続けて周囲に漂うマナを吸収させ、担い手である自身の担い手へと流動させた。

(ダインスレイヴにマナを貯蔵させて、増幅させて流し込めば……)

 魔剣が、微かに赤い光を帯びる。
 大気中のマナはダインスレイヴに次々と吸収され、魔剣は持ち主に還元する為に貯蔵していく。
 ただ吸収するだけでは無い。より質の良い魔力を提供するべく、良質なモノへと変質させていく。

 ダインスレイヴの持つ異能。
 魔剣が血を浴び、それを保有者の魔力へと還元する。カレン本人が自ら使用を制限している、魔剣に備えられた機能だ。
 カレンが行っているのは、その応用。
 魔剣によって吸収、変換された高濃度のマナを片っ端から取り込んでいき、クロノの治療に消費する。

「クロノの死を無駄にするな、なんて言われるのは真っ平御免。絶対に死なせない……っ!」

 体内のオドと、ダインスレイヴを通して供給されるマナ。
 両方の魔力をフル回転させ、指先へと集中させる。

 治癒の魔術の心得はあるが、それも人より少しできる程度だ。
 死の淵にいる人間を完治させた経験など、カレンには当然ない。それでも──彼女はそれを「為さなければならない」状況にいる。

 彼女がその状況で、潔く諦めるかと聞かれれば──否だ。
 集中力を最大まで高め、力尽きた友を黄泉路から引っ張り上げるべく、カレンは治療を開始した。



 ※※※※



 爆音のような轟音が、一帯に響き渡る。
 衝撃だけで地形すら変えかねないほどの規模の戦いが、一組の人外によって繰り広げられていた。
 片方の影は、夜闇を切り裂く紫電を纏う魔術師。
 もう片方は、光の届かない深淵にて燃える、業火を生み出す黒衣の異端者。

 神と魔神。
 超常の力を持つ者同士が、全力で互いを捻じ伏せ合っている。

「……っくくく……っはははははは!! なんだ!? 第一位殿はこの程度の雑魚に遅れを取ったってのか!?」

 アドレナリンによる気分の向上か、それとも心の底から呆れているのか。黒衣をたなびかせながら、男はアウラを嘲笑う。
 迫り来る雷霆を、獄炎を以て相殺する魔人──ヴェヘイア・ベーリット。
 バチカル派の司教の末席に位置する男は、尊敬する第一位がこの程度の男に追い詰められたのかと肩透かしを食らっていた。

 衝撃の余波で少し吹き飛ばされたのか、アウラはヴァジュラを地面に突き立てて踏ん張り、体勢を立て直している。

(最低位の十三位とはいえ、コイツも司教。やっぱり一筋縄じゃいかないか……っ)

 ギリ、と歯を食いしばって、心の底で零す。
 負けじとアウラは地を蹴り、真正面から放たれる爆炎を回避しつつ距離を一気に詰める。「強化」の魔術を行使している状態であれば、数歩あれば事足りる。
 低姿勢で、跳躍するように接近し──同時に、右手を僅かに後ろに引いた。

「────っ!!」

「ん? あぁ、そういうことね……」

 ヴェヘイアの背後で、雷霆によって数本の槍が形成される。
 遠隔での雷撃の操作。真正面に意識を向けている状態での、後方からの攻撃。
 ヴァジュラによる斬撃か、雷の槍で身体を貫かれるか。相手の虚をつく一手だったが──ヴェヘイアは全てを見透かしているかのように呟いた、

「小賢しい真似すんなよ。三下」

(んな、気配だけで気付いた──!?)

 ノールックで後方に手を翳し、雷霆の槍を一撃で消失させるほどの業火を放ってみせた。
 最低位ではあるが、ヴェヘイアは先代の十三位を倒して座を奪い取った司教。つまり、位階は同じだとしても、決して十三位に収まる実力ではないのだ。
 その才覚、権能の出力、魔神との適応度は先代を遥かに凌ぐ。
 何処までも貪欲にバチカル派の教義を学び、理想の実現のために無辜の人々の命を喰らう。

 ヴェヘイアという人間の在り方は、冥府の魔神モレクの代行者たるに相応しいものだった。

 動揺したアウラの動きが、僅かに鈍る。
 その隙を見逃さず、ヴェヘイアはアウラの懐に飛び込み──掌の上で、業火を爆発させる。

「ちっ、────!」

「その程度の小細工でオレを出し抜こうってか。随分と舐め腐った真似してくれんじゃねぇか……ッ!!」

 直撃の寸前、アウラは空いている手で雷霆を放出し、威力を相殺する。
 それでも衝撃まで完全に消失させるには至らず、押し負けた身体は宙を舞った。
 一瞬の意識の揺らぎ。
 ほんの僅かな瞬間すら、敵の命を刈り取る為に利用していく。

 ヴェヘイアは間髪入れずに指を鳴らし、アウラの頭上に燃え盛る炎を顕現させ──さながら隕石のように落下させる。
 アウラ単体を狙うのではなく、広範囲を破壊する為の一撃。
 息つく暇も与えない連撃を、アウラは雷霆をヴァジュラに纏わせて迎え撃つ。

「っ……我が身は雷霆の示現……っ!」

 落下しながら詠唱し、腕を引き絞る。
 インドラの権能である雷霆の出力を向上させ、より権能の行使を可能にする聖句だ。
 迫り来る燃える巨星を真っ向から粉砕する域の破壊力。
 アウラはそれに必要な量の雷霆を引き出し、真上目掛けて投擲した。

「食い潰せ……ッ!!」

 打ち放たれたヴァジュラは、一直線に巨星を射抜き、轟音と共に爆散させた。
 着地したアウラの手元には、対象を破壊したヴァジュラが再び握られている。周囲に欠片が降り注ぐが一切意に介さず、彼はヴェヘイアの動きに注意を払っていた。
 一連の攻撃を全ていなされたヴェヘイアの方はというと、

「……流石に、第五位殿の真似事じゃこうなるのがオチか」

「第五位……?」

「いや、こっちの話だ。ところでお前、力を温存でもしているのか? オレ相手でこの有様のお前が第一位殿を追い詰めたなんて、冗談にも程がある」

 現状、二人の戦いは純粋な火力の押し合い。
 その状態で、デフォルトの出力ではアウラの雷霆はヴェヘイアに劣っている。
 尤も、エクレシアでヴォグ相手に互角以上に立ち回れたのは、アウラがインドラと正式に契約を果たしたことに加え、神性を全力で解放したのが主な要因。
 先ほどのヴァジュラの投擲も、威力で言えばエクレシアの一区画を更地に変えた時のものには程遠い。

(……腹を括れ。アイツとやり合うのに、こんなんじゃ駄目だ────)

 反動は大きい。本気で振るえば、数日間はロクに活動できなくなる程のものだ。
 しかし、今相対しているのは司教。このまま出し惜しみをしていては、勝利できる可能性は限りなく低い。
 一切の躊躇は命に直結する。

 神の力を僅かに振るえるようになったとはいえ、その程度で強くなれたと宣うのは傲慢だ。

 全てをかなぐり捨ててでも、相手の息の根を止めにかかる。
 その姿勢を貫いていたからこそ、アウラは第一位相手に肉薄できたのだ。
 忘れていた姿勢。
 本来アウラが最も意識すべきことを、彼はこの戦いの中で再認識する。

(慢心や思い上がりの一切を捨てろ。俺が今、コイツを捻じ伏せる為には……!!)

 意識を深層へと落とし込む。
 かつて第一位と相対した時のように、余分な思考は全てシャットアウトする。

 己に宿る神性を表出させ、一時的に接続した雷神の性質をアウラに反映させる。つまり、彼が司教を討つべく選んだ選択肢は


「────テウルギア・ヴァジュラパーニ……!!」


 力強く、聖句を謳う。
 テウルギア──ソレは、人でありながら、神の力を振るう術。

 雷神の振るった雷霆だけではない。
 遥かな神期において戦神として恐れられた程の力を以て、アウラは今度こそ異端の司教を退ける。
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