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第三章 階級昇格編

60話『想定外の再会』

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 雨上がりのエリュシオンの街は、早くも活気を取り戻していた。
 市街地では行商人たちが店を開き、民間人たちも外出を始める。常に人の喧騒で溢れるエリュシオン──それが、この街の日常だ。
 鏡のように青空を反射する水溜まりを踏みながら、アウラとクロノは二人で大通りを歩いていた。
 クロノは水筒を傾け、傍らを歩くアウラは肉汁の滴る串焼きを頬張っている。

「あ、美味いなコレ。そこまで複雑な味付けって訳でもないのに、焼き立てはやっぱ違うな」

「出来立てが食べられるっていうのも、食べ歩きの醍醐味ですからね。因みにそれ、何処にでも生息してる猪の肉ですよ」

「マジで? 良い食材には塩と胡椒だけで十分って聞くけど、珍しくないのにこんなに美味いのか……ん、ごっそさん」

 肉質は柔らかく、口の中で解けるような感覚すら覚えた。
 獣肉独特の臭みもあまり無く、手頃な価格という事もあってコストパフォーマンスが鬼のように高い。
 全て食べ終えると、アウラは串を握り、一息入れた後、

「────ふんっ!」

 と、力を込めた。
 直後、串にバチバチと青白い光が走り──瞬く間に、木の串は形を失い、灰となった。
 普段から使えるようになった雷神の権能、その究極的な無駄遣いである。
 一連を見ていたクロノは不思議そうな面持ちで、

「そういえばアウラさん、最近よく雷撃の魔術を使ってますよね。結構な出力もありますし、どうやって覚えたんです?」

「あぁ、実はこれ、魔術じゃないんだ。エクレシアから帰って来てから使えるようになってね……多分、俺が神格と接続した副産物だと思う」

「古い神の……ってことは、権能ってことですか」

「いや、本当の権能はこんなレベルじゃないよ。エクレシアの都市の一角を更地にしたのも、権能を全力で行使している時のことだった。──本気で振るえばそれこそ神期の威容を再現する、インドラの雷霆だよ」

「雷神、インドラ……悪竜ヴリトラを葬り、数多の魔神を鏖殺した英雄神、ですよね」

「ご名答っ」

 歩きながら、アウラは躊躇うことなく己が接続した「神」の名を明かした。
 対するクロノも、冷静にその神について紐解いていった。一瞬目を剥いたものの、動揺するような素振りは見せず、寧ろ納得さえしていた。

「司教と戦ったとき、実は一回死に欠けたんだ。その時に初めて神様と話して、正式に契約を交わした……そうしなきゃ、そのまま何もできずに死んでたよ」

「神期の神、それも主神級の神様とお話したなんて、凄い体験じゃないですか」

「確かにな。こんな俺でも「偽神」アヴァターラとして認めてくれる、良い神様だったよ。その結果、考えなしに全力で権能を振るって、四日間も寝込む羽目になったけどな」

 自嘲気味にアウラは笑う。
 かつて相対した偽神──ヴォグとは、同じ偽神として天と地ほどの実力差がある。
 内なる神性を励起させ、己を疑似的に神へと置き換えるテウルギアを以てしても、彼を仕留め切ることは出来なかったのだから。

「確かに、ただの人間が主神の権能を振るえば、それぐらいの反動は付き物ですね。寧ろ、死ななくて良かったです……カレンさんも私も、あの時ばかりは本気で心配してましたから」

「その節は誠に多大なるご迷惑と心配をお掛け致しました……」

「もう気にしなくて良いですよ。分かってくれれば大丈夫です。それに今となっては、自滅覚悟で特攻を仕掛けようとした私が言えた義理じゃありませんしね」

 気まずそうに謝罪するアウラに、クロノは至って穏やかに言葉をかけた。
 テウルギアの行使による、限界を超えた身体強化と神代の雷霆。
 通常であれば、自滅を通り越して自殺行為とも言える。

「……って、オフの日なのに、なんで終わった話を蒸し返してるんでしょう、私」

「別に構わないよ。俺が無茶するのはデフォルトみたいなものだし、カレンみたいに隣でうるさく言ってくれた方がありがたい」

「……隣?」

「うん、隣。……ん?」

 数秒の沈黙。
 そして、アウラは己が放った言葉をもう一度反芻し────、

「あ、いや今のはそういうのじゃなくて! また俺が無理してると思ったら容赦なく言ってくれて構わないってだけだから!」

「え、えぇ!! やっぱりそうですよね!? 大丈夫です、ちゃんと分かってますから!!」

 二人して顔を見合わせた後、顔を赤くして慌てふためく。
 アウラは自分が発した一言の意味を訂正し、クロノもその真意を確認する。捉えようによっては告白ともとれる言葉だったのだ。

 それからしばらく、二人の間に会話は少なかった。
 何処か気まずい雰囲気の中、彼らは人混みの仲を歩いていき──気が付けばエリュシオンの東部にある高台の方へと向かっていた。
 街の景色を一望できるスポット。
 数少ない、街の中でもアウラが好きな場所だった。  

「わぁ……凄い景色。何度か通ったことはありますけど、こんなに綺麗だったんですね」

「散歩がてら来ることも多くてな、割と気に入ってるんだ。──そういや、この近くに教会もあったっけ」

「ソテル教のエリュシオン教会のことですか?」

「そうそう。俺が前に変わった使徒に絡まれたって話したろ? 実は、あそこで起きたことなんだ。……そうだ、暫く行ってないし、久しぶりに行ってみっか」

「良いですね。私も丁度、静かで落ち着いたところで休みたいところでしたし」

 そう言って、教会の方へと歩き出す。
 しかし直前、二人が登ってきた階段の方から

「──二人でこんなところにいるなんて、珍しいじゃない。デートでもしてた?」

「────!!」

 からかうように微笑みながら現れたのは、カレンだった。

「いやいやいや!!デートだなんてそんな!!」

「なに、言ってみただけよ。貴方達、教会に行くんでしょ? なら私も付き合うわ」

「用事でもあるのか?」

「そういうわけじゃないけど、私も丁度暇だったから。商人の護衛の依頼が思ったより早く終わっちゃってね」

 腕を組みながら言うカレン。

「最近見かけないと思ったら、ずっと依頼に出てたのか……」

「私だって休みたいわよ。でも、依頼が来たなら出ないワケにもいかないし」

 ムスっと頬を含ませて彼女は答える。
 カレン程の実力者であれば、自ら依頼を探さずとも転がり込んでくるケースも多い。加えて彼女の性格上、わざわざ自分を指名した依頼主のことを無碍にするようなこともない。

「あの、つかぬ事をお聞きしますが……一体何日連続で依頼に行ってたんです?」

「今日で一週間と三日。やっと全部片付いたわ……」

 全てをこなしてみせる彼女のストイックさに、若干引き気味のアウラとクロノであった。



 ※※※※



 清廉な空気の満ちる教会。
 人の少ない礼拝堂には窓から陽光が差し込み、眠気を誘うような静寂がそこにあった。
 左右に立ち並ぶ長椅子に置かれた書物──ソテル教の「聖伝書」にも僅かに埃が被っている。

「エクレシアの大聖堂に比べればやっぱり小さいけど、こういう街の教会の方が落ち着けますね」

「ああいう建物は宗教施設ではあるけど、観光地としての一面もあるからね」

 エリュシオンの教会は、正直なところ、アウラはあまり良い思い出はない。
 というのも、理由は明白。

(そういえば、あの目隠しの修道女も多分教会の使徒だよな……)

 エクレシアに旅立つ少し前に訪れた時のことだ。
 エレミヤと名乗る修道女と遭遇し、初対面にも関わらず己の素性を言い当てられた。そして、アウラに対して不吉な予言を残し、見事に現実となったのだ。

 その時の記憶がフラッシュバックする中、アウラ達は教会の奥の方へと向かう。
 今は礼拝時間外故か、聖伝書の読書に夢中になる者、また静かに祈りを捧げる民間人の姿があった。
 そして、教会の奥の部屋から、一人の修道女が姿を現し────、

「──おや、三人揃って改宗にでも来ましたか?」

「あなたは……」

 三人にとって、見覚えしかない顔だった。
 病的と思わせる程に白い肌に、ウィンプルから覗く銀髪を携えた修道女。年齢は若く、まだ十代半ばといったところだが、見た目以上に落ち着いた声色をしている。
 紺色の修道服を纏う、教会屈指の異端狩り──セシリア・ゼグラティオの姿が、そこにあった。

「セシリア!?」

「どうもアウラさん、ご無沙汰しております。エクレシアではお世話になりました」

「あぁ、こちらこそその節はどうも……って、違う違う。セシリアさん達はロギアと一緒にエクレシアに残ったんじゃなかったか?」

「残りましたが、あの後ロギアさんが使徒の機関長に直談判したそうで。バチカル派の掃討を主導するギルドの人間とすぐに連絡が取れるようにってことで、私たちは特例でここに駐屯することになったんです。ついでに、この教会の司祭の手伝いも兼ねてますが」

「成程……シェムさんと教皇エノスも仲が良い訳だし、確かに筋は通ってるな」

「私もそう思いますが、正直なところ、ロギアさんが上手いこと上司を丸め込んだ気もしますがね。ほら、あの人は使徒の中でも特に働いてますから」

 人差し指を立てるセシリアの言葉に、三人は思わず納得してしまう。
 ロギアは使徒──異端狩りとしての仕事以外にも、各地の教会の査定や本部への報告まで、業務の殆どを着実にこなしていた。
 傭兵上がりという経歴を持つが、責任を持ってソテル教の信徒としての役割を果たしているのだ。

「言われてみれば、「もう飛ばされたくない」ってボヤいてたものね。あの人」

「色々言いながらも仕事はきっちりこなすのがロギアさんですが、流石に限界だったんでしょう。私も少しゆっくり仕事したいと思ってましたので、ここの教会の雰囲気は私好みです」
 
 高い天井を見上げ、セシリアが満足そうに語る。
 職場の雰囲気というのも、働く上で重要な要素である。

「何はともあれ、暫くはこの街でお世話になりますので、何卒宜しくお願いしますね。グランドマスター殿にも宜しくお伝え下さい」

「了解した、いるときに伝えとくよ。それと、俺たちの方こそよろしく頼むな」

 アウラがそう答えたところで、教会の中に重厚な鐘の音が響き渡る。
 礼拝の時間を告げる音色。
 天に座す父に祈りを捧げ、その祝福を得んとする人々の集う時間だ。

 一行も礼拝に参加し、想定外の再会を心の中で喜ぶのだった。
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