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第三章 階級昇格編
58話『交流と情報共有』
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「聞いたか? ガルマの奴、ギルドから除名されたんだってよ」
「え、そうなの!? 前々から問題起こしてるのは聞いてたけど、遂に何かやらかしたのね……徒党組んでた連中は?」
客で満席の酒場「ヘスペリデス」のテーブル席で、そんな噂話を繰り広げるのは二人の冒険者だった。
方や、中年といった風貌の、顔に幾つもの傷を付けた、甲冑を纏った男。もう片方は、まだ10代後半かそこらと思しき、黒色の長髪を靡かせる少女だった。腰には武骨な短刀を差しており、機能性、運動性を重視した斥候を思わせる出で立ちをしている。
エリュシオンに在籍する冒険者の間で、ガルマの除名の話は瞬く間に広まっていた。
悪い意味で名が知られ、尚且つ冒険者の一グループを形成していたリーダーの除名処分というのは、他の冒険者たちにとっても興味を惹く恰好の話題だったのだ。
「いや、アイツにつるんでたヤツらはまだ残ってる。ただ、前よりは大人しくなるだろうな」
「……にしても、なんだって急に除名になったのよ」
「どうやら、鉱山に住み着いた魔獣の討伐依頼で、同行した冒険者を意図的に殺害しようとしたみたいでな。戦死に見せかけようとしたらしいが、それがバレて規約違反。以前からの女冒険に対する執拗な勧誘とかの前科もあって、除名だそうだ」
スカーフェイスの男はグラスに注がれた水を傾けながら答えた。
然るべき処分が下された、という事だろう。
「巻き込まれた人はとんだ災難ね。大丈夫だったのか?」
「あぁ、一応はな。ガルマとつるんでたルイって魔術師は死んだらしいが、他の二人は無事に帰還したみたいだ。なんでも、片方は鉱山内に巣食っていた穴蜘蛛、それからソイツらのヌシを一人で殲滅したって話だ」
「……一人で、やったの?」
「あぁ。一緒に行ったっていう知り合いの弓使いから聞いたんだが、最近アトラスに来たアウラって銀髪の魔術師がいるだろ? ガルマに狙われたのも、蜘蛛を屠ったのもアイツなんだと」
「────」
金髪の少女が見るからに言葉を失っている辺り、驚いているのは分かりやすい。
「アウラって確か……最初の依頼でナーガを討伐して、エクレシアでもバチカル派の幹部相手に大健闘したっていう、「原位」の────」
「あぁ、しかもそれだけじゃない。その実力をエクレシアの騎士団長にも認められたって話だ」
「騎士団長……あの「聖人」に? 私も実際に見た事は無いけど、東の大陸で最強を誇ってるって噂よね?」
と、そんな話をする二人のテーブルのすぐ傍で、カウンター席に一人座る青年が食事をしていた。
自分の名前が聞こえてきたからか、パンを咀嚼しきる前に飲み込み、グラスに入った水で流し込んでいく。
一杯丸ごと飲み干すと、深い溜め息を吐く。
そんな、話題の中心──アウラを見て、カウンターの内側に立つ獣耳の少女、ナルが悪戯っぽく笑っていた。
「すっかりアウラも話題の中心だねぇ。ギルドの職員の皆の間でも「新人の噂は本当だった」って、お兄さんの話で持ち切りだよ」
「嬉しいは嬉しいんだけど、なんか話が大分誇張されてない? 確かにゼデクさんと会ったのは事実だけど、単騎で国一つ攻め落とせる化け物だぞ、アレ」
「良いじゃん良いじゃん、それでも可笑しくない位の実力者だって思われてるんだし、ありがたく受け取っときな。ガルマと組んでた連中もすっかり大人しくなったし、アウラに感謝しているヤツも少なくないからさ」
「ガルマ、そんなに嫌われてたのか……まぁあの性格なら当然だろうけど」
「グループの規模だけデカいもんから、ギルド側としてもそろそろ除名とかを検討してたんだけどね。丁度良くお兄さん達がアイツの横暴を報告してくれたから、アタシらも心置きなく踏み切れたんだ」
「冒険者たちだけならまだしも、ギルド側にも疎まれるって中々の嫌われようだな……」
「他の冒険者たちをグループぐるみで脅して割の良い依頼を受けたり、女性の冒険者を執拗に勧誘したり、前々から被害の報告はあったからね。やたらと幅を利かせてたから、ギルドの皆も邪魔に思ってたんだよ。──それに聞いたよ、カレンにも言い寄ってたんだってね」
腕を組み、カウンターの内側の壁に凭れながら、一呼吸置いてナルが語った。
依頼に出る前日、街中でガルマを含む数人の男に囲まれていた光景を思い出させる。
「……あぁ。あん時はカレンに一蹴されてたけどな」
「しょうもない連中だよ。あの子があんな男共を相手にする筈無いのに、プライドと自信だけは一丁前にあるんだもん。お兄さんがガルマ相手にキレたってのも、それが理由なんでしょ?」
「そりゃあな。大事な友人をあれだけ侮辱されれば、流石に俺でも堪忍袋の緒が切れる」
「カレンも良い友達を持ったねぇ……アタシゃ嬉しくて涙が出るよ……」
「なんか、アイツに友達がいなかったみたいな言い方だな……本人が聞いてたらどうすんだよ」
「いや、カレンはああ言う性格だし、割とギルドの皆からは頼られてはいたんだ。でも、アウラ程心を許してる人ってのはそういないもんだよ」
「俺に……? 普段から誰に対してもあんな感じだと思ってたけど、そうじゃないのか?」
「うん。なんというか私が思うに、心の底から笑ってる事が増えたかな。別に他の連中が嫌いって訳では無いんだけど、心が休まる……って言うのかな。変に「頼られる自分」を演じてない気がするんだ」
頬に手を当てながら言うナルの言葉に、アウラは以前、シェムに言われた事を思い出した。
カレン・アルティミウスという冒険者。
若くして第三階級たる熾天の地位を持つ羅刹の如き少女は、その強い責任感故に、一人で背負い込む性分だった。
「……ナルの言う通り、アイツが気安くいられるんだったら良かったよ」
「? 急にどうしたんだい?」
「実は、前にシェムさんから、「カレンは一人で背負い込むから近くで見てやってくれ」って言われたんだ。それで、今のアイツの気が楽になってるなら、良かったなって」
「何それ、不束な娘ですが宜しくお願いします的なヤツ?」
「別に託されたって訳では無いけど、そういう性格だから気にかけてくれっさ」
「へぇ……あの人もあの人なりに、部下の事は大事にしてたんだね────っと」
意外そうに零すナル。
常に飄々としているのがアトラスのグランドマスターだ。肝心の部下であるカレンには散々な言われようだが、掛け替えの無い存在として常に気を回していた。
ナルは言い終えると少しカウンターの前に出て深呼吸し、
「──さぁさぁ、依頼を終えて酒を酌み交わす冒険者さん方!! アンタ達の間に名を轟かせる魔術師なら、ここにいるよ!!」
「ぶッ!!!!!!」
腹から声を出し、店内にいる客のほぼ全員に呼びかける。
瞬間、彼らの視線は全てアウラに向けられ、同時に彼は飲んでいたグラスの水を吹き出した。
そんな彼の事を気にすることなく、ナルは続ける。
「最初の依頼で高位の蛇竜たるナーガを討伐! 東方のエクレシア王国では街を守る為にたった一人でバチカル派の司教を退けた、あの「羅刹」の一番弟子! 今なら何でも聞き放題だよ!!」
「げほっげほっ……ちょっ、ナル!? 何言ってらっしゃるので!?」
「冒険者たるもの、同業者とのコミュニケーションも必要だろう?」
「確かにそうだけど────」
「それじゃ、私はちょいと仕事してくるよ」
「ちょっ……おい!!」
にやにやと笑いながら、ナルは嬉々として厨房の方へと逃げていく。
してやられた、と言わんばかりにアウラは項垂れる。そしてその直後、一番近くで噂話をしていた黒髪の冒険者の少女がアウラの横に座り、
「ねぇ貴方、東の大陸に行って帰ってきたんでしょ? もし良かったら私たちに色々聞かせてくれない?」
「別に構わないけど、大して面白い話じゃないぞ? 」
「面白いか面白くないかは、私たちが決めるもの。それに、この短期間でこれだけの成果を挙げている人の話が、退屈しない訳ないでしょう? ねぇ皆?」
「あぁ、単身で司教を相手にするなんて、とても並みの冒険者にできることじゃない。俺にも聞かせてくれ」
「僕も興味がある。エクレシアはソテル教の聖地として有名だし、どんな場所で、どんな雰囲気だったのか……是非とも聞きたいね」
先ほどまで彼女と話していた甲冑の男に続き、アウラのすぐ傍のカウンターに座っていた、黒のローブを羽織る青年も食いついた。
冷静になって見れば、冒険者ではない民間の客までもが、アウラの方に視線を向けていた。
厨房の方では、ナルが悪戯っぽく笑っている。
完全に包囲され、完全に退路を断たれたアウラは諦め気味に溜め息を吐いた後、
「……じゃあ、飯代奢りってことなら」
そう前置きして、話し出した。
反応を見る限り、この場にいる同業者達はアウラの事を「お零れで名を挙げた魔術師」だとは思っていない。
命を張り、死線を潜り抜けた一人の冒険者として接している。
自分が認められたという事実を噛み締めるように、アウラは何処か満ち足りたように微笑していた。
※※※※
「───なるほど、君たちがエリュシオンのグランドマスター殿の使節としてエクレシアに赴き、そこで教団の襲撃に遭遇した、と。そこで、ソテル教の使徒と共闘……教会に暗部的な組織があるのは聞いていたが、本当だったのか」
カウンターに座るアウラの横で、ローブの青年が腕組みしながら答える。
アウラの話を、その場に居合わせた者はすっかり聞き入っていた。同業者としても、異国の地で体験した事柄は興味を惹くものだった。
「逆に、俺たち三人だけで街を守り切るのは普通に考えて無理な話だろ。襲撃の可能性も考えて、教会の方が実力のある使徒を案内役に寄越してくれたんだと。あぁ、因みにこの話は他言無用で」
「あぁ、分かってるよ。にしても、平和的なソテル教でさえ、そんな一面があるなんてな……それに、悪魔の権能を手繰る魔人か」
「アタシも噂ぐらいには聞いたことはあるけど、実際に目にしたことは無かったなぁ。何千年も前の悪魔の話なんて、子供の頃の御伽噺だと思ってた」
「皆はまだバチカル派と遭遇したことは無いのか?」
「いや、せいぜい「無差別に街や村を襲撃する教団があるから気を付けろ」って注意勧告がある程度さ」
「そうなんだ……まぁ、連中の手が及んでいないって考えれば良いに越したことは無いか。一応、グランドマスターのシェムさんがバチカル派の掃討を主導してる人だから、何かあったら伝えておいてくれると助かるよ」
アウラの言葉に、周囲の同業者たちは頷きで返す。
今後も顔を突き合わせていくであろう同胞と交流を深めるのも大切だが、情報の共有も重要。
特に、アトラスのグランドマスター──シェムとの繋がりがあるアウラは、バチカル派の情報を彼に伝えるパイプとしての役割を果たすこともできる。
人脈を増やし、少しでも貢献する。
そう心掛けながら生活していこう、と心の中で思うアウラであった。
「え、そうなの!? 前々から問題起こしてるのは聞いてたけど、遂に何かやらかしたのね……徒党組んでた連中は?」
客で満席の酒場「ヘスペリデス」のテーブル席で、そんな噂話を繰り広げるのは二人の冒険者だった。
方や、中年といった風貌の、顔に幾つもの傷を付けた、甲冑を纏った男。もう片方は、まだ10代後半かそこらと思しき、黒色の長髪を靡かせる少女だった。腰には武骨な短刀を差しており、機能性、運動性を重視した斥候を思わせる出で立ちをしている。
エリュシオンに在籍する冒険者の間で、ガルマの除名の話は瞬く間に広まっていた。
悪い意味で名が知られ、尚且つ冒険者の一グループを形成していたリーダーの除名処分というのは、他の冒険者たちにとっても興味を惹く恰好の話題だったのだ。
「いや、アイツにつるんでたヤツらはまだ残ってる。ただ、前よりは大人しくなるだろうな」
「……にしても、なんだって急に除名になったのよ」
「どうやら、鉱山に住み着いた魔獣の討伐依頼で、同行した冒険者を意図的に殺害しようとしたみたいでな。戦死に見せかけようとしたらしいが、それがバレて規約違反。以前からの女冒険に対する執拗な勧誘とかの前科もあって、除名だそうだ」
スカーフェイスの男はグラスに注がれた水を傾けながら答えた。
然るべき処分が下された、という事だろう。
「巻き込まれた人はとんだ災難ね。大丈夫だったのか?」
「あぁ、一応はな。ガルマとつるんでたルイって魔術師は死んだらしいが、他の二人は無事に帰還したみたいだ。なんでも、片方は鉱山内に巣食っていた穴蜘蛛、それからソイツらのヌシを一人で殲滅したって話だ」
「……一人で、やったの?」
「あぁ。一緒に行ったっていう知り合いの弓使いから聞いたんだが、最近アトラスに来たアウラって銀髪の魔術師がいるだろ? ガルマに狙われたのも、蜘蛛を屠ったのもアイツなんだと」
「────」
金髪の少女が見るからに言葉を失っている辺り、驚いているのは分かりやすい。
「アウラって確か……最初の依頼でナーガを討伐して、エクレシアでもバチカル派の幹部相手に大健闘したっていう、「原位」の────」
「あぁ、しかもそれだけじゃない。その実力をエクレシアの騎士団長にも認められたって話だ」
「騎士団長……あの「聖人」に? 私も実際に見た事は無いけど、東の大陸で最強を誇ってるって噂よね?」
と、そんな話をする二人のテーブルのすぐ傍で、カウンター席に一人座る青年が食事をしていた。
自分の名前が聞こえてきたからか、パンを咀嚼しきる前に飲み込み、グラスに入った水で流し込んでいく。
一杯丸ごと飲み干すと、深い溜め息を吐く。
そんな、話題の中心──アウラを見て、カウンターの内側に立つ獣耳の少女、ナルが悪戯っぽく笑っていた。
「すっかりアウラも話題の中心だねぇ。ギルドの職員の皆の間でも「新人の噂は本当だった」って、お兄さんの話で持ち切りだよ」
「嬉しいは嬉しいんだけど、なんか話が大分誇張されてない? 確かにゼデクさんと会ったのは事実だけど、単騎で国一つ攻め落とせる化け物だぞ、アレ」
「良いじゃん良いじゃん、それでも可笑しくない位の実力者だって思われてるんだし、ありがたく受け取っときな。ガルマと組んでた連中もすっかり大人しくなったし、アウラに感謝しているヤツも少なくないからさ」
「ガルマ、そんなに嫌われてたのか……まぁあの性格なら当然だろうけど」
「グループの規模だけデカいもんから、ギルド側としてもそろそろ除名とかを検討してたんだけどね。丁度良くお兄さん達がアイツの横暴を報告してくれたから、アタシらも心置きなく踏み切れたんだ」
「冒険者たちだけならまだしも、ギルド側にも疎まれるって中々の嫌われようだな……」
「他の冒険者たちをグループぐるみで脅して割の良い依頼を受けたり、女性の冒険者を執拗に勧誘したり、前々から被害の報告はあったからね。やたらと幅を利かせてたから、ギルドの皆も邪魔に思ってたんだよ。──それに聞いたよ、カレンにも言い寄ってたんだってね」
腕を組み、カウンターの内側の壁に凭れながら、一呼吸置いてナルが語った。
依頼に出る前日、街中でガルマを含む数人の男に囲まれていた光景を思い出させる。
「……あぁ。あん時はカレンに一蹴されてたけどな」
「しょうもない連中だよ。あの子があんな男共を相手にする筈無いのに、プライドと自信だけは一丁前にあるんだもん。お兄さんがガルマ相手にキレたってのも、それが理由なんでしょ?」
「そりゃあな。大事な友人をあれだけ侮辱されれば、流石に俺でも堪忍袋の緒が切れる」
「カレンも良い友達を持ったねぇ……アタシゃ嬉しくて涙が出るよ……」
「なんか、アイツに友達がいなかったみたいな言い方だな……本人が聞いてたらどうすんだよ」
「いや、カレンはああ言う性格だし、割とギルドの皆からは頼られてはいたんだ。でも、アウラ程心を許してる人ってのはそういないもんだよ」
「俺に……? 普段から誰に対してもあんな感じだと思ってたけど、そうじゃないのか?」
「うん。なんというか私が思うに、心の底から笑ってる事が増えたかな。別に他の連中が嫌いって訳では無いんだけど、心が休まる……って言うのかな。変に「頼られる自分」を演じてない気がするんだ」
頬に手を当てながら言うナルの言葉に、アウラは以前、シェムに言われた事を思い出した。
カレン・アルティミウスという冒険者。
若くして第三階級たる熾天の地位を持つ羅刹の如き少女は、その強い責任感故に、一人で背負い込む性分だった。
「……ナルの言う通り、アイツが気安くいられるんだったら良かったよ」
「? 急にどうしたんだい?」
「実は、前にシェムさんから、「カレンは一人で背負い込むから近くで見てやってくれ」って言われたんだ。それで、今のアイツの気が楽になってるなら、良かったなって」
「何それ、不束な娘ですが宜しくお願いします的なヤツ?」
「別に託されたって訳では無いけど、そういう性格だから気にかけてくれっさ」
「へぇ……あの人もあの人なりに、部下の事は大事にしてたんだね────っと」
意外そうに零すナル。
常に飄々としているのがアトラスのグランドマスターだ。肝心の部下であるカレンには散々な言われようだが、掛け替えの無い存在として常に気を回していた。
ナルは言い終えると少しカウンターの前に出て深呼吸し、
「──さぁさぁ、依頼を終えて酒を酌み交わす冒険者さん方!! アンタ達の間に名を轟かせる魔術師なら、ここにいるよ!!」
「ぶッ!!!!!!」
腹から声を出し、店内にいる客のほぼ全員に呼びかける。
瞬間、彼らの視線は全てアウラに向けられ、同時に彼は飲んでいたグラスの水を吹き出した。
そんな彼の事を気にすることなく、ナルは続ける。
「最初の依頼で高位の蛇竜たるナーガを討伐! 東方のエクレシア王国では街を守る為にたった一人でバチカル派の司教を退けた、あの「羅刹」の一番弟子! 今なら何でも聞き放題だよ!!」
「げほっげほっ……ちょっ、ナル!? 何言ってらっしゃるので!?」
「冒険者たるもの、同業者とのコミュニケーションも必要だろう?」
「確かにそうだけど────」
「それじゃ、私はちょいと仕事してくるよ」
「ちょっ……おい!!」
にやにやと笑いながら、ナルは嬉々として厨房の方へと逃げていく。
してやられた、と言わんばかりにアウラは項垂れる。そしてその直後、一番近くで噂話をしていた黒髪の冒険者の少女がアウラの横に座り、
「ねぇ貴方、東の大陸に行って帰ってきたんでしょ? もし良かったら私たちに色々聞かせてくれない?」
「別に構わないけど、大して面白い話じゃないぞ? 」
「面白いか面白くないかは、私たちが決めるもの。それに、この短期間でこれだけの成果を挙げている人の話が、退屈しない訳ないでしょう? ねぇ皆?」
「あぁ、単身で司教を相手にするなんて、とても並みの冒険者にできることじゃない。俺にも聞かせてくれ」
「僕も興味がある。エクレシアはソテル教の聖地として有名だし、どんな場所で、どんな雰囲気だったのか……是非とも聞きたいね」
先ほどまで彼女と話していた甲冑の男に続き、アウラのすぐ傍のカウンターに座っていた、黒のローブを羽織る青年も食いついた。
冷静になって見れば、冒険者ではない民間の客までもが、アウラの方に視線を向けていた。
厨房の方では、ナルが悪戯っぽく笑っている。
完全に包囲され、完全に退路を断たれたアウラは諦め気味に溜め息を吐いた後、
「……じゃあ、飯代奢りってことなら」
そう前置きして、話し出した。
反応を見る限り、この場にいる同業者達はアウラの事を「お零れで名を挙げた魔術師」だとは思っていない。
命を張り、死線を潜り抜けた一人の冒険者として接している。
自分が認められたという事実を噛み締めるように、アウラは何処か満ち足りたように微笑していた。
※※※※
「───なるほど、君たちがエリュシオンのグランドマスター殿の使節としてエクレシアに赴き、そこで教団の襲撃に遭遇した、と。そこで、ソテル教の使徒と共闘……教会に暗部的な組織があるのは聞いていたが、本当だったのか」
カウンターに座るアウラの横で、ローブの青年が腕組みしながら答える。
アウラの話を、その場に居合わせた者はすっかり聞き入っていた。同業者としても、異国の地で体験した事柄は興味を惹くものだった。
「逆に、俺たち三人だけで街を守り切るのは普通に考えて無理な話だろ。襲撃の可能性も考えて、教会の方が実力のある使徒を案内役に寄越してくれたんだと。あぁ、因みにこの話は他言無用で」
「あぁ、分かってるよ。にしても、平和的なソテル教でさえ、そんな一面があるなんてな……それに、悪魔の権能を手繰る魔人か」
「アタシも噂ぐらいには聞いたことはあるけど、実際に目にしたことは無かったなぁ。何千年も前の悪魔の話なんて、子供の頃の御伽噺だと思ってた」
「皆はまだバチカル派と遭遇したことは無いのか?」
「いや、せいぜい「無差別に街や村を襲撃する教団があるから気を付けろ」って注意勧告がある程度さ」
「そうなんだ……まぁ、連中の手が及んでいないって考えれば良いに越したことは無いか。一応、グランドマスターのシェムさんがバチカル派の掃討を主導してる人だから、何かあったら伝えておいてくれると助かるよ」
アウラの言葉に、周囲の同業者たちは頷きで返す。
今後も顔を突き合わせていくであろう同胞と交流を深めるのも大切だが、情報の共有も重要。
特に、アトラスのグランドマスター──シェムとの繋がりがあるアウラは、バチカル派の情報を彼に伝えるパイプとしての役割を果たすこともできる。
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