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第三章 階級昇格編

55話『孤軍奮闘』

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「目的地はバルト鉱山。貴重な魔石が採れるって評判な鉱山だな」

 エリュシオンから西南の方角へ向かう事数時間。
 目的地に最も近い小さな町、ゼムで下車し、そこからは徒歩で向かう。
 鉱山の位置する一帯は周辺地域に比べて大気中のマナの濃度が高く、それが月日を経て物質化し、結果として高密度の魔石が産出されるのだという。
 先導するウィストに先導される形で、一行は歩いて向かっていた。

「報酬は4人で分けても十分なぐらいだ。穴蜘蛛なんざただ数が多いだけで、一匹一匹は雑魚同然だしな」

「安心しろよ、今日は俺達みたいな平凡な冒険者よりも遥かに強い魔術師殿がいるんだ。何があってもどうにかしてくれるだろうよ」

 ウィストが述べた後、ルイがフードの下でほくそ笑みながら、アウラに突っかかる。
 同じ魔術師にすら馬鹿にされているという状況だが、彼はそれに反応する事はなく

「強いかどうかは分からないけど、魔術師なら「強化」しか使えない俺より、ちゃんと属性魔術が使えるアンタの方がよっぽど魔術師らしいよ」

「強化!? そりゃ驚いた、初歩の初歩の魔術じゃないか!」

「どうにも師匠曰く、俺はマナが取り入れられない体質らしくてね。アンタみたいに器用な事は出来ないんだよ」

 ぶっきらぼうにアウラは答える。
 魔術師としては確かに初歩的な物しか扱えない。炎や水を発現させる、植物を成長させるといった四属性に関連する魔術──属性魔術も扱えない事はないが、強化にオドを割いて戦った方が圧倒的にアウラに合っている。
 驚いた様子のルイの次に、ガルマが口を開く。

「お前の師匠って確か、アルティミウスだったよな。随分と仲良くしてるみてぇだが」

「そりゃまぁ、俺はアイツの紹介でエリュシオンに来たからな。誘った以上は責任持つって事で、武芸の指南もして貰ったさ」

「ほーう……で、抱いたのか?」

「はぁ?」

「だから、抱いたのかっつって聞いてんだよ。アイツは身体はお粗末だが、顔はあのギルドの誰よりも良い。まだ誰にも抱かれてないってんなら好都合だ──アイツこそ、俺の女に相応しい」

 下卑た笑みを浮かべるガルマは、低俗な独占欲を全く隠そうとしない。
 初対面で肉体関係に関して聞き出す時点で、その程度は知れている。似たような質問は以前にシェムにもされた事があるが、彼はカレンの身の回りにいる──彼女の傍らで支えてくれる者として、アウラに問うた。

 だが、アウラの眼前にいる男はそうではない。
 完全に逆であり、彼女を己の欲を満たす為のモノとしか見ていないのだ。
 その事実を前に、アウラは僅かに眉を顰める。

(こいつ……道理で)

 ガルマが先日、カレンを迫る一団の中にいた事に合点がいった。
 同時に、彼が自分を嫌っているであろう理由についても、凡その検討は付いていた。
 友人、そして師弟という間柄ではあるが、彼女に比較的近いポジションにアウラがいるからである。

「尤も、お前みたいなガキには手を出す度胸もねぇか」

「それはどうだかね。アイツは「自分より弱い男に抱かれるのは御免」なんて言ってたけどな?」

 ここに来て、アウラはやや挑発気味に言い返した。
 心なしか、彼女を侮辱されたようにも捉えたのだろう。自分が言われる分には我慢すれば済む話だが、友人に関して向けられた言葉には反射的に反応してしまった。
 自分より他人を優先する性分上、仕方ない事ではあるのだが。
 しかし、ガルマは自信に満ちた顔で

「何、すぐに熾天の階級までのし上って、俺の強さを思い知らせてやるさ」

(無理だろ)

 彼女の強さを身に染みて分かっている以上、アウラは頭の中で無理な話だと断ずる。
 階級としても、熾天の地位に上り詰めるには突出した技能や才覚を必要とする。カレンの魔剣、或いはクロノの神言魔術のような「何か」が無ければ不可能に近しい。
 それ故に、第二階級である「天位」の割合が最も多いのだ。
 己の友を貶し、あまつさえ傲慢に物を言う男に苛立ちを覚えながらも、アウラは彼らの後ろを付いていく。

 一行は道中に掛けられたつり橋を通り、鉱山の麓へと向かう。
 段々と地面から草が減っていき、足音は硬い岩盤を叩く音に変わっていく。山に入って行う依頼はクロノと行った最初の依頼以来だが、今回は多少はターゲットが決められている以上、精神的には楽な方だ。

 傾斜を上っていき、穴蜘蛛が巣食っているとされる内部へと続く入口へ。
 外から見る限り、中は整備されているものの、やや薄暗い。崩落の心配は無さそうだが、やはり心配な部分がある。

「っし、じゃあさっさと済ませるとすっか」

「いや、その前にちょっと待てアウラ」

 呼び止めたのは、地に魔法円を描くルイだった。
 片膝を付いて円の中に幾何学模様を即興で書き上げ、その四隅に文字を描き、中心にルビーのような石を置く。

「……この魔法陣は」

「サポートする魔術師として、お前は使い物にならないからな。何かあった時に転移の魔術で脱出する為の魔法陣だけ組んでおく。近距離なら、座標だけ打ち込んでおけば、引っ張る形で戻って来れるだろ……それと、お前はコレを首から下げとけ」

「ペンダント……いや、護符か? 何の?」

「お前が知る必要はない。とりあえず身に着けとけ」

 アウラの質問に答えず、身に着けるように急かす。
 手渡されたペンダントには紫色の宝石のような物が吊り下げられており、石の中で水と思しき液体が揺れていた。

(ここで付けないと面倒になりそうだし、大人しく下げとくか)

 言われた通りに首から下げるアウラ。
 変に空気を悪くしても、ただでさえ狭い肩身が更に狭くなるだけだ。

「お前ら、準備は良いな?」

 そんなガルマの意思確認。
 全員は最小限の言葉で返し、鉱山の内部へと足を踏み入れていく。

 内部は外から見た通りしっかりと舗装されており、崩落するような心配は無いように思われた。
 かつかつ、と足音だけが反響し、その音が留まる事無く鼓膜を叩く。

「ん────蜘蛛の巣、だよな。アレ」

 周囲を見渡していたアウラが、強化した視覚で何かを見つけた。
 かなり天井は高く、広々とした空間だったが──上方に開いた穴に、蜘蛛の糸が張り巡らされていた。
 まだ入ったばかりだというのに、標的の存在を示す証拠を目にしてしまったのだ。
 自分の中でスイッチを切り替え、いつでも戦闘に移れるようにと、ヴァジュラを顕現させる準備を済ませておく。

 奥へ進んでいくと、段々と下り坂になっていき──更に進んでいくと、幾つかの「部屋」のような穴が現れる。
 同時に、道の傍らに人間大のサイズをした繭の如き物体も、幾つか転がっていた。

「うっ……」

(これ、もしかして────)

 気持ち悪さを覚え、口元に手を当てるウィスト。
 無論、他の者もこの物体の正体がなんなのかは理解している。アウラに至っては、このような状況は二度目────最初に赴いた洞窟で、冒険者たちの白骨化した亡骸を見た以来だ。
 アウラも歯を噛み締めながら、生きて帰る事なく散って言った者達を一瞥して通り過ぎていく。

「静かだな……本当に棲みついてるのか?」

「洞窟の中はそんなもんだよ。──でも、気を抜いたら、そこで終わりだ」

「へぇ、新米魔術師の癖に、随分と言うじゃ────」

 かつて洞窟で、夥しい数の死体を見たからこそ、アウラはそう言ってのけた。
 ここは既に、魔獣の住処と化している。故に、人間の領域ではなく、弱肉強食のルールが適応される自然の領域に等しい。
 アウラを笑うかのように、小馬鹿にするガルマだったが。

 直後。

「────!」

 カサカサという、何かが蠢動するような音が洞窟内に響いた。
 人間の日本の足では、それほど間隔無く音を立てるのは不可能。何かが這っているようにも思えるその音は一つではなく、人間の耳では聞き分けきれない程の数だった。

 だが、その音の正体はすぐに判明する。

「ちっ……」

 ガルマが、舌打ちと共に少し後ずさる。
 獲物を捕らえる為に発達したような幾つもの眼。体長も通常の蜘蛛の比ではなく、人間一人を用意に喰らうな体躯。暗闇に溶け込むような濃い紫色が何よりも不気味さを助長させる。
 挟み撃ちかのように、前方に十数匹、後方に数匹が構えている。天井から降りて来た個体も中にはおり、蜘蛛たちにとって、アウラ達は自分たちの巣に迷い込んできた餌だ。

 あまりの数だったのか、ルイとウィストの二人は少し後ずさる。
 通常であれば、このような数相手に突っ込むのは無謀。蛮勇の域に達している。

 ──尤も、それを不可能と思い込んでいたのなら。

 足音が一つ、前に出た。

「討伐対象はコイツらで言いんだろ」

 そう言ったのは、アウラだった。
 他三人に比べて至って冷静。全く物怖じする事なく、腹を空かせた魔獣たちの前に立ちはだかる。
 無言のまま、一歩、また一歩と歩いて行く。
 躊躇いなど感じさせず、その手にはいつの間にかヴァジュラが握られていた。

 奇怪な武器を携えて、怪物と相対するアウラは

「アンタたちは後ろの方を。数が多い方は俺が処理する」

「おいお前、何言って────」

 ただそう言って、アウラはヴァジュラを握り締める。同時に僅かに身を低くし、臨戦態勢に移る。
 困惑した様子のウィストだが、そう言っている間にも、アウラの前に一体の蜘蛛が襲い掛かる。
 何処かほくそ笑んだ様子のガルマに、驚愕を隠せないルイ。

(バカが────)

 内心で、ガルマが零す。 
 自分にとって邪魔だった者が自ら死にに行くのであれば、これほど楽ではない。
 今なら、後ろに構えている穴蜘蛛を処理してから走れば、出口まで間に合う。そう確信していた。

「アグラ……」

 紡がれる「強化」の詠唱。
 アウラの体内を巡るオドが身体能力を数段上昇させ、標的を屠らんが為の物へと書き換える。
 飛び掛かって来る一体の蜘蛛。
 その前脚でアウラを捕らえ、じっくりと消化液で溶かしていくと、誰もが思った。

「────ッ!!」

 しかし、激戦を乗り越えた今のアウラにとって、たかだか魔獣数匹など取るに足らない。
 まず一匹、真正面から飛び掛かって来た蜘蛛をすれ違う形で斬り付け、すぐさま次の標的を見定める。
 迸る紫色の体液が異臭を放つが、彼は気にも留めない。

(ヤツに比べれば、コイツらなんざ……!)

 己が戦って来た者。刃を交わして来た者に比べれば、彼らの動きはあまりにも愚鈍。
 強化した動体視力の影響もあるが、躱す事は造作もない事だった。
 アウラは吐き出される糸も次々と避けていき、壁を蹴って蜘蛛の腹目掛けてヴァジュラを突き立て、一撃で仕留める。

「……ガルマ! 後ろ!」

「────っらぁッ!!」

 一方、ガルマ達も応戦している。
 屈強な肉体によって振り下ろされる大剣。杖先から射出される高火力の魔弾。研ぎ澄まされたで急所を的確に射抜く弓術。人となりは抜きにしても、確かに冒険者としての実力を備えている。
 近距離、遠距離、支援。そのバランスは極めて取れており、普段からも組んでいるからか、そこには確かな連携があった。
 
「────フェオ!」

 ガルマが殺し損ねた個体に、ルイが追い打ちで炎を発現させる。
 キィキィと不協和音のような鳴声を挙げながら、その蜘蛛は瞬時に動かなくなる。天上から糸を吐こうと獲物を見据える個体もいたが、ウィストはそれを見逃さずに矢を番える。

「させるかよ……っ!」

 蜘蛛の口目掛けて放った矢はその口ごと頭部を貫き、爆発する。
 その鏃が、火属性のマナを内包する魔石で作られていたのだ。突き刺されば、その衝撃をトリガーとして敵ごと爆破する。
 瞬間的な火力、殺傷力共に長けている。
 若干視界の聞きづらいこの状況でも外さずに当てる事が出来ているのは、ルイによる視覚の「強化」か、或いはウィスト自身の技量か。

「……これぐらいの雑魚が、屁ですらねぇぜ」

 これぐらい訳ないといった様子でガルマは笑う。
 切っ先から体液を滴らせる大剣は、一見すると何の変哲もない剣だ。通常の両手剣よりもやや大きめにも見える代物だが、振り回せているのは彼自身が屈強だからだろう。
 
「────さて、アイツの方は」

 せいぜい苦戦しているのだろう、と後ろを見やる。
 助けて貸しを作ってやろう、そんな考えを抱いていたが────、

「……なんだ、ありゃ」

 ガルマ達が後方に視線を移すと、天井で、幾つもの光が槍のように形を為し、バチバチと青白い火花を散らしていた。
 薄暗い空間を明るく照らし出す、光。

「ルイ、お前の魔術か?」

「いや……アレは俺じゃない。まさか、アイツのモンだってのか……?」

 眼前で起きている事象は、ごくごく普通の魔術師であるルイによる物ではない。
 蜘蛛たちを前に無傷のまま応戦している、アウラの魔術────否、彼が手繰る、己の神性の断片だ。
 自分の意思で顕現した自然の暴威を前に、その主は心の中でふと零した。

(あの時の感覚、まだ残ってる……)

 空中に展開した雷霆の槍。
 虚空を掴むように握られた手を、一気に地上に振り下ろす。それを合図として、裁きの如く降り注ぐ。
 そこに慈悲も容赦もない。アウラは己に内在する権能チカラを、己の赦す限りで行使した。

 槍は雨の如く、蜘蛛の息の根を確実に止めていく。その衝撃で洞窟が崩れないかと心配にさせる程に、その威力は絶大だった。

(やっぱり偽神になって以来、雷霆だけなら普段でも使えるようになった……のか)

 エクレシアの地でバチカル派の司教──ヴォグと交戦した際にも、この術は一度行使した。
 その際はインドラと接続し、テウルギアを行使した上での使用だった。しかし、エリュシオンに帰還してから、不思議と雷霆だけは断片的に扱えるようになっていた。
 無論、あの時のような超人的な速度は出せないし、街一つを更地に変える程の出力もない。
 一網打尽にされた蜘蛛の亡骸を前に、アウラを自分の掌を見つめていた。

(確かに、アイツはテウルギアを使わなくても影みたいな権能を行使していた。それと同じ事なのか……?)

 己がかつて相対した、司教の男を思い出す。
 同じ、神と接続した存在。交戦した時には偽神になってから、ようやく勝負になるという状態であり、それまではヴォグの権能たる影に反応するので手一杯だった。
 神化をする事で接続した神の力をより引き出すのであれば────あの司教には、まだ「上」がある。

 数秒、悔しそうに歯を食いしばって、アウラはガルマ達の方に振り向いて、

「こっちは終わったぞ、ガルマ」

「何言ってんだ、まだ終わったワケねぇだろうが。巣穴を叩かなきゃ意味がねぇんだ、まだ働いて貰うぜ」

 上から目線の調子を崩さないガルマだが、その額には汗が滲んでいる。
 その理由は十中八九、アウラが見せた力に驚愕を覚えたからだ。上位の冒険者のお零れで名を挙げていると思い込んでいた男が、たった一人で十数体もの魔獣を討伐してみせた。
 己が好む女の傍にいる男が、それ程の力を持ち合わせていた。その認め難い事実を突きつけられていた。

 ガルマがルイを率いて、更に奥へと進んでいく。
 アウラもその後を歩いて行くが、ウィストは彼の肩を叩き

「お前、スゲェんだな。本当に原位アルケーか?」

「原位だよ。最低位も最低位、カレンと関わってたせいで無茶な依頼振られて、散々な目に合ってるけどな」

「んじゃ、俺も散々な目に合わせちまったヤツの一人、か」

 自嘲気味に笑いながら、ウィストはアウラの先へ行く。
 
「別に構わないさ。今んとこ依頼は二つしかクリアしてないけど、それらに比べりゃ数倍は楽だよ。精神的にも、身体的にもな」

「噂じゃ色々と聞いているが、エクレシアで奮戦したってのはホントみたいだな」

「死にかけた……というか、死んだよ、俺は。どういう訳かそのお陰で、さっきみたいなのが使えるようなったけど」

 ガルマ達と少し距離を取りながら、アウラとウィストは言葉を交わす。
 最初に出会った時とは違い、アウラの彼への態度は幾分柔らかくなっていた。ウィストは素直に、アウラの力量を認めている節があったのだ。
 
「……ウィストって言ったっけ。お前、なんであんなのとつるんでるんだ」

「つるんでる、なんて程のモンじゃねぇよ。俺はたまたま誘われただけで、ついでにお前を誘えって二人に言われたんだ。正直、俺もアイツらみたいなヤツはいけ好かないね──悔しいが、ガルマはあのカレン程ではないが、エリュシオンの中じゃ名が知れてる。だから、アイツにつるんでる冒険者も多い……あとは、分かるだろ?」

「俺がアトラスの中で嫌われてんのは、ヤツがいくらか吹聴したから。ってワケか」

「ご名答っ」

 飄々と語るウィストの口調は軽い。
 足音が響き、暗闇の奥へ、更に奥へと彼らは突き進む。蜘蛛達が姿を現す事はなく、暫くは静かな時間が続いた。
 彼らはただ、出現した穴蜘蛛を根絶やしにしていけば良いという訳ではない。
 巣食っているモノの大元──巣と「親」となる個体を叩かなければ、また湧いてくる事になる。

 この洞窟の最奥。
 以前とはまた別の悪い予感を抱きながら、アウラは内部を探索する。



※※※※



 探索を開始してから、更に数時間。
 一行は何度か蜘蛛の群れを討伐し、部屋を一つ一つ調べ、巣を探す。

──『俺とルイ、お前とウィストで巣を探せ』

 というガルマの提案により、二手に分かれていた。
 その最中でも、犠牲となった冒険者や炭鉱夫の亡骸と思しきモノも幾つか見受けられ、彼らを一層気張らせる。
 穴蜘蛛に張られた蜘蛛の巣こそ数あれど、大元となる巣窟は中々見当たらない。
 薄暗い中、二人はまだ見ていない部屋を探しつつ、
 
「あらかた探したけど、どうにも見つからないもんだな……」

「こういうのは根気だぜアウラ。この程度でヘバる程疲れてもねぇだろうに」

「ま、戦う分にはまだ余裕だよ。俺はマナが取り込めないから、ある程度の制限はあるけど」

「結構不自由な身体なんだな。なんで魔術師やってんだよ」

「武芸は一通り叩き込まれたから、あとは身体能力を「強化」で底上げしているだけだ。そっちの方が手っ取り早いし、それ以外の魔術を使わなけりゃ、ある程度は長く戦える」

「さっきの雷の雨みたいなのは何なんだよ。アレも魔術じゃないのか?」

「具体的な説明は難しいんだけど、あの雷は魔術ってより、感覚的には異能……って感じか。魔力と引き換えに成立させるより、単純に体力が続く限りは使えると思う。多分」

「自分の力なのに分かんねぇのかよ……変わってんな」

 曖昧に答えるアウラに、ウィストは苦笑いで呆れる。
 雷霆に関しては、彼自身も帰還してから数日後に行使可能な事に気付いたのだ。テウルギアを行使していない状態でどれ程の威力を叩き出せるのかは未知数。
 ただ、オドを用いる魔術ではなく、己が力として振るう異能──権利として、雷霆が己の中にある事を直感していた。
 しかし、アウラにとっては大きなプラス。
 偶然か必然かは定かではないが、弱点であった手数を増やす事が出来たのだ。

 これまで漁った部屋は二桁に及ぶが、二人には疲れた様子はない。
 かなり奥の方へと進んでいき、二人は一際大きな洞穴を発見する。

「デカいな……此処か、巣窟ってのは」

「ああ、恐らくな」

「中は特に暗そうだけど、ウィストは大丈夫なのか? 視界が暗いと当たるもんも当たらないだろ」

「気にすんな、弓兵ってのは眼が良くなきゃ出来ないもんだ。これぐらいの暗さなら、別に射撃に影響は出ねぇよ」

 口角を上げ、横眼でウィストが断言する。
 未だ余裕、という様子だ。
 それを見てアウラも笑みを浮かべ、眼前に広がる巨大な洞穴へと足を踏み入れる。
 霊体化させていたヴァジュラを再び実体化させ、強化した視覚で空間の中にあるモノに目をやる。

「なんだこりゃ……」

 そう言葉を漏らしたのは、アウラだった。
 視線が捉えていたのは、壁に空いた無数の穴。それも、幾つもの生物が住む洞のような。
 異様に広いその部屋の奥には一際巨大な蜘蛛の巣もあり、此処が目的の「巣窟」である事は明白だった。

「此処だな。だが────ちょっと、コイツはキツいぞ」

 矢筒に入った矢に手を掛けながら、ウィストもその瞳で捉えたモノを見据える。
 異常とも言える数の穴。そこに何が住んでいるのかは考えなくとも理解できる。
 穴から這い出て来たのは、今まで交戦してきた個体とは一回り大きなサイズの蜘蛛。この鉱山に巣食う、絶対的な捕食者たち。
 圧倒的な分の悪さを感じながらも、二人は武器を構える。

 そんな彼らの後ろから、

「やっと見つけてくれたか」

 と、入口から声が届く。
 振り返ると、そこにいたのはガルマとルイの二人。
 このタイミングでの合流に、ウィストの表情が僅かに明るくなる。
 
「お前ら! 丁度良かった、ここが巣窟だ!! 加勢しろ!」

「すまないなウィスト。────それは出来ない相談だ」

 ルイは杖を構えもせず、手をアウラの方に翳し──パチン、と指を鳴らした。
 その一連の動作が何の意味を持っていたのかは、すぐに分かる事だった。
 
「……うわっ!」

 アウラが首にかけていたペンダント。それが破裂し、中に入っていた液体が彼の胸辺りに飛散した。
 傍らに立つウィストもそれを目撃しており、怪訝そうな目でルイとガルマの二人を睨みつけた。
 無味無臭、特に害がありそうな物ではない印象を抱かせたが、

「それはこの蜘蛛共が好む匂いだ。あぁ、特に人体に害は無いから心配すんなよ」

「お前……なんのつもりだ」

 加勢する様子を一切見せないガルマに、アウラが低い調子で問う。
 目の前で起きた事、そして、今の言動を糾弾するように。

「んなの答えは一つだろうが。……あの女の事もあるが、アトラスで名を挙げるのは俺だ。テメェは邪魔なんでな、ここで死んでくれや」

「へぇ、あんな鬼神みたいなヤツの何処に惹かれるのか、俺にはさっぱりだね。一つ言っとくが────アイツがお前みたいな、自分の為に平気で人を騙す小物に振り向く事は絶対に無いぞ」

「威勢だけは一丁前じゃねぇか。その言葉、遺言として受け取っといてやるよ……帰るぞ、ルイ」

「あぁ」

 ガルマがルイを呼び寄せると、ルイはその場で杖を突いて魔法円を起動させる。
 その紋様は、彼が鉱山の内部に入る前、入口近くで描いていた物だった。

「……成る程、最初っから、俺をここで殺す為に絡んできたワケだ。────つくづく小さいな、お前。男なら好きな女くらい、正面切って勝負すんのが道理だと思うぜ」

「……っ!」

 冷静に言い返すアウラの言葉に、ガルマは図星を付かれたように反応した。
 正論、というのだろう。
 己の欲する物を手に入れる為に真っ向から戦わず、罠に嵌める事で手を汚さずに排除する。その事を非難するアウラは、彼の事を遠回しに「臆病者」と軽蔑している様だった。
 
 何も言わず、ガルマとルイは魔法円の中心に立ち、光に包まれるようにして姿を消した。
 
 その場に残されたのは、武器を携えた冒険者二人。
 相対するは、数えただけでも戦意を削ぐような数の魔物。

 一瞬、その場に蜘蛛達の不気味な鳴声だけが満ちる────だが、それを打ち破るように、アウラが口を開いた。
 
「────ウィスト!! ここは俺が引き受けるから逃げろ!!」

「はぁ!? 何言ってんだお前!! バカなのか!?」

「あぁバカだよ! でも、この液体のせいで狙われるのは俺。それに、アイツらは俺だけを亡きものにするつもりだ。ウィストまで付き合う必要はない!」

 ウィストの反応も尤もだ。
 この数を単騎で相手するのは、誰がどう見ても頭のネジが外れている。無謀と蛮勇、その両方を体現する選択だ。
 同時にそれは、アウラのウィストへの配慮でもある。
 二人で死ぬよりも、直接的に関係のない彼まで巻き込む訳にはいかない。そう思っての言葉だった。

「でもよ……」

「第一お前、お前、もう矢のストックが無いだろ! 多分アイツらは出口を塞ぐだろうが、矢が残ってればこじ開けて出れる!」

 声を荒げ、ウィストに指示を下す。
 この数が相手では、確実にウィストが不利な状況に陥る。彼の矢筒には十本程の矢しか残っておらず、それが切れればゲームオーバー。
 魔力が切れない限り戦う事が出来、かつ雷霆による範囲攻撃も行えるアウラの方が適任だ。 
 彼に迷いはなく、既に彼を逃がす為に臨戦態勢に入っている。

「来た道は覚えてるだろ!? 俺も後から追いつくから、早く!!」

「……っ、分かった。死ぬなよ!!」

 そんなやり取りをしている間にも、蜘蛛たちは少しずつ距離を縮める。
 時間はそう多くは残されていない。それが分からない程、ウィストも馬鹿ではなく、出会ったばかりのアウラの言葉を信じる選択をした。
 巣窟を後にし、駆け足で来た道を戻る。

「……さて」

 眼前で蠢く蜘蛛を見据え、冷静に呟いた。
 既に「強化」は済ませており、五感の感覚は研ぎ澄まされている。

 ヴァジュラを握り締め、出口の前に仁王立ちするアウラ。
 ここから一匹も出さないという意思表示とも言えよう。スイッチを切り替えた魔術師の手元からは、暗闇を照らし出すように雷が迸っている。
 ただヴァジュラを以て白兵戦を行うだけでは、この大群を突破するのは不可能に近い。
 神の力を、人間の腕で捻じ伏せてでも自分の物にする。それほどの気概を、アウラの知る神は見込んでくれたのだ。
 彼の感情の昂りに呼応するように、稲光は激しさを増していく。
 そして、

「────我が身は雷霆の示現」

 落ち着いた声色で、そう呟いた。
 それは、自己暗示。
 己という存在を、己の中で再定義する一つの魔術。一時的に己を神に置換するテウルギア程では無いものの、雷霆の出力の底上げをする文言。
 エクレシアでは神化状態で唱えていたが、そうでなくとも効力を持つモノだった。

「さて……試運転と行くか」

 権能を借り受ける身としては、応えなければならない。
 それが、偽神となる事を望んだ人間としての矜持だった。
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