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第三章 階級昇格編

52話『一からの再スタート』

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 エクレシアからの帰還から、数日。
 アウラ達にとっては暫しの休暇である。
 グランドマスターから新たな依頼が降りかかる訳でもなく、各々の用事を消化、目的の為に時間を使っていたのだが────、

「────あの、なんで俺呼び出したんすか」

 アウラは、ギルドの執務室に呼び出されていた。
 勿論、彼が対面しているのは、呼び出した張本人である訳で。

「いやぁ、そう畏まらないでよ。別に依頼をふっかけようって訳じゃないからさ。ほら座って座って」

 執務室の机の上で手を組みながら、シェムがアウラに語り掛ける。
 促されるままにソファーに腰掛けるも、アウラの表情は何処か訝し気である。
 何処か警戒しているようで、また面倒臭そうに思っている面持ちだ。

「……せめて前日ぐらいに連絡してくれれば全然構わないんですけど、当日急に呼び出されるのは心臓に悪いんで勘弁して下さい」

「あはは、ごめんごめん。ちょっと話したい事があってね。一応、君に聞きたい事もあるんだ」

「聞きたい事? バチカル派の事ですか?」

「うん? んにゃ、そうじゃない。あの時の記録については教会経由で色々と聞かせて貰ったからね。私が君に聞きたいのは、だね────」

 シェムはそう語りながら、愉しむかのように薄ら笑いを浮かべている。
 腹の底で何を考えているのか分からない。そんな印象を見る者に与える。
 次の瞬間に紡がれる言葉に、アウラは少し身構えた。

「────カレンとは、どういう関係なんだい?」

「────は?」

 アウラの口から、呆気にとられたような声が漏れ出た。
 冒険者としての今後の方針、己に内在している「神」の観念、司教と相まみえた感想。そういった物に関して問われる覚悟をしていたのだが、シェムの質問はそのいずれでも無かった。
 加えて、アウラの予想を遥かに下回るクオリティの問いだったのだ。
 即座に言葉が出て来ないのも仕方ない。

「だから、カレンとはどうなんだい? 彼女に連れて来られて、暫く稽古を付けて貰ったんだろう? シオンの街では彼女と一つ屋根の下だったらしいけど」

「別に、なんにも無いですよ。シェムさんこそ、どうしてそこまで詳しいんすか」

「そりゃあ勿論、聞いたからだよ。本当に何もなかったの? 若い年頃の男女が宿の一室ですることと言えば一つしかないだろうに。据え膳食わねばなんとやら、だよ」

「んな下世話な……カレンは俺の師で、大事な友人です。この関係を壊すような事は、いくら交際経験の無い俺でもしませんよ」

「ほーう。つまり、もう少し距離を縮めてからなら考えなくもない、と?」

「いや、なんで俺とカレンが付き合うみたいな前提なんですか。というか、わざわざ呼び出しといて話す内容がそれって……」

「そう面倒臭がらないでよ、アウラ君。ほら、あの子は基本的に真面目というか、仕事人気質みたいな所があるだろ? 恋人の一人でも出来れば、少しは変わるんじゃないかなと思ってさ」

「どうなんですかね。今の所、結婚とかそういう話に特に興味は無さそうですよ」

「私もこう見えても、あの子の事を心配してるんだけどねぇ……割と自分一人で何とかしようとするタイプの子だし、アウラ君も彼女の事は気にかけてあげてよ。弱い所を見せたがらない子だから」

「弱い所を見せない……? 確かに、基本的にはクールな調子を崩さないヤツではありますけど、そうなんですか?」

「あの子もあの子で、他の人に心配かけさせないように我慢しちゃうタイプの性格なんだよ。いつも頼もしい一面ばかり見せているから、そのイメージを崩したくないってのもあるだろうけどね。──ただ、短くとも、彼女と過ごした確かな時間のあるアウラ君には、彼女が壊れないように見守っていて欲しいんだ」

 優しい口調で語るシェムは、子を見守る親を思い起こさせた。
 上司というよりも、更に距離感の近い「何か」。
 当のカレン本人からは散々な評価をされてこそいるが、シェム本人は彼女の事を気にかけていた。
 彼女自身については、アウラよりも詳しく知っているからこそ、彼女の一面も知っていたのだ。

「これは私の憶測に過ぎないけど、多分、君も同じようなタイプだろうからね。アウラ君、エクレシアでクロノ君にこっぴどく怒られたようだし」

「げ……どうしてそんな事まで」

「言っただろう? 事の経緯は大体聞いてね、司教相手に無茶な戦い方をしたそうじゃないか。人の為に無茶を承知で戦える。そういう部分では、二人とも似てるだろうしね」

「似た物同士、ってヤツですか。……まぁ、とりあえずカレンの事は了解しました。俺も人の事は言えないですけど、無理させないように頑張りますよ」

「うん、宜しく頼むよ。──それじゃ、本題に入ろうか」

「本題……えっ? 今の話をする為に俺を呼び出んだんじゃなくて?」

「勿論、カレンを頼むって言うのも一つだよ。でも、どちらかと言えば君自身に関わる事で、話しておかなきゃならない事があってね。単刀直入に言うと、君の「階級」についての事だ」

 シェムは、やや口角を上げた。
 それに伴い、場の空気も少し引き締まる。
 数秒呼吸を置いて、彼はアウラに問いかける。

「クロノ君の協力があったとはいえ、最初の依頼で神期の竜種であるナーガを討伐。エクレシアではバチカル派の襲撃に対処して退けただけでなく、司教の第一位を討伐寸前まで追い込んだ。これは間違い無いね?」

「……間違いありません。ナーガに関してはクロノが捨て身で魔術を行使したから倒し切れた、ってのが正しいですが、エクレシアで司教と戦ったのは俺です」

 真剣な面持ちで、アウラは答える。
 洞窟においては、何も彼単独で討伐を成し遂げた訳ではない。クロノが身を賭して大魔術──神言魔術を行使し、アウラに捨て身の特攻を仕掛ける時間を用意したからこそ、討伐を可能にしたのだ。

「結論から言うとだね。君の戦果は熾天セラフ……いや、神位アレフの階級の人材を含めても前代未聞だよ。司教序列の最上位と交戦して追い詰めるなんてのは、今まで教会の使徒ですらやってのけたヤツはいなんだから」

「……そうなんですか? エドムのエイルさんとか、俺らのギルドに属してるラグナって人なら十分に可能性はあると思うんですけど」

「神位の二人は勿論、討伐可能な人材ではあるよ。他であれば、君がエクレシアで出会ったであろうゼデクも該当する。────ただ、それ程の人間でも、それレベルの戦果を挙げた事はない。司教とエンカウントする事自体少ないってのも要因としてはあるだろうけどね」

 椅子の背もたれに身体を預けながら、シェムは推察する。
 彼が名を挙げた三人とも、司教や高位の魔獣に対処できる「アルカナ」に属している。しかし重要なのはそこではなく、熾天はおろか天位デュナミスの階級ですらないアウラが、それほどの活躍をしたという事実だ。

「正直な所、このギルドを取り仕切る立場としては「ただの大型新人」とは見過ごせないんだよね。私個人としては、他のギルドのグランドマスター達に余計な不信感を抱かせない為にも、昇格させてあげたい」

「!!」

 見るからに、アウラの表情が強張る。
 眼前の男の「昇格」という言葉に反応したのだろう。目を見開いたタイミングは、シェムがその単語を発したのとほぼ同時だった。

(昇格────!)

 彼の中で期待が膨らむ。
 当面の目標であった昇格。かなりイレギュラーな形だが、ようやく階級が己の力量と釣り合うようになった──そう思ったのだが。

「────っていうのは山々なんだけど、やっぱり止める事にした」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?? なんで!?」

「いやね? 実力的にもせめて天位には挙げた方が良いかなって思っていたんだけど、よくよく考えれば君、まだ依頼二つしかこなしてないだろう? 他の冒険者たちからすれば、あんまり君の印象は良くならないんじゃないかって」

「うっ……何も言い返せないのがもどかしい……」

「だから、とりあえず君は暫く依頼にガンガン出て実績を積んでくれ。要望があれば一階のカウンターに行けば条件に合う物を斡旋してくれるだろうから、初心に戻ったつもりで頑張ってくれよ」

「はぁ……了解しました。残念だけど、今回ばかりはシェムさんの面子もあるんですもんね」

「すんなり了承してくれて助かるよ。まぁ、準備期間が長引いたと思って、今は我慢してくれ。──こう見えても、主力が抜けてる中、君には期待しているんだから」

「やるからには、ご期待に沿えるように精進させて頂きますよ」

 やや落ち込んだ様子を見せたが、アウラはすぐに顔を上げた。
 シェムにも、グランドマスターとしての立場がある。四大ギルドの一角を率いる者として、他のグランドマスター達との付き合いもあるのだ。
 それを考えれば、否が応でも納得するしかない。
 その上でアウラは、「上等だ」とでも言わんばかりな面持ちで言ってのけ、執務室を後にした。



 ※※※※



 一階に降りると、普段通りのギルドの光景が広がっている。
 壁に張り出された依頼書を確認する者、同行者を募集する為に声を掛ける者。忙しなく働く職員達なども含め、これがエリュシオンのギルドの日常の一コマだ。
 アウラが出口の方へと歩いていると、カウンターの方から小柄な影が歩み寄って来る。
 話し相手を見つけたかのように、表情を綻ばせながら

「やっほー!」

 彼女は快活な声を上げながら、軽快な足取りでアウラの下へ。
 感情やテンションが素直に出るのか、人懐っこい犬の如く尻尾を揺らしている。

「こんな時間に来るなんて珍しいじゃないか。何かあったのかい?」

「ちょっとシェムさんに呼び出されてな、昇級とか諸々の事で話してたんだ。ナルは持ち場離れても大丈夫なのか?」

「良いの良いの、今しがた仕事一通り片付けて、街にお昼食べに行こうとしてた所だからさ。それより、階級の方はどうだったの?」

「それが、シェムさんとしては昇格させたいみたいだけど、たった二回の依頼での昇級は難しいってさ。まぁ、当たり前っちゃ当たり前だが」

「えぇーーっ!? 短期間でこれだけ大金星挙げても昇級できなかったのかい!? そりゃ残念だったね……」

「期待してなかったって言えば嘘になるけど、そうなっちまったモンは仕方ないさ。地道に依頼こなしていくとするよ」

「お兄さんは律儀だねぇ……アタシは、もう少し食い下がっても良かったと思うけど」

「良いんだよ、これで。変に昇格して調子に乗るより、キツい現実を突きつけて貰った方が有難いし」

「キツい現実、ねぇ……」

 そう一言零すと、ナルは少し俯いた。
 アウラに関して思い当たる節があるらしく、何処か悔し気に唇を噛み、視線を逸らす。

「どうした?」

「あぁいや、その……まぁいっか。実は、ここんとこ、噂になってんのさ」

「噂って、何がだよ」

「アンタの事だよ、アンタ」

「え……俺?」

 ナルは腰に手を当て、アウラの方を指さした。
 当の本人は理解が及んでいないように見えたが、数秒の間を置いてから状況を呑み込む。そして、あくまでも平静を保ち、汗を流しながら、眼前の人狼少女に問うた。

「──ちょっと待って、俺ってここ数日でなんかやらかしたっけ? 昨日と一昨日は雨だったから買い物ぐらいでしか外出してないし、全く身に覚えがないんだけど……?」

「自覚が無いってんなら仕方ないか。正直ここじゃ言いづらいから、外歩きながら話すよ」

 玄関の方を親指で示し、一先ず外に出ようと促す。
 ナルの誘いにアウラも黙って頷き、二人揃ってギルドの巨大な玄関を抜け、エリュシオンの市街地へと続く一本道に出た。

 まだ時間帯としては正午を迎えているかいないかといった所で、これからギルドに向かう者も少なくない。すれ違う同業者たちも、特に変わった様子は無かったが────、

「────チっ。原位如きのガキが」

「……え?」

 アウラが、少し驚いたように目を剥いた。
 すれ違う冒険者のうちの一人、恐らくアウラより年上であろう男と目が合っただけだが、腹立たし気に舌打ちをされた。
 因縁があるとか、そういう物では一切ない。彼の性格上、自分から進んで喧嘩を売りに行くような事は万が一にもあり得ないのだ。
 困惑するアウラに対し、傍らを歩くナルが溜め息と共に口を開く。

「この通りだよ……全員が全員って訳じゃないけど、アトラスの面子の中には、最低位の原位アルケーで早速名を挙げてるお兄さんの事を、あんまり快く思わない輩もいてね」

「あー、成る程……そういう事か。つまりは、調子に乗ってるヤツって思われてる、と」

 全てを察したように、気まずそうに頭を掻くアウラ。
 彼本人には、活躍して名を挙げようなどという気は毛頭ない。一つ一つの任務に死力を尽くしたに過ぎないが、その果てに得た戦果がかえって他の冒険者の反感を買ってしまっていた。
 当然、アウラの預かり知らない所ではあるのだが。

「でも気にする事は無いよ、お兄さんが身を挺して戦ったのは知ってるし、ああいう輩には言わせておきなって」

「分かってるよ。俺が何か言われる分にはどうって事ないさ」

「アンタ、意外と図太いんだねぇ」

「そうか?」

 無自覚だった部分を指摘され、頬をポリポリと指で掻いた。
 アウラはどちらかと言えば温厚な性分だ。沸点が低いという訳では無く、寧ろ自分の事に関しては「我慢出来る」性格をしている。
 前向きな事もあり、気にするだけ無駄、という思考回路をしているのもあるだろう。

「んで、ナルはお昼どうすんだ?」

「アタシはヘスペリデスで賄い食べに行くよ。人狼は普通の人間種よりかは食べる量が多いから、働いてる身としてもあの店がは有難いのさ。アウラも一緒に行くかい? 店長に言ってサービスして貰うよ」

「サービスは嬉しいけど、普通盛りで頼むわ。流石にあれだけの量入れて依頼なんて出たら……うっぷ」

 初めて行った時の事を思い出し、アウラは思わず口元を手で押さえる。
 人間の胃袋の限界に挑まんとする、覚悟が無ければ完食出来ない料理の数々。味の良さは保証済みだが、出された料理を残すなどという愚行を犯す事は何人たりとも許されない。

「今日はアタシが作るから、安心しなよ。腕によりを掛けて振舞ってやるからな!」

 そう意気込むナルと、笑顔と不安が入り交じった表情のアウラ。
 案内されるがままにナルのバイト先へと趣き、昼食を取るのだった。



 ※※※



「……おい兄ちゃん、顔色悪いぞ?キツかったらまた後日でも構わねぇから、今日は休んだ方が良いんじゃねぇか?」

「いや、大丈夫っす……ちょっとお昼食べ過ぎちゃっただけなんで、お気になさらず」

「なら良いけどよ……」

 昼下がりのエリュシオンの一角。
 荷車が停まった一軒家の前で、アウラは松葉杖を付いた屈強な男性と話し込んでいた。
 近々引越しを予定しているらしいのだが、仕事で足を怪我してしまい、荷物を運んでくれる人を探していたのだ。

「とりあえず荷物は一通り纏めてあるから、どんどん積み込んでいってくれ」

 主人の指示に「はい」と元気よく答え、家の中に足を踏み入れる。
 彼の言う通り大方の片付けは終わっており、棚はもぬけの殻。
 箱に詰められ小分けにされた仕事道具や、風呂敷に纏められた衣服などがテーブルに置かれていた。

「うっし、やるか──“アグラ“」

 気合いを入れると同時に、手足を「強化」する。
 雑務に近いとはいえ、依頼は依頼。手を抜く等という事は到底出来ない。
 己に言い聞かせながら、アウラは作業を開始した。
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