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第二章 エクレシア動乱篇

41話『交戦/雷霆の魔術師と魔神』

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「魔神の力……それに偽神……だと?」

「その言葉の通りだ。偽の神……太古の神々に纏わる者全てを殺し尽くす。俺の目的はそれだけだ」

 冷徹に言い放つヴォグ。
 その言葉には、僅かに怒りが含まれているようにも聞こえた。憎悪という形容もできよう。
 司教の一人である彼は、心の底から「神」という者を憎んでいる。

 そして、かつての神々の一柱──雷神インドラの武具を持つアウラも、彼の殺害対象だ。

「……俺の武器に関しても筒抜けって事か……」

「あぁ、忌々しい神の残滓がこびり付いてるからな」

「どうしてそこまで神を憎むんだよ。……神々がいなかったら、人は存続する事すら出来なかったんだぞ!?」

 アウラはこの世界に来てから、人々の神への畏敬を目にしてきた。
 地上を悪魔達から護り通し、支配権を人に譲り、自分たちが統べていた時代を終わらせた。今の人間や多くの種族が存在出来ているのは、神々の恩寵に他ならない。
 それを忘れぬ為、人間は神の名を残し、神話を語り継ぎ、その存在を心に刻み続けたのだ。
 
「──お前は、そのような身に余る代物を押し付けられて、後悔した事はあるか?」

「……は?」

「とうに地上を手放した存在だというのに、それでも未だに人に関わろうとする。その結果、人を苦しめる。……そんな神なら、最初からいない方がマシだとは思わないか」

「……いや、俺は思わないね」

 アウラも敵意を込めた声色で、そう言い返した。
 確かにアウラの武具は、人の身で扱うには持て余す代物。異能の行使には常に死が付いて回る事も承知の上で、彼はヴァジュラを握っている。
 どんな形であれ、己を異界に送り出してくれた天使アイン、そして地上を護り抜いてくれた神々を尊敬している。故に、

「たとえ人の身には行き過ぎた力でも、与えられたからには正しく使う。──それで誰かを助けられるんだったら、代償は覚悟の上だ」

 ハッキリと、アウラは言い切る。
 この短時間で、彼は直感した。────眼前の男とは、何があっても相容れない、と。
 太古の神に対するスタンスに関して、彼ら二人は対極に位置していた。
 だが同時に、魔神。つまり神の力を一部手繰るという点においては、同一のポジションにいる。

「どんな過去や事情があるのかは知らないけど、力を自分の為に振るい、且つ無辜の人間を殺すんだったら……俺は、お前を否定する」

「この愚者が……!」

 互いに敵意をぶつけ合う。
 空気は張り詰め、彼ら以外のあらゆる生物の介入を許さない。その空間にあるのは、相容れない者同士の争いだけだ。
 持てる力を全て使い、彼らは互いを捻じ伏せる。

 最初に仕掛けたのは、黒い翼をはためかせたヴォグだった。
 羽根の一つ一つが鋭利な刀身のように射出され、アウラの全身を串刺しにせんと襲う。

「アグラ……ッ!!」

 全身を巡る魔力を励起させ、強化の術式を付与──壁に移動し、そのまま壁を走って間合いを詰める。
 この男にだけは何があっても負けられない。その闘争心が、アウラの身体を突き動かしていた。

(実力差があるのは確かだ……だが、コイツにだけは負けられない……!)

 たとえ司教であろうとも関係ない。自分は絶対に、眼前の男を討たねばならないという使命感があった。
 普段を遥かに上回る集中力。
 余計な思考の一切を排除し、相手の攻撃を見切り、凌駕する術を練り上げる。

 ヴォグは片翼を伸ばし、駆けるアウラを貫こうとする。
 だが、彼の速度には追い付かず。

「捉えた────!」

 壁を蹴り、一直線にヴォグの方へと向かう。
 ヴァジュラを振りかぶり、袈裟斬りを見舞おうとするが、ヴォグのもう片方の翼によって阻まれる。

(堅い……!!)

 金剛の刃と、神名の分からない魔神の権能が拮抗する。
 翼とは言うものの、それは鋼のようだった。ナーガの鱗すら断ち切るヴァジュラですら、ほんの少しも傷付かない。
 ヴォグはそのまま翼を翻し、アウラの攻撃を後方へと受け流す。

「っ……────!」

 片手片膝を付き、即座に次の攻撃に映ろうと構える。
 その直後、アウラに左右二枚の翼が迫っていた。片方の翼を防げばもう片方に身体を貫かれるが──アウラは一瞬早く、翼を上回る速度で真正面を突っ切った。

「ヴォグ・アラストル────!」

 残る四枚の翼が襲い来るが、アウラは身を滑らせてスライディング。すぐに体勢を立て直し、アラストルとの間合いを詰める。
 
「惜しいな……だが、無駄だ」

「────!」

 ヴォグが呟くと同時。彼の背後から、一本の影が現れる。
 影を集積し、纏め上げた物が翼だ。六枚の翼のうち一つでもほどいてしまえば、いくらでも対応できる。
 影はしなるように動き、アウラの腹部を狙う。

 しかし、それが直撃する事は無く。──アウラはすれ違うように、ヴォグの後方へと離脱した。

「あの影が厄介だな……っ!!」

 振り返り、再びヴォグを見据えるが、脇腹の辺りから鋭い痛みが走った。
 ヴォグの権能たる影は、僅かにアウラの身体を掠めていた。患部からは出血しており、続けざまに、アウラの視界がぐらりと揺らぐ。
 眩暈と吐き気が、アウラを襲ったのだ。

(なんだこれ……毒か……!?)

 ただ掠めただけ。直撃は免れたが、あの影はアウラの身体を蝕んでいく。
 
「切り付けられた建物の壁が朽ちてるのは、このせいか……!」

 青ざめた顔で、アウラは零した。
 影はただ高い殺傷力を持つだけではない。裂傷を与えた箇所から朽ちていくという異能も付与されていた。
 一気に状況は悪化した。この状態で、アウラはヴォグと交戦する事を余儀なくされる。

(変幻自在に機動力も抜群。おまけにデバフ持ち持ちとか、ちょっと反則だろ……)

 脳内で愚痴るアウラに、すかさず影の斬撃が見舞われる。
 前方、左右から迫る影。眩暈でロクに狙いの定まらない彼にとっては最悪の攻撃手段だ。
 歯を食いしばり、アウラはヴァジュラの柄を強く握り締め──影を一つずつ叩き落としていく。

「……くっ……!!」

 強化した動体視力を頼りに、ヴォグの影に食らいついていく。
 ギリギリの所で躱し、そして次に来る影を切り伏せる。
 しかし、「強化」の魔術しか行使できないアウラからすれば、この展開は最も分が悪い。単純な手数の問題だ。
 
 基本的に接近戦がメインのアウラに対し、ヴォグの影は無尽蔵。
 ただ体力と集中力だけが摩耗していく展開こそ、アウラが最も避けるべきものだった。

「……終わらせるか」

 必死に影一つ一つに対応するアウラを目にして、ヴォグはそう呟いた。
 そして──アウラの真後ろの地面が、隆起する。

「んな──ッ!!??」

 ヴォグの足元から伸びる数本の影が地面の中を突き進み、地盤ごと掘り返した。
 眩暈によって足取りの覚束ないアウラでは反応が一瞬遅れ、それが彼の命取りとなる。
 彼は真っすぐ、ヴォグのいる方向へと飛ばされる。

(あ……ヤバ)

 そう思った時には、もう遅かった。
 ヴォグは、その光の無い瞳で宙に浮くアウラを見つめ──彼の影が、その腹部を貫いた。
 
 地に足が付かず、己の身体を貫通する影によって身体が支えられているという感覚。
 全身が熱を帯びていき、次第に、声にならない痛みが駆け巡る。そして──口の端から、血が垂れる。

(あ……ぁ……)

 少し遅れて、現実を理解した。
 あまりにも呆気ない決着。ヴォグは敗北したアウラに、心の底から軽蔑するかのような視線を向けていた。
 アウラを支えていた影が抜かれ、ドサリと音を立てて、地面に落ちる。
 患部から滲み出た生命の象徴が、周囲を赤く染め上げていく。

 徐々に意識が朦朧としていくのを感じながら、何処かへ歩き出すヴォグを目で追う。
 
(まだだ、歯を食いしばれ……死ぬのはまだだ……!)

 己にそう言い聞かせ、傍らに転がるヴァジュラを握る。
 最後の力を振り絞り、生にしがみつく。
 
(何も為さないまま死ぬなんて事だけは、絶対に……)

 持てる力の全てを注ぎ、手を伸ばそうとする。
 だが、それは叶わない。

「────っ」

 その命の灯が消えた事を意味するかのように、彼の身体は遂に動かなくなった。
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