雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第二章 エクレシア動乱篇

31話『船旅』

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 三人が乗船してから少しして、船は出航した。
 船上で透き通るように美しい海景色を見ながら過ごす者もいれば、船内で到着を待つ者もいる。
 臨海都市リノスまでは海上で二日を明かす必要がある。皆思い思いに時間を過ごしているのだが──、

「……クロノ、お前ホントに大丈夫か……?」

 ランプによって照らされた船内で、アウラは心配そうに言いながら背中をさする。
 桶とずっと睨めっこしているのは、顔面蒼白のクロノだった。
 あれ程自信に満ちた顔でペンダントを買って来た上、ルーンによる効果の増長すら凌駕する程に、彼女の船酔いへの耐性の無さは絶望的だった。
 出航してから三時間ほど経過した頃から段々と顔色が悪くなり、船員の人に頼んで水を貰いながら休んでいたのだが、遂に彼女の身体は限界を迎えてしまった。

「やっぱり田舎娘に海を渡れだなんて無茶も良いところですよぉ……っぷ」

 俯いたまま、彼女は悔しそうに零した。
 ハンカチで口元を拭き、桶の中に手を翳して魔術で浄化する。これほどの船酔いの状態でも魔力の操作には支障が無いところ、一周回って尊敬すべき技量の持ち主である。
 そのまま身を返して壁に凭れ掛かり、今度は自分の額辺りに手を翳す。
 発生した穏やかな翡翠色の光は、彼女が自身に治癒の魔術を施している事の証拠だ。 

「困ったな……ごめんおじさん、水もう一杯持って来て!」

 体格の良い中年の船員にアウラが声を掛けると、男は気前よく「あいよ」と水の入った水筒を渡してくる。 

「譲ちゃん大丈夫か? 酔いは水分不足から原因だから、水が欲しくなったらまた言うんだぞ」

「はひ……ありがとうございま……す」

 息も絶え絶えの状態で、水筒を受け取って口に含む。
 立ち上がるのはまだ難しく、暫くはまだこの状態が続く。アウラは港で買った、紙に包まれた酔い止めの薬を取り出して

「ほらクロノ、酔い止めだけど。一人で飲めるか?」

「大丈夫で……いや、やっぱちょっとキツいかも……すみません」

「分かった。じゃあ流し込むから、口開けてくれ」

 クロノにやや顎を上げさせ、粉末状の薬を流し込む。
 全て口に入れ終わったところで、彼女は手に持った水筒で粉末を一つ残らず飲み干した。

「すみません、私のせいでご迷惑を……」

「酔っちゃったものは仕方ないから、今は無理しないで休んでてくれ。他の冒険者さん達も気にかけてくれてるみたいだから、何かあったらまた声掛けてくれ」

 あまりのクロノの酔いの酷さに、同乗している冒険者数人からも心配されていたのだ。
 無理に動けばまた戻してしまうかもしれないので、少なくとも今晩はこれ以上は余計な事をせず、安静にしておいた方が良い。

「そう言ってくれると、有難いです……そういえば、カレンさんは?」

「アイツなら外にいる。途中で魔獣が出るかもしれないから、その時に備えてって事で。一応心配だから、俺も見て来るよ」

 アウラは立ち上がり、青空が良く見える船の上に出る。
 そこにはカレン以外にも数人の男女の冒険者──剣士と弓兵、魔術師──が待機しており、彼らは談笑しつつも魔獣の襲撃の可能性に備えていた。
 彼が甲板に出ると、同乗していた一人の茶髪の弓兵が歩いてきて、

「アンタ、あの連れの子はもう大丈夫なのか?」

「一応薬を飲ませたし、自分で魔術による治療もしているから少しは落ち着くかと」

「なら良かった。ウチの仲間も「あんな若い子が……」って気にしてたから、安心したぜ」

「どうして心配を?」

「いや、同じ船に乗ったのも何かの縁だろ? あっちに付くまでの間だが、折角なら楽しい旅にして欲しいってだけだよ」

 微笑みを浮かべながら、そう語り掛ける弓兵。
 まだまだ血気盛んな若者といった印象を抱かせるその双眸は希望に満ち、根っから冒険を楽しんでいる。

「そういや、アンタも冒険者だろ? 所属は?」

「俺はつい最近登録したばかりだけど、エリュシオンのギルドに一応在籍してますよ。中でダウンしてる子と──あそこにいる紫髪のヤツと一緒です。そっちは?」

「俺は南西のアシェル王国の方のギルド所属でな。……つーかエリュシオンってことは、最近ナーガを討伐したヤツがいるとかいう噂のある、あの?」

 思いもよらない言葉が飛び出て来たのか、アウラは気まずそうに顔を逸らし、

「なんでエリュシオンの外にまで広まってんだ……!?」

 アウラの想像していた以上に、ナーガ討伐の噂は広まっていた。
 アシェル王国はロウエンからも近く、大陸の南西部に位置する比較的小さな国家だ。人口は凡そ5万人に満たなず、牧歌的な景色が美しい事で知られている。
 エリュシオンからは若干の距離はあるが、その地にも依頼は知れ渡っていたのだ。

「エイルさん達のいるエドムならともかく──ごめん、その噂って誰から聞きました?」

「誰って、ウチのギルドマスターからだけど? なんでも、つい数日前にエリュシオンから「ギルド「アトラス」所属の魔術師二人が古い竜種を討ち取った。大金星!」って通達があったんだってさ」

 そのような通達を、一体誰が管轄下のギルドに寄越したのか。
 わざわざ「大金星」などと丁寧に、且つ調子良く付ける者は、ただ一人以外存在しない。
 アウラは手を顔に当てて俯き、

「絶対シェムさんだ……!」

「その反応……まさか──」

「やられた」と言わんばかりに零すアウラの反応を見て、青年も察した様子だった。

「実はそれ、俺です……。厳密には、今船酔いでダウンしてるクロノも一緒なんだけど……」

 親指でドアの方を指し、苦笑いで白状する。
 対して弓と矢筒を背負う青年は唖然としたまま、暫く言葉が出ない様子だった。己よりも少し年下の冒険者が、協力込みとはいえ古代の竜種を討ち取った人物であったのだから、当然と言えば当然の反応だ。
 数秒の硬直の後、青年は口を開き、

「アンタ、階級は?」

「絶賛最低位の原位です、ハイ……」

「マジかよ……レベルが違い過ぎるだろ、エリュシオン」

「因みに、あそこで海を見つめている彼女は熾天セラフですよ。戦いになると鬼みたいに魔剣振り回してるけど、一応魔術師」

「熾天に、原位で竜種の討伐って、これまた随分と大物のいる船に乗り合わせちまったな……」

 甲板の先頭辺りに立つカレンを見据えて、青年は呟いた。
 四大の一角、エリュシオンのギルドの在籍者の戦績はアウラよりもキャリアを積んでいる彼でさえ驚愕するものだった。

「まぁ、それならこの先の海域も無事に切り抜けられそうだな」

「海域? この後何かあるんですか?」

「知らないのか? 実は、この辺りの海や空域は魔獣が棲みついている事があってな。よく物資を運ぶ船が襲われる事があるんだが──いや、コイツは見た方が早いか」

 弓兵の青年は、視線を空へと移す。
 アウラも釣られて見上げてみると──そこには、無数の黒い影があった。
 円を描くように飛びまわるソレの数は肉眼では少々分かりづらいが、明らかに鳥と思しき形状をしていた。

(アレは……)

 気が付けば、青年は弓を手に取り、矢を番えている。
 丁度そのタイミングで、若い船員の一人が慌てた様子で彼らの下にやってきて

「──すみません! ジャターユの群れに遭遇してしまったみたいなので、撃退をお願いします!」

「ジャターユ……」

「大方、この船に積まれた魔石を狙って来たんだろ。……っし、今日の夕飯は決まりだな」

「えっ、魔獣を!?」

「意外と美味いもんだぞ? 滋養強壮にも聞くって噂だし、長旅にはもってこいだろ」

 言うと、彼は張り切って甲板の中心部へと赴く。他の冒険者数人も武器を構え、臨戦態勢に入っていた。
 さながら船長の様に堂々と佇むカレンの手には既に魔剣が顕現しており、スイッチを切り替え、ただ獲物を見据えている。
 彼女は上空に視線を向けたまま、

「──アウラ! 二日間休んだからって、腕は落としてないでしょうね!」

 と、激を飛ばす。
 それは同時に「武器を抜け」という合図でもあった。考えてみれば、アウラとカレンは師弟にして同僚という関係ではあれど、共闘した事は一度も無かった。
 少々遅れたが、共に並び立つ時がやってきたのだ。
 約十数羽はいるであろう魔獣を前にしても、語り掛けられたアウラは嬉しそうに口角を上げて、

「勿論……!」

 己を振るい立たせるかのように、力強く答える。
 不気味な紫の毛皮に覆われた巨烏を前に、霊体化させていたヴァジュラを具現させる。
 その答えを聞いたカレンは、魔剣を肩に担ぎながら、

「なら良し!」

 と威勢よく答えて、撃破すべき魔獣に対して敵意を剥く。
 群れのうち一匹が遠方から迫り来るのを視認すると、静かに「アグラ」と呟く。

「── ── ── ──!」

 つんざくような鳴声を上げながら、怪鳥が猛スピードで接近する。
 カレンは僅かに身を低くし、標的が接近するギリギリを見図る。数秒のうちに距離は縮まり、残り1メートル程の距離に来た瞬間──パチン、と指を鳴らした。

 瞬間、カレンのすぐ前に透明な壁が現れ、怪鳥はトップスピードで激突する。
 簡単な結界術の応用だ。

 衝撃が自分に跳ね返り、無防備な状態を彼女が見逃す訳も無く──

「今日の夕飯……獲ったぁ────ッ!!!!」

 そう叫びながら魔剣を薙ぎ払い、怪鳥の腹部を切り裂く。
 赤黒い血が一気に噴き出し、先陣を切ったジャターユの命はあっという間に摘み取られてしまった。
 
(アイツも魔獣喰うのに乗り気なのかよ!?)

 そう心の中で困惑しながらも、アウラも襲い来るジャターユに目を向ける。
 強化の魔術は既に付与しており、身を翻して怪鳥の突進を回避する。急旋回して再び迫り来るジャターユとすれ違うように駆けながら

「────ッ!」

 逆手持ちの要領で、怪鳥の身体を切りつける。
 裂傷を与え、僅かによろめくものの、致命傷には至っていない。

(しくじった。だけど次は……!)

 アウラが次に備えようと、仕留め損ねた個体を見上げる。しかし──その怪鳥は少し目を離した隙に、弱々しく甲板へと落ちていった。
 彼の裂傷は確かに甘かったが、その胸の辺りには一本の矢が深々と突き刺さっていたのだ。
 振り向くと、先ほどの弓兵がアウラを見て親指を立てていた。

「悪い! 助かった!」

「気にすんな! ほら、次来るぞ!!」

 まだ上空には数羽のジャターユが飛び回り、襲撃のタイミングを伺っている。
 あくまでも「撃退」である為、全てを仕留める必要はないのだが──到着までの二日分の食料を確保する為、残りの怪鳥も殆ど冒険者たちによって狩り取られた。

 その日の夕食がジャターユの肉だった事は言うまでもない。
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