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第一章 開幕編

20話『帰路』

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 洞窟から脱出し、反対方面へと抜けてから一夜が明けた。
 火を囲み、暫くはクロノと談笑していた記憶はあるものの、いつからか二人揃って眠っていたのだ。心身ともに疲弊しきっていたのだろう。
 目が覚めた頃には既に太陽は登り、その温かな光を惜しみなく降り注いでいた。
 焚火の跡のすぐ傍で、アウラは自分の身体の調子をチェックしている。

「とりあえず、ただ行動する分には大丈夫そうだな……」

 準備運動をしながら、過度な魔術行使による後遺症が見られない事を理解する。
 充分な睡眠を取ったからか、体力は十全な状態だった。戦闘さえ避けられるのであれば問題は無い。
 
「大体、3割ってところか……魔術を使うのはまだ無理だな」

「流石に、全快とまでは行きませんか」

「燃料切れも良いトコだよ。申し訳ないけど、戦闘じゃ暫く役に立てないかも」

 己の体内を巡るオドに意識を向け、その総量を把握している。魔術が無ければ、彼の肉体は一般人のソレと同等だ。
 一晩寝ただけで回復するなど、そんな都合の良い話がある訳では無かった。

「オドの総量が戻るまで、もう一日ぐらいは掛かると思う」

「一日ですか……こればっかりは、街に出るまで魔獣と遭遇しない事を祈るしか無いですね。一匹や二匹なら私一人で十分ですけど」

 クロノはオドの残量にも余裕があり、マナを取り込めば戦闘になっても支障は無い。
 しかし現状では、アウラを庇いながらというハンデを負う事にもなる。

「マナさえ取り込めれば良いんだがなぁ……たらればの話をしても仕方ないけどさ」

 頭を掻きながら愚痴を零す。それは恐らくこの身体に「調整」した天使に向けての物でもあったのだろう。

(きっちり調整するって言ったのに、致命的な欠陥じゃねぇか、アイン……!)
 
 五体満足で送り出してくれた恩はある。当然感謝もしているが、せめて抜け目のないように仕事はしてくれというのがアウラの本音だった。
 ヴァジュラを拾い上げ、クロノに準備完了の合図をする。彼女もそれに応じ、先導するように洞窟の出口を後にした。
 



※※※※
 



「目的地はとりあえずエドム王国側の街で、魔獣に怯えつつ歩いてる訳だけど……」

 やや下りになっている道を、クロノの案内の下進んでいく。エリュシオン側に比べて障害物も少なく、人の手が入っているような印象を抱かせていた。加えて、何より異質だったのが────

「吃驚するぐらい穏やかですね。こっちは」

 エリュシオン方面では、山の中を進んで行く中で、魔獣を除いた野生の生物を全くと言って良いほど見る事が無かった。対してエドム側はそこかしこに生物が息づき、強者の襲撃による危険から隔離されて生息している。
 鳥の声は鳴き止む事無く、豊かな自然の中で生を送る光景は何処か幻想的でもあった。
 もし仮に御伽噺であるのなら、妖精の一匹や二匹現れても不自然では無い程に。
 
「魔獣が襲ってきそうな気配もしない。……というか、有害な魔獣は根絶やしにされてる感じか?」

「基本的にエリュシオン側は私達、エドム側はあちらのギルドの管轄なので、私達より多い頻度で調査に来てるんでしょうね」

「受注待ちの依頼ってより、ギルドが率先して行っているって訳か。それなら納得だわ」

「常駐してる面子も、現状のアトラスよりもかなり揃ってますしね。この一帯に住み着いた魔獣の殲滅に抜かりはないでしょう」

 アウラが在籍する「アトラス」の人員は、戦力的に十分という訳では無い。最高位の神位アレフは現在絶賛行方不明。上位第二階級である熾天セラフでさえカレン一人。他では、限りなく熾天に近い実力を持つ天位デュナミスですらクロノ程度。
 魔獣退治の依頼の増加、加えてバチカル派の対処となれば確実に人手不足に陥る。

「ナルも言ってたけど、戦力の問題に関しては放置できない問題だよな」

「ホントそうですよ。並の魔獣相手ならともかく、危険度の高い魔獣であればそれなりの手練れは必要になりますから」

「それに加えて、バチカル派とやらの掃討にも人員を割かないといけないんだもんな……」

 神ならざる悪魔。神の時代を終わらせる一因を担った種族を崇拝する異端。
 正式に募集する依頼では無く、ギルドが実力を認めた者に直に依頼をする方式というのはギルドがそれ程教団を危険視している事の裏返しでもある。
 信徒だけでなく、幹部である「司教」と呼ばれる人物も討伐対象であるのだ。相応の力量を持つ者が対処に当たるというのは至極当然の事。

「問題はそこです。アトラスに在籍している冒険者の中で、バチカル派の信徒や幹部と渡り合ったのは私やカレンさんを筆頭にごく少数。彼らの掃討に行っている間に高位の魔獣の討伐依頼が来ても即座に対処出来ませんしね」

「他のギルドに応援を頼むって手は無いのか? 協力する事があるのなら組まない手は無いだろうけど」

「それはそうなんですが、アトラスのグランドマスター曰く、近隣のギルドにこれ以上借りを作りたくないんですって。私達のギルドは一応「四大ギルド」の一角でもありますから」

「四大って、そんなに有名だったのか!? 」

 アトラスが有数のギルドだった事を知らされ、驚愕する。
 ギルドに在籍する冒険者にとっては常識なのであろうが、鍛錬漬けの生活の中でそういった話をする事は殆ど無かった上、仕入れる手段も無かったというのが大きい。
 神期を生き、天空をその身で背負い続けた神の名を冠しているだけあった。

「カレンさん、その辺りの知識は何も伝えて無かったんですね……ギルド自体は各地にありますが、その中でも大きな規模、そして戦力を持つのが四大に数えられます。アトラス、それからエドム王国のギルドが西方を代表するものとされていますね」

「……よくよく考えれば、本来なら最高位の魔術師に、熾天が複数人いるって話だもんな。俺らのギルドが西方の二大ギルドって事は、残り二つは東方に?」

「はい、それぞれ海を渡った東方のメルカルト、シナルという国に位置します。私も一度出向いた事がありますが、戦力としては西方に全く引けを取らないでしょうね」

「最高位の位階が両方とも西側のギルドに在籍してるけど、東方の連中も猛者揃いって事かい」

「年に数回、四大ギルドの長と選抜された冒険者が一同に介するイベントがあるので、その時に顔を合わせると思います。実力者同士の模擬戦なんかは毎回凄いですよ、色々と」

 ギルドの頂点と、選び抜かれた精鋭が集い相まみえる。少なくとも「熾天」の上位が集うのだ。
 模擬戦とは言うものの、参戦するのは怪物のみ。一体どれ程の戦いが繰り広げられているのかは想像に難くない。

「へぇ……ちょっと楽しみだな。前回は誰がメンバーに?」

「前回は確か、ラグナさんとカレンさん。それからもう一人、今は諸事情で休業中の魔術師の人が参加していました。私は観戦していましたけど、ハッキリ言って皆次元が違い過ぎましたね。──んで、その直後に呼び出されて、私が長旅に駆り出されたって流れです」

「ああ、そういう経緯があったのね……」

 目に見えて、彼女のテンションが下がる。
 クロノにとって、人生で最も多難だった旅の始まり。
 模擬戦で見た、エリュシオンを代表する魔術師。手の届かぬ領域にいると思っていた者と共に世界を巡る事になるなど、予想出来る筈も無い。
 模擬戦で既に尋常ならざるその実力を目にしているのなら、その衝撃は計り知れないだろう。
 だが、その旅を経たからこそ今のクロノがあるのも事実だ。でなければ、アウラの引率としての仕事を任される事などなかっただろう。

「大変でしたけど、得る物も多かったので結果オーライってヤツですよ。辛い思いはやっぱり先にしとくもんですね」

「分かるわ。やらなきゃいけない課題とか、放っておくと後々えらい事になるもんな……」

 小学生時代、夏休みの宿題を最終日に死に物狂いでやった記憶を思い出す。架空の記憶で日記帳を全て埋め尽くすという地獄のような作業は忘れもしない。
 
「アウラさんは、絶賛今がその時期でしょうけどね」

「もう暫くは、な。準備期間の三ヶ月や昨日の魔術行使もそうだったけど、寧ろキツいのはこっからだと思ってるよ。どうせエリュシオンに戻っても、鍛錬だとか言ってアイツにまた扱かれる事になるだろうしな」

 先々の事を考える。
 師であるカレンが依頼の受注をOKしたのは、依頼に出ても大丈夫な域に達したから。言い換えれば、最低限の技量を身に付けただけだ。
 

 ──「最低でも三ヶ月。その期間で天位の上位に匹敵するくらいまで引き上げられれば上々ね」

 
 彼女の言葉を反芻する。
 天位の上位──恐らく同伴しているクロノと同等の域にまで引き上げるという目標が達成できたという実感はアウラには無い。欠点が多すぎるからか、己の実力に対して自信を持つ事が出来ていない。
 必要とあらば、アウラの方から鍛錬の継続を申し出るだろう。

「……普段と違う魔術を一発使っただけで動けなくなるようじゃ、クロノ達と肩を並べようだなんて思い上がりも甚だしいしな」

 自己評価の低さが露呈した一言だが、クロノはそれを否定しない。
 アウラの言い分は事実。こと実戦の場に於いて、一発屋など戦力的価値は皆無に等しい。己の力量を性格に把握し、心から理解している弱みを「そんな事無い」など、他人が安易に否定して良いものでは無いのだ。
 竜討伐などという偉業を為したが、その実はサポートがあった上での結果。過程を無視し、傲慢にも己の力を過信するなど愚の骨頂なのだから。

「成る程──なら、私達が安心して背中を預けられるぐらい強くなって貰わないとですね」

 微笑みと共に、クロノが返す。彼女とて、現段階のアウラに劣る部分はる。しかし総合力で言えばアウラより明らかに格上の術師だ。
 後輩でもあるアウラに対しての協力は惜しまないと、彼女は言った。それはかつて、自身が最高位の魔術師に師事して多くの事を学んだように、自身もそう在りたいと思った結果であった。 
 二人はその後も会話をしつつ、山を下っていく。
 本源たる大自然の領域から、巣立っていった人間の世界へと戻っていく。
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