雷霆使いの欠陥魔術師 ─「強化」以外ロクに魔術が使えない身体なので、自滅覚悟で神の力を振るいたいと思います─

樹木

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第一章 開幕編

14話『談話、そして突入』

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「悪魔を崇拝する、教団……」

 クロノ達がギルド直々に依頼を受け、掃討に当たっているという組織。
 彼らは神々の敵対者たる悪魔を信奉し、無辜の人々の平穏を脅かす存在であった。

「名を、バチカル派。東方の国家を総本山とする一神教、ソテル教と呼ばれる宗教の分派だと言われています」

「一神教……数多の神々がいた世界でも興るものなんだな。……いや、だからこそ興るのか」

 神期には幾柱もの神々が地上世界を支配し、人間達は彼らを崇拝し、神々も信徒を庇護していた。当時のヒトはまだ弱く、神も人の信仰が無ければ存在できなかった。相互に利益のある状態だからこそ、彼らは共存していた。
 太陽や嵐、そして大地などの大自然の中に神を見出したモノ。
 戦争や美、死などの概念を神として祀り、畏れたモノ。
 そして、万象の根源たる絶対者を神として定義したモノ。
 アウラの元居た世界における古代の賢人たちは、おおよそ三つ目の神を定義していたのだろう。

「元となる一神教は「贖罪」や「誠実」なんかに重点を置き、土着の異教の祭儀にも寛容な宗教ですが、対してバチカル派はあらゆる神を蔑視し、自分達の教義に共感しない者をただの「贄」としか見ていません。これがどういうことか、分かりますね?」

「……あぁ、大体の内容は察しは付くよ。ソイツらの教義はまだよく知らないけど、「贄」って言い切ってる辺り、自分達の目的を遂行する為に必要な犠牲として認識してるってことだろ」

「その通りです。異教徒は須らく最終目的──悪魔の再臨の為に捧げる生贄、というのが彼らの教義。なので彼らはそれに従い、各地で無差別に村落や都市を襲撃しています」

 彼女は淡々と語る。
 それを止める為に、一部の冒険者は動いている。サウルが冒険者を引退する要因となった呪いも、恐らくは彼らの手によるものだろうとアウラは推測する。
 無辜の人々を教団の共通理念に従い、手にかけるバチカル派。
 カレンらを筆頭とする冒険者に依頼が来るというのは、渡り合うには相応の実力が必要不可欠だという事を意味している。

「バチカル派の通常の信徒だけであれば並の冒険者でも事足りると思いますけど、ギルドや各国が特に危険視しているのは信徒を率いる幹部に相当する「司教」、そして全てを統べる「大司教」の面々は、少なくとも熾天セラフに匹敵する者が殆どだと聞きます」

「だから、最低限司教クラスと渡り合えるであろうカレンや、アイツが力量を認めたクロノが対処に駆り出されてる訳か」

「正直、エリュシオンの所属の冒険者はいるにはいるんですけど、ラグナさんを含め主力が殆ど出払っていて人手が足りないので、そういう意味でも出来ればアウラさんも掃討に加わってくれば……っていうのがカレンさんの要望だと思いますよ」

 アウラを冒険者に勧誘し、武芸を授けた裏側にあった意図を、クロノはそう推測する。
 自分達の戦いに戦力として加える為に誘った、という言い方も出来るが、それは単に一介の冒険者・魔術師として魔獣を相手取るとしても変わらない。
 彼がカレンの取引を受け入れた時点で、どうあれ危険に身を投じる事は決定事項だった。

「……なら、もっと力付けて期待に応えられるようにしないとだな」

「三ヶ月程度で一人前になれたんですから、このまま経験を積んでいけばきっと大丈夫ですよ」

 それは、先輩であるクロノからの激励であった。
 自らがこの世界で生きていく為、冒険者として戦っていく為にも実力を上げるのが最優先事項であり、位階等に関しては二の次だった。
 単に生計を立てる為というだけではない。罪の無い人々が身勝手な教義の下に命を失うのを防ぐ為の戦いというものに変わってくる。 

「────」

 バチカル派との戦いに身を投じる事になるのであれば、アウラがこの世界で為すべき「目的」が出来る。
 元より、アウラは興味本位で禁忌を犯し、半ば自業自得で異世界こちら側にやってきただけの人間に過ぎない。何か重大な使命を課される事も無く、世界を観測する天使とやらに名前と神の武器(護身用)を与えられた一般人だ。転移に際し特別な能力を持った訳でも無く、魔術を行使するにもマイナス地点からのスタートを切る事になった。

 流れで冒険者の道を歩む事になったが、何かの役に立ち、それが人の為になるのであれば、代償を払ってでもこの武具を振るうに足る十分な理由にもなる。

 人間を殺す、という事実を受け入れる覚悟はまだ出来てはいない。
 だが、対抗できる術を持ち、人々が無惨に殺される危険が常にあるという事実を知った上で、アウラは捨て置ける程人でなしでも無かった。

「アウラさんなら、私なんてすぐに追いついてくれるでしょうね」

「クロノの位階は確か天位デュナミスだったっけ。殆どの冒険者がこの位階だって話らしいけど」

原位アルケー、それから私が属する天位が、一般的な冒険者の位階ですね。殆どの冒険者はこれらの位階のまま引退を迎える事が多いです。抜きん出た物を持ち、尚且つ実力が高ければ熾天以上になる事ができる。というのが、ギルドの位階付けの大雑把な基準です」

 冒険者の位階決定は完全に実力主義。
 今のアウラは実力的には天位の冒険者に並ぶ、というのがカレンの弁。その言葉を信じるのであれば、加えて神の武器を持つ点では他の誰よりも抜きんでているが、ヴァジュラの力を引き出せばその命を代償とするのだから元も子もない。

「……最高位の位階って、どういう基準なんだろう」

神位アレフの位階に関してはその名の通り「神の領域に足を踏み入れた者」という意味合いらしいですよ? どの位階にも当てはまらない力量を持つ者にのみ割り当てられるので」

「頂点って言ってるぐらいだし、やっぱりその位階を持つのはウチにいる一人だけなのか?」

「いやそれが、もう一人いるんですよ。お隣さんに」

「んッッ!!!!」

 水筒を開け水を飲んでいたアウラが思わず吹き出す。
 最高位の冒険者が近い地域に二人もいるという事実を当たり前のように告げられたのだ。熾天の位階とは、天と地程の差を持つ者が。

「隣国のエドム王国の都市にあるギルドに所属している剣士で、名前は……なんだったかな。顔は覚えてるんですけど……ごめんなさい、忘れちゃいました」

「いや別に大丈夫だけど、最高位の冒険者二人と顔見知りって、クロノも何気にめっちゃ顔広いんだな……」

 彼女の交友関係の広さに、驚きを通り越して感心してしまう。
 天位の位階の冒険者でありながら、神位の冒険者二名と関係を持つ者は他にいないだろう。驚愕しつつも、同時に彼女が実際にはどれ程の実力を持つのか、という点に興味を持っていた。
 談話の中で彼の緊張は既に解れており、同時に、二人を乗せる竜車はその動きを止めた。

「そこなお二方、着きましたよ」

 前方から、中年の御者の男が声を掛けた。目的地に到着したのである。
 一人ずつ竜車を降り、見据えた先には、天を貫かんが如く聳え立つ山が佇んでいた。
 古来より、山は神々が棲むと定義されてきた一つの「異界」である。アウラの前に現れたケシェル山は、正にそれだけの威容を誇っていた。

「ここで、最初の依頼の舞台……か」

「気負う必要はありません。ただ、魔獣と遭遇する可能性がある事だけは常に想定していて下さい」

 クロノの声色に、先程より僅かに力が入った。
 この瞬間からは、彼女も意識を切り替える。ただの少女では無く、依頼を受けて目的を達成する一人の冒険者として。

「……っし。切り替えろ、俺」

 言い聞かせる様に呟き、気を引き締める。

「この辺りの案内は私が引き受けます。はぐれないように気を付けて」

 クロノが先導し、揃って畏敬を抱かれた霊山の中へ足を踏み入れる。
 ヴァジュラを握る手にも力が入る。この三ヶ月で培った物が、ここで初めて発揮されるのだ。
 ここから先は、いつ命の危険に晒されるか分からない。常に神経を尖らせ、障害の排除に全力を注ぐ。
 街などの文明が人間の領域であるならば、森や山などの自然は人間では無く、自然の機構の一部である魔獣が支配する領域に他ならない。弱肉強食の純然たる掟によって支配される世界に侵入するのならば、こちらもそれ相応の覚悟をせねばならない。

「────」

 常に気を張り、周囲の異常を気にしつつ麓の森の中を突き進んでいく。
 アウラのスタート地点であった森と風景自体はそう大差無い。強いて言うならば、太陽の光は差し込んでいるにも関わらず幾分気温が低い為に肌寒いという事だろう。しかし洞窟を探して山を登って行けば更に低い気温に晒される。
 当然地面も舗装されていないので、足を取られないように自然と意識が足元に向きスピードは落ちる。
 二人共、口数は少ない。

 しかし、それはやや過ぎるようにも感じられた。

「……えらく静かだな、ここ」

 感じていた違和感を吐露する。
 聞こえるのは草木を踏む足音のみ。通常であれば聞こえる筈の鳥の囀りはおろか、風で木々が揺れる自然音すら息を潜めている有様だった。
 自分達以外の、あらゆる気配がしない。

「一周回って薄気味悪いし……植物以外の生き物が死に絶えたみたいだ」

 大地に根付き、森と共存している筈の生物の姿が無い。ただ「自然だけが在る」という状態だ。

「……アウラさん。それ、

 アウラの喩えを、遥か遠くを見据えたクロノが肯定する。
 彼女の視線の先にはただ深緑が生い茂るのみだが、確かに彼女の瞳は何かを捉えていた。

「構えて下さい」

 視線を逸らす事なく、続けて促す。
 礼儀正しい敬語口調は変わりないが、その声色は冷たい。彼女の意を汲んだアウラはヴァジュラの柄を握り締める。
 アウラは肉眼では何も視認できていないが、彼女は何者かの気配を察知していた。

「クロノ、お前武器は──」

 武器を身に着けている様子も、隠し持っている素振りも見せなかった彼女に聞こうとするが、その言葉は半ばで途切れる。
 アウラが言いかけた時、既にクロノは右手を虚空に翳していたのだ。

「此処に足を踏み入れた時点で、私達は彼らに目を付けられていたみたいです」

 言いながら、何かを掴むように虚空を握り締める。
 その動作は、アウラに強い既視感を覚えさせた。
 鍛錬の日々の中で何度も目にしたモノ。靄が徐々に武器を形成し、顕現を果たす過程はカレンのものと同じ。
 クロノの手に握られていたのは、鎌の柄だった。
 柄の部分だけでクロノの身長に届く程あり、黒い柄に対し、刀身の峰は僅かに群青色を帯ている。

「相手は群れです。アウラさん、最初から無理させるようで申し訳ありませんが、ちょっと頑張って下さい」

「……分かった」

 互いに視線を合わさずに言葉だけを交わす。
 五感では無く、更に深い感覚的な部分で感じ取った気配に対し身構える。視認せずして相手が群れだと判るのは魔術に依るものなのか、それとも彼女の危機察知能力が飛び抜けているのか。
 静寂と共に緊迫感がピークに達し

「────ジェヴォ―ダンの群れです」

 彼女は、視えない敵の名を口にする。それにいち早く反応したのは他でも無い、アウラだった。
 忘れもしない。期間にして三ヶ月前。この世界に彼が降り立ってから最初に遭遇した魔獣の名。

 クロノが断言すると同時に、三人を取り囲むように黒色の毛色を身に纏う巨躯が彼らの目に映り込む。
 恐らく、この森の生態系の頂点に君臨するであろう狩人。
 数を以て、獲物を仕留めんとする者が立ちはだかる。

「……再戦って訳か」

 此度は、アウラ自身が武器を執り、彼らと真正面から相まみえる。
 再戦の機会は、想像よりも遥かに早く到来した。
 人間が二人に対し、獣の数は五体。体躯も身体能力も、どれにおいても人間が彼らに適う物は無い。
 だが唯一、知恵を絞る点において、彼らは自然をも凌駕する。
 神々の庇護の下生き続けて来たヒトという矮小な存在が、無き神々の力を手繰り、戦う術として編み出したものが魔術であり──その術を、今のアウラは持ち合わせている。
 最初の依頼の最初の関門を突破すべく、彼は大自然に刃を向ける。
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