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第一章 開幕編
12話『初陣』
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「──もう朝か……」
窓から差し込む陽の目と人々の生活音、そして全身を覆う筋肉痛により、アウラは眠りという名の幻想から引っ張り上げられる。
目を擦りつつベッドから立ち上がり、大きな欠伸をしてから、畳んで丸机に置いた上着に袖を通す。この一連の作業は最早ルーティンワークと化していた
───鍛錬を開始してから、三ヶ月程度の日数が経過した。
その期間は毎日がカレンとの実戦演習。
結果から言えば、彼女の動きについて行く事は出来ても、最後までアウラが彼女に一矢報いる事は無かった。
単純に経験の差の問題だ。
どれだけ魔術を行使しても、手数を増やしても悉くが無駄に終わる。
一言で言えば歯が立たなかったが、反面で得た物もあった。護身用の名目で使っている金剛杵の扱い方に関しては幾つか発見もあり、薙ぎや突きを織り交ぜる形に落ち着きつつある。
魔術に関しては扱えるのは「強化」の一点だけ。行き渡っているオドを利用して行使する為に最もシンプル且つ、今の所失敗はしていない。自分の思い描いた魔術師とは程遠いが、一々言っていられないのが現実である。
そして、その日々は終わりを迎えた。
こと武器を執って戦う事───怪物と相対しても生き残るには十分だとカレンの了承が降り、遂に依頼に出る事に決まった。
「ようやくスタートライン、だな」
自分の頬をパンと叩いて言い聞かせる。ここからは命を落とす可能性が常に付き纏い、自分が思っている以上にシビアなものであると。
ようやく本格的な異世界での生活が始まるという期待感と、一寸先は闇の世界だと言う不安を抱きながら、アウラは足早に玄関を後にした。
※※※※
適度な緊張感と共に、アウラは単身ギルドへと向かっていた。
鍛錬の中で受けた傷は完治しており、コンディションとしては申し分無い。
彼にとっての最初の依頼は今から決まる。まだ受け付けているものをギルドで斡旋して貰い、それに付いていく形になる。
街の施設の中でも一際異彩を放つギルドへと続く道を通り───見る者を圧倒する、荘厳にして巨大な扉を前にする。
「……うっし、行こう」
手前で立ち止まり、深呼吸を一回。気を引き締めた所で、ギルドへと足を踏み入れる。
入ってすぐの受付のカウンターでせっせと働く受付の中には小柄な獣人、ナルの姿があった。
彼からすれば、出来れば知り合いに対応して貰いたいので、一先ず落ち着くまで待とうかという心づもりだったが、アウラが玄関付近で待機していると
「――お、来たわね」
歩いて近づいて来たのは、よく見慣れた紫髪の少女だった。
自分の武芸の師であり、これからは同業者として付き合っていく事になる、アウラの人生に重要な影響を及ぼした少女。
「羅刹」の二つ名を取る魔術師。カレン・アルティミウス。
「随分早いな、お前」
「貴方の初陣だしね。ちゃんと見送ろうってのもあるんだけど、一応、私の知り合いを紹介しておこうと思って」
「カレンの、知り合い?」
知人というからには、エリュシオンを拠点とする魔術師なのだろう。
カレンの横には、青藍に満ちたショートヘアに、上から軽いローブのようなものを羽織る一人の少女の姿があった。見た所得物は何も持っておらず、腰の辺りにポーチのようなものが覗く以外には手ぶらといった様子だった。
両手を前で組み、丁寧に一度お辞儀をして
「どうも初めまして。クロノ・レザーラと申します」
と、朗らかな笑みと共に挨拶をした。
透き通るような声。
一見クールな印象を纏うカレンとは第一印象が正反対である。
「あぁご丁寧にどうも……こちらこそ初めまして。えーと、クロノさんも見送りに?」
「いえ、実はカレンさんに「先達として色々と実践で教えてやってくれ」って頼まれて、依頼に同行することになりまして」
「私は別の依頼があるから、代役って事でね。位階は私より下の天位だけど、実力はそれなりに高いから全面的に頼って貰って結構よ」
「いやいや……私なんてカレンさんに比べれば全然ですよ」
自信ありげに親指を立てるカレンとは対照的に、クロノの反応は否定気味だった。
しかし、現在のエリュシオンでも屈指の実力者である彼女がその実力を認めているからには、本人が否定していても確かな力量を持ち合わせている事の証明でもある。
「実力はこのギルドでも上位なんだから、もっと自信持ちなさいって。一応伝えておくけど、クロノなら魔獣の群れの一つや二つ一人で余裕で潰せるわよ」
「普通に強い部類じゃんか……カレンと神位の魔術師が上位って話だったけど、中々強者揃いなんだな。ここ」
「神位の魔術師……ラグナさんの事ですね。あの人はなんかもう次元が違うというか、神の領域に片足突っ込んでるみたいな人ですからね」
アウラの知らぬ人名がクロノの口から語られたが、話の流れからして十中八九、エリュシオンのギルド「アトラス」に在籍しているとされる最高位の魔術師の事を指している。
大神オーディンの武具を持ち、他の追随を許さない実力を持つ怪物。
「クロノさんも面識あんのか……スゲェな」
「少し前、一度ヘマやらかして死にそうだったところを助けて貰ったことがあるんですよ。それ以来依頼に同行したり、色々とお世話になりまして」
「依頼っつったって、最高位の術師がいるんだろ? なんというか、特に何もしなくてもその人だけで何とかなるような気がするんだけど」
高位の魔術師であるカレンですらその実力を認めている程の術師。だが、いくら難易度の高い依頼であっても神の力を振るう者が解決に当たるとなればそれだけで戦力としては寧ろ過剰である。
クロノが何もせずとも、単騎で依頼を達成するなど容易い事だろう。
「いや、普通の依頼じゃなくて、ギルドから直々に下された依頼に同伴させられてたんですよ。魔獣退治というよりかは、人間相手に色々とですね……」
「人間相手……ってことは、まさか」
「そう。私と同じ依頼も請け負ってるのよ、クロノは。そこを見込んで代理の指南役になって貰うってワケ」
「前にカレンにも言われたけど、じき俺もそういう場面に出くわす事になるよな……なるべく意識し過ぎないように心掛けてるけど」
以前、カレンからも忠告を受けた事。
魔獣の相手のみならず、人間相手に刃を振るうという現実である。カレンやクロノらは既にそのような経験を積んでおり、彼女達と関わっていく以上、最早時間の問題である。
「その点についてはまだ気にしないで良いって言ったでしょ。今はただ、目の前の事をこなす事に集中しなさいな」
「カレンさんの言う通りですよ。それに、善良な無辜の人間を相手にする訳じゃありませんしね」
「? それって、どういう?」
「此処で話しても構いませんけど、その辺の話は道中にでもお話しますよ。地竜車の乗り場までの案内は私がするので、先に依頼だけ受けて来て下さい」
「おっと、そうだったわ……悪い、すぐ済ませてくるよ」
カレン、クロノらとの会話に気を取られており、アウラは依頼の受注のことをすっかり失念していた。
足早にカウンターへと向かう彼を見るクロノに対し、傍らにいたカレンは
「アイツのことは頼んだわよ。私について来れるぐらいの練度はあるから、並大抵の魔獣に遅れを取る事は無いだろうけど」
「出来る限り頑張りますよ。それより、カレンさんは何の依頼に行ってくるんですか?」
今回、カレンがアウラの依頼に同行出来ない理由。
彼女自身、別の件を任されたからだという。その内容に関して、当然クロノの興味は向いていた。
高位の冒険者の下に直々に任務が下されるというのも別段珍しいものでも無く、アウラと出会った時も「森の魔獣の掃討」という依頼を遂行している最中だった。
「ああ、ちょっと教団の件である人に会いに行く事になってね。港町の方まで行ってくるわ」
「ある人? それに教団って……正統派の方のですか?」
「ん~……そうとも言えるけど、そうじゃないとも言える、かな。あんまり大きな声で言える内容じゃないけど、如何せん、相手方が色々と面倒な役職の人でね」
所謂「密会」とも言えるのだろう。
高位の魔術師であり、冒険者の中でも信用のある者にしか任せる事が出来ない依頼。カレンの性格も鑑みれば、他言してしまうかもしれないという心配も無用に等しい。
「どうか、気を付けて行って来て下さいね」
彼女の事を気遣うかのように、クロノが言葉を掛ける。
しかし当のカレンは
「それはこっちの台詞よ。どんな依頼であれ、実戦を伴うなら何が起こるか分からないんだから」
言葉を掛けた主に対し、そのまま返す。
クロノもカレンも、数多くの経験を積んでいる事には違いは無く、共にエリュシオンに在籍する魔術師の中でも上位に食い込む実力の持ち主。故に、何事にも想定外が付き纏う事は理解している。
カレンが言葉を返したのは友人に対する気遣いか、はたまた彼女自身が備えていた野性の感か。
受注を済ませたアウラは再び合流、ギルドにカレンだけを残し、二人はエリュシオンの門へと向かっていった。
窓から差し込む陽の目と人々の生活音、そして全身を覆う筋肉痛により、アウラは眠りという名の幻想から引っ張り上げられる。
目を擦りつつベッドから立ち上がり、大きな欠伸をしてから、畳んで丸机に置いた上着に袖を通す。この一連の作業は最早ルーティンワークと化していた
───鍛錬を開始してから、三ヶ月程度の日数が経過した。
その期間は毎日がカレンとの実戦演習。
結果から言えば、彼女の動きについて行く事は出来ても、最後までアウラが彼女に一矢報いる事は無かった。
単純に経験の差の問題だ。
どれだけ魔術を行使しても、手数を増やしても悉くが無駄に終わる。
一言で言えば歯が立たなかったが、反面で得た物もあった。護身用の名目で使っている金剛杵の扱い方に関しては幾つか発見もあり、薙ぎや突きを織り交ぜる形に落ち着きつつある。
魔術に関しては扱えるのは「強化」の一点だけ。行き渡っているオドを利用して行使する為に最もシンプル且つ、今の所失敗はしていない。自分の思い描いた魔術師とは程遠いが、一々言っていられないのが現実である。
そして、その日々は終わりを迎えた。
こと武器を執って戦う事───怪物と相対しても生き残るには十分だとカレンの了承が降り、遂に依頼に出る事に決まった。
「ようやくスタートライン、だな」
自分の頬をパンと叩いて言い聞かせる。ここからは命を落とす可能性が常に付き纏い、自分が思っている以上にシビアなものであると。
ようやく本格的な異世界での生活が始まるという期待感と、一寸先は闇の世界だと言う不安を抱きながら、アウラは足早に玄関を後にした。
※※※※
適度な緊張感と共に、アウラは単身ギルドへと向かっていた。
鍛錬の中で受けた傷は完治しており、コンディションとしては申し分無い。
彼にとっての最初の依頼は今から決まる。まだ受け付けているものをギルドで斡旋して貰い、それに付いていく形になる。
街の施設の中でも一際異彩を放つギルドへと続く道を通り───見る者を圧倒する、荘厳にして巨大な扉を前にする。
「……うっし、行こう」
手前で立ち止まり、深呼吸を一回。気を引き締めた所で、ギルドへと足を踏み入れる。
入ってすぐの受付のカウンターでせっせと働く受付の中には小柄な獣人、ナルの姿があった。
彼からすれば、出来れば知り合いに対応して貰いたいので、一先ず落ち着くまで待とうかという心づもりだったが、アウラが玄関付近で待機していると
「――お、来たわね」
歩いて近づいて来たのは、よく見慣れた紫髪の少女だった。
自分の武芸の師であり、これからは同業者として付き合っていく事になる、アウラの人生に重要な影響を及ぼした少女。
「羅刹」の二つ名を取る魔術師。カレン・アルティミウス。
「随分早いな、お前」
「貴方の初陣だしね。ちゃんと見送ろうってのもあるんだけど、一応、私の知り合いを紹介しておこうと思って」
「カレンの、知り合い?」
知人というからには、エリュシオンを拠点とする魔術師なのだろう。
カレンの横には、青藍に満ちたショートヘアに、上から軽いローブのようなものを羽織る一人の少女の姿があった。見た所得物は何も持っておらず、腰の辺りにポーチのようなものが覗く以外には手ぶらといった様子だった。
両手を前で組み、丁寧に一度お辞儀をして
「どうも初めまして。クロノ・レザーラと申します」
と、朗らかな笑みと共に挨拶をした。
透き通るような声。
一見クールな印象を纏うカレンとは第一印象が正反対である。
「あぁご丁寧にどうも……こちらこそ初めまして。えーと、クロノさんも見送りに?」
「いえ、実はカレンさんに「先達として色々と実践で教えてやってくれ」って頼まれて、依頼に同行することになりまして」
「私は別の依頼があるから、代役って事でね。位階は私より下の天位だけど、実力はそれなりに高いから全面的に頼って貰って結構よ」
「いやいや……私なんてカレンさんに比べれば全然ですよ」
自信ありげに親指を立てるカレンとは対照的に、クロノの反応は否定気味だった。
しかし、現在のエリュシオンでも屈指の実力者である彼女がその実力を認めているからには、本人が否定していても確かな力量を持ち合わせている事の証明でもある。
「実力はこのギルドでも上位なんだから、もっと自信持ちなさいって。一応伝えておくけど、クロノなら魔獣の群れの一つや二つ一人で余裕で潰せるわよ」
「普通に強い部類じゃんか……カレンと神位の魔術師が上位って話だったけど、中々強者揃いなんだな。ここ」
「神位の魔術師……ラグナさんの事ですね。あの人はなんかもう次元が違うというか、神の領域に片足突っ込んでるみたいな人ですからね」
アウラの知らぬ人名がクロノの口から語られたが、話の流れからして十中八九、エリュシオンのギルド「アトラス」に在籍しているとされる最高位の魔術師の事を指している。
大神オーディンの武具を持ち、他の追随を許さない実力を持つ怪物。
「クロノさんも面識あんのか……スゲェな」
「少し前、一度ヘマやらかして死にそうだったところを助けて貰ったことがあるんですよ。それ以来依頼に同行したり、色々とお世話になりまして」
「依頼っつったって、最高位の術師がいるんだろ? なんというか、特に何もしなくてもその人だけで何とかなるような気がするんだけど」
高位の魔術師であるカレンですらその実力を認めている程の術師。だが、いくら難易度の高い依頼であっても神の力を振るう者が解決に当たるとなればそれだけで戦力としては寧ろ過剰である。
クロノが何もせずとも、単騎で依頼を達成するなど容易い事だろう。
「いや、普通の依頼じゃなくて、ギルドから直々に下された依頼に同伴させられてたんですよ。魔獣退治というよりかは、人間相手に色々とですね……」
「人間相手……ってことは、まさか」
「そう。私と同じ依頼も請け負ってるのよ、クロノは。そこを見込んで代理の指南役になって貰うってワケ」
「前にカレンにも言われたけど、じき俺もそういう場面に出くわす事になるよな……なるべく意識し過ぎないように心掛けてるけど」
以前、カレンからも忠告を受けた事。
魔獣の相手のみならず、人間相手に刃を振るうという現実である。カレンやクロノらは既にそのような経験を積んでおり、彼女達と関わっていく以上、最早時間の問題である。
「その点についてはまだ気にしないで良いって言ったでしょ。今はただ、目の前の事をこなす事に集中しなさいな」
「カレンさんの言う通りですよ。それに、善良な無辜の人間を相手にする訳じゃありませんしね」
「? それって、どういう?」
「此処で話しても構いませんけど、その辺の話は道中にでもお話しますよ。地竜車の乗り場までの案内は私がするので、先に依頼だけ受けて来て下さい」
「おっと、そうだったわ……悪い、すぐ済ませてくるよ」
カレン、クロノらとの会話に気を取られており、アウラは依頼の受注のことをすっかり失念していた。
足早にカウンターへと向かう彼を見るクロノに対し、傍らにいたカレンは
「アイツのことは頼んだわよ。私について来れるぐらいの練度はあるから、並大抵の魔獣に遅れを取る事は無いだろうけど」
「出来る限り頑張りますよ。それより、カレンさんは何の依頼に行ってくるんですか?」
今回、カレンがアウラの依頼に同行出来ない理由。
彼女自身、別の件を任されたからだという。その内容に関して、当然クロノの興味は向いていた。
高位の冒険者の下に直々に任務が下されるというのも別段珍しいものでも無く、アウラと出会った時も「森の魔獣の掃討」という依頼を遂行している最中だった。
「ああ、ちょっと教団の件である人に会いに行く事になってね。港町の方まで行ってくるわ」
「ある人? それに教団って……正統派の方のですか?」
「ん~……そうとも言えるけど、そうじゃないとも言える、かな。あんまり大きな声で言える内容じゃないけど、如何せん、相手方が色々と面倒な役職の人でね」
所謂「密会」とも言えるのだろう。
高位の魔術師であり、冒険者の中でも信用のある者にしか任せる事が出来ない依頼。カレンの性格も鑑みれば、他言してしまうかもしれないという心配も無用に等しい。
「どうか、気を付けて行って来て下さいね」
彼女の事を気遣うかのように、クロノが言葉を掛ける。
しかし当のカレンは
「それはこっちの台詞よ。どんな依頼であれ、実戦を伴うなら何が起こるか分からないんだから」
言葉を掛けた主に対し、そのまま返す。
クロノもカレンも、数多くの経験を積んでいる事には違いは無く、共にエリュシオンに在籍する魔術師の中でも上位に食い込む実力の持ち主。故に、何事にも想定外が付き纏う事は理解している。
カレンが言葉を返したのは友人に対する気遣いか、はたまた彼女自身が備えていた野性の感か。
受注を済ませたアウラは再び合流、ギルドにカレンだけを残し、二人はエリュシオンの門へと向かっていった。
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