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第一章 開幕編

5話『楽園の名を冠する地へ』

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 森を抜け、エリュシオンへと歩き出してから更に数時間。
 平原を休む事なく歩き続け、流石にアウラの足は限界を迎えていた。
 後半からカレンが「ちょっと急ごう」と言い出して殆どノンストップで走り続けた事が原因である。
 手ぶらの彼女に対して、アウラは両刃の剣を持ったまま。そんな二人がいるのは遥か高く聳える城門の前、その検問の列だった。

────西方の都市国家、エリュシオン。
 
 カレン、そしてアウラの拠点となる地であり、堅牢な城壁に囲まれた西の大陸最高峰の大都市。
 周辺地域に農地を有し、勢力圏としては広大だった。
 下手をすればここで人生を過ごす事になるであろう場所に、アウラは辿り着いたのだが、

「────ほら、着いたわよ。あとは中に入るだけだからもう少し頑張りなさいな」

 両手を膝に付き、肩で息をするアウラに呼びかける。
 周囲はアウラとカレン以外にも大勢の人々で溢れ返っていた。鎧や武具を身に纏う者――おそらくカレンの同業者であろう者達や、爬虫類じみた生き物に荷車を引かせる商人と思しき人物が多かった。
 至って平然としているカレンに、アウラは息を切らしながらも言葉を絞り出す。
 

「っはぁ……いや、ちょっとタンマ……なんでお前息一つ乱れて無いんだよ……!?」

「別に、あの距離走ったぐらいじゃ特になんとも」

「体力バケモノかよ……!」

「あまり舐めないで欲しいわね。他のヤツとは鍛え方が違うのよ、鍛え方が」

 腕を組みながら言うカレン。
 彼女の出鱈目振りを改めて痛感させられる。ジェヴォ―ダンの時と同じく、不思議とあまり疲れを感じない感覚こそあったが、流石に休憩ナシで走らされれば通常、限界も来るというもの。

 呼吸を整え、調子を戻したところで、アウラは眼前にある長蛇の列に目をやる。

「……これ、検問か」

「そう。何か身分を証明できる物ある?」

「いや、無い。つっても流石に「冒険者です」なんて嘘は無理があるだろうし。どうすっかな……」

「検問の人もエリュシオンの冒険者の顔は大方覚えてるだろうし、難しいでしょうね」

 歯痒そうに、カレンは指を噛む。
 アウラに身元不明、身分証明の出来ない状態でどう検問を突破するかという問題が立ちふさがった。

 上手い具合に誤魔化せないかと思案していたが、列の先方を見据えたカレンは何か思いついた様子であった。
 その視線の先にいたのは、手元の書類を捲る男。

「────いや、案外何とかなるかも」

「えっマジ?」

 カレンの言葉を信じ、列を進んでいく。
 素性のよく知らない者が鋭利な武器を持っていて不審に思われないかと思い、色々と心配している間に彼らの番が来た。
 商人や鎧で全身を覆う者、装いは様々だが、返り血に身を染める少女に対する視線は凄まじい。同時に、彼女と一緒にいるアウラにも「誰アイツ」的な視線が向けられており、内心気が気では無かった。

 すると、カレンは先程視線を向けていた男に向かって、

「お疲れ様、サウルさん」

 と、腰に手を当てて親し気に声をかけた。
 男は年齢にしておそらく20代前半。清潔感のある黒髪にチュニックを纏い、職務に励んでいる様子だった。
 呼びかけに気付いたのか、彼女がサウルと呼んだ男は

「あぁ、カレンじゃないか。そっちこそお疲れ様……って、また随分派手に暴れて来たみたいだね……」

 と、笑顔と同時に呆れ気味に言った。
 血塗れのカレンの姿も見慣れている、という様子だ。
 おそらくアウラやカレンよりも年上なのだろうが、タメ口で話している辺り、それなりに付き合いは長いように見えた。

「いい加減慣れたでしょ? 魔獣討伐の依頼だったらこうなるのがお決まりよ」

「大体依頼から帰ってくる時は血塗れの事多いけど、やっぱりインパクトがね。──あれ、そこの彼は?」

 サウルは傍らにいるアウラに気付き、視線を移した。
 旅人のような装いに似つかわしくない、両刃の剣を携えた青年に。

「あぁ、こっちはアウラ。依頼先の森で魔獣に襲われてて、行く所も無いって言うから一旦保護って事で連れて来たの」

「どうも初めまして。ただいまこの怪物にご紹介頂いたアウラです」

 カレンの紹介を受け、ペコリと会釈するアウラ。
 人間関係で初対面での印象はそれ以降に響く重要な要素。エリュシオンを拠点とする以上、今後も何かしらで顔を合わせる事があるかもしれない。

「今は住所不定だけど、これからウチのギルド所属の冒険者になるから、彼、通してもらえる……?」

 両手を合わせ、懇願するように伺う。
 「今」ではなく「今後」はエリュシオンで冒険者をやっていくから通してくれないかと、返り血の付着した顔に笑みを浮かべる。
 血さえ無ければ美少女の懇願だが、今は一周回ってスプラッターじみた雰囲気すら放っている。
 
「最近は検問もやたら厳しくてねぇ……まぁでも、別に危険人物とかじゃないなら構わないよ」

「……良かった~~!! ダメって言われて通らなかったらどうしようかと」

「カレンが連れて来た人なら、流石に人を殺すような悪人ではないだろうしね。ところで、彼が冒険者になるのは良いけど、戦闘とかに関してはどうするんだ?」

「あぁ、その点に関してはカレンに色々と指南して貰うっていう条件なので、心配しないでも大丈夫ですよ」

 それを聞くカレンは自信満々だ。
 ただ暴れるだけでなく、教えることも出来るのだと言わんばかりに胸を張っていた。

「最低でも三ヶ月。その期間で天位デュナミスの上位に匹敵するくらいまで引き上げて見せるから」

「天位の上位となると、熾天セラフ一歩手前ってことか?」

「実際に依頼を受けて位階を上げるのは先だけど、それぐらいの実力があればそうそう死なないでしょ?」

「確かに死なないだろうけど、それまでに彼が耐えられるのかっていう部分が心配なんだが……」

「別に死なないし殺さないから大丈夫よ。ねぇアウラ?」

「え? あぁ、まぁ……死ぬ気で、死なない程度に頑張ってついていこうかと」

 急に話を振られ、アウラはしどろもどろになりながらも答える。
 普通に考えれば無茶だが、短期間で並みの冒険者に追い付く為には、それこそ正に死ぬ気で臨まねば無理な話でもある。
 魔術に関しても、彼にはマナを扱えないというマイナスがある。
 足りない身体能力を魔術でカバーし、それでも足りない技量を鍛錬で補わねばならないのだ。

 乗り越えなければならない壁は決して一つではない。

「ほら、本人もこう言ってる訳だし心配は無用よ。寧ろ、戦力になる新人を用意してるだけギルドに貢献してない?」

「うーん……でも確かに、エリュシオンの冒険者の主力は今出払ってるしなぁ……」

「主力って、さっき言ってた魔術師の人の事か?」

 傍らのカレンに、アウラが問う。
 
「そうそう。ソイツは滅多に戻って来ないし──さっきは言ってなかったんだけど、他の主力の人達も暫くお休みって事になっててね。その間に何かあっても、腕の立つ者がいれば対処できるからってことで」

「つまり、レギュラーメンバーが皆諸事情でいないから、その分を補充できるように俺が充てられる、と」

「そういうことよ」

「大変だねぇ、アウラ君も」

 苦笑いを浮かべ、同情する様子を見せるサウル。
 アウラは助けられた借りを返す、カレンは戦力の補充、互いに利益があるが、これから一体どれ程のシゴきが待っているのだろうかと感じてしまう。
 
「確かに大変ですけど……やるからには上を目指すつもりで頑張りますよ、俺は」

 しかしアウラは、真剣な面持ちと共に返した。
 半端で良いなど、アウラは微塵も思ってなどいない。

 平和に過ごすという選択肢は、カレンの誘いを承諾した瞬間から消去された。
 加えて、己に与えられた唯一の祝福──使えば自らの命を代償にするかもしれない武器を扱えるようにする為にも、実力を付けなければならない。

 たとえ神の武器であろうと、制御し扱えるのであればこれに勝るものは無い。
 
 こちらの世界でやる事が出来たのなら、全うする。一度決めた事、足を踏み入れた事からは逃げる事は、アウラ自身が許さない。

「そういうことなら、期待してるよ」

 アウラの言葉は嘘偽りは無く、察したサウルも応じた。
 彼の言葉を最後に、カレンとアウラの二人は関所を通り過ぎ、城門を潜る。
 




※※※※




「ここがエリュシオンか……」

 街入りしたアウラは、その活気に気圧されていた。

 時間も時間なので街の出店などは店仕舞いを始めてこそいるが、民間人に加え、依頼を終えてきたであろう冒険者達の姿が視界に無数に映る。剣を腰に差した者、ローブを纏う者、背中に弓と矢筒を背負う者まで、そのバリエーションは様々だ。
 街行く者の中には、明らかに自分と同じ人間ではない者──獣や爬虫類の特徴を備えた異種族と思しき人々の姿もあった。
 実際に目にすると衝撃は大きいが、一方で人間と共存しているという事実をアウラに突き付ける。

「このエリュシオンは数百年の歴史がある都市国家でね。私達みたいな冒険者は勿論、色んな国から商人やら学者やらがやってくるのよ。因みに、北の方に行けばエドム、南西の方角に行けばアシェルって国があるわ」

「数百年か……古いんだか新しいんだか分かんないな」

「流石に、千年前に建国された、なんて逸話のある国に比べれば歴史は浅い方かもね」

 人混みの中を歩きながら彼女は言う。
 この世界に一体どれだけの国が存在するのか、アウラはまだ知らない。しかし同時に、各国の人々がわざわざ海を渡ってやってくるにはそれだけの理由があるのだろう。

 二人は城門を潜って大通りを抜け、街の北方にあるギルドを目指して進む。

「もうすぐ夕方だってのに、皆元気なもんだなー」

 鳴りやまない喧騒に、アウラは素直に感服する。
 何処を見ても人、人、人。カレンの横に並んで歩いている筈が、少し離れればはぐれてしまいそうになる。

「この時間帯だと、依頼帰りの冒険者連中が殆どね。中にはぶっ潰れるまで飲んで次の日の朝に発見される、なんてこともよくあるわ」

「えぇ……酒こわ……」

 アウラは引きつったような顔をしている。
 酒は人を駄目にするというが、実際は「酒で人の駄目な面が露呈する」と誰かが言っていた事が頭を過る。前の世界で大学生だった頃、付き合いで多少飲む事はあったが、その点はこちらでも変わらない予感がした。

「それよかアウラ、貴方、今晩はどうするの?」

「どうするって、何をだよ」

「何って決まってるじゃない。寝床よ、寝床。流石に私が連れて来た以上、外で一晩過ごせとは言えないし」

「あっ────」

 反応を見るに、アウラは完全に失念していた。
 知り合いを得る、職業を得る、街に着くという当初の目的を達成できたせいで、更に細かい部分に関しては全く考えていなかったのだ。
 昼は暖かかったが、流石に街中で一晩過ごすとなると体調を崩して明日以降の予定に響きかねない。

「ん~……私は今日は一旦帰るけど、ギルドに泊めて貰うとか出来るかしら……」

「雨風さえ凌げれば、俺は何処でも構わないけど。そんな急にいけるもんなのか?」

「一先ず、ダメ元で交渉してみるしかないわね」

 彼女の真紅の瞳が見据えるのは遥か遠く、道行く人々を通り越した街の最北。
 依頼の達成報告、そして今日の寝床を確保する為に二人は歩き続ける。
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