133 / 141
戦争後
しおりを挟む俺を助けてくれたジル。
暗闇の中に落ちていく俺を救いだしてくれたジルは、そのまま俺の変わりとでも言うように眠りに落ちていったようだった。
あれから幾日過ぎても、ジルは目を覚まさない。
俺はどうすればいいか分からずに、ただジルの傍に居続けている。
眠り続けているから、食事も摂れていない。だけどジルは痩せ衰える事なく、眠り続けた当初と変わらずに美しいままだ。
そして時々魘される。その時はすぐにジルを抱き締めて
「大丈夫だよ。俺がここにいるから」
と優しく言うと、少ししてまた穏やかに眠り続ける。
魘されている時じゃなくても、俺はジルに話しかけている。少しでも俺の声が届けば良いのだが……
「リーンハルト様、お食事の用意をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、アデラ。頼むよ」
「承知致しました」
食事も寝室に運んでもらう。元は側室であったジルの母親メイヴィスの部屋だから、寝室とは言えここは広々としている。
この寝室で俺は仕事をしている。何もせずにいるのも気が引けるので、何か出来ないかをシルヴェストル陛下に言ったところ、書類整理を任されたのだ。
上がってきた書類がどの担当部署に回すのかをチェックして区分けする作業なのだが、かなり量が多いし担当部署も多いのでなかなかに大変なのだ。それに細部まで読まなければ、どの担当に回して良いのかも分からない物もある。
そしてこの業務には、重要書類も希に含まれている。それを俺にチェックさせると言うのは、かなり信頼されているんだなと思わされた。
他にも、騎士団の訓練内容の改善や指南書作りも頼まれていて、何かとやることがあるのだ。
座ってばかりだと体が鈍りそうなので、結界を張って剣で素振りの練習や、魔法の構築を最適化する練習をしたりもしている。
俺はほぼこの部屋から出ないで、眠るジルの傍にいる。早く目覚めて欲しいと願いながら……
アデラや給仕係が寝室に昼食の準備をしていた。ふと見ると用意されている食事は二人分だった。これはシルヴェストル陛下の分だな。
シルヴェストル陛下はこうやって、来れるときはここに来てジルの様子を伺っている。ここで二人で食事をするのもよくある事だった。
少ししてシルヴェストル陛下が来たので、一緒に食事を摂る。
「しかし、ジュディスは食事も摂らずとも変わりないとは……霞でも食っておのかも知れぬな」
「仙人じゃあるまいし……ですが似たようなものも知れませんね。ジルは聖女ですから、自然に存在する何かから得ているのかも知れないです」
「そう考えるのが妥当か……まだ魘されているのか?」
「えぇ……ですが、そうやって反応があると安心します。ジルは常に何かと戦っているんでしょうが……」
「そうだな。それは余も同じだ。しかし、外に出られぬのは辛くないか?」
「平気です。私がいない間にジルに何かあるかもと考えながら外出等できません。私がジルの傍にいたいのです」
「そうか……そうだ、フェルテナヴァル国に関しての事だがな。リーンハルト殿にも報告しておこう」
「はい。どうなりましたか?」
「国民に大きな混乱は無いようだ。皆、変わり行く国の意向に困惑しておったようでな。ジュディスが力を取り戻してからのフェルテナヴァル国は他国との戦争に備え、軍事に費用を大きく割く事になって税金を上げたのだ。只でさえ高い税金に、国民の生活は圧迫されたようでな。生活困窮者も多数出たようなのだ」
「だから反乱軍が生まれたのですね」
「召集令状が出たそうだ。15歳から60歳までの男に、国の為に軍事に加われとな。これは強制だ。逆らう事は許されなかった」
「税金が上がり生活が苦しいのに、希少な働き手を奪うとは……」
「だから早々に攻め込まれて、逆に安心したようだ。これ以上搾取されずに済むとな。だから暴動等は起きていない。皆大人しくしているそうだ」
「そうですか。それは良かった。……あの……ヴィヴィはどうなりましたか?」
「うむ。あの者が聖女でなかった事を公表させたのだ。フェルテナヴァル国が制圧された事を王都の広場で反乱軍のリーダーが告げた時にだ。今回の戦争に聖女の存在は大きく関わっていたからな。その名を語り、聖女としての栄光を欲しいままにしていたと糾弾したのだ」
「それでヴィヴィはどうされました?!」
「まだ自分が聖女だと言い張っておったそうだ。自分がこの世界を浄化させたのだとな。全く、呆れて物が言えんわ」
「ヴィヴィらしいと言うか何と言うか……恐らくヴィヴィは本気でそう思っているんでしょう。ヴァルカテノ国では他に聖女がいたようだが、自分はフェルテナヴァル国の聖女だと信じていたんでしょうね」
「この世には二人と聖女は存在せぬ。聖女だったメイヴィスが殺されそうになった時に、その権利をジュディスに譲渡したように、聖女は一人しか存在せぬものなのだ。それも分からずに……」
「ではヴィヴィは……極刑に処されたのでしょうか……?」
「いや、そうではない。あの者の訴えに、心を動かされた者が多くいてな。幼い頃より塔に幽閉され、自由がなく、虐げられていたと悲しそうに訴え、同情を買ったのだ。国の為に言われるがままにしてきたのに、こんな事をされるのが悲しいとな」
「ヴィヴィはあの塔で優雅に暮らしていたのに? 時々外に出ては散財していたとも聞きました。虐げられていたのはジルの方なのに……」
「あの者の発言力は高かったようだな。それには反乱軍のリーダーも驚いたそうだ。国民の反応を見て刑を決めようとしていたのだから、それに戸惑ったらしい。で、結局あの者は市井に下る事になったのだ。とは言え、暫くは強制労働となるのだがな」
「強制労働? どこかの鉱山とかでしょうか?」
「いや……娼館だ」
「娼館……ですか……」
「それはあの者が決めたのだ。はじめはリーンハルト殿が言うように、鉱山で働かせようとしたのだ。過酷な環境に身をおかせて反省させる為にもな。しかし、あの者がそれを拒否してな。それなら娼婦になった方がマシだと言い放ったそうなのだ」
「自分からですか?!」
「リーンハルト殿もあの者に迫られ、媚薬として薬を盛られたのだったな。元々そういう資質があったのだろうな。これでは罰かどうか分からんが、結局はそういう事になった」
「そうですか……それはヴィヴィらしいと言えば良いのか……ですがこれで良かったのかも知れませんね」
「全く、逞しい女だ。ある意味尊敬に値する」
「ハハハ、分かります。そうなりたいとは思いませんが。あ、エルマとイザイアはどうなりましたか? ジルに付いていた侍女と暗部の者ですが……」
「安心せよ。それはシルヴォがキチンと確保しておったわ。此方が戦争を仕掛ける前にな。今は我が国におるぞ。ジュディスに感謝しておった。エルマという侍女は、ジュディスを逃がした罪で一家ごと爵位剥奪となっていてな。家族と共に牢獄に入れられておったのだ。殺されてなくて良かった」
「ありがとうございます! 本当に良かった……」
「処刑待ちの状態だったのだ。処刑される者が多くてな。あの国は人を殺しすぎていた。全く、命をなんだと思っていたのか……!」
「本当に……滅ぼせて良かったです」
「新たに王を立てる事はしないようだ。近隣国の者達も、復興に手助けはするが我が領としないそうだ。それを決めるのに、また戦争になりそうだったらしいからな」
「ではフェルテナヴァル国はどうなるのですか?」
「民主国家となるようだ。反乱軍のリーダーが、今はフェルテナヴァル国の代表となっている。これからは国の代表を国民に決めてもらうのだそうだ。だから王政は廃止となった」
「そうなんですね。しかしそれは凄い……絶対王政だったあの国が、国民の意思で動く国となるんですね」
「問題は山積みだろうがな。他国からも政治に関わる者もいる。我が国からもだ。これは国を建て直したいと善意で立った者達だ。あの小国をどうこうしようと企んでいる者達ではない。余も勉強してこいと快く送り出してやったわ」
「フェルテナヴァル国は変わって行くんですね……」
「うむ。だからもう何も気に病む事はない」
「はい。ありがとうございます」
「リーンハルト殿の力も大きかった。礼をいうのは此方だ。それはジュディスにも、か……」
「そうですね……」
ジル、君のお陰で国は良い方向へと向かっているよ。エルマもイザイアも無事だ。早くそれを伝えたい。
早く君の笑顔が見たい。
ジル……目を覚ましてくれないだろうか……
目覚めたら結婚式をあげよう。もうシルヴェストル陛下に許可は取ったんだ。婚約からあまり日をおいていないけれど、ジルが望むならそうしても良いと言ってくれたんだ。
だから早く目覚めて欲しい。
俺たちは家族になれるんだから……
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる