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闇の中へ
しおりを挟む王城も神殿も完全に制圧した。
後宮も既に制圧されており、側室達やその子供達は捕虜となった。
降伏した者達も捕虜として、ひとまずは牢獄へ送られる。戦争は終わった。だが、それで終わりではなく、むしろここからが大変なのだ。
この国をどうするか、各国代表が集まり話し合いが持たれる。今回はフェルテナヴァル国の近隣にある国も協力したから、どうしていくかを皆で決めていくのだ。
とは言え、ヴァルカテノ国はこの国をどうこうするつもりはない。遠国と言うこともあるが、そもそも領地が欲しくて戦争を起こした訳ではないからだ。
国王であるシルヴェストル陛下の私怨なのでは? と懸念されそうだが、ヴァルカテノ国に関してはそうではない。
シルヴェストル陛下からすれば、最愛の娘の仇を討つのが目的だったが、ヴァルカテノ国民からすれば、敬うべき聖女を我が国から奪っただけでなく、虐げ蔑ろにし利用してきたこの国を許せなかったと言うのが本音だ。
聖女はヴァルカテノ国にとっては神にも等しい存在で、だからフェルテナヴァル国をヴァルカテノ国の全ての国民が許せなかったのだ。逆に言えば、聖女を蔑ろにした国を何もせずに放っておくような国王は愚王と見なされて、支持率が著しく低下してしまう。
たがらこの戦争はヴァルカテノ国にとっては必然だったのだ。
なので仇さえ討てれば、あとはどうでも良い。フェルテナヴァル国民を虐げる事なく、前よりも良い国にする事を条件にして、ヴァルカテノ国は今後一切この国から手を退くつもりでいる。
俺のここでの役割は、後は連れてきた騎士や兵士達をフェルテナヴァルからヴァルカテノへ送り届ける事だ。
また来たとき同様、全員を移動させるのかと言うとそうではなくて、此方に来た者に転移石を入手させておいたので、ソイツと共に一度俺が移動させれば、後はソイツが代わってくれる事になったのだ。この配慮が嬉しかった。
さぁ、帰ろう。愛しい人の待つ場所へ。
後の処置は任せて、シルヴェストル陛下を含めた少数の人を引き連れて、俺は転移石でヴァルカテノ国に戻って来た。
着いた場所は、出発する時に集合場所となった王城にある広場。その場所を目に留めた瞬間、言い様のない安心感が胸に広がる。
ずっとフェルテナヴァル国で育ってきた俺だが、来てまだ間もないこの国ヴァルカテノ国に、もう既に心を置いてしまっていたようだ。
いや……国とか、きっとそうじゃないんだな……
「リーンっ!!」
「ジル……」
ここに転移してくるのを知っていたジルは、俺が帰ってくるのをこの場所でずっと待っていたようだった。
駆け寄って俺の胸に飛び込んできたジルを抱きしめる。俺の横でシルヴェストル陛下が両手を広げてジルを待ち受けていた事は見なかった事にしておこう。
「リーン、リーン! 良かった! 帰って来たぁ!」
「すぐに帰ってくるって言っただろう? 必ず帰ってくるって」
「うん、うん! だけど心配で……!」
「ジルのお陰で無事だった。ジルが俺に加護を与えてくれたから……」
「リーン……?」
「あぁ……帰って来れて……良かった……」
「リーン?! リーン!」
ジルの顔を見て安心したからか、一気に気が抜けてしまって、俺はそこから意識を無くしてしまった。
そうだった。俺はあの闇の力をまだ体から全て出しきれていなかった。だから頭がずっとクラクラしていたし、足にも力が入らなかった。
神殿にあった闇の力も、俺が弾いたようになっていたが、それも体に入ってきていたようだった。
深い沼の中へと落ちていく……
体が動かせない……
何も見えない暗闇の中へと沈んでいく……
俺は何とか藻掻くようにして、救いを求めて必死になって手を伸ばす。
その手が何かに触れた。それは暖かで優しく俺を包み込むように感じて、俺はそれを求めるようにして両手を伸ばす。
捕まえた……
それを抱き寄せると体がすごく軽くなった。身体中の悪いモノが消えていくような、浄化されていくような感じになってとても心地良い。
あぁ、そうか……これはジルだ……
暖かで柔らかな感触を抱き包むような状態でゆっくりと意識を取り戻す。目を開けるとそこにはジルがいて、俺を心配そうな顔をして見つめている。
「ジル……」
「リーン……良かった……」
「ジルが助けてくれたんだな……ありがとう……」
「ん……」
「ジル?」
フラリと俺の胸にジルの頭が落ちてきた。
どうしたのかとジルを見てから、辺りを見渡して驚いた。
俺はジルの部屋の寝室にいて、ジルと共に眠っているような状態だったのだが、俺たちがいるベッドだけが何もなく、周りはぐちゃぐちゃに荒らされていたのだ。
これは以前、ジルが黒い影のようなモノを出現させた時と同じような状態だった。
「ジル! ジル、大丈夫か?! ジル!」
俺の呼び掛けにも反応せずに、ぐったりとした状態で俺に体を預けているジルを見ると、段々怖くなってきた。
俺の声を聞いたシルヴェストル陛下が寝室へ飛び込んでくる。
「リーンハルト殿! ジュディスがどうしたのだ?!」
「いや、あの……倒れたような感じで……」
「倒れた?! 何故だ?!」
「分かりません、ですが……!」
俺が辺りを見渡すように目をやると、シルヴェストル陛下もこの状況を把握したようだ。今までジルの事しか目に入らなかったんだろう。
以前のように、調度品や家具もあちこちにぶつかり壊れ、破片がそこら辺に散乱していた。その様子をマジマジと見ながら足元にある物を避けつつ、シルヴェストル陛下は此方へと歩いてきた。
「なんだ……この慘状は……」
「以前もこの様な事がありました。その時はジルから生まれた闇の力が暴走したような感じだったのですが……」
「今回もそうだと申すのか?」
「分かりません。ですが同じような状態ではないでしょうか……」
「同じとは?」
「ヒルデブラントも神官達も、ジルの生み出した闇の力であのような状態になっていたと考えられます。それが私の体に侵入しました。私はジルの加護を得ていたから、ヒルデブラント達のように朽ちる事はなかったようですが、それでも身体中は重く苦しく、沼に落ちていくような感じでした」
「それは分かる。ヒルデブラントが闇を作り出した時、余もそんなふうに感じたぞ」
「はい。恐らく、私が加護を得ていたから、そばにいた陛下や他の者もヒルデブラント達のようにはならなかったんじゃないでしょうか。ですが、闇の力は私の体に蓄積されていました」
「だから倒れてしまったのだな」
「はい。気が抜けた途端に……申し訳ありません」
「いや、あの状態を回避できたのはリーンハルト殿がいたからこそだ。詫びる必要等ない。しかしそれでジュディスは……」
「広場で私が倒れてからはどうなりましたか?」
シルヴェストル陛下はこれまでの事を分かる範囲で話してくれた。そこにアデラもやって来て、俺を待つ間のジルの様子も聞かせてくれた。
そして、やはり俺はジルに守られていたのだと、改めて知ることとなったのだ。
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