ただ一つだけ

レクフル

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力の暴走

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 寝室で寝ていたジルの叫び声が響いた。
 それと共に何かが壊れるような音も聞こえてくる。

 慌てて寝室に向かう。アデラも一緒に行こうとしたが、それを止めて寝室から離れるように促した。

 俺が扉を開けた瞬間、花瓶が俺の真横に飛んできて、壁に当たって砕けて落ちた。それに驚いて思わず足を止めてしまう。
 目に入ってきたのは、どす黒い人ほどの影のような何かがいくつもあちこちに蠢いていて、部屋中にある物が飛び交っている異様な状態だった。そんな中、ジルは起き上がって泣きながら震えていた。

 調度品である壺や置物、絵画が飛び交うのは勿論のこと、サイドテーブルや椅子も無茶苦茶に飛び、壁に当たっては壊れ、壊れた欠片がまた飛び交っているような状態の中、ユラユラと影のようなモノが蠢きながら徘徊している。
 
 なんだこれ……

 俺は自分に結界を張り、ジルの傍まで進んでいった。
 飛んできた物が勢いよく結界に当たり、跳ね返る。目の前に影のようなモノが迫ってきたけれど、それはすり抜けるように結界に当たり、俺に当たり、後ろへと抜けていく。

 なんでこんな事になっているんだ……

 何とかジルの元までたどり着く。ジルには危害はないようだ。良かった。
 そんなに距離はないのに、ここまで来るのが困難だった。
 ベッドにいるジルをすぐに抱きしめ、なんでもないように話しかける。


「ジル、ジル? どうした?」

「リ、リーン! わ、私!」

「大丈夫だから。落ち着いて……大丈夫だから」

「リーン……っ!」


 俺にしがみつくように何かに怯えているジルを、何度も何度も優しく諭すように言い聞かせる。すると少しずつジルが落ち着いてきたようで、飛んでいた物が勢いを無くしその場にボトリと落ちていき、蠢いていた影のようなモノは薄くなって消えていった。

 
「どうした? なにか怖い夢でも見たのか?」

「うん……怖かった……」

「そうか……怖かったな。傍にいなくてごめんな」

「ん……」

「そうだ、何も食べてなかったろ? アデラがパーティーに出ていた料理を用意してくれるって言ってたんだ。どうだ?」

「え……でも……」


 ジルは辺りを見渡して、部屋の中が無茶苦茶になっているのをどうしようかという表情をした。
 今はこの部屋の惨状を見せ続けるよりも、他に目を向けさせた方が良いと判断し、とにかく寝室を出ようとジルに促すと、思うところはあっただろうがゆっくりと頷いた。

 ベッドから出てジルの肩を抱き寄せ、落ちている物を避けながら寝室を出ると、扉の前でアデラは俺達を待ってくれていた。
 憔悴しているジルにアデラはニッコリと微笑み、
「お料理の用意ができておりますよ。どうぞ」
とテーブルへと導いた。さすがは侍女頭。こんな時の気遣いは凄く有難い。

 椅子に座らせ、自分も対面にある椅子へ座ろうとしてジルから手を離すと、ジルは俺の腕を掴んできた。それから俺を見上げて、瞳を潤わせる。まるで離れるなとでも言うように。
 それを見てアデラは、ジルの真横に椅子を置いてくれた。そこに腰を落とすとジルはホッとしたようだが、まだ腕を離さなかった。

 目の前にはテーブルいっぱいに料理が並んでいる。ジルが全部美味しそうって言っていたが、それは俺も同じように感じていた。デザートもあるし、飲み物も数種類、酒も用意されていた。
 ジルが少しでも料理に目を向けられるように、食べたいものが一つでも見つかるようにとの事だろう。
 
 だけどそれらを見ても、ジルの顔は浮かないままだった。食事に手をつけようともしない。余程、寝室で起こった……いや、起こしてしまった事がショックだったのだろうな……

 俺が
「これ食べるか? ジル、好きだったろ?」
と聞くと、ゆっくりと頷く。
「あ、その前に何か飲もうか。何が良い?
オレンジジュースにするか?」
と聞いた時も、ゆっくりと頷いた。
 アデラにジュースを渡されると、一口、二口、といった感じで少しずつ飲んでいた。
 
 それでも皿に分けられた料理に手を出そうとしないので、
「食べさせてやろうか?」
って笑いながら冗談ぽく言うと、それにもゆっくりと頷く。冗談のつもりだったから、それには俺が驚いてしまったが、食べようとしてくれるのならと、小さく取り分けた物をジルの口許に持っていった。それをジルは小さく口を開けて食べてくれた。
 
 そうやって少しずつ食べさせていき、ジルが首を横に振ったところで食事は終わった。
 疲れていそうだったから、ソファーで寛ぐ事にする。ソファーテーブルにアデラがお茶を用意してくれた。

 未だジルは気落ちしたままで、俺の腰に抱きついた状態で離れない。きっと不安で怖くて仕方がないのだろう。さっきの事は、意図した事じゃないのは明白だ。自分の力が勝手に暴走した状態が恐ろしかったのだろな。


「リーン……」

「ん? どうした?」

「私……どうなっちゃうの……?」

「ジルは何も変わらないよ。ジルはジルだ」

「でも怖くて……さっき夢で……神官達とヒルデブラント陛下が出て来てね……ミイラみたいになってて、蠢いてて、私にお前のせいだって言って追いかけてくるの……」

「それは……怖かったな……」

「急いで逃げて……でも上手に走れなくて、足が縺れるような感じで速く走れなくて……そうしたら捕まれそうになったの……怖くて怖くて……嫌だって思ったら叫んでたみたいなの……私、自分の声に驚いて飛び起きたら、目の前があんな事になってて……」

「そうだったんだな……」


 俺はギュッとジルを抱きしめた。自分の意思とは関係なく、勝手に意に反した状態が目の前で起こっていれば誰だって戸惑う。
 
 しかし、あの力が闇の力なのか……? 

 物が飛び交うのは百歩譲って受け入れよう。だがあの黒い影のようなモノは一体なんだったのか……
 何もせずに数体、辺りをユラユラと徘徊しているような感じだった。あれはなんなのか……

 
「部屋……片付けなくちゃ……」

「そうだが……でも、ジルはなにもしなくていい。他の人達に任せよう」

「ううん……」


 あの惨状をジルに見せたくなくて、片付けると言ったジルを止めようとしたが、ジルは不意に立ち上がった。それでも俺の腕を離さないから、俺はジルに連れられるように寝室の扉の前に立った。

 ジルは扉に手を当てると、手から光が出てくる。扉全体が淡く光って、それが落ち着くとジルは扉から手を離した。

「もう大丈夫」
と言ったジルが扉を開けようとしたので、腕を掴んでそれを止める。
「まずは俺が見るから」
と言って、扉をカチャリと小さく開け、自分だけが隙間から伺うようにして中を見た。
 そこには以前と変わらない、綺麗な状態の部屋があった。

 壁にかかっていた絵画はそのままに、サイドテーブルも椅子もいつもと同じ場所に置かれてあって、その上に水差しもある。窓辺には花瓶が置かれてあり、生けられていた花も生き生きとしていた。

 ジルは扉を大きく開けて中を確認し、ホッと一息ついた。

 流石ジルだ。一瞬で壊れた物全てを復元できるなんて……
 
 しかしまた怖い夢を見てしまったら、ジルはさっきのように力を暴発させてしまうのだろうか。
 
 ジルを一人で寝かせる訳にはいかなくなったな……

 



 
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