ただ一つだけ

レクフル

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ひたすら修行

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 俺はアンスラン公爵家の養子となるようだ。

 とは言っても、本格的に後を継ぐという感じではないらしい。継ぎたければどうぞ、という状況らしく、継ぐ気がないのであれば弟の息子に継がせるのだそうだ。

 俺は名ばかりの公爵令息となってしまったのだ。

 これは公爵家に力をつける為の策で、現在国王派に付く公爵家の力が弱っているから、聖女のジルを王女にしようとの考えが出てきたそうだが、そんな事はしたくないシルヴェストル陛下は、ジルに頼らずに公爵家に力を付ける為に出した苦肉の策と言った感じだった。

 俺ごときが養子になったところで何も変わらないように感じるが、どうやらそうではないらしい。
 まぁ、現在俺はジルの付属品的な存在になっているから、それだけでも利用価値はあるのだろうが……

 やはり俺の力をもっと向上させないといけないな。今はジルに頼りきった状態になっているのが、やはり男として情けなく思えてくる。

 だから出来ることをしていこう。それが俺に課せられた事だと思うからだ。

 模擬戦をしてから、俺は周りから好戦的な目を向けられたのだが、それは決してジルの事だけでそう見られた訳ではなかった。
 俺の剣技がこの国のものとかなり違っているらしく、訓練をつけて欲しいと正式に依頼が来たのだ。
 断る理由もなかったし、俺は快く承諾した。結局俺は騎士団と縁があるのだろうな。
 
 今日はこれから騎士舎に行くのだが、ジルもついてくるみたいだ。
 ジルは聖女と言っても、とくに何もする事はない。存在するだけで瘴気を勝手に祓っているのだ。だから健康的に元気に機嫌良くいてくれれば、それで何も問題はない。

 最近、病気で寝込んでいた人の体調が良くなってきたとの報告をチラホラ聞く事もあるようで、それももしかしたらジルの力でそうなっているのかも知れないと、シルヴェストル陛下は言っていた。
 これが本当にそうなら、ジルは凄すぎる。女神と崇められても納得できる。
 
 だけどジルは全く自覚がない。自分が特別だとは分かっているようだが、そのせいでこれまで虐げられてきたから、それが良いことだとは思っていないのだ。

 容姿についても、今までかなり酷い扱いを受け暴言を吐かれてきたから、綺麗だとか美しいとか言われても、社交辞令みたいに思っているようだ。聖女だから、皆はそう言わなくちゃいけないと思っている、と考えてるのだ。
 
 まだジルは心に負った傷は癒えて等いない。普段は明るく朗らかだから、誰もジルの過去が酷いものだったとは分かっていない。分かって貰おうとは思わないが。
 ジルは未だに夜はまだうなされているし、この国の神官や神官に似た格好をした人を見ると恐怖に怯えて震え、動けなくなっている。
 
 まだ時間は掛かるかも知れないが、いつか何にも怯えずに、穏やかに過ごせるようになれば良いなと思っている。
 

「ねぇリーン、これから毎日忙しくなっちゃうの?」

「そうだな……ここで何もせずにいるより、俺に出来る事があるならしていきたいと思っているしな。それに、魔法ももっと使いこなしたいし」

「そう、なんだね……」

「どうした? そんな悲しそうな顔をして」

「だって……リーンと一緒にいる時間が少なくなっちゃうもの……」

「ジル……でも騎士との訓練と、魔術師の講義を受けるのはジルも来るんだろ?」

「もちろん行くよ! 行く、けど……」

「けど?」

「だって……皆の前じゃあまりくっついたりしない方が良いんでしょ?」

「それはそうだけど……誰かにそう言われたのか?」

「うん、アデラに。淑女は謹み深く、殿方の支えになるべき存在なんだって言ってた。人前で無闇にくっついたりしちゃダメなんだって……」

「淑女か……まぁ、そうだな」

「じゃあ、いつリーンとくっついたらいいの? 二人きりになったらダメだって言うし、夜寝る時も一緒の部屋はダメだって言うし……」

「ジル……」


 貴族社会では、婚約者であっても無闇に触れ合ったりできない。結婚して初めて堂々と触れ合えるのだ。まぁ、それでも人前でキスをしたりはなるべく避けた方が良いんだろうが……

 今まではそんな事を言われなかったジルには、かなり抑圧されてるように感じるのだろう。
 ようやく人と触れ合える感覚を覚えて、それが安心できるものだと理解したジルは、触れ合いたくて仕方がないのだろうな。
 通常であれば、幼い頃に親に愛情を注がれて育つから、基盤となるものが出来上がっているんだろうが、ジルは今それを構築させたいのだろう。無意識だろうけど。

 夜、部屋は別々に寝ているが、実は俺はいつもジルの部屋の前にあるソファーで仮眠している。前みたく、ジルが夜中に魘されたり叫んだりした時に、すぐに駆け付けられるようにシルヴェストル陛下が設置してくれたのだ。
 そんな事は知らないジルの不満は溜まる一方なのだろうな。


「ジル、もう少し待ってくれないか?」

「もう少し? それはどれくらい?」

「そうだな……俺がもっと強くなったら……かな」

「どうして強くなる必要があるの?」

「ジルの傍にいる資格を主張できるからだ。俺を皆に認めさせないといけないからな」

「リーンは今のままでも充分強いよ」

「それでもだ。だからこれから訓練するんだ。俺だってジルに触れたい。でも今は……」

「じゃあ、手を繋ぐのは? それもダメ?」

「……それくらいなら良いかな」


 言うとすぐにジルは指を絡ませるように手を繋いできた。そんな事一つにドキッとしてしまう。
 可愛い……このまま抱きしめてしまいたい……
  
 ジルより、俺の方が我慢していると思う。触れたくて、色んな事をしたくて仕方がないのは俺の方なのだ。
 マジで男の性欲を舐めないで貰いたい。

 しかし今は我慢だ。俺が我慢しないでどうするんだ。これは本当に修行だな。

 そうやって二人で手を繋いで騎士舎に向かう。とは言え、後ろに護衛の騎士も侍女もついてきている。何処であっても二人きりになんてさせて貰えない。

 一刻も早く強くならなければ……

 俺の方が耐えられなくなりそうだから!




 
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