ただ一つだけ

レクフル

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今後について

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 シルヴェストル陛下は思い出しながら表情を変え、しかし落ち着いた口調で、ジルに伝えるべき事としてゆっくりと話してくれた。

 ジルは時折目に涙を浮かべながら、シルヴェストル陛下の話を聞いていた。


「ジュディスを見つけたと言うよりは、そちらから現れてくれた、と言うのが正しいが。しかし、やはり生きていてくれた。それだけで充分だ」

「メイヴィス……お母さん……」

「そうだ。ジュディスはメイヴィスによく似ておる。まるでメイヴィスが目の前にいるような気さえしてくる」

「でも……私は……」

「すぐに受け入れずとも良い。共に過ごせば、互いに歩み寄っていけようぞ」

「え……共にって……?」

「ジュディスがこの城で余と共に暮らすと言う意味だったが……嫌なのか……?!」

「い、嫌とか、そう言うんじゃないです、けど……!」

「けど何だ?! 他に行くべき所があるのか?! そなた達はフェルテナヴァル国から逃げてきたのであろう?! 他に何処に行くというのか?!」

「それは、そう……ですけど……!」

「陛下、そんなに興奮なさらないでくださいませ。聖女様が困っておいでです。まずは聖女様のご都合をお聞きにならなければなりませんよ。落ち着いてください」

「そ、そうか……そうだな、アデラ……」

「失礼ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「う、うむ。リーンハルトと言ったな。申してみよ」

「その……ジルに危害を加えた陛下の奥方様……は、今どうされていらっしゃるんでしょうか?」

「ユスティーナか……メイヴィスに危害を加えた罪、そしてジュディスを殺害した罪により、幽閉された」

「幽閉ですか……」

「犯した罪に対して軽い量刑だと思うか?」

「あ、いえ……」

「ユスティーナは……あの時気が触れてしまったままだ。今もあの頃の状態で過ごしているのだ。これは全て……余の責任だ……」

「そうなんですか……」

「ジュディスは許せぬかも知れぬが……ユスティーナをあんな状態になるまで放っておいたのは余なのだ。勿論、メイヴィスとジュディスにした事を余とて許す事はできなかった。だが、ユスティーナだけが悪い訳ではない……」

「あの、その人に会う事はできますか?」

「ユスティーナとか?!」

「はい」

「しかしユスティーナはジュディスに刃を向けたのだぞ?! ジュディスは殺されそうになったのだぞ?!」

「でも、私は生きてます。元気です。だから会ってみたいです。会って話がしてみたいです」

「だが……あの状態では……」

「陛下はお会いになられてるのですか?」

「時々、だ……様子を伺うだけで、直接会う事はない。余はユスティーナが……憐れでな……いや、そう思うこと事態がいけないのだ。それは分かっている。分かっているのだが……」

「分かっています。責めるつもりはありません。だから会わせてください。お願いします」

「……余と一緒に、だ。それから護衛をつける。二人きりで会わせる事はしない。それでも構わぬか?」

「はい。ありがとうございます」

「礼など……」


 そう言うとシルヴェストル陛下は眉間にシワを寄せ、何かを耐えるような表情をした。

 最愛の人と娘を自分の元から引き離したのは、大切な家族と思っていた人だった。それは受け入れがたい事だっただろう。そして今も、シルヴェストル陛下は誰よりも自分を責めている。責め続けている。
 それを分かってかどうなのか、ジルは自分を殺そうとしたユスティーナに会いたいと言う。

 何を思ってなのか……

 しかし聖女であるジルが、自分にされた事と母親にされた事の復讐をする等、有り得ないと考える。だからシルヴェストル陛下も許可したのだろう。

 ジルは心の綺麗な子だ。今までかなり酷い虐げられ方をしてきたのに、誰の事も恨んではいないし、誰の事も悪くは言わない。
 だから守りたいと思う。もうこれ以上ジルが傷付かないように、どんな悪意からも守ってやりたいと思う。

 だから常に傍にいたい。誰よりも傍にいたい。それが許されるのであれば……


「今日はジュディスも疲れたであろう。ユスティーナと会うのは明日で構わぬか?」

「はい」

「それから今後の事だが……ジュディスはここで……余の傍で暮らして欲しいのだが……」

「それは……」


 まだどうして良いか分からない様子のジルは、俺の腕にギュッと抱きついた。きっと不安なのだろう。


「陛下、その事についてはジルと二人で話してみても良いですか? 私達は二人で旅をしようと考えていたので……」

「うむ……リーンハルト殿はどういう考えなのか?」

「私は……ジルの安全を思えば、ここで暮らした方が良いと考えております」

「そうか! うむ、そうであろうな! では、ジュディスと話をするが良い!」

「はい」


 俺の考えを聞いて、シルヴェストル陛下は目を輝かせた。本当に分かりやすい方だ。
 シルヴェストル陛下はジルの傍からなかなか離れたがらなかったが、やって来た侍従に急ぎの仕事を伝えられ、渋々ここを離れて行かざるを得なかったようだ。
 出て行く時は晩餐を共にしようと言い残して。

 残された俺達は、侍女のアデラと執事や他の使用人に遠巻きに見つめられながら、何とも過ごしにくい状況下にいた。
 しかし、さっきシルヴェストル陛下にも言ったように、今後どうするのかを話し合わなければいけない。


「なぁジル。ジルはこれからどうしたい?」

「私は……リーンとずっと一緒にいたい……」

「そうか……」

「一緒にいられるんだったら、どこでも良いの。あ、でも……」

「え?」

「フェルテナヴァルには……戻りたくない……」

「あぁ、それは勿論だ。俺もフェルテナヴァルに戻るつもりはないよ」

「えっと……でも……」

「ん? どうした?」

「ううん、何でもない」

「そうか? ……陛下はジルにずっとここにいて欲しいと思っているだろうな。その気持ちは分かるが……ジルはここで暮らす事に抵抗はあるか?」

「ここで暮らす……」

「どうだ?」

「まだよく分からない……けど……」

「けど?」

「なんかね……ここが自分のいるべき場所って、そんなふうに思えなくて……」

「そうなのか?」

「ここが嫌とかじゃないの。その、陛下は優しいし、ここにいる人達は多分、私に嫌な事をしないだろうし……」

「そうだな。ジルはここにいれば守られるだろうな。それは何処にいるより安全なんじゃないかと思う」

「でも……」

「無理にとは言わないよ。行くあては無かったんだ。暫くここに滞在しながら考えても良いんじゃないか?」

「うん……そうだね……」


 ジルは不安そうに、また俺の腕をギュッと抱きしめてから、頭を肩にスリ寄せてくる。不安な気持ちになるのは仕方がない。今までの事を思えば尚更だ。

 もしジルがここに残るとなったら、俺はどうすれば良いのだろうか。俺はジルと離れようと思っていないが、それを陛下は許すのだろうか。それだけが気にかかる。

 要するに、俺は今後もジルの傍にずっといたいのだ。ジルが何処に行こうとも、離れたくないのだ。

 あぁ……シルヴェストル陛下がメイヴィスを離せなかった気持ちが痛いほどに分かってしまう……

 誰にも渡したくない。自分だけのモノにしたい。

 そうだ、俺はジルを……愛しているのだ……



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