ただ一つだけ

レクフル

文字の大きさ
上 下
84 / 141

シルヴェストルの過去・1

しおりを挟む

 別荘に連れ帰った少女を、そのまま私は王都にある王城へと連れて行った。

 少女が何も喋らず、何処から来たのかも分からない状態と言うのが前提にあったのだが、何より私が少女と離れたくなかったからだった。

 もちろん従者や側近からは初めかなり反対されたが、少女の笑みを見たが最後、絆されたように連れて行く事に何も言えなくなったようだ。

 この少女はなんなのだろうか。

 幼い頃より王子としての教育を施されてきた。王子は私が一人だけだったから、このまま問題がなければ次期国王として私が継承するのは決まっている事だったからだ。

 未来の国王として、通常の勉学に加え、政治、経済等も平行して学んでいく。もちろん、マナーやダンス、淑女に対する紳士としての対応も叩き込まれた。
 
 王妃であるたる母上からは、女性の対応は厳しく教え込まれてきたし、女性の嫉妬による事件等も詳しく教えられた。
 だから女性を蔑ろにしてはいけない事も分かっていたし、迂闊に手を出すような事はないようにと心掛けていた。

 それに、私には既に婚約者がいる。

 公爵家の令嬢、ユスティーナがその人だ。

 幼い頃より政治的に結ばれた婚約だったが、私達は未来の国王と王妃として、互いにこの国を支える同志のように感じていて、女性としての愛情はなかったかも知れないが、家族愛のようなものは感じていた。

 王妃教育が厳しいらしく、ユスティーナは時々庭園で一人こっそり泣いている事もあり、それを見つけては寄り添うように励ましたりもした。
 お互いに励まし合い、支え合える関係であったのだ。

 だからハニートラップのような事には陥らないと、そのような教育を成されてきたから自分はそうならないと、私は高を括っていたのだ。

 それがこの少女の前では脆くも崩れ去った。

 こんな10歳程の幼い少女に、私は女性としての目を向けてしまっているのだ。

 そんな自分にも驚いたし、悩みもした。自分はそういう趣味趣向だったのかと……
 しかし、将来有望の可愛いと言われる幼い令嬢を見ても、何一つ心は動かなかった。例外はあの少女だけなのだ。

 何処の誰かも分からない少女に、当然周りの者達は困惑した。それは国王である父上も、王妃である母上もだ。 
 しかし少女を一目見て、苦言を呈する事はされず、この王城で世話する事を許された。

 環境が大きく変わったからか、少女は現状を受け入れる事に戸惑いがあったようで、傍に私がいないと不安で一人泣いている事が多いようだった。
 それが更に庇護欲をそそられ、私は時間さえあれば少女と共にいるようになった。

 少女は喋られないようだった。言葉は理解しているようだが、口をハクハクさせるだけで音として出せないようだった。
 文字も書けないから、講師をつけて勉強させた。
 少女は字が書けるようになると、私に名前を書いて教えてくれた。

 拙い字で『わたしのなまえは メイヴィス』と書かれた文字を見て、私は嬉しくてメイヴィスを抱きしめて泣いてしまった程だった。

 メイヴィスは何故か他の者達に心をあまり許さず、私にだけなついてくれていた。それが更に私の心をメイヴィスに縛り付けられる要因となった。

 しかし、メイヴィスは恐らく平民だ。どんなに想っても、王妃とはなれない存在なのだ。
 それに私にはユスティーナという婚約者がいる。魔法学園を卒業すればすぐに婚姻する事となっている。
 由緒正しい旧家である公爵家の令嬢であるユスティーナは王妃として非の打ち所がなく、容姿も性格も何一つ問題はない。

 メイヴィスに会わなければ、私はユスティーナを生涯の伴侶とし、穏やかな夫婦生活をおくっていたであろう。
 
 だが、私はメイヴィスに会ってしまったのだ。心を乱される唯一無二の存在であるメイヴィスに出会ってしまったのだ。

 夏期休暇が終わり、学園の授業が再開されてから、私は寮に入っていたのを引き上げ、王城から通うことにした。通えない距離ではなかったが、通学に一時間半程掛かる事から寮暮らしにしていたのを、メイヴィスに毎日会いたいが為に寮ではなく、王城に帰る事にしたのだ。

 夏期休暇中に私の様子が変わったように感じたユスティーナから、何度も話をしたいと求められたが、どう言って良いか分からずに避ける日々を繰り返していくようになった。

 しかし、避け続ける訳にはいかなかった。

 夏期休暇を迎えるまでは、私達は憧れの恋人同士と周りから言われていたようで、それが休み明けになった途端に二人で会うことすらせずに、用事が終わるとすぐに王城へ帰るようになった私を見て、ユスティーナへの気持ちが冷めたとか、他に好きな人ができたのではと言う噂が囁かれるようになったのだ。

 それはあながち間違ってはいなかった。私はメイヴィスの事しか考えられなくなってしまったからだ。

 しかし、この婚約を破棄する事は簡単にはできない。
 国内で大きな影響力を持つ公爵家の令嬢であるユスティーナと婚約を結んだのは、王家をより強固な存在へとする為だ。
 王子として生まれた私は、この事を幼い頃より言い聞かせられてきて、それを当然のように受け入れてきたからこそ、今の自分の行動を自分自身が納得できていないのだ。

 それでも、心は求めてしまう。メイヴィスただ一人を……

 自分の気持ちに蓋をして、この国の為にユスティーナ一人を愛そうと何度も考え、メイヴィスに会わないようにしようとした事もあった。けれどそれは出来なかった。

 メイヴィスと会わないようにした日、私は寝室で一人眠っていた。筈だった。
 だが、気付けばメイヴィスの部屋の前で騎士達に取り押さえられているような状態。聞けば、私はフラフラとメイヴィスの部屋の前まで来て、騎士が止めるのも聞かずに扉をこじ開けようとしていたそうなのだ。

 夢遊病のような状態になった自分に驚く。仕方なく学園にある寮の自室に泊まる事にする。しかし、気付けば私は一人夜に寮を抜け出し、王城への道を歩いていたのだ。

 自制が効かない。こんな事になるとは自分でも思っていなかった。そして、私と会わない日があるとメイヴィスは、気落ちしたように暗い表情になり、食事も摂れなくなると聞いた。
 そんな事を聞かされれば、もう会わないなんてできる筈もなかった。

 自分でも抑えられない状態が続き、私は卒業を迎えた。
 卒業と共に婚礼の儀を行う事になっていて、その準備も着々と進んでいた。

 このままではいけないと、私はユスティーナと話をする事にした。

 メイヴィスの事を告げると、ユスティーナは知っていたと言った。私がメイヴィスに心を奪われている事をユスティーナは知っていたのだ。
 それでも、自分は王妃として教育されてきたのだから、構わないと言ってユスティーナは微笑んだ。私は申し訳なくて、ただユスティーナに謝る事しかできなかった。

 しかしこの時ユスティーナは、メイヴィスへの思いは一過性のもので、幼い頃から培ったこの関係が、日々一緒に過ごすうちに、また自分へと戻ってくると思っていたようなのだ。
 だから今はそれまで我慢するしかないと。そう思って、ユスティーナは私と婚姻を結んだのだ。

 しかしそうではなかった。

 この想いは消えるどころか、日に日に強くなっていったのだ。




 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...