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シルヴェストルの過去・1
しおりを挟む別荘に連れ帰った少女を、そのまま私は王都にある王城へと連れて行った。
少女が何も喋らず、何処から来たのかも分からない状態と言うのが前提にあったのだが、何より私が少女と離れたくなかったからだった。
もちろん従者や側近からは初めかなり反対されたが、少女の笑みを見たが最後、絆されたように連れて行く事に何も言えなくなったようだ。
この少女はなんなのだろうか。
幼い頃より王子としての教育を施されてきた。王子は私が一人だけだったから、このまま問題がなければ次期国王として私が継承するのは決まっている事だったからだ。
未来の国王として、通常の勉学に加え、政治、経済等も平行して学んでいく。もちろん、マナーやダンス、淑女に対する紳士としての対応も叩き込まれた。
王妃であるたる母上からは、女性の対応は厳しく教え込まれてきたし、女性の嫉妬による事件等も詳しく教えられた。
だから女性を蔑ろにしてはいけない事も分かっていたし、迂闊に手を出すような事はないようにと心掛けていた。
それに、私には既に婚約者がいる。
公爵家の令嬢、ユスティーナがその人だ。
幼い頃より政治的に結ばれた婚約だったが、私達は未来の国王と王妃として、互いにこの国を支える同志のように感じていて、女性としての愛情はなかったかも知れないが、家族愛のようなものは感じていた。
王妃教育が厳しいらしく、ユスティーナは時々庭園で一人こっそり泣いている事もあり、それを見つけては寄り添うように励ましたりもした。
お互いに励まし合い、支え合える関係であったのだ。
だからハニートラップのような事には陥らないと、そのような教育を成されてきたから自分はそうならないと、私は高を括っていたのだ。
それがこの少女の前では脆くも崩れ去った。
こんな10歳程の幼い少女に、私は女性としての目を向けてしまっているのだ。
そんな自分にも驚いたし、悩みもした。自分はそういう趣味趣向だったのかと……
しかし、将来有望の可愛いと言われる幼い令嬢を見ても、何一つ心は動かなかった。例外はあの少女だけなのだ。
何処の誰かも分からない少女に、当然周りの者達は困惑した。それは国王である父上も、王妃である母上もだ。
しかし少女を一目見て、苦言を呈する事はされず、この王城で世話する事を許された。
環境が大きく変わったからか、少女は現状を受け入れる事に戸惑いがあったようで、傍に私がいないと不安で一人泣いている事が多いようだった。
それが更に庇護欲をそそられ、私は時間さえあれば少女と共にいるようになった。
少女は喋られないようだった。言葉は理解しているようだが、口をハクハクさせるだけで音として出せないようだった。
文字も書けないから、講師をつけて勉強させた。
少女は字が書けるようになると、私に名前を書いて教えてくれた。
拙い字で『わたしのなまえは メイヴィス』と書かれた文字を見て、私は嬉しくてメイヴィスを抱きしめて泣いてしまった程だった。
メイヴィスは何故か他の者達に心をあまり許さず、私にだけなついてくれていた。それが更に私の心をメイヴィスに縛り付けられる要因となった。
しかし、メイヴィスは恐らく平民だ。どんなに想っても、王妃とはなれない存在なのだ。
それに私にはユスティーナという婚約者がいる。魔法学園を卒業すればすぐに婚姻する事となっている。
由緒正しい旧家である公爵家の令嬢であるユスティーナは王妃として非の打ち所がなく、容姿も性格も何一つ問題はない。
メイヴィスに会わなければ、私はユスティーナを生涯の伴侶とし、穏やかな夫婦生活をおくっていたであろう。
だが、私はメイヴィスに会ってしまったのだ。心を乱される唯一無二の存在であるメイヴィスに出会ってしまったのだ。
夏期休暇が終わり、学園の授業が再開されてから、私は寮に入っていたのを引き上げ、王城から通うことにした。通えない距離ではなかったが、通学に一時間半程掛かる事から寮暮らしにしていたのを、メイヴィスに毎日会いたいが為に寮ではなく、王城に帰る事にしたのだ。
夏期休暇中に私の様子が変わったように感じたユスティーナから、何度も話をしたいと求められたが、どう言って良いか分からずに避ける日々を繰り返していくようになった。
しかし、避け続ける訳にはいかなかった。
夏期休暇を迎えるまでは、私達は憧れの恋人同士と周りから言われていたようで、それが休み明けになった途端に二人で会うことすらせずに、用事が終わるとすぐに王城へ帰るようになった私を見て、ユスティーナへの気持ちが冷めたとか、他に好きな人ができたのではと言う噂が囁かれるようになったのだ。
それはあながち間違ってはいなかった。私はメイヴィスの事しか考えられなくなってしまったからだ。
しかし、この婚約を破棄する事は簡単にはできない。
国内で大きな影響力を持つ公爵家の令嬢であるユスティーナと婚約を結んだのは、王家をより強固な存在へとする為だ。
王子として生まれた私は、この事を幼い頃より言い聞かせられてきて、それを当然のように受け入れてきたからこそ、今の自分の行動を自分自身が納得できていないのだ。
それでも、心は求めてしまう。メイヴィスただ一人を……
自分の気持ちに蓋をして、この国の為にユスティーナ一人を愛そうと何度も考え、メイヴィスに会わないようにしようとした事もあった。けれどそれは出来なかった。
メイヴィスと会わないようにした日、私は寝室で一人眠っていた。筈だった。
だが、気付けばメイヴィスの部屋の前で騎士達に取り押さえられているような状態。聞けば、私はフラフラとメイヴィスの部屋の前まで来て、騎士が止めるのも聞かずに扉をこじ開けようとしていたそうなのだ。
夢遊病のような状態になった自分に驚く。仕方なく学園にある寮の自室に泊まる事にする。しかし、気付けば私は一人夜に寮を抜け出し、王城への道を歩いていたのだ。
自制が効かない。こんな事になるとは自分でも思っていなかった。そして、私と会わない日があるとメイヴィスは、気落ちしたように暗い表情になり、食事も摂れなくなると聞いた。
そんな事を聞かされれば、もう会わないなんてできる筈もなかった。
自分でも抑えられない状態が続き、私は卒業を迎えた。
卒業と共に婚礼の儀を行う事になっていて、その準備も着々と進んでいた。
このままではいけないと、私はユスティーナと話をする事にした。
メイヴィスの事を告げると、ユスティーナは知っていたと言った。私がメイヴィスに心を奪われている事をユスティーナは知っていたのだ。
それでも、自分は王妃として教育されてきたのだから、構わないと言ってユスティーナは微笑んだ。私は申し訳なくて、ただユスティーナに謝る事しかできなかった。
しかしこの時ユスティーナは、メイヴィスへの思いは一過性のもので、幼い頃から培ったこの関係が、日々一緒に過ごすうちに、また自分へと戻ってくると思っていたようなのだ。
だから今はそれまで我慢するしかないと。そう思って、ユスティーナは私と婚姻を結んだのだ。
しかしそうではなかった。
この想いは消えるどころか、日に日に強くなっていったのだ。
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