ただ一つだけ

レクフル

文字の大きさ
上 下
81 / 141

記憶を読む

しおりを挟む

 王城の一室で、私は出されたお茶を両手で包み込むように持って、少しずつ飲み込んでいった。

 温かいお茶は喉を通りすぎていき、ゆっくりと体を温かくしていってくれる。

 目の前には色とりどりの果物が乗った食べ物が置かれてあって、それが綺麗でなんだか美味しそうで、思わずジーって見つめてしまう。


「ジュディス、その……少しは落ち着いた、かな?」

「…………」

「ジュディス?」

「え? あ、私の事ですか?」

「ハハハ、そうだ」

「はい。その……さっきはすみませんでした」

「いや、ジュディスは悪くはない。何も悪くはないのだ」

「じゃあ、どうしてさっき、怒ったのですか?」

「……そなたの記憶を見たのだ。余はそうできる力を持っていてな。そなたがどうやって生きてきたのかを垣間見れば、我が娘と分かるだろうと、そう思ってな」

「記憶を……」

「勝手な事をして申し訳なかった。少しでも確証が欲しかったのだ。いや、疑っている訳ではない。そなたは間違いなく我が娘だ。それは自信を持って言える」

「でも……」

「幼い頃の僅かな記憶に、メイヴィスの姿が見えた。やはり間違いはなかった」

「お母さん……?」

「そうだ。だがそれは一瞬で、殆どの記憶が見るに耐えぬほど酷いものだった……っ!」

「あ……」

「すまぬ……余は何も知らなかった……何もしてやれなかった……怖かっただろう。辛かっただろう。寂しくて痛くて悲しかっただろう……」

「陛下……また涙……」

「大丈夫だ。辛い思いをしたのはジュディスだったのに、余が泣く等……しかし、許せぬ……あの国を余は絶対に許せぬっ!」

「……っ!」

「陛下! その顔はいけませんよ!」

「え? あ、ジュディス! 違う、違うのだ! 余は怒って等いない! いや、あの国には怒っている! だがそれはジュディスを思っての事で、ジュディスに対して怒っているのではなくてだな……! だ、だから怖がらないで欲しいのだ!」

「……ふふ……」

「ジュディス……」

「もう大丈夫です、陛下。アデラに聞いたから、あまり怖くなくなりました」

「まぁ……なんて素敵な笑顔……」

「ジュディス……あぁ……余の娘よ……」


 そう言って、陛下は両手を大きく広げて私に近づこうとしたので、それをまた両手を前にして阻むようにする。
 悪い人じゃないだろうけど、まだこれはダメだって思うから。


「あ、ちょっ、ちょっと待ってください! 抱きつくのはまだダメです!」

「そ、そうか……」

「陛下、少しずつですよ」

「アデラ……そうだな」

「聖女様、うちのパティシエ自慢のスイーツでございます。何か召し上がられませんか?」

「スイーツ……凄く綺麗で美味しそう……」

「えぇ。美味しいですよ。どちらを召し上がられます?」

「えっと……今は、いい……」

「あら、そうでございますか?」

「あとでリーンと食べたいの」

「リーン……その男が……ジュディスは……その……」

「リーンは何処ですか? 会いたいです。陛下、リーンは何処にいますか?」

「……呼び寄せよう」

「ありがとうございますっ!」


 私が嬉しそうにお礼を言うと、陛下も嬉しそうに笑ってくれた。

 陛下は私の記憶を見たと言った。多分、私が神官やヒルデブラント陛下から受けた、実験と称した拷問のような日々を見たんじゃないかな。
 だから怒ったのかな。私の為に怒ってくれたのかな。

 私の記憶だけ知られて、それはなんだかズルいって言うと、アデラは陛下の幼い頃の話をしてくれた。

 赤ちゃんの頃はよく泣いて、夜通しあやしたとか、ヤンチャで庭園にある花を片っ端から剣を振り回して斬ってボロボロにして王妃様に怒られたとか、冒険者の真似事をして従兄弟と森に入って迷って泣いてたとか、そんな話を楽しそうにアデラは教えてくれた。

 その度に陛下は、
「それは言うな!」
とか
「違う、泣いて等いない!」
とか言って、焦りながらアデラの話を妨害しようとしていた。
 だけど私が楽しそうに聞いてるのを見て、陛下は結局アデラに話を止めさせる事はしなかった。

 陛下は優しい人なのかな……

 私が知っている高貴な人達は、みんなみんな怖かった。 

 だからまだ慣れなくて、私は少し距離を置いて陛下を見てしまうけど、陛下は私が離れようとする度に距離をつめるように近寄ってきて、ソファーの端に追い詰められたところでアデラに怒られて、仕方なく元の位置に戻るという事が何度か続いた。

 そうしている時、扉がノックされてリーンが姿を現した。

 良かった! リーンは何もされてなかった!

 そう思ったら嬉しくて、すぐに駆け寄って抱きつきにいく。
 リーンも私を抱きしめてくれて、それが凄く嬉しくて頭をグリグリってリーンの胸に擦り付けてしまう。

 リーンは微笑んで私の顔を見て髪を見て、それから私の手を見た。優しく手を取って、指で私の指を撫でるようにしてから、そっと口付けた。

 リーンの唇が指に触れた感触に、やっぱり義手よりも感じるんだなって思ったら嬉しくて、もっとして欲しいって思って目を閉じようとしたら、大きな咳払いが聞こえてきた。

 振り替えるように見ると、陛下はリーンを睨んでいるようだった。なんでかな。リーンは良い人なのに。

 リーンは陛下に向かって、キチンと頭を下げていた。リーンがするのを見て、私も同じように頭を下げてみる。リーンの真似していたら、きっと間違いはないよね。

 それを見た陛下は、何故か少し悲しそうな感じになった。表情がよく変わる人だなと思った。

 陛下に座るように促されたリーンは、陛下の前に座った。私はリーンの横に当たり前のように座ると、また陛下は悲しそうな顔をする。なんでそんな顔をするするのかな?
 そんな顔をしないで欲しいと思っちゃう。

 自己紹介が終わり、リーンの前にもお茶が置かれた。


「ねぇねぇ、リーン。このスイーツ、美味しそうだよ。一緒に食べよう?」

「え? あぁ、そうだな。でもその前に話をした方が……」

「そうなの? ……分かった」

「よい。先に食すがよい。ジュディスはお前が来るのを待って食べずにおったのだ。ジュディスの好意を無駄にするでない」

「あ、そう、ですか……」

「あの、陛下……リーンに怒ってますか……?」

「いや、そんな事はない! 怒ってなどいないぞ!」

「良かった!」


 陛下は少しリーンにキツい言い方をしているように感じたけど、気のせいだよね?

 だって、リーンは凄く優しくていい人だもの。きっと陛下もリーンを好きになってくれるはず!

 私はリーンの腕をギュッて抱きしめたまま、リーンに
「ねぇ、どれを食べる?」
とか聞いて、アデラに取り分けてもらう。

 何故かリーンの顔は引きつっているように見えたけど、陛下も悪い人じゃなさそうだし、大丈夫だよね?

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...