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公開処刑

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 何か話題を変えないと!

 ジルにしてしまった事を、どう説明したら良いのか分からずに、俺はただ焦っていた。


「そ、それより、腹減らないか?! 食事に行こう!」

「え? うん……でも……もうちょっとリーンとこうしてたかったなぁ」

「ま、また、今度、な!」

「うん! じゃあ、帰って来たらね!」


 なんて事を嬉しそうに言うんだ、この子は!

 俺がどれだけ我慢してるのか分かってないだろう?! いや、悟られる訳にはいかない。大人として、年上の男として、ジルには接していこうと思っているのに。
 それを根底から崩すような事を、ジルは平気で言ってくれる。

 けどダメだ。俺はジルのこんな所に惚れてしまったのだ。こんな無垢なジル相手に、大人な対応をしようとしてもそうできないのだ。
 
 俺はこんな人間だったのかと、自分でもビックリしてしまう。こんなふうになってしまうのは初めてだ。本気で惚れた相手には、こんなにも狼狽えてしまうんだな。

 ニコニコ嬉しそうに俺を見るジルに、どう説明したら良いのか考えつつ部屋を出る。

 今回も王都の様子を見ようと俺達は宿屋の食堂ではなく、外へ出掛けた。

 さっき歩いた時は人目が気になったので、ジルにフードを被せて歩かせる事にする。これで俺達に目を向ける人達は格段に減った。良かった。

 手を繋いで店を探しながら歩いていると、何やら人が集まっているのが見えた。
 そこは広々とした広場で、恐らく普段は露店や催し物等がそこで展開されているのだろう。
 畳んだ屋台やベンチなんかが端へ寄せられていて、簡易的なステージが設置されてあった。

 そこに皆が足早に集まっているのだ。

 何かあるのかと、俺達もそこに向かいつつ、同じように向かっている人に何が起こるのかと聞いてみた。


「なぁ、何故みんな集まってるんだ?」

「え? あぁ、なんか罪人がな。処刑されるらしいんだ」

「処刑……」

「こうやって公開処刑をするなんて何年ぶりかな。だから大罪人じゃないかなって、皆も興味津々なんだ。どんな奴が処刑されるのか、その顔を拝んでやろうと集まってるんだよ」

「そうなんだな」


 そう言うと、その人は足早に去って行った。
 
 きっと出来るだけ近くで見ようと、皆が急いで駆け寄っているんだろう。


「リーン……処刑って……」

「あぁ……この国も公開処刑なんて事をするんだな。穏やかな人が多いからそんな事をしないと思ってたが……ジル、どうする? 見に行くのは止めておくか?」

「う、ん……ちょっと……」

「そうだな。気持ちの良いもんじゃない。行こう」


 ジルは虐げられてきた。それはきっと、俺が想像するよりもかなり酷い事だったんだろう。

 今でも夜、ジルは怖い夢でも見たのか、叫びながら飛び起きる事がある。そんな時は俺がジルを抱き寄せて慰める。震えて涙を流すジルを見ると心が締め付けられる。
 だが、一番つらい思いをしてるのはジルだ。飛び起きなくとも、うなされている時も多い。そんな状態の時は、優しく頭を撫で続け、囁くように
「大丈夫だよ。もう大丈夫だ」
と伝え続ける。
 こうやってジルの傍にいて、慰める事が出来るのが嬉しい。一人で抱えてきた事を分けて貰えてるように感じるからだ。

 しかし、ジルはその事を覚えていない。朝起きると、何事もなかったようにいつも微笑んでいる。勿論、俺はあえて夜あった事を言うことはない。ジルの心が穏やかであればそれで良いのだ。

 二人でその場を離れようとした時、不意に聞こえてきた言葉に足が止まってしまった。

 
「なんだって?! 偽聖女の処刑だと?!」

「そうさ! 聖女様が帰ってきたって喜んでたら、ソイツは聖女様じゃなかったんだ!」

「なんて大それた嘘をつくんだよ、ソイツは!」

「今も自分が聖女だって言い張ってるみたいなんだ。許せねぇよな!」

「そりゃ処刑されても仕方ねぇ! その面、拝みに行ってやろうぜ!」


 偽聖女……

 ヴィヴィか?!

 ジルと目を合わせると、ジルもヴィヴィの事だと思ったようだった。

 ここは聖女様の生まれる国。この国は昔から聖女様の恩恵に預かっていて、だから聖女様を神聖化してるのは当然の事だと言える。
 そういったものはないが、聖女様を教祖のように敬い崇め、奉っている。この国の皆が聖女様の信者と言っても過言ではないのだ。

 そんな聖女様の名を語る不届き者として処刑がおこなわれるそうなのだ。

 
「リーンっ! それって、ヴィヴィの事だよね?!」

「そうかも知れない……っ!」

「このままじゃ、ヴィヴィは殺されてしまう! 助け出さないと!」

「それはそうだが……」


 どうやって?

 今から処刑されるのがヴィヴィだったとして、俺に何ができる?
 これだけ人が大勢集まってきていて、ステージ下には警護に騎士がズラリと並んでいる。

 俺は魔法を使えるが、この国の人達からすれば、脅威となる程の存在にはなれない。なれる筈もない。ここには魔法を扱える人達が多いからだ。

 ではどうする?

 ジル程の魔法力があれば、この場の皆を蹴散らす位は容易くできるだろう。
 しかし余程の事がない限り、ジルは人に対して魔法を使わない。人相手に魔法を使いたくないのだろう。

 それが分かっているのに、ジルに手を貸して欲しい等と言えない。言える訳がない。

 俺は無力だ。

 民衆を蹴散らす事一つできない。
  
 かと言って、そのままにしておく事に懸念が残る。

 ジルを危険な目に合わせたくない。

 ジルが嫌がる事をさせたくもない。

 つい繋いだ手に力を入れてしまう。ジルも不安げに俺を見つめている。

 あぁヴィヴィ……

 なぜ君はこんな所で断罪なんかされてしまうんだ……

 どうして捕まったりしたんだ……

 そんな、考えてもどうにもならない事が頭に浮かぶ。
 
 とにかく、俺はジルを守らなければ。

 それだけだ。俺がすべき事は、今はそれだけだ。


「リーン、行こう!」

「え? ジル?!」

 
 そう言ってジルは走り出した。

 そんな風に走ったら、脚にまた負担がかかってしまうじゃないか!

 俺が心配のはヴィヴィの命より、ジルの体の方だった。薄情だな、と自分でも思う。でもそうなんだ。心はどうにも出来ないんだ。

 駆けて行くジルを追いかけながら、俺は冷静にそんな事を考えていたのだった。




 
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