ただ一つだけ

レクフル

文字の大きさ
上 下
56 / 141

幸せでなければ

しおりを挟む

 ヴァルカテノ料理店の女将から、俺達はヴァルカテノ国について話を聞いていた。

 そこで、瘴気が広がった原因がヴァルカテノ国にあるらしいと言うことを聞く。

 しかし、ヴァルカテノ国に聖女の生まれる村があったとは……
 

「では今、ヴァルカテノ国はどんな感じなんだ? 瘴気の発現場所であるならば、人が住めないのではないのか?」

「それがね、流石は聖女様の生まれる神聖なる村がある国って事でさ、瘴気はそこまで酷くはならなかったのさ。恐らく神聖なる村の人々が守ってくださってるんじゃないかねぇ? どうやってかは知らないけどね」

「そうなのか? なら、なんでアンタ達は国を離れたんだ?」

「今は然程ひどい状態じゃないってのは分かってるよ。けど当時は分からなかったのさ。いきなり作物の育ちが悪くなってみなよ。農家はみんなパニックだったさ。他にも、漁師達も魚が逃げ出したのか、獲れなくなったって嘆いていたし、猟師もそうさ。そうなりゃ物流が滞る。商人の所に商品が入って来ないからねぇ。鉱山もあったけど、魔物が多く出て取りに行く事も容易く出来なくなったしねぇ」

「それは……そうなるだろうな……」

「あの頃が豊かすぎたのさ。収穫は半減して、これじゃやってけないってんで、アタシ達もあの国から逃げ出すようにここに来たんだけどね」

「逃げ出した人は多かったのか?」

「まぁ、そうだねぇ。多かったかも知れないねぇ。でも、他の国に来て気づいたんだよ。どこに行っても然程変わりは無かったって事がさ。それを知って帰る人達も多かったんじゃないかねぇ?」

「そうなんだな」

「まぁ、アタシ達はこの国が気に入ったから、あれから帰りもせずにずっとここに留まっているけどねぇ」


 ニコニコ笑いながら女将はそう話してくれた。
 そうか……ヴァルカテノ国は、元は自国のモノだから、聖女の物を取り返そうとしている、と言う事なのか……
 
 だから交渉にも応じない。自分達のモノを取り返すのだから、それは必要ない。そう言う事なのか。

 しかし何故シルヴェストル国王は聖女、もしくは神聖なる村に手を出したのか。こうなる事を分かっていなかったのか。そうであれば、とんだ暗君だな。

 店を出て、その情報を他の皆にも共有する。相変わらず俺を狙っている奴は、他の皆とも一線を引くようにいるが、時々俺の様子を見て隙を伺っているように感じる。本当に厄介だ。

 国を跨いでヴァルカテノ国へ向かっているが、我が国フェルテナヴァル国から離れた国はやはりと言うべきか、瘴気の濃い場所が多くあった。
 それでも俺自身が瘴気に侵されないし、一緒にいる騎士の皆もそれに肖っているから、体調を悪くする者は誰もいなかった。

 しかし、なぜ俺がそうなのかと詰め寄られそうな気もしたが、何故かそれはされなかった。ラディム曰く、そんな事はどうでも良くなって、ただ俺の傍にいたくなるような感覚に陥ってしまうのだそうだ。

 この発言に身の危険を感じたが、迂闊に手を出そう等は考えられない事だと言う。それは神聖なモノを汚すような気がする、と言っていたのだ。
「リーンなのに不思議だよな」
って言って、ラディムはハハハって笑っていた。

 そんな中、俺は時間があれば王都に、あの塔に赴いている。相変わらずジルは俺に姿を見せないが、俺の様子を伺っているのは分かる。
 カーテン越しに見えるジルの姿はいじらしくて、愛おしくて、いつも胸が締め付けられる。

 そうやっていつものようにジルを眺めていると、俺の元へ女の人が駆け寄って来た。よく見るとその人は、ジルの傍にいた人のようだった。

 驚いて、この場面を他の人に見られない方がいいと思い、俺とその人の気配を消す魔法をかけた。


「あの、貴方はリーン様でしょうか?」

「え? あぁ、俺はリーンハルトだ。貴女は?」

「私はジル様の侍女をさせて頂いております、エルマと申します」

「そうか。君がジルの傍にいてくれているんだね」

「はい。……あの、リーンハルト様は何故、此方に来られていらっしゃるのでしょうか?」

「え? ……それは……ジルが幸せなのかどうかを確認したいからだ」

「幸せかどうかを、ですか?」

「あぁ。俺は前にここにいた身代わりの聖女、ヴィヴィがずっと不幸だと思っていたんだ。だから助け出したいって、そう思っていた。だけど違った。ヴィヴィはこの塔で幸せに暮らしていたようだった。だからもしジルがここで今幸せに暮らしているのなら、俺はジルの幸せを願ってここにはもう来ないでいようと思っている。だがそうでなければ……」

「ジル様が幸せな訳が……」

「え?」

「ジル様は私にいつも微笑んでくださいます」

「そうか。ジルはやっぱりそうなんだな。アイツはいつも、俺にもそうやって笑ってくれていたんだ。俺はその笑顔がまた見たくて……」

「ですが、一人の時はいつも泣いておいでだと思われます」

「泣いて……? 何故だ?! 何がそうさせている?!」

「ここに国王陛下が来られているのはご存知でしょうか?」

「……あぁ……ジルはヒルデブラント陛下に囲われていると聞いている。王妃にはなれないだろうが、陛下に愛されているのであれば、ジルはなに不自由なく暮らせるのではと……」

「いえ、そうではありません」

「なに? どういう事だ?」

「ジル様は女性として……その対象として囲われているのではありません」

「では陛下はジルに何を求めていると言うんだ?」

「それは……」


 エルマから聞いたジルの状況は、俺が想像を絶するものだった。

 ジルが回復魔法を使えるのは知っていた。だが、自然と自身の体が治癒されていくと言うのは知らなかった。
 それを面白がって、ジルは陛下に嬲られ痛め付けられていたのだ。
 
 そしてそれはあの王城地下にいた頃から行われていた事だった……!

 あの時……

 地下からシルヴォがジルを助け出した時、布団にくるまれ、僅かに顔を覗かせていたジルは泣いていた。震えて、でも何か言いたげで、俺の事を見上げながら目にいっぱい涙を溜めて……

 そんなに酷い目にあっていたのか? それが今も続いているのか……?!

 助け出さなければ……

 一刻も早く、ジルを塔から、この国から助けださなければ!

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...