ただ一つだけ

レクフル

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誤解

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 暫くして神殿から帰ってきたリーンは、先に帰った私をとても気遣ってくれた。優しい。

 すぐに出立したい事を告げると、それにも同意してくれた。本当に優しい。
 食料調達に行くリーンに、いつもは同行するんだけど、なるべくこの街では私は動かない方が良さそうだから、この部屋で待つことにした。

 本当は一緒に行きたい。少しでも姿が見えないと不安になる。このままリーンは帰ってこなくて、私はまた取り残されていくんじゃないかと、そんな事ばかりを考えてしまう。

 そんな思いから、いつもリーンとは常に一緒にいたいんだけど、今日はダメだって思った。こんなに私の魔力に溢れているこの街で歩き回ったら、魔力はこの体に取り込まれ、それから首飾りに取り込まれ、それは王都にある腕輪に取り込まれ、そしてまた分散されていく。
 
 そうやって巡回していってまた帰って来るんだけど、腕輪の魔力は著しく低下するのは目に見えている。今こうやって人々が幸せそうに笑い、生活出来ているのはきっと、神殿に腕輪があるからだろう。それを崩しちゃいけない。それは聖女のする事じゃない。

 そんな考えに至ってハッとした。

 自分で自分を聖女だと思うなんて……

 聖女と言われて、研究と称して様々な実験が私の体を使って行われたけど、あの人達に蔑むように聖女と言われる事が嫌で嫌で仕方がなかった。私にすれば、聖女は差別される対象であったし、虐げられる対象であったし、そうされてきたからだ。

 だけどあの牢獄で、痛みに耐えるのが聖女なのだと、人々の役に立つ事が聖女の役割なのだと、そう言われ続けて私は、知らずに聖女としての矜持をこの身に刻み付けていたと言うのだろうか。

 馬鹿らしくて情けなくて、なんだか笑いが込み上げてきた。喉に魔力を這わせなければ声を出す事一つ出来ないくせに。
 動く事一つ、魔力がなければ自由に出来ない体にされたのに。

 こんな体にされたのは聖女だったから。それにプライドを持つなんて、なんて自分は稚拙なんだろうか。
 
 それでもこの街の人達の笑顔を守りたくって、幸せを取りあげる事は出来なくって、一人部屋で籠っているしか出来ないでいる自分が滑稽に思えてならなかった。
 
 ただの一人の女の子でありたかった。せめてリーンの前だけでは、そうでありたいと願った……


 リーンが帰ってきてから、一番早くに出る乗り合い馬車が出るまではまだ時間があったから昼食を摂り、それからすぐにこの街を出た。

 街が遠ざかると空気に馴染んでいる私の魔力は薄くなっていき、瘴気は徐々に濃くなっていく。街から離れていく事に気持ちは落ち着いたけれど、瘴気が漂っているのが良いと思っているわけじゃない。
 
 王都にある腕輪からここまで魔力を飛ばせるかな……そうしたら少しはここの瘴気は祓われていくのかも知れない。
 目を閉じて、首飾りをグッと握りしめて、意識を王都に飛ばしてみる。頭の中に浮かんできたのは神殿の奥の頑丈な扉に守られた私の左腕。それは朽ちる事なく、私の体にあった時と何ら変わらない状態で存在していた。
 手首に今もなおある腕輪から、私のいる場所まで魔力を届けるように願ってみる。

 するとそれに答えるように、魔力は神殿の天井を突き抜け、王都を飛び出し、私の元に戻って来ようとした。自分の体に戻ったら、また首飾りに吸収されてしまうので、それを止めるようにして結界を張ると、魔力は馬車を追いかけるようにして周りの空気に馴染み、勝手に瘴気を祓っていった。
 
 良かった……

 力を使ったのかどうなのか、何故か凄く眠くなってしまって、それからは次の街に着くまで私はリーンにもたれ掛かって眠ってしまったようだった。

 街に着いたとリーンに優しく起こされて、強く目を擦る私の手をリーンが掴んだ。
 まだそれにはビクッとしてしまう。これが義手だと知れたらどうしようって。そう思ってからは、いつもお父さんに申し訳なく思ってしまう。この手が嫌な訳じゃないよ。ごめんね、お父さん。
 そうやって心の中で謝るしかできないけれど。

 宿屋が決まって、その一階にある食堂で食事を摂っているときに、不意にリーンが聞いてきた。
 
 この先どうするかって。

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。どうするって、リーンとずっとこのまま旅をするつもりでいて、だからこれからもリーンと一緒にいるつもりで……でも違うの? リーンは私と離れたいと思っているの? 
 
 何も言えずにリーンを見詰めていると、リーンは申し訳なく微笑んで、私の口元をハンカチで拭ってくれてから言い聞かせるように話し出した。

 リーンは侯爵家のある王都に、瘴気の調査が終われば帰らなければいけない。
 それまでは二人で旅を続けられるけど、一緒に王都には行けないって。逃げて来たんだろって。

 私のことを魔術師と思っているリーンは、自由を得るために王都から逃げて来たと思っている。それはあながち間違ってはいないけれど、だから王都に帰りたくないだろ? って。

 それからリーンは私が落ち着いて過ごせる場所を探そうって思っていると言い出した。

 そこまで聞いて、私は我慢できなくなった。


「いや、だ……!」

「ジル?」

「離れ、るのは、もう嫌、だ!」

「けど、ずっとは無理だろ?」

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

「ジル?!」

「リーン! 嫌だ! 置いていか、ないでっ!」

「ジル! ちょっと落ち着け!」


 リーンにまた置いていかれる。やっと一緒にいられるようになったのに! それは嫌だ! 絶対に嫌だ!

 そう思うと涙が出てきて止まらなくなった。また会えなくなる。また怖い事が起こるかも知れない。
 考えれば考えるほど怖くなって、呼吸さえ上手く出来なくなってくる。

 そんな状態の私の頭を、リーンは自分の胸に抱き寄せた。そうされて一瞬にして私の思考は止まった。
 それと同時に、心が落ち着いていくのが分かる……


「ジル……俺はジルが嫌いでそう言ってるんじゃないんだ。それは分かるか?」

「……ん……」

「よし、それなら少し部屋で話そう。な?」

「ん……」


 リーンに連れられて部屋で二人で落ち着いて話す事にする。

 それでもリーンの言う事は変わらなくて、それはこの旅の終わりが私達が離れる時だと言うことを告げていた。

 王都には帰りたくない。でもリーンとは離れたくない。

 そんなどうしようもない思いを、リーンも分かってくれていて、私を宥めるように頭を撫でてくれている。それすらも悲しく感じてしまう。

 リーンは私の永住先として、自分が生まれ育った村を紹介してくれようとしている。その気持ちは凄く有難い。他に行きたい場所なんてない。いたいと思うのはリーンのそばだけ。
 だけどリーンの言う事は最もな事で、何より私の事を思って言ってくれているのが分かるからこそ、子供みたいに駄々をこねる訳にもいかなかった。

 ただ、勝手に流れしまう涙は止める事が出来なくて、何度もリーンに拭って貰う事になったけど。

 だけどその時、初めて知ったんだ。

 リーンは私を男だと思っていると言う事を。



 
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