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犯罪者
しおりを挟むウルの話によると、皇帝ジョルディは、ヴァルツがエリアスだと言うことは薄々気づいていたそうだ。
今までオンギアン帝国の安寧を作り上げてきたエリアスを無下にする事等出来る訳もなく、ジョルディはエリアスを守りたいと言ってくれたらしい。
だけど、それを公にする訳にはいかない。脅威の存在を抱え込んだと知れば、属国、同盟国でもオルギアン帝国に不信感を持つだろうから。
それは仕方がない。そうなるのは分かる。
だけど……
「アシュリー、そんなに気にしないでくれ。大丈夫だって言ってるだろ?」
「でも……エリアス……」
「姉ちゃ……」
エリアスに抱きついて、その胸に顔を埋める。ウルが私の様子を見て驚いていたけれど、そんな事は気にならないでただエリアスを抱きしめた。
エリアスはこれまで人々の幸せを守る為に尽力してきた。なのに追われる身になるなんて……しかもそれは私のせいで……
「俺は何も気にしてねぇぞ? まぁ、俺の顔を知ってる奴は少ねぇしな。問題ねぇよ。変装は得意だし。な?」
「うん……」
「力の使い方を間違えたらこうなるんやな……大きな力には責任が伴う……」
「あぁ。分かってる。だから俺は……」
「あ、ごめん、兄ちゃ! 嫌味ちゃうねん! こんな事も踏まえて、兄ちゃは一人でおってんやろ?!」
「ハハ……まぁそうだけどな。俺、こんだけ生きてても何にも学習できてねぇよな。後先考えずに力を使ったのが今回の結果だ。全部俺が悪い」
「そんなふうに言わないで……! エリアスは私を守ってくれたのに! 誰も傷つけてない! 壊れた物も全て復元出来てる!」
「いや……心に傷を残してしまった。痛みの記憶も残ってる。それが一番厄介なんだよ」
「でもっ! エリアスは今まで救ってきたのに! ずっと陰ながら支えてきたのに!」
「分かってくれる人がいるだけで良い。俺にはアシュリーがいてくれる。それだけで良い。さ、俺の事はもう良いから、その後の話をしようか」
「その後……?」
「あぁ。ウルはどう考えてる?」
「うん……えっと……」
「そんな言い辛そうに……まぁ、俺がエリアスとして帝城に行かなけりゃ良いのか。ヴァルツとしてらなら行けるかな。けどそうなるとアシュリーは一人にしてしまう。なるべくウルにも会わない方が良さそうだしな」
「そんな……」
「それか……俺を皆の前で倒すか? なら皆が安心するだろ?」
「え?! 倒すって?!」
「いや、俺、死なないだろ? だから捕まったかなんかして、俺を公開処刑にでもすれば……」
「な、なんで?! そんなの嫌だ! そんなの絶対ダメだ!」
「あたしもそこまでは考えて無かった! そんなん出来ひん! 無理!」
「けどそうした方が皆が安心するだろ? それだけの事を俺はやっちまったんだからな」
「エリアスはそんな目に合って良い人じゃない! 皆を救ってきたのに誰にもそれを分かって貰えない上に処刑だなんて! あり得ないっ!」
「あたしもそれはアカンと思う! あたしがそんなん見たないねん!」
「分かった、分かった。だから泣かないでくれよ。な?」
ウルもエリアスに抱きついて、その無謀な考えを二人で止めるようにしている。だって、こんな事私が嫌なんだ。称えられる事はあっても、罪人として処刑されるとか、そんな事は許せない……!
エリアスは私とウルを慰めるように背中を撫でてくれている。こんなに優しい人をそんなふうに出来る訳がない……!
「俺はアシュリーとウルが分かってくれてるなら、それで充分なんだけどな」
「それでもアカン! あたしはそんなん許可せぇへん!」
「ならどうしようか……引退しろってか?」
「引退?」
「それ、あたしが提案しようと思ってたヤツ。兄ちゃがこの世界を守ってくれてたのはリュカが魔物を抑え込んで、それから呪いに侵された人達を救って亡くなったから、リュカの意思を受け継ぐようにして今まで人々を守ってきたんやろ? けど、もうそろそろ良いやん。兄ちゃは充分過ぎるくらい、人々を守ってきたやん? だからこの世界は平和になったやん?」
「そんな大層な事でもねぇよ」
「大層な事やっちゅーねん! 無自覚か!」
「そうだよエリアス! エリアスは充分この世界に貢献してきたよ!」
「大袈裟だ。ってか、そうするしか無かったからな。一人になって何もしないってのが耐えらんなくてな。だから何かがしたくて動いてただけだ。だから人の為ってより、自分の為だったんだ」
「それやったらもう良いんちゃう? 今度はホンマに、自分の幸せの為に自分に時間使ったりぃや。姉ちゃもいることやし」
「けど稼がねぇと……」
「いや、お金は有り余る程にあるやろ? オルギアン帝国からも毎月結構な額振り込んでるで?」
「そうだけど、ほら、各国にある孤児院とか孤児のいる村とかに寄付出来なくなるだろ?」
「インタラス国の王都コブラルにある孤児院にはこっちから直接支払ってるで? 名義は変えてるけど」
「いや、他にもある。今は二十ヶ所くらいかな……」
「多いな! どんだけ面倒見てるねん!」
「子供達が未来を作っていくんだ。それの手助けは必要じゃねぇか」
「そうやけど! ホンマに甘々やな……こんな人を怖がるとかあり得へんわ……あー、もう皆に言いたい! 兄ちゃが今まで皆にどれだけの事をしてきたか! 大きい声で言いまくりたいわー!」
「だから大袈裟だって」
「そんな訳ないわ! とにかく! 当分兄ちゃは大人しくしとき!」
「けどヴァルツの仕事もあるし、今はロヴァダ国再建もかんでるしな。で、あちこちに置いてるゴーレムに魔力を補充しなくちゃなんねぇし、行商で持って行かなきゃなんねぇもんもあるし、あ、その発注もしなきゃな。で、ウルが行く村の事も……」
「もー! 色々やり過ぎや! ほな、まずは孤児院について! これは各国にオルギアン帝国から働きかける! 税金でどうにか出来るよう会議して決める! 次! ロヴァダ国の事も兄ちゃがおらんでも何とかする! 出来る! で、次! 魔力補充は……」
「あ、それ! 何とか出来るかも!」
「ホンマ?! 姉ちゃ!」
「うん! あ、詳しくはまた後で話す!」
「分かった! ほな次は……えっとなんやったっけ?」
「行商な?」
「そうそう、それ! って、それは兄ちゃじゃなくても出来るやろ?」
「え? けど皆の様子を見に行きたいしな……」
「それは行きたかったら行ったら良いと思うけど……因みにそれは何ヵ所くらいあるん?」
「えっと……詳しく数えた事はねぇから分かんねぇけど……四十ヶ所くらい……か?」
「いや、多いって! よう一人でこなしてきたな!」
「一日に何ヵ所か回れば行けるだろ? ほら、俺空間移動できるし」
「他にも仕事してんのに、ホンマ働きすぎやで!」
「エリアスがしたい仕事はすれば良いと思う。殆ど顔は変えてたんでしょ? なら問題ないんじゃない?」
「そうだな」
「それはもう兄ちゃ達に任せるしかないとして……あと、姉ちゃの村の事。これは……」
「あ、それは私も手伝う! 私の村だから!」
「うん、分かった。ほな、これからは帝城じゃなく村の方へ来てな? 兄ちゃも、帝城は当分行かへん方が良いと思う。「あのエリアスが犯罪者に!」って皆言ってるし……」
「そんな! エリアスが犯罪者なんて……っ!」
「アシュリー、良いから。分かったよ。ほとぼりが覚めるまではそうするよ。それで良いだろ?」
「兄ちゃやないとどうにもならへん時は、お願いするとは思うけど……」
「それくらいどうって事ねぇよ。色々心配かけて悪かったな」
「そんなんはええけど……ほな、ジョルディにまた話して諸々進めていくな?」
「あ、ウル!」
「なに?」
「これ、ピンクの石、持ってて? エリアスと連絡取り合うのに、あった方が良いから……」
「それ、兄ちゃと連絡取るのんやん。良いの?」
「うん。私、もうエリアスと離れないから。だからもう必要ない」
「もう……姉ちゃまでそんなんになってもうて……分かった。取り敢えず預からせてもらうな? で、ピンクの石を手に入れたら返すから。それで良い?」
「うん、勿論!」
ピンクの石を渡した事を、エリアスは何も言わずに微笑んで見ていた。だからこれで良かったんだと思う。
ほとぼりが覚めるまで、エリアスは身を隠す事になった。なんだか申し訳ない……
私に微笑むエリアスを見て、またエリアスに抱きついてしまう。
早く落ち着くといいんだけどな……
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