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穏やかな時間
しおりを挟む今が朝なのか夜なのか、それも分からないくらいに、ただ二人で抱き合い続けた。
今までの会えなかった時間を埋めるには足らない程にお互いを求め合い、補い合った。
幸せな時間を噛み締めるように、他には何もいらなくなる程に、ただ二人だけの時間に浸ったんだ……
「ん……あ、れ……?」
いつの間に眠っていたのか、微睡みの中で布団を手で探っていく。
目が覚めてきて、横にいる筈の存在を確認する。
「え……アシュリー……?」
勢いよく起き上がる。
アシュリーがいない……! なんでだ?! さっきまでいたよな?!
それとも、あれは全部夢だったのか?! 嘘だろ?! まだ俺の手に、体に、アシュリーの体温も感触も残ってるのに、あれが夢とか、そんなのねぇって!
急いでベッドから出て、寝室の扉を開け放つ。
「あ、エリアス、おはよう!」
「アシュリー……」
アシュリーはキッチンで食事の用意をしていた。良かった……! マジで良かったっ!
すぐにアシュリーの元まで行って抱きしめる。
「ちょっ、エリアス……! 今料理中……」
「良かった……! 起きたらいなかったからマジでどうしようかって思った! あれは夢だったのかって、そう思うとすっげぇ怖くなって!」
「私は何処にも行かないよ?」
「あぁ、そうだよな……けどマジでビビった……!」
「ごめん……あの、それより……」
「ん?」
「ちゃんと服着て欲しいんだけど!」
「あ……すまねぇ……」
「まだ少し時間かかるから、その間にお風呂に入って来たら? 私もさっき入ってきたんだ。ここのお風呂は大きくて、すごく気持ち良かった!」
「アシュリーとリュカは風呂好きだからな。大きめに作ったんだ。そっか。先に入ったのか。一緒に入りたかったのに」
「それは……また今度……」
少し恥ずかしそうに、アシュリーは顔を赤らめながら目を逸らして言う。マジで可愛い。たまんねぇな。
アシュリーに言われて、俺は一人で風呂に入った。
風呂にはちょうど良い温度のお湯が張られてあって、体を洗って湯に浸かるとすっげぇ気持ち良かった。
窓から入る陽の角度から、今は朝の早い時間だと分かる。こんなに心が穏やかなのは何年ぶりだ? リュカが俺の元から消え去るようにいなくなってからは、こんなふうに安らいだ時間は得られて無かったように思う。
やっぱすげぇな。リュカとアシュリーは。その存在だけで、俺の今までの全部を覆す程の幸せを与えてくれる。
風呂から上がって着替えをして、またすぐにキッチンへ行くと、アシュリーがテーブルに朝食を並べていたところだった。
「早かったんだね。今できたところなんだ」
俺を見てニッコリ笑うアシュリーの笑顔が眩しい……っ! 直視できねぇ! いや、するけど!
またすぐに抱き寄せて、胸の中にアシュリーを収める。俺の腕の中にスッポリ収まったアシュリーが愛しくて、思わず強く抱きしめてしまう。
「エリアス……苦しい……」
「あ、すまねぇ……!」
「もう……あ、ねぇ、食べよう? 出来立てが美味しいんだから」
「そうだな。食べよう」
アシュリーの作ってくれた朝食はどれも美味しくて、俺はこの料理が食べたかったんだって思ったらまた涙が出てきて、そんな俺を見てアシュリーは困ったように笑ってた。
これは夢にまで見た光景だ。ずっと願って求めて、叶わなかった光景だ。
この幸せがすぐに無くなってしまいそうで、それが怖くて仕方ねぇ。アシュリーの姿が少しでも見えなくなると不安で不安で、また俺を置いて何処かに行ってしまうんじゃねぇかと思ったら、アシュリーに触れないでいるなんて出来なかった。
食事が終わってから、アシュリーはお茶を入れようとしたけれど、キッチンへ行こうとするのを遮って抱き上げてソファーに座る。膝の上にアシュリーを乗せて唇を重ねる。
「ん……エリアス……どう、したの……?」
「離れたくねぇ……もう何処にも行って欲しくねぇ……」
「うん、行かないよ? ずっとエリアスの傍にいるよ?」
「あぁ……そうだな……けど……怖くてな……すぐにアシュリーは俺を置いていなくなるから……」
「ふふ……エリアスは子供みたいだ」
「そうかもな……俺は無力だ。アシュリーを取り上げられたら、もう俺は何も出来ねぇよ……」
「そんな弱気な事を言わないで? 私のエリアスは強い人なんじゃないの?」
「そう、か……そうだな……俺、情けねぇな……」
「そんなところも私は全部を受け入れたんだからね? エリアスも私のダメなとこ、受け入れてくれたんだよね?」
「あぁ、もちろんだ」
二人で微笑みあって、優しく唇をかわす。そうすると心がすっげぇ軽くなる。アシュリーの言葉は魔法の言葉だ。俺を癒して心を救ってくれる、俺だけの癒しの魔法だ。
暫くそうやって抱き合ってたら、アシュリーが
「じゃあ、行こう」
って言うから、
「何処に?」
って聞くと、
「ウルに報告に行かなきゃダメじゃないか!」
って怒られた。すっかり忘れてた。
それから二人で帝城へ行った。
俺の部屋に着いてからすぐに侍従のザイルを呼び出し、ウルに俺とアシュリーが来たことを報告して貰うように言う。
ザイルと入れ替わるようにメアリーがやって来てお茶を用意してくれる。メアリーはディルクのメイドだったが、アシュリーと仲が良かった事もあって、ウルがアシュリーにつかせるようにしたみたいだ。
「アリア様、今日は凄くお元気そうです。もう体に痛み等はございませんか?」
「うん、ありがとうね、メアリー。私、回復魔法が効くようになってね。エリアスが治してくれたんだ」
「そうなんですね! それは良かったです!
……本当に……本当に良かったです……!」
「メアリー、どうしたんだ?! なんで泣いてるんだ?!」
「いつもアリア様はお辛そうで、ですがそれを一人で抱え込もうとして誰にも弱味を見せまいとなされて……その姿がお痛わしかったものですから……」
「メアリー……そうか……私はそうやって気遣われていたんだね。それも分からずに、本当に申し訳なかった……」
「いいえ! 私が不甲斐なかっただけですから!」
「そんな事はないよ。私はメアリーにいっぱい助けて貰った。メアリーに救われたよ」
「アリア様……!」
「あぁ、ごめん! だから、その……泣かないで……」
「申し訳ありませんっ! すぐに泣き止みます! あ、私またお菓子作ったんです! 良かったらいかがですか?!」
「それは頂きたい! メアリーのお菓子は凄く美味しかったから!」
「ありがとうございます! ではすぐにお持ち致しますね!」
メアリーはそう言うと微笑んで一礼してすぐに部屋を出て行った。
アシュリーを大事に思ってくれる子は俺にとっても大事な子だ。なんかあったら守らなきゃな。
俺はアシュリーの横に座って、出されたお茶を飲んでて、メアリーの持ってきてくれたケーキも食べながら、メアリーと嬉しそうに話すアシュリーの顔をずっと見続けていた。
可愛いよな。すっげぇ可愛いよな。目茶苦茶可愛いよな。半端ねぇくらいに可愛いよな。鼻血が出そうなくらいに可愛いよな。もう可愛くて可愛くて、どうしようも出来ねぇくらいに可愛い……
「エリアス? どうしたの? 私の顔になんかついてる?」
「え?」
「アリア様、エリアス様はアリア様に見惚れていらっしゃったんですよ。凄く凄く愛おしそうにアリア様を見つめていらっしゃいましたから」
「そうだな。見惚れてたな。アシュリーがすっげぇ可愛くて、ずっと見てられるからな」
「エリアス……っ!」
「まぁ……っ!」
アシュリーは恥ずかしそうに下を向いて、メアリーは何故かキラキラした瞳で俺を見る。アシュリーのそんな様子が可愛くて、俯くアシュリーの頬にそっと触れる。
アシュリーはビクッてちょっと驚いた感じになって、俺を横目で見てから微笑んだ。
やべ……抱きしめてぇ……っ!
けどダメだ。ここでは我慢しなくちゃな。
頬に触れた手をアシュリーが触れて、手を握り合いながら、お互い見つめ合う。
そんな目で見られたら我慢とか出来なくなるじゃねぇか……
体を寄せようと、アシュリーの腰に手を回して引き寄せてアシュリーの手に指を絡ませていく。
アシュリーの目から唇へと視線を移し、ゆっくりと顔を近づけていく……
「ちょっと! 人前でイチャイチャすなや!」
「えっ? あ、ウルっ!」
いつの間にか来てたウルが俺とアシュリーの間に入って引き剥がす。
「おい、邪魔すんなよ!」
「するっちゅーねん! ここになんしに来たんや!」
「え? それは……アシュリーとイチャイチャするた、め……」
言ってる最中にウルに頭を思いっきり叩かれた。
マジで痛いって!
「アホか! ホンマにどうしようもないな! 誤解が解けたらすぐにイチャイチャしまくるやん! 自制くらいしいや! 大人やろ!」
「はい、そうです、ね」
「ホンマにアホやわー。まぁ、やっとの事やからこうなんのも分からんでもないけどな。それより……姉ちゃ、もう大丈夫なん? ホンマにちゃんと全部治ったん?」
「うん、もう全部治ったよ。エリアスが治してくれたんだ」
「良かった……! また報告に来るって言われてから2日経っても来ぉへんかったから、姉ちゃの様子が気になって仕方がなかってん!」
「あ、うん……でも本当にもう大丈夫だから。心配かけてごめんね?」
「姉ちゃが元気やったらそれでええねん! 兄ちゃの事はどうでもええねん!」
「待て、俺にもちゃんと帰って来いって言ってくれてたじゃねぇか! 約束しただろ?! ちゃんと指切りしたぞ!」
「うるさい! 約束したのに帰って来ぉへんかったん誰やねん! だから姉ちゃが行く羽目になったんやろ!」
「あ! ……そう……でしたね……」
「約束守れへん奴は男と見なされへん! どれだけ心配したと思ってんねん……!」
「すまねぇ……悪かった……」
口は悪いけど、ウルはこうやっていつも俺を心配してくれていた。けど、マジでアシュリーが来てくれなかったら、俺はずっとあのまま邪神に捕らわれたままだったろうな。
ウルには感謝してもしたりねぇな。
その後も俺はウルにこってり絞られたのだった。
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