慟哭の先に

レクフル

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腕の中

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 朝食を宿屋の一階で摂って、それからギルドへ向かう。持っていた素材を売る為だ。

 ギルドには朝から冒険者達が多くいて、貼り出された依頼を物色していた。受付カウンターの横に買取りカウンターがあって、そこで素材を買い取って貰う事にする。


「あ、あの、おはよう、ございます! ど、ど、どのような、ご用でいらっしゃいますか?!」

「素材を買い取って欲しくてね。良いかな?」

「勿論です! あ、ギルドカードを、お願いします!」


 何やら焦った感じで対応する受付の女性を見て、思わず微笑んでしまう。その瞬間、なぜか受付の女性達がバタバタと倒れだした。大丈夫か? ここのギルドは?!

 
「よう! アシュレイ! すげぇな!」

「え? あぁ、昨日の……って、何が凄いんだ?」

「アシュレイを見て女の子達が皆失神しちまってるじゃねぇか! 美男は困るよなぁ?」

「彼女達は大丈夫だろうか……」

「大丈夫だろ? 他にも職員はいるし。それより、今日この街を出るのか?」

「あぁ、素材を売って食料を調達したら出るつもりでいる」

「そっか……寂しくなるな……」

「昨日会ったばかりじゃないか」

「そうだけどな……ずっといて欲しいって思っちまってな……」

「また来るよ」

「それマジか?! 絶対来いよな!」

「あ、あぁ、分かった……」

「そうだ、俺、アシュレイに渡したい物があったんだ!」

「え?」


 そう言うと男は鞄から取り出した物を差し出してきた。
 それを見て驚いてしまう……


「これは……!」

「良かったら受け取ってくれ!」


 男は魔力制御のベルトを差し出した。これは前世で私が身に付けていた物で、勝手に溢れだす魅了の魔力を制御する為に額につけていたのだ。今これはエリアスが持っている筈なのに、それをなぜこの男が持っているんだ?!
 思わず詰めよって問いただすようにしてしまう。


「なぜ?! なぜこれを持っているんだ?!」

「えっ?! それは……あれ? なんでだったかな……」

「ではなぜ私にこれを渡そうとしたんだ!?」

「いや、アシュレイに渡した方が良いって思って……けど何でだ? って言うか、俺、こんなの持ってたか?」

「どこで手に入れた?! いつだ?!」

「これ……は……あれ……? よく分かんねぇな……さっき? いや違うか。男、に……? あれ?」

「……っ!」


 渡された魔力制御のベルトを握り締めて、思わずギルドを飛び出した。

 エリアスがこの街にいる?!

 私にこれを渡しに来てくれたのか?!

 ならなぜ会いに来てくれない?!
 
 辺りを確認しながら走って、エリアスの姿を探すけれど、その気配は何処にもなかった。

 不意に全身が痛みだす……!
 今はエリアスの事で頭がいっぱいで、だからそうなったんだろうけど、こんな所で倒れる訳にはいかない!
 痛む体を引きずるようにして、何とか路地に入り込み壁に寄り掛かって、そのままズルズルと力を無くしていくようにして座り込む。

 魔力制御のベルトを抱きしめるように胸にして、壁に寄りかかりながら何とか呼吸を整えていくけれど、エリアスを想えば想うほど、痛みが全身を襲っていく。
 痛みに耐えながら、私はそのまま意識を失ってしまったようだった……

 

 温かい……
 優しい温もりに包まれているような感覚がして、すごく心地よくて……
 この感覚は覚えている……
 エリアスの腕の中だ……
 優しく私を抱きしめる、エリアスの……


「エリアス?!」


 ハッと気がついて、勢いよく起き上がる。
 
 けれどそこにはエリアスの姿はなくて、私は一人ベッドにいた。
 辺りを見渡す。ここは多分、さっきまでいた宿屋の部屋だ。

 すぐに向かおうとしてベッドから出て気づく。
 身に付けていた装備類が外されてある。
 外套は掛けられてあって、肩当てと胸当てと腰に巻いていたベルトも剣も、全て外されていてテーブルに置かれてあった。

 こんな状態で飛び出せば、私はすぐに女だとバレてしまう。

 ふと見て驚く。

 左手首にさっきまでなかった腕輪があった。
 これは能力制御の腕輪……
 前世で、持って生まれた能力の為に人に触れられない私の為に、錬金術が使える母が作り出してくれた物だ。これもエリアスが持っていてくれている筈。と言うことは、やっぱりさっき感じたのはエリアスだった?!

 ならどうして私に姿を見せない?!
 私が生まれ変わってここにいる事を知ってる癖に! どうして姿を消すんだ?!

 涙がポロポロ溢れてくる。こんなふうに私を気遣う癖に、放っておけない癖に、どうして姿を見せてくれない?

 涙を拭う手を見てまた気づく。 

 右手薬指に嵌められた指輪。

 あぁ……これは前世でエリアスが私にプレゼントしてくれた、魔法と物理攻撃を回避する防御の付与がかけられてある指輪だ。透明の石が付いていて、可愛らしいデザインの指輪を私は気に入っていて……
 エリアスが私を守る為に贈ってくれた指輪……

 エリアスは酷い。こうやって私の心を揺すぶる癖に、自分は姿を隠したままなんて。どう思っているのか、何も教えてくれないなんてズルいじゃないか。

 そうやって考えて、また少し体が痛んだ。けれど、さっきよりも痛みは和らいでいて、倒れる程の事はない。もしかして、これもエリアスがした事? 痛みを取り除いてくれたのか?

 バタンってまたベッドに倒れこんで、そのまま両手で顔を覆う。
 

「あぁー……腹が立つ! ここまでしておいて姿を消すとか、信じられない!」


 独り言だけど、それはエリアスに向けて言い放った言葉だ。


「こんなふうに人を惑わせておいて。エリアスは私を弄んでいるんだな? このままじゃ嫌いになっちゃうんだからな!」


 嘘だ。私がエリアスを嫌いになるなんて、そんな事は絶対にない。顔に手をやった時に気づいた、額に魔力制御のベルトが付けられていた事も、もう笑うしかなかった。


「こうやって私を守る癖に……本当にエリアスは酷い……」


 エリアスは私を見つけた。それは多分、昨日あの村に私が行ったからだ。あの村にいるゴーレムはエリアスが作ったんだろう。魔物にでも襲われたのか、人間は大人が2人、子供は1数人程で、あとは皆ゴーレムだった。そのゴーレムを自分の親と思っている子供達が何人もいた。
 襲われた事を無かった事にしたいのか、あの村は以前と変わりなく存在する事となっている。

 そうやってエリアスは村や街を守ってきた?
 人知れずこの国を、いや、世界を守ってきたんだろうか……?

 エリアス、寂しくはない? 辛くはない?
 今もずっと一人でいる?

 誰かが傍にいて、エリアスを助けてあげているなら良い。それが私じゃなくても、エリアスの心の支えになっているのであればそれで良い。

 けれど私には役目がある。

 だからちゃんと会って話しをしなければならない。

 見つける。私がちゃんとエリアスを見つける。

 左手首の腕輪と右手の指輪を胸に抱き込むようにして、暫く私はさっきまであったひとときの優しい感覚を思い出してそっと目を閉じた…… 
 
 

  
 
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