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第七章
ムスティス・クレメンツ公爵
しおりを挟むオルギアン帝国の自室で一人思い倦ねていると、ゾランがやって来た。
「リドディルク様、クレメンツ公爵に面会出来るよう、取り次げました。早速行かれますか?」
「そうだな。行くか。」
「はい。」
「……ゾラン……」
「はい?」
「今回は誰がどんな術にかけられているのか、把握するだけでも厄介な事だ。ゾランにも身の危険がふりかかる事も多くなる……頼むから……死なないでくれ……」
「リドディルク様……」
「本当はここに置いて行きたいぐらいなのだが……」
「それはいけません!何があろうとも、私はリドディルク様について行きます!必ずです!」
「ゾランならそう言うだろうと思っていた。ただ……ミーシャの事を考えると余計にな……」
「ミーシャの事は……!……今は考えないで下さい……リドディルク様には及びませんが、私もそれなりに強いんですよ!大丈夫です!私は死にません!約束します!」
「そうだな……分かった。では行くか。」
「はい!」
ゾランと共に、シアレパス国の首都ワルナバスへとやって来た。
首都を含め、この辺り一帯を管理しているのが、クレメンツ公爵家だ。
俺もここには随分前だが、一度来たことがあった。
人々の暮らしは安定していて、皆が中流程の生活が出来ている。
常に兵達が巡回しており、治安も悪くない。
街は穏やかだが活気があり、すれ違う者達に暗い顔をしている者は殆ど見かけない。
人々の感情も穏やかで、強制的に支配されている訳ではないと分かる。
首都の北側に王城があり、東側にクレメンツ公爵の邸があった。
馬車に乗り、東へとゆっくり進み、クレメンツ公爵邸へとたどり着く。
書状を送っているから、面会するのに問題なく中へと通された。
応接室で待っていると、ムスティスが賑やかに笑顔を振りまいて現れた。
ガッシリした体格に脂肪がついている感じで、体の大きさと豪快さが印象として残る。
「はじめまして。私がムスティス・クレメンツだ。」
そう言って笑顔で握手を求めてくる。
断る訳にはいかないな……
右手で握手に応じ、こちらも笑顔で答える。
「はじめてお目にかかります。私はディルクと申します。マルティン殿より紹介して頂いてる通り、商人をしております。」
「いやはや、これはどうした事か。貴殿からは元気を貰った感じがするぞ?!ハハハハっ!」
だろうな。
俺の体力を結構持って行ったからな。
ソファーに座るよう促され、それから給仕がお茶をその場で入れ、茶請けと共に俺達に差し出す。
それが終ると即座に部屋から出て行った。
それと同時にムスティスには気付かれ無いように、防音の結界を張っておく。
ムスティスは常に笑顔でこちらを見ている。
俺も笑顔を絶やさない様にして、ムスティスの感情をしっかり読み取る。
……良かった……
まだニコラウスとは会っていないようだ。
しかし油断は禁物だな。
「それで、今日はどう言った用件でここまで?マルティンが私を頼る等、今まで無かった事でな。いや、これは私にとっては嬉しい事なんだ。アイツとは幼少の頃に知り合い、身分等関係なく付き合ってきたのでな。」
「そうでしたか。では率直に聞かせて頂きます。貴方はニコラウスをご存じか?」
「……ニコラウス……」
その名を出すと、ムスティスは急に顔つきが変わった。
そして俺を見定めるようにして、黙って動かなくなってしまった。
そうやって暫く時間が過ぎて……
「貴殿は……商人ではないな……」
「商人として知り合った方が良いと思ったのでな。」
「……どちらの国の貴族か……?」
「それを言って、そちらに利益があるのならば伝えるが。」
「マルティンが不利益な相手を私に送り込んでくる事はないと信じておる。……まさか……!」
「俺はオルギアン帝国から来た、リドディルクと言う者だ。」
「オルギアン帝国のリドディルク皇帝陛下っ!!」
「知ってくれていたか。」
「その名を知らぬ者など……っ!その手腕、感服致しております!まだお若いと言うのに、人望も厚く、マルティノア教国の素早い復興を遂げ、アクシタス国を属国へとする等、まだ即位されて二年程しか経っていないのに、その実績には頭が下がる思いでございますっ!」
「運が良かっただけだ。全てが俺の実績ではない。」
「いや……っ!……そうですか……貴方はそう言う方なんですね……マルティンがこんな方と知り合いだったとは……」
「色々協力して貰っていてな。しかし、今回の内情はマルティンには伏せてある。厄介事に巻き込みたくは無かったのでな。」
「そのお心遣い……感謝致します……!そうです。この件は私もなるべく外部に漏らさないよう、極秘扱いで動いていることです。貴方はどこまでこの事をご存知なのか……?」
ムスティスに、ニコラウスがシアレパス国に来た経緯、それからリンデグレン邸の執事と密会した事、宿屋での大量死についても簡潔に話していった。
終始ムスティスは驚いて、俺の話を真剣に聞いていた。
それから大きくため息をつく。
「そちらにもそんな被害が……なんと申し上げたら良いのか……まさかラブニルの宿屋の事件にニコラウスが関わっている等、思いもしませんでした……」
「これは俺のミスだ。ニコラウスをもっと警戒するべきだった。」
「それは難しい事でしょう……実は此方でも色々ありまして……」
「何があった?」
「ニコラウスがリンデグレン邸にやって来てリカルド伯爵が亡くなってからと言うもの、ニコラウスと同盟を結ぶ者が一気に増えていきました。いくらやり手だとは言え、これはおかしいと思い、調査をしましてね。」
「ほう。それで?」
「私はリカルド伯爵と懇意にしてまして、リカルドが同盟を結ぶのは、全てはそこに住む者が生活しやすいように、暮らしを安定させる為にそうしておるんです。私利私欲の為に動く事など、リカルドは絶対にする筈がないのです……!」
「そうだな。それはリンデグレン邸の執事グレゴールからも聞いた事だ。出来た人だったと。」
「私はリカルドの事は爵位こそ違えど友人の様に思っておりまして、同盟等の書状を交わさずともお互いが尊重し合う事ができ、共に国を発展させ、人々の暮らしを良くして行こうと尽力していたのです。会えばそんな話をよくしたものです。」
「そうだな。首都を見て、人々が穏やかに幸せそうに生活しているのが見て分かる程、ここは安定した暮らしが出来ていると分かる。良い街だ。」
「ありがとうございます!そう言って頂けて光栄です!」
「いや、俺もまだ若輩者だ。見習いたい所は多くある。時間がある時にでも政治の話を聞きたいものだ。」
「それは是非!!……しかし今は緊急を要する事ですから……」
「あぁ。」
「ニコラウスと同盟を結んだ貴族と会ってみたんですが、どうも様子が可笑しいのです。昔から知っている者が多く、どの様な人物なのか把握しているのですが、何者かに操られてでもいるのか、何を聞いても上の空で、ただ呆然としている者が殆どだったのです。」
「幻術か……」
「え?幻術とは……?」
「ニコラウスには、現在幻術師と呪術師がついている。その者達の力を使って同盟も進めているのだろう。同盟が締結された後は、余計な事をしないよう、幻術で操っているのかも知れない……」
「なんて事を……!しかし、そう考えると納得が行く事ばかりだ……」
「他に思い当たる事があるのか?」
「調査に行かせていた者が皆、行方不明となりまして……疑惑は更に深まるのですが、真相を知ることが出来ずにいた訳です。」
「そうか……その者達は既に亡くなっているだろう……しかし、もしその者達と接触していたのなら、ムスティス殿にも被害が及んでいたのかも知れない……我が帝国の従者達が宿屋で亡くなったのは、そう言った経緯での事だったんだ。」
「そうでしたか……!私もニコラウスの動向を探っていましたが、ニコラウスはノエリア・オルカーニャと接触を試みようとしている様です。」
「なに?!」
「ノエリアはこの国の物流の殆どを担っている。ノエリアを抑えれば、金をどうとでも動かせる、と踏んだのでしょう……しかし、ノエリアも一筋縄ではいかない強者でしてね。幼少より人の裏側を探りながら成長したような娘です。簡単に騙せる相手ではありません。」
「流石だな。昨日俺も会ったが、聡い女性だと感じたものだ。」
「すでに会われておりましたか!そうなんです。それに関しては安心しておったのですが……」
「何かあったのか……?」
ニコラウスの手はノエリアにも及ぼうとしていた……!
事前に知れて良かった。
しかし警戒しなければ……
ズル賢いとはニコラウスのことを言うんだな。
全く……本当に骨の折れる奴だ……!
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