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閑話
ミーシャの事情1
しおりを挟む物心ついた頃から、自分の親が誰か分からなかった。
小さな村で、私はいつも一人だった。
私の真っ赤な髪は、皆が血の色だって言って、いつも私に石を投げる。
近づくと、小さな子供達は皆私から逃げていく。
いつもお腹がすいていて、ご飯を貰うために村の手伝いをしても、パン一切れしか貰えない。
私が寝泊まりする家には、親かも知れない人がいたけれど、いつも皆がいる部屋には入れて貰えずに、土間の隅で目立た無いように縮こまっていた。
そうしていないと、目障りだと言って、殴ったり蹴られたりするからだ。
そうしていると、気まぐれに食べ物を与えられる。
残飯なのか、食べ散らかした後の物だったけど、それでも私にはご馳走だった。
私より大きいお兄ちゃんがいて、時々意味もなく殴られる。
この人が自分の兄なのかどうか、私には分からない。
家にいる男の人と女の人が、私の親なのかどうかも分からない。
そう思うのは、この人達に抱き締められた事なんか一度も無かったからだ。
殴られて、痛みで泣くと、煩いと言って更に殴られる。
だからじっと我慢をする。
でも、何も言わないと、反応がなくてつまらないと言って、また殴られる。
なんで私はこんな目に合うんだろう……
お兄ちゃんらしき人が言うには、赤い髪は悪魔の色なんだって。
悪魔って、人を惑わせて狂わせる、悪い奴なんだって。
だからお前は、悪魔の子なんだ。
そう言って何度も私を殴って蹴って、それから変な事をしてくる。
ボロボロになって何も抵抗出来ない私に、お兄ちゃんと思われる人のあるモノを、私の下半身に入れてくる。
何をされてるのか、何がなんだか分からないけど、それは凄く嫌な事で、凄く痛くて、泣きながら、でも声を出さない様にして我慢するしかできなかった。
外でも、私を見た大きな子供達は、私に殴りかかってくる。
怖くなって逃げていくと、今度は大人の人に連れて行かれる。
そして、男の人達はお兄ちゃんと同じ事をする。
怖くて、悲しくて、痛くて、いつも歯をくいしばって耐える事しか、私にはできなかった。
そんなある日、私が11歳頃の時、村に美しい人達がやって来た。
それは、私が今まで見た事がない位に、全てが綺麗に見えた。
乗っている馬は凛々しくて、身にまとっている服は洗練されていて、村にいる人達とは全く違う人種の人と思われる位、10人程いてた人達皆が違って見えた。
その人達は街や村を巡り、調査をしていると言っていた。
何の調査か私には分からないけど、村を見て回るその人達を、私は見つからない様に家に隠れて見ていた。
でも、綺麗な人達をもっとちゃんと見たくなって、そっと家から出て近づくと、そこにいた大人に、胸ぐらを捕まれて投げ捨てられた。
その人も、いつもしている事だから、つい私を見てそうしてしまったんだろう。
しかしそれを見た、その綺麗な人達の一人が私の元までやって来て、地面に倒れている私を抱き起こしてくれた。
そして私を見て、とても悲しそうな顔をした。
私が悪魔の子だから、そんな顔をしたんだ、と思って、私はただ一生懸命謝るしかなかった。
そうする私を、その人は抱き締めたんだ。
生まれて初めてそんな事をされて、私は驚いてしまった。
そして、私を連れて行くと言って、私がいた家の人に、見たこともない位のお金を渡していた。
何が起こったか分からなくて、私はただその人について行く事しか出来なかった。
「君の名前はなんて言うの?」
「な、まえ……?」
「いつも何て呼ばれてるんだい?」
「なに、も……ない……」
「名前がないの?」
「な、い……」
「じゃあ……君は今日から、ミーシャだ。名前は天使から貰ったよ。」
「てん…し?」
「そうだよ。神様の使いだよ。」
「ちが……わた、しは……あくま、のこ……」
「悪魔?」
「かみが…あかい、から、あくま……」
「……そう言われて来たんだね……」
その人は私を抱き締めて
「君は悪魔なんかじゃないよ。とても可愛らしい女の子だよ。」
そう言って微笑んだ。
その人が何を言っているのか分からなかった。
けど、村の人みたいに、酷い言葉じゃなくて、胸あたりが温かくなるような、そんな不思議な感じがした。
大きな、見たことのない、立派なお城の様な所に連れて行かれて、女の人に体を洗われた。
大きな、温かいお水がいっぱい入ってる所に入ったら、殴られて出来た傷にしみたけど、凄く気持ちが良かった。
それから綺麗な服に着替えさせて貰って、食事だと言って、見たこともない程の豪華でいっぱいの食べ物を目の前に出された。
食べて良いのか、怒られないか迷っていると、その人は微笑んで、食べても良いよって言ってくれた。
パンを一口、かじってみた。
今まで食べた事のないような味で、柔らかくて美味しくて、勝手に目から涙が溢れ出していた。
「ミーシャ……」
その人が私の頭に手をやろうとしたのを見て、殴られる!と思って、思わず椅子から転げ落ちて頭を庇ってしまった。
「ごめ、なさ……ないて……ごめ……なさ……」
それを見たその場にいた人達が皆、何故か涙ぐんだ。
震える体を、その人は優しく抱き締めてくれる……
「謝らなくていいんだよ。君は何も悪い事はしていないんだから……」
優しくその人は私に言葉をかけてくれる。
なんでこんな事をするんだろう……?
私は悪魔の子なのに……
でも、ここに来てから、この家にいる人達は何故か私を殴らない。
男の人も、私に変な事をしない。
まだそれに慣れなくて、近くに人が来ると、すぐに頭や体を庇ってしまうけど……
幾日か経って、ここでの生活が少し慣れた頃。
私を連れて来た人が、ここの主人に会わせる、と言って、私を別の部屋へ連れ出した。
私の手を繋いでいる、私を村から救ってくれた人の名前は、ゾランと言った。
他の男の人はまだ怖かったけど、この人に触れられるのは、嫌な感じが少しもしない。
自分でもそれが不思議だった。
ある部屋の前で止まって、ノックをして、ゾランと言う人は、「部屋に入る前はノックをして、返事を待ってから入るんだよ。」と教えてくれた。
返事があって中に入ると、中には背が高い男の人がいた。
その人は、優しそうに私に微笑んだ。
「リドディルク様、この者が先日、各地の情勢調査の際に連れてきたミーシャと言う者です。」
「君がミーシャか……」
「ミーシャ、この人がここのご主人様のリドディルク様だよ。」
「リ、ド……デュークた、ま」
「ハハハ、リドディルクだ。しかし……これは酷いな……」
「やはりそうですか……」
「人としての扱いを受けてこなかった……毎日、食事も満足に与えられずに、村人達から殴る蹴るの暴行を受けていたな……それに……っ!」
「リドディルク様?」
「こんな小さな子に……っ!」
「どう……されましたか?」
「性の捌け口にされたか……!」
「……っ!!」
「この子は何も分かっていない。何をされているか……何をされていたのか……しかし、大人になってその意味が分かった時……きっと今より傷付くだろう……」
「そんな……」
「ゾラン、彼女の支えになってやれ。きっと、話す事も禁じられていたか、まともに話す事も出来ん。一から全て教えてやってくれ。……よく見つけて助けてやれたな……」
「はい……」
「そんな辛そうな顔をするな。ミーシャが不安そうな顔をしてゾランを見ているぞ?」
「ゾラ、ン、さ ま……?」
「ミーシャ、僕に「さま」はいらないよ?」
「ミーシャ、ゾランに色々教えて貰うと良い。ゆっくりで良いから、ここの生活に慣れていけば良いからな。」
そう言って、リドディルク様は微笑みながら、私の頭を優しく撫でた。
殴られるかも!と思って頭を庇ったけど、その手をゆっくり退けて、頭を撫でてくれたんだ……
そうすると不思議な事に、私の心に染み着いた人に対する恐怖心が、少しずつ消えていった……
殴られる恐怖も、嫌な事をされた思いも、少しずつ無くなって行く……
「リドディルク様!」
リドディルク様は口から血を流して倒れそうになって、それをゾラン様が支えた。
リドディルク様をベッドに寝かせて、お医者様に任せた後、私の手を取って元の部屋に戻る時、リドディルク様は君の恐怖の感情を取り除いたから倒れてしまったんだ、とゾラン様が言った。
リドディルク様は人の嫌な気持ちを取り除く事が出来て、でもそうしたら嫌な気持ちが体に入って悪さをするから、そうして具合が悪くなったら、ミーシャが助けるんだよ、と教えてくれた。
私は、私を助けてくれたリドディルク様と、ゾラン様の為に、私が出来る事を全力でしていこうと決めた。
そうして、私はここでメイド見習いとして働く事になったんだ。
上手く喋れなかった私に発音から教えて貰い、文字と少しの計算も出来るように先生をつけて貰った。
メイドの仕事は大変だったけど、リドディルク様のお役に立てられる事が嬉しくて仕方がなかった。
私が一生懸命働いてると、ゾラン様はいつも私を誉めてくれた。
私がここに来てから暫くの間、リドディルク様に会うと、いつも頭を撫でて私から嫌な思い出を無くす様にしてくれる。
日に日に私は本来の、持って生まれた性格へと変わっていく事ができた。
勿論それは、そうなれる環境であった事が大きかった。
そうなっていくと、ゾラン様もリドディルク様も、私を見て嬉しそうに微笑んでくれる。
そうしたら、私も余計に嬉しくなる。
この人達の為なら、私はどんな事だってやってみせる。
必ず、このご恩に報いる様になってみせる。
だから、まだ失敗ばかりしてしまうけれど、いつまでも私を側に置いて下さいね……
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