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第3章
変化
しおりを挟む体がおかしい。
体の中で何かが蠢いている。
それを何とか押さえつけようとしている力があって、それは多分両手首にある腕輪の力と精霊の力……
それでも、その押さえつける力に抗おうと、私の中の何かがウズウズしていて、凄く気持ち悪い。
ベッドに横たわった状態で、私はそんなふうに一人で自分自身と戦っていた。
なんか、何処にどうおさまって良いのか分からない力が、落ち着く場所を探すように体の隅々まで動き回り、時々体から這い出そうとするような感じになったりして、それを止めるように力が動いていて、痛みとかじゃないんだけど、体の至るところがゾワゾワしていて変な感覚がずっとする。
これは誰にも助けて貰えない。助けて貰うようなことじゃない。自分で耐えるしかない。分かっているけど、どうにかして欲しくて、でもそれを誰かに言う訳にもいかなくて、そうやって静かに一人身悶えていると、エリアスが寝室にやって来た。
「リュカ……大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫。」
「無理すんな?辛かったらそう言っていいんだからな?」
「うん。なんかね、体の中が変な感じがするんだけど、でも平気だよ。」
「そっか……起きてるより横になってる方が楽か?どうしていたら一番楽でいられる?」
「こうして寝転んでるのがいい。あとね、えっと……背中を撫でて欲しいかな……」
「あぁ、分かった。」
うつ伏せになっている私のそばに腰掛けて、エリアスは背中を優しく撫でてくれる。それが凄く気持ちいい。エリアスの手の温かさと優しさが伝わってきて、暴れ出そうとする力が大人しくなっていくのが分かる。
やっぱりエリアスは凄い。何かをしている訳でもないんだろうけど、その手から溢れてくる[気]って言うのかな?そんなのが優しく身体中に広がっていく感じがする。無邪気な子供のように暴れようとする力は、ゆっくり眠るように落ち着いていく。
同じように私もゆっくり眠りに落ちる……
深い眠りから覚めると、凄くすっきりした感じがした。随分と眠った感じがする。辺りを見るとエリアスの姿はなくて、陽射しは高く上から降り注いでいて、今はもう昼頃なんだと気づく。
体を起こして自分の体を確認するように触ってみる。何も変化はない。それに凄く安心する。あれだけあった、体の中のウズウズした感じはすっかり無くなって、体調はすこぶる良くて、凄くお腹が空いた。
深呼吸をしてベッドから出ようとした時に、何かを感じた。それが何なのか、辺りをキョロキョロ見るけれど、部屋の中は何も変わらずにいつもの状態だった。
目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。すると遠くで魔物が暴れている姿が脳裏に浮かぶ。そこは森の中で魔物が多くて活動的で、その辺りでは人間が襲われる事が多くって、誰も近寄らないように気を付けている場所で……でも何故かそこに人がいて、魔物に襲われそうになっている。
そこにいる人達は……家族?小さな女の子と男の子の兄妹と両親がいる……って、なんでこんな所にいるの?それは……近くを馬車で通ってて、盗賊に襲われて、馬車を捨てて逃げ出した所がこの森だったって事……?なんでか分からないけど、この人達の事情も頭に入ってくる。
あ!父親が男の子を庇って!背中に大きな怪我をした!それを女の子と抱き合っている母親は悲鳴を上げて泣きながら見ていて、だけど助ける事が出来なくてその場で震えていて……
そこが何処かは分からない。全然知らない人達だけど、そのまま放っておけなくて、思わず目をギュッて閉じる。
次に目を開けた時、そこはさっきまで頭の中で見ていた映像が目の前に広がっていた。その事に驚いたけれど、魔物に襲われている人間達も私を見て驚いていた。
その時突然、魔物が私に向かって大きな口を開けて向かってきた。私は咄嗟に手のひらを前に出し、その動きを止める。魔法を放った訳じゃない。だけどそうすれば魔物が何も出来なくなると分かったからそうした。
周りを見渡すと十数匹の魔物がいて、その全てが私を見てその場から動けなくなっていた。
『人間を襲うな。さすれば私はお前達に何もしない。お前達は大人しくしていればそれで良い。』
そう告げると、今までいきり立っていた魔物共は落ち着きを取り戻したように静まり返り、その場からゆっくりと離れていった。
その様子を、何が起きたのか分からない、と言った感じで見ていた母親は、ハッと気づいて倒れている父親の元へ駆け寄っていく。けれど、父親は既に絶命していた。大量の出血に、心臓まで抉られたような大きく強い爪跡。きっと一瞬の出来事だったんだろう。
倒れた父親の下から男の子が這うようにして出てくる。その様子を見た母親も子供達も、あまりの事に絶句し、その後は泣き叫ぶしか出来なかったようだ。
私は歩み寄って、父親に向かって手をかざす。その様子を泣きながら不思議そうに見ている母親が段々と表情を変えていく。
父親の背中にあった大きな傷はみるみるうちに塞がっていき、辺りに飛び散った大量の血が体に戻るように無くなっていく。傍にはいつの間にかうっすらとした白い人影があって、それはゆっくりと父親の体に入っていくと、倒れていた父親はピクリと動きだし、ゆっくりと体を起こした。
その出来事に、驚いて何も言えなくなった母親は、涙を流しながら父親と抱き合い、それから私を見て頭を下げた。無事を確認してから、私は帝城まで空間移動で帰ってきた。
ベッドに腰掛けて、今起きた事を考える。私は何処なのか、誰とかも分からない人の元へ行った。そして魔物を落ち着かせた。でも、なぜ襲われている事が分かったんだろう?頭の中に浮かんだ映像は、何処かで本当に起こっていた事だった。じゃあこうやって、また魔物の驚異に脅かされてる人達を助けに行く事ができるって事?知らない場所や人の元へも行けるって事?
そんな事を一人で考えてると、ノックもなく扉が開いた。
「リュカ!目が覚めたのか!」
「あ、エリアス……」
「大丈夫か?!体の調子とかはどうだ?!」
「あ、うん、もう大丈夫。なんか、力が落ち着いたって感じがする。」
「そっか……良かった……!マジで良かったっ!」
「どうしたの?なんで泣いてるの?」
エリアスは私を抱きしめて涙を浮かべてた。
なんでかな?
聞くと、私は三日間ずっと眠っていたみたい。エリアスは目覚めない私をずっと心配してたんだって。もしこのまま目覚めなかったらどうしようって。
「もう大丈夫だよ」って笑って言うと、またボロボロ泣いて、ずっと私を離さなかった。私よりもエリアスの方がきっと泣き虫だ。絶対そうだ。
エリアスは「腹減っただろ?!いっぱい食わなきゃな!」って言うけど、給仕の人に「急に沢山食べてはいけません!」ってエリアスは怒られてた。給仕の人が果物とジュースとスープを用意してくれて、それをゆっくりと摂る。少し食べたらお腹がいっぱいになって、眠る前あんなにいっぱい食べてたのが不思議なくらいだった。
もう体調は全然問題ないのに、エリアスはまだ私を休ませようとする。本当に過保護だな。
でも、私が眠ってる間に何があったんだろう?
それは私の体の変化もそうだけど、エリアスもそうだ。
なんか違うような感じがする。
何だろう?何が違うんだろう?
エリアスはいつも通りで優しくて、見た感じは何も変わっていないんだけど……
気のせいかな?
そうだったら良いんだけどな……
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