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第3章
親として
しおりを挟むリュカが俺の仕事について行きたいって言う。
昨日、俺がベリナリス国で魔物の討伐にリュカを連れて行ってしまったからだ。
リュカは今、魔物が活動的になっているのは自分のせいだと思っている。けど、魔物は元々そういうもんだ。魔物を討伐する事で冒険者は収入を得ているし、魔物の肉や革なんかの素材も必要とされている。だから、この状況が全て悪い訳でもねぇ。
けれどリュカが言うように、村や街を襲われて、犠牲になっている人がいるのも事実だ。
怪我人であればどんな傷であろうと、生きてさえいれば俺が完治させる事はできる。壊れた建物なんかも復元できる。だけど、亡くなった人は生き返らせる事はできねぇ。生命を司る精霊は俺ではなくリュカについているからだ。
俺の力だけじゃどうしようもねぇ。そうなんだ。これは明らかに俺の力不足なんだ。だからリュカの申し出を強く断ることができなかった。
情けねぇ……リュカを頼らなきゃいけねぇなんて……!
まだリュカは幼い。やっと最近人としての生活に慣れてきたんだ。
リュカは暗闇を嫌がる。凄く孤独を感じるようで、夜になると途端に不安そうになっていた。俺がそばにいる間はそうでもねぇけど、俺がいないと落ち着かずに、今にも泣き出しそうな顔をする、とミーシャが教えてくれた。
きっと魔物の巣窟で過ごしていた時の、洞窟の中の暗闇を思い出すんだろう。不安そうなリュカの心を手繰ると、そんな映像が頭に流れ込んできた事がある。
寝る時も、部屋を暗くするのを暫くは嫌がった。やっと最近になって、俺がいる時は暗くしても不安がる事はなくなった。
それから、わざと俺を怒らすような事をしていた時期もあった。部屋中水浸しにしたり、物を壊したり暴言を吐くこともあった。これは、どこまで自分を受け入れて貰えてるかを確認したい表れで、俺が怒らずリュカを抱きしめて、その後で修復したり片付けたりすると、反省したように手伝ってきたりしていた。
こういう事は、孤児院に入所してきたばかりの子供にもよく見られる現象で、言わばこれは自分への愛情が本当なのかを知る為の行為なんだ。リュカがそうなってくれた時は嬉しいとさえ思ったものだ。
何度かそういう事があって、少しずつリュカの気持ちや行動も落ち着いてきた頃だった。
それでもリュカはあまりワガママを言わない。して欲しい事、したい事を自ら言うことは殆どなかった。そんなリュカが、やっと俺にワガママを言ってきたと思ったら、それがこんな事だった。
あの顔で言われるとアシュリーに言われてるみてぇで、俺は強く言えなくなっちまう……
朝、いつものようにリュカと食事を終えてから、今日は勉強するように言ってリュカをミーシャに託す。その後俺の部屋にゾランを読んで、今朝リュカが言った事を言ってみる。
「リュカがそんな事を……?」
「あぁ。俺は正直、リュカを連れていきたくねぇ。もう魔物と関わって欲しくねぇからな。」
「エリアスさんのお気持ちは分かります。ですが、もしリュカが魔物を抑え込む事ができるのであれば……」
「ゾランは賛成なのか?」
「あ、いえ……その……いや、エリアスさんには僕の考えをキチンと話しますね。少しずつ魔物による被害報告は多くなっています。これはラミティノ国とアーテノワ国、ベリナリス国の北西部辺りが多いんですが、その報告の内容は高ランクの魔物の被害報告が多いんです。」
「そう……だったな。」
「はい。今挙げた国、特にアーテノワ国とラミティノ国はまだ高ランクに対抗できる程の戦力はありません。もちろん他国や、オルギアン帝国からも冒険者の派遣はしています。けれど、追いついていない状態です。力をつけるにも、まだ時間がかかるんです。」
「そうだな……」
「リュカがエリアスさんの前からいなくなった期間の一年半程は、魔物に脅かされる事が極端に少なくなりました。これはリュカが魔物達を抑えていたからと考えられますが……」
「ゾラン……何が言いたい?リュカが俺の元に来ない方が良かったとでも言いたいのか?!」
「そんな事は言ってませんし、思ってもいません!落ち着いて下さい!僕はエリアスさんに表面上の取り繕った事を言いたい訳じゃ無いんです!」
「……っ!……そう、だな……すまねぇ……」
「エリアスさんはリドディルク様と同様に人の気持ちが分かるようになりました。僕も何度も練習しましたが、人の感情を読み取る事なんてできませんでした。これはやはり特別な力が必要だったのでしょうね。そんな感情を読める貴方に、建前でものを言えるわけはありません。けど、だからこそ分かって頂きたい。僕個人の考えとしてではなく、国としての意見を……!」
「……ゾランは今やオルギアン帝国を動かしている、と言っても過言じゃねぇからな……分かったよ。」
「すみません、親ならばこんな事を言われて平常心でいられる訳はない事は重々承知の上です。ですが……!これ以上魔物に怯える人を増やしたくはない……!安心して生活して欲しいって……僕はそう思ってしまうんです!」
「それは俺も……だけど……!」
「分かります!エリアスさんのお気持ちは!やっと……やっと一緒にいられるようになって、リュカも落ち着き出した頃です!これからが人間らしく生きていける時だと言うことも分かっています!」
「ゾラン……」
「ですが……!襲われた村や街で、犠牲になった幼い子供がいるのも事実です……未来ある子供の命を未然に防ぐ手立てがあるのなら、僕はその力を借りたいです!」
「…………」
「すみません、エリアスさん……これが僕の本音です……」
「分かってる……俺が力不足なんだ……俺だけじゃどうにもならなかったんだ……」
「エリアスさんはよくして下さってます。休みも殆ど取らずに、襲われた村や街へ行って修復作業をしてくれているじゃないですか。それに高ランクの魔物は、やはりエリアスさんがいないと短期間であんなに多数倒すことなんて出来ませんから。」
「んな事は……けど情けねぇな……俺がもっと強ければ……」
「エリアスさんは充分すぎるくらいに強いですよ!何でも一人で背負い込もうとしないでください!」
「それでも……俺はこういうことがある度に、自分にない力を求めんだろうな……」
「それは大切な誰かを守る為です。決してエゴなんかじゃありません。僕は僕なりにリュカをサポートします。あの子は本当に賢い子です。勉強も講師が驚く程に、凄まじい勢いで吸収していってます。身体能力も高く、状況を読む力も備わっている。まるでリドディルク様のようで……でも、だからこそ、リュカは将来有望な人物で……いや、そんな事は関係なく、僕にとっても……ミーシャやリオにとってもリュカは大切な存在です!」
「そう、か……」
「エリアスさんなら、リュカに危険な事はさせないでしょう?なにをおいても守るんでしょう?」
「当然だ!リュカ以上に大切なもんなんて俺には……!……いや……すまねぇ……」
「分かっています。人の原動力とはそういうものです。この国の為だとか、国民の為だとか、大層な事を掲げていても、結局は大切な人を守りたい、自分の置かれた環境を良くしたい、そう思って行動しているのですから……」
「それでもゾランがやってる事はすげぇけどな。」
「まぁ、仕事が僕の趣味でもありますけどね!」
「んだよ、それっ!」
「ハハ……だからこそ……僕からもお願いします。リュカの力を……貸して頂けないでしょうか!」
「……ゾラン……」
ゾランが深々と頭を下げる。これは魔物の恐怖に怯える人々の代わりにそうしているんだ。
ゾランの言うことは最もだ。気持ちも分かる。俺も他の誰かであれば、そうして欲しいって切に願う。しかも本人もそうしたいって言ってくれている。
俺だけが素直に頷けない状態でいる。
俺はまた、一人になるのが怖いんだ。やっと手に入れたかけがえのない存在。それを手放したくはねぇ。結局は自分が可愛いだけか……!
けど分かってる。リュカは俺の所有物じゃねぇ。リュカにも意志はちゃんとあって、それを尊重してあげる事は親としての勤めだ。
だけどそれで力を余分に使って、その命を削ることになったら?
またフェンリルみてぇな奴に連れ去られたら?
リュカの身に何かあったらって考えると、怖くて怖くて仕方がねぇ……!
リュカは強い。
普通の子供じゃねぇ。
それは能力もそうだが、気持ち的にもそうだ。
だけどまだ子供だ。
10歳にも満たないんだ。
なんかあったらって考えると、それだけで心臓が鷲掴みにされたみてぇに苦しくなる。
世の中の親って、皆そうなのか?それとも俺だけなのか?
俺を宥めるように、ゾランは背中をポンポンって軽く叩いて、申し訳なさそうに微笑む。俺も合わせるように情けなく笑う。
とりあえず……
問題の一つを回避するべく、今日はシアレパス国へ行くとするか……
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