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76話 メリエルの思い
しおりを挟む自分がフィグネリアの娘であり、顔もそっくりに生まれてきてしまったと知ってから、シオンは別邸の自室から出られない状態が続いていた。
ジョエルはシオンがまた自分の顔を傷つけようとするのではと目が離せないでいて、寝泊まりもシオンの部屋で強引にしていた。
リュシアンはジョエルから手紙でシオンの行動の経緯を聞いて、自分の事を考えての事だと知り心を痛めた。自分はもうフィグネリアの事を怖くも何とも思っていない。いや、憎く思っているのは確かだが、矮小な存在だとして脅威等感じてはいなかった。
だがシオンはまだ、フィグネリアに囚われたままなのだ。
いつまであの女に自分達は振り回されなければならないのか。それがリュシアンには我慢ならなくなった。もう限界だった。
そうして、リュシアンは行動を起こすことにする。
この数日間、シオンは部屋でジョエルと共にいた。本を読んだり、左手で文字の練習をしたりしていたが、どこか上の空で、物思いに耽る事も多かった。
ジョエルは
「庭園を散歩しましょう」
とか、
「騎士達の練習を見に行きませんか?」
等と色々提案するのだが、シオンは悲しそうに笑いながら首を横に振るだけだった。
リュシアンは毎日のように部屋に訪れていた。だが、シオンは顔を合わせる事はしなかった。それでもリュシアンは扉越しに何度も話しかける。
しかし何度
「ノアとフィグネリアは全然違う。会いたい。顔が見たい」
と告げても、扉に背を預け、リュシアンの声を近くに聞きながらも泣きそうな顔をして何も言わず、ただ首を横に振り続けるだけだった。
メリエルにも会いに行かなかった。と言うより、会いに行けなかった。どこでリュシアンの目に触れるか分からないからと、ただ部屋に引き籠もるしかしなかったのだ。
そうしてから数日後、メリエルがシオンの部屋まで訪れた。
シオンはメリエルをすぐに迎え入れた。
左頬に大きなガーゼを貼り付けていて、瞼辺りは腫れていて痣が出来ていた。
「メリエルさん……っ! ごめんなさい! お見舞いに行かなくてっ! 私のせいで怪我をしたのに……っ!」
「ノアさんのせいではありません。それは気にしないでください。ですが、お顔を見れなくて寂しかったです」
「ごめんなさい……っ!」
「あぁ、ほら、泣かないでください。今回の事で公爵様は治療費と慰謝料と、特別手当も付けてくださるんです。私、ちょっと羽振りがよくなりそうですよ? ふふ……」
「でも、でも……! 女の子なのに、顔に怪我なんて……!」
「それもですね、多分ちゃんと治ると思います。今万能薬の臨床実験をしているらしくって、それが問題なければ私にも投与してくださるそうなんです。だから全然問題無し! なんですよ? ですから、もう気にしなくても良いんです」
「メリエルさん……」
「それより、公爵様に会わないようにされていると聞きました。ノアさんに会えない公爵様は、本当に寂しそうで元気がありません。どうして会わないんですか? 何か嫌な事でもされました? ケンカしちゃったんですか?」
「そうじゃないの……そうじゃなくて、私の顔を見ると、きっとリア……リュシアン様は嫌な事を思い出しちゃうの」
「そうですか? なら、どうしてあんなに毎日ノアさんに会いに行かれるんでしょうか。ノアさんを見る公爵様は、とても切なくて愛しい人を見るような目を向けられていました。嫌な事を思い出している顔なんかじゃなかったですよ?」
「でも! きっと不意に思い出しちゃうの! リアムはフィグネリアお嬢様のせいで死んじゃったから……!」
「そう、だったんですか……」
「きっとそうなの……この顔じゃ……」
「私はルストスレーム伯爵夫人に殴られて、こんな事になりました」
「メリエルさんは私を守ってくれようとして……」
「はい。ですが、そうした事を後悔はしてません」
「そんな傷を負ったのに?!」
「それが私のすべき事だと思っていますから。正直に言いますと、そうされてから私もルストスレーム伯爵夫人を怖いと思うようになりました。今度会えば、もうノアさんを庇って前に出る、なんて事は出来ないかも知れません」
「それは当然だよ!」
「何度もあの時の事を思い出してしまいますし、夢で何度も見ます。その度に恐怖に襲われます。今まで殴られた経験なんてありませんでしたから」
「ごめんなさ……」
「謝らないでくださいね。ノアさんは悪くありませんから。でも、ノアさんやリアムさんやジョエルさんは、こんな目にずっと合ってきたんだなぁって、そう考えると耐えてきたジョエルさんも凄いなぁって思ったり、その、前世? の、ノアさんやリアムさんも、凄く辛かったんだろうなぁって、少しノアさん達の気持ちが分かったんです。少しだけ、ですけどね」
「うん……」
「ですが! 私は負けたくないって思ったんです! ルストスレーム伯爵夫人のあの横暴さ! なんでも自分の思うようにいかなければ我慢できないとか、そんなの小さな子供と一緒でしょう?! 分別がつかないとか、いくつなんだって言いたくなるじゃないですか! 本人には言えませんけど!」
「そう、だね」
「私、腹が立ってるんです! ずっとずっと! それはノアさんにじゃなくて、ルストスレーム伯爵夫人に対してです! あんなのを野放しにしてきた周りの環境にもです!」
「それはそうなんだけど……」
「私、ルストスレーム伯爵夫人が嫌いです! あの顔を思い出すだけでも気分が悪いです!」
「なら……」
「ですがノアさんは違います」
「え……」
「お顔は似ていると思います。今回、初めてルストスレーム伯爵夫人にお目にかかりましたが、お顔立ちは凄く似てると思いました」
「やっぱりそうだよね……」
「ですが! 今は全然似てると思わないです!」
「え?! どうして?!」
「だって、ノアさんの醸し出してる雰囲気とか、表情とか、もう全然違うんですよ。性格って顔に出るって言うじゃないですか。ルストスレーム伯爵夫人は、なんと言うか、意地の悪さが滲み出てると言うか、いやらしさが出てると言うか。私がこんな事を言うのは何なんですが、全く綺麗だと思えなかったんですよね」
「そうなの?」
「はい。ですが、ノアさんは変わらず美しくて可愛らしくて、一緒にいると楽しくて、ずっとお側に仕えさせて頂きたいと思っているんですよ?」
「メリエルさん……」
「それは公爵様も同じじゃないかな? って思うんです。いえ、きっとそうなんですよ」
「でも……」
「やっとお互いが認め合えたんじゃないですか。これからノアさんは幸せにならなくちゃいけないんです。私はそれを側で見守りたいです」
またシオンの目から涙がポロポロ流れ落ちる。顔を両手で覆って泣くシオンを、メリエルは優しくふわりと抱き包んだ。
「公爵様に会ってください。きっと、凄く喜ぶ筈です。公爵様の幸せは、ノアさんが傍で笑っている事なんですよ。そしてノアさんもそうなんですよね?」
「うん、うん……ありがとう……メリエルさん……」
二人の様子を見ていたジョエルは、メリエルの優しさに胸を打たれて涙が出そうになっていたが、性に合わないからとそれを何とか食い止めていた。
そしてメリエルとチラリと目が合った時、メリエルがにこりと笑って頷いたのを見て、ジョエルは深々と頭を下げたのだった。
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