76 / 86
76話 メリエルの思い
しおりを挟む自分がフィグネリアの娘であり、顔もそっくりに生まれてきてしまったと知ってから、シオンは別邸の自室から出られない状態が続いていた。
ジョエルはシオンがまた自分の顔を傷つけようとするのではと目が離せないでいて、寝泊まりもシオンの部屋で強引にしていた。
リュシアンはジョエルから手紙でシオンの行動の経緯を聞いて、自分の事を考えての事だと知り心を痛めた。自分はもうフィグネリアの事を怖くも何とも思っていない。いや、憎く思っているのは確かだが、矮小な存在だとして脅威等感じてはいなかった。
だがシオンはまだ、フィグネリアに囚われたままなのだ。
いつまであの女に自分達は振り回されなければならないのか。それがリュシアンには我慢ならなくなった。もう限界だった。
そうして、リュシアンは行動を起こすことにする。
この数日間、シオンは部屋でジョエルと共にいた。本を読んだり、左手で文字の練習をしたりしていたが、どこか上の空で、物思いに耽る事も多かった。
ジョエルは
「庭園を散歩しましょう」
とか、
「騎士達の練習を見に行きませんか?」
等と色々提案するのだが、シオンは悲しそうに笑いながら首を横に振るだけだった。
リュシアンは毎日のように部屋に訪れていた。だが、シオンは顔を合わせる事はしなかった。それでもリュシアンは扉越しに何度も話しかける。
しかし何度
「ノアとフィグネリアは全然違う。会いたい。顔が見たい」
と告げても、扉に背を預け、リュシアンの声を近くに聞きながらも泣きそうな顔をして何も言わず、ただ首を横に振り続けるだけだった。
メリエルにも会いに行かなかった。と言うより、会いに行けなかった。どこでリュシアンの目に触れるか分からないからと、ただ部屋に引き籠もるしかしなかったのだ。
そうしてから数日後、メリエルがシオンの部屋まで訪れた。
シオンはメリエルをすぐに迎え入れた。
左頬に大きなガーゼを貼り付けていて、瞼辺りは腫れていて痣が出来ていた。
「メリエルさん……っ! ごめんなさい! お見舞いに行かなくてっ! 私のせいで怪我をしたのに……っ!」
「ノアさんのせいではありません。それは気にしないでください。ですが、お顔を見れなくて寂しかったです」
「ごめんなさい……っ!」
「あぁ、ほら、泣かないでください。今回の事で公爵様は治療費と慰謝料と、特別手当も付けてくださるんです。私、ちょっと羽振りがよくなりそうですよ? ふふ……」
「でも、でも……! 女の子なのに、顔に怪我なんて……!」
「それもですね、多分ちゃんと治ると思います。今万能薬の臨床実験をしているらしくって、それが問題なければ私にも投与してくださるそうなんです。だから全然問題無し! なんですよ? ですから、もう気にしなくても良いんです」
「メリエルさん……」
「それより、公爵様に会わないようにされていると聞きました。ノアさんに会えない公爵様は、本当に寂しそうで元気がありません。どうして会わないんですか? 何か嫌な事でもされました? ケンカしちゃったんですか?」
「そうじゃないの……そうじゃなくて、私の顔を見ると、きっとリア……リュシアン様は嫌な事を思い出しちゃうの」
「そうですか? なら、どうしてあんなに毎日ノアさんに会いに行かれるんでしょうか。ノアさんを見る公爵様は、とても切なくて愛しい人を見るような目を向けられていました。嫌な事を思い出している顔なんかじゃなかったですよ?」
「でも! きっと不意に思い出しちゃうの! リアムはフィグネリアお嬢様のせいで死んじゃったから……!」
「そう、だったんですか……」
「きっとそうなの……この顔じゃ……」
「私はルストスレーム伯爵夫人に殴られて、こんな事になりました」
「メリエルさんは私を守ってくれようとして……」
「はい。ですが、そうした事を後悔はしてません」
「そんな傷を負ったのに?!」
「それが私のすべき事だと思っていますから。正直に言いますと、そうされてから私もルストスレーム伯爵夫人を怖いと思うようになりました。今度会えば、もうノアさんを庇って前に出る、なんて事は出来ないかも知れません」
「それは当然だよ!」
「何度もあの時の事を思い出してしまいますし、夢で何度も見ます。その度に恐怖に襲われます。今まで殴られた経験なんてありませんでしたから」
「ごめんなさ……」
「謝らないでくださいね。ノアさんは悪くありませんから。でも、ノアさんやリアムさんやジョエルさんは、こんな目にずっと合ってきたんだなぁって、そう考えると耐えてきたジョエルさんも凄いなぁって思ったり、その、前世? の、ノアさんやリアムさんも、凄く辛かったんだろうなぁって、少しノアさん達の気持ちが分かったんです。少しだけ、ですけどね」
「うん……」
「ですが! 私は負けたくないって思ったんです! ルストスレーム伯爵夫人のあの横暴さ! なんでも自分の思うようにいかなければ我慢できないとか、そんなの小さな子供と一緒でしょう?! 分別がつかないとか、いくつなんだって言いたくなるじゃないですか! 本人には言えませんけど!」
「そう、だね」
「私、腹が立ってるんです! ずっとずっと! それはノアさんにじゃなくて、ルストスレーム伯爵夫人に対してです! あんなのを野放しにしてきた周りの環境にもです!」
「それはそうなんだけど……」
「私、ルストスレーム伯爵夫人が嫌いです! あの顔を思い出すだけでも気分が悪いです!」
「なら……」
「ですがノアさんは違います」
「え……」
「お顔は似ていると思います。今回、初めてルストスレーム伯爵夫人にお目にかかりましたが、お顔立ちは凄く似てると思いました」
「やっぱりそうだよね……」
「ですが! 今は全然似てると思わないです!」
「え?! どうして?!」
「だって、ノアさんの醸し出してる雰囲気とか、表情とか、もう全然違うんですよ。性格って顔に出るって言うじゃないですか。ルストスレーム伯爵夫人は、なんと言うか、意地の悪さが滲み出てると言うか、いやらしさが出てると言うか。私がこんな事を言うのは何なんですが、全く綺麗だと思えなかったんですよね」
「そうなの?」
「はい。ですが、ノアさんは変わらず美しくて可愛らしくて、一緒にいると楽しくて、ずっとお側に仕えさせて頂きたいと思っているんですよ?」
「メリエルさん……」
「それは公爵様も同じじゃないかな? って思うんです。いえ、きっとそうなんですよ」
「でも……」
「やっとお互いが認め合えたんじゃないですか。これからノアさんは幸せにならなくちゃいけないんです。私はそれを側で見守りたいです」
またシオンの目から涙がポロポロ流れ落ちる。顔を両手で覆って泣くシオンを、メリエルは優しくふわりと抱き包んだ。
「公爵様に会ってください。きっと、凄く喜ぶ筈です。公爵様の幸せは、ノアさんが傍で笑っている事なんですよ。そしてノアさんもそうなんですよね?」
「うん、うん……ありがとう……メリエルさん……」
二人の様子を見ていたジョエルは、メリエルの優しさに胸を打たれて涙が出そうになっていたが、性に合わないからとそれを何とか食い止めていた。
そしてメリエルとチラリと目が合った時、メリエルがにこりと笑って頷いたのを見て、ジョエルは深々と頭を下げたのだった。
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

はじまりは初恋の終わりから~
秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。
心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。
生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」
「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」
三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!
アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」
ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。
理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。
すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。
「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」
ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。
その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。
最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。
2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。
3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。
幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。
4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが…
魔王の供物として生贄にされて命を落とした。
5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。
炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。
そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り…
「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」
そう言って、ノワールは城から出て行った。
5度による浮いた話もなく死んでしまった人生…
6度目には絶対に幸せになってみせる!
そう誓って、家に帰ったのだが…?
一応恋愛として話を完結する予定ですが…
作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。
今回はHOTランキングは最高9位でした。
皆様、有り難う御座います!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる