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74話 フィグネリアの横行
しおりを挟む目の前には、幾ばくか歳を取ったと思われるフィグネリアが両手を組んでシオンを見ていた。
「へぇー。アンタもそうやって着飾れば、ちょっとは見られるようになるのねぇ。まぁ、わたくしの娘だから? 容姿はそれなりに良い筈だものねぇ。似てると言われるくらいだし」
「あ、あの……」
「で、アンタねぇ。ちょっとは気を利かせたらどうなのよ! 自分の母親が困ってるんだから、旦那に泣き付くなりして援助させなさいよ!」
「あ、す、すみま、せん……」
「お前がここでこうやってる間、わたくしがどんなに辛い思いをしてるのか分かる?! 好きな物一つ買えないし、男呼べないし! 最近じゃ食事も質素な物になってきてんのよ! ねぇ! お前の役目はここから金を引っ張ってくる事でしょ! なに優雅に茶なんてしてんのよ!!」
「やめてください! 伯爵夫人!」
「なに邪魔してくれんのよ、この侍女如きが!」
シオンの前に出て守ろうとしたメリエルだったが、フィグネリアに持っていた扇子で殴打されてしまった。
普通の扇子ではない。鉄製で作られた扇子であり、気の短いフィグネリアが使用人達に罰を与えるのにもよく使われている物だった。
それで頬を思いっきり打たれたメリエルは、横に殴り飛ばされてしまった。
「メリエルさん!」
「うっとおしいわね! 侍女の教育一つまともにできないの?!」
駆け寄ってメリエルを抱き起こすが、メリエルは倒れた際に頭を打ったようで、気を失っていた。
「ったく、どいつもこいつも! いい?! シオン! お前からちゃんと旦那に言っておくのよ! 身体を使って男を懐柔するのは女の特権なの! お前のその貧相な身体じゃなびかないかも知れないけど、どんな技を使ってでも虜にしなさい! わたくしの娘ならそれくらい出来るでしょうからね!」
「何をしてるんですか?!」
ケーキを盆に乗せて来たジョエルが、フィグネリアを見て持っていた物もかなぐり捨て、すぐにシオンの前に立ちはだかった。
「ジョエル……またお前がそうやってシオンを甘やかすのね?」
「奥様! なぜこんな所に来たんですか! 許可は取られたんですか?!」
「娘に会うのにそんなもの、必要ないでしょう? 何? ちょっと公爵家に入ったからって、偉くなったつもりなの? アンタ何様なの?」
ギリっと歯を鳴らしてチラリと目を向けると、メリエルが口から血を流し倒れているのが見えた。怯えながらもメリエルの側に居続けるシオンも痛々しく感じる。
「奥様……公爵家の侍女に手を出したって事は、公爵家のモノを破損させたって事と同じ事ですよ? これがただで済むと思っているのですか?」
「な、なに? なんなの? わたくしを脅しているの?」
「当然の事を申し上げたまでです。もうお嬢様も私も、奥様のモノでは無いんです。この公爵家の、リュシアン・モリエール公爵様のモノなんですよ!」
「それがなんなのよ!」
「王家に連なる、王位継承権を持つリュシアン・モリエール公爵様のモノに、傷をつけて良いと思っているんですか?!」
「し、知らないわよ、そんなの! フン! 言う事を言ったからもう帰るわ! シオン、分かったわね! わたくしの言う通りにするのよ! 良いわね!?」
捨て台詞だけして、フィグネリアは分が悪いと思ったのかサッサとその場を去って行った。
小さくなっていくフィグネリアの後ろ姿を見て、ジョエルはやっと気を抜く事ができた。だがそれどころではなかった。メリエルがシオンを守る為にフィグネリアに殴られてしまったのだから。
「メリエルさん、しっかりしてください! メリエルさん!」
「お嬢様、頭を打ったようですので、あまり動かさないようにしましょう。すぐに担架を持ってきます。医師にも来てもらいます」
「わ、分かった、ジョエルさん。お願いします」
「すぐに戻りますので!」
そうしてジョエルは医師と騎士達を呼んできた。直ちに治療が行われ、メリエルは本邸にある自室で安静にする事となった。
頭は打ったが大事はなかった。たが、頬骨にヒビが入ったようで、全治2ヶ月程となっていた。
メリエルの側で、シオンは泣きながら何度も謝っていた。シオンを見守るようにジョエルは側にいる。
そこに事情を聞いたリュシアンが慌ててやって来た。
「ノア! 大丈夫か?!」
「リュシアン、様……」
「お嬢様に怪我はありません。今回はメリエル嬢がお嬢様を庇い、怪我をしてしまったのです」
「私のいない間に……いや、今回の王城への呼び出しも、あの女が企んだ事だったんだ。国王陛下は私を呼び出して等いなかったからな。その隙を狙ったって訳か! クソっ! フィグネリアっ!」
「まだメリエル嬢が眠っています。ここで大声を出さないでください。さ、お嬢様。少し休んできてください。メリエル嬢には私がついていますので」
「でも……」
「メリエル嬢の目が覚めたら、ちゃんとお伝えに行きますので。公爵様、お願いしますね」
「あぁ。すまないな」
シオンはリュシアンに支えられるように部屋を出て行った。
シオンの部屋に戻り、ソファーに二人で座ると、リュシアンはシオンを抱き寄せた。まだシオンの瞳からは涙が出ている。
「ごめん、ノア……フィグネリアを入れてしまったのはこちらの落ち度だ」
「あの……私は、シオン、なんですか……?」
「それは……」
「みんな何処かよそよそしいと思っていたのは、私が平民だからじゃなかったんですか? 私がシオンで、でもノアって呼ばないといけないからですか?」
「よそよそしかった、のか……」
「前はよくリュシアン様もシオンって、私を呼んでいましたよね? ジョエルさんは私をお嬢様って」
「ジョエルは、それが呼びやすいからだと……」
「フィグネリアお嬢様にもシオンって呼ばれました! 娘だって! 私を何度も娘って言いました!」
「……っ!」
「ちゃんと言ってください。私は、シオン、なんですか?」
「……そうだ」
「私は、フィグネリアお嬢様の娘なんですか?」
「だが君とフィグネリアは全然違う!」
「答えてください! 私はフィグネリアお嬢様の娘なんですね?!」
「そう、だ……」
シオンから涙がまたボロボロと零れ落ちる。記憶はない。だけど、きっとノアだった自分はあの時に死んでしまっていて、それから自分はフィグネリアの娘として生まれてきてしまったのだと、シオンは悟ったのだ。
そうして行き着く、もうひとつの答え。
「貴方は、……リュシアン様は……リアム、なんですか……?」
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