叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
72 / 86

72話 モリエール邸へ

しおりを挟む

 リュシアンはシオンの眠るベッドの横に椅子を起き、そこでシオンを見守っていた。

 ずっと眺めていても退屈しないし飽きない。この美しい顔をいつまでも見ていられると、シオンの髪を撫でながら何時間もそこに居続けた。

 突然、シオンは何やら苦しそうで悲しそうな顔をして、何かを言いたげに口を動かしだした。

 
「リア、ム……やだ、よ……いかな、い、で……」

「ノア?」

「やだ、やだ、リアム……待って、置いて、いかないで……っ!」


 シオンが手を伸ばす。その手はリアムを求めていた。


「ノア! 大丈夫か?!」

「え……?」


 伸ばした手を取ったのはリュシアンだった。大きく温かな手は、しっかりとシオンの手を握っている。

 
「あ……リュシアン、様……」

「悪い夢でも見たのか?」

「凄く……凄く怖い夢をみたの……」

「もう大丈夫だ。大丈夫だから」


 またポロポロと涙を零すシオンを抱き締める。さっきまで感じていた絶望が、何故かリュシアンに抱き締められると和らいでいく。リアムがいないという事実に耐えられる訳などシオンにはないのに、何故リュシアンにそうされると心地よく感じてしまうのか。

 慰めてくれるリュシアンの言葉は暖かくて、シオンは自然と身を委ねてしまうのだ。


「ノア、帰ろう。私達の家に帰ろう」

「帰る……?」

「あぁ。ジョエルも待ってる。庭も随分整えられたようだから、きっとジョエルは自慢しに来るぞ? できたら本邸にいて欲しいが、別邸が良ければそこにいても良い。あぁ、でもやっぱり私の傍にいて欲しいな。本邸の君の部屋を変えよう。私の部屋の隣にして、夜は一緒に眠ろう」

「一緒に……」

「帰ったら新しく雇ったパティシエに、君の好きそうなお菓子をたくさん作らせる。香りのいいお茶も仕入れてあるんだ。天気の良い日は庭園でティータイムもいいな。あ、別邸の庭だけじゃなく、庭園も好きなふうにしてくれても良いんだ。季節に応じた色とりどりの花をたくさん仕入れよう。庭だけじゃなく部屋の内装も好きに変えて貰って良い。家具もカーテンも壁紙も、何でも好きにしてくれて構わない」

「でも……」

「君が動きやすいようにスロープを造らせる。私が君を抱き上げるから階段の昇り降りは問題ないとは思うが、少しの段差も負担に感じて欲しくはないからな。もちろん使用人達にも全てに関して徹底させる。負担なく過ごしやすようにする。だから……」

「だから……?」

「だから、頼む。これからもずっと私と共にあってくれないか? 一人にしない。必ず傍にいる。いや、私がそうしたいんだ。ずっと傍にいて欲しい」
 
「リュシアン様……」

「君が……愛おしくて愛おしくて仕方がないんだ」

「私を、どうして……?」

「どうしてとか、そんな事は私も分からない。ただ君の全てが愛おしく感じて仕方がない」

 
 リュシアンはギュッとシオンを抱き締めた。

 本当はシオンも何処かで分かっていたのかも知れない。幾年も経ったように老けていたルーベンス。身体は幼い頃とは違って成長していて、自分とは思えない程の白い肌をしている。この場所に来た経緯も何も思い出せない。 何年も経っている筈なのに、それを一切覚えていない事が普通である筈はない。

 あの夢は本当にあった事かも知れない。それ程にリアルな夢だった。なら本当にリアムはもう……

 ではリアムがいない間、自分はどうやって生きてきたのか。あの夢では自分も生きている事さえ不思議な状態だった。
 もしかしたらあの時、自分は死んでしまったのではないだろうか……

 そう考えると恐ろしくなった。怖くて怖くて、思わずリュシアンを同じようにギュッと抱き締めてしまう。だがその腕が震えている事をリュシアンは気付いている。

 
「ノア、怖がらないで欲しい。私は君に危害は加えない。嫌がる事もしない。約束する」

「本当に……?」

「あぁ、本当だ。誓うよ」


 今はリュシアンの言葉を信じるしかなく、シオンはしがみつくように抱き締める腕に力を込めた。
 そうしてしばらくの間、二人は慰め合うように抱き合っていたのだった。

 翌日、シオン達は大神殿を出る用意をする。

 とは言え、その用意は全てメリエルが済ませていて、あとは大司教ルーベンスに挨拶するのみとなっていた。

 
「司祭様、今までありがとうございました。また時々会いに来ても良いですか?」

「もちろんですよ、ノア。貴女の幸せを心からお祈りしております」

「司祭様……!」


 シオンはまたルーベンスに抱きついた。シオンにとってルーベンスは父親みたいなもので、誰よりも安心し心を許せる大人だったのだ。

 優しく微笑むルーベンスや他の司祭達に見送られながら、シオン達は大神殿を後にした。

 シオンが困惑するかも知れないから転移陣は使わない事にして、馬車でモリエール邸まで向かう事にした。
 馬車の中で、リュシアンとシオンはピタリと寄り添い、だけど何も話す事はなく、ただシオンの不安と悲しみを拭うようにリュシアンはシオンを抱き寄せていた。
 シオンもリュシアンの肩に頭を寄せ、身を委ねていた。

 馬車を走らせ続け、モリエール邸に着いたのは昼頃だった。


「お嬢様! おかえりなさいませ!」


 元気よく出迎えたのはジョエルだった。馬車から降りようとするシオンに手を差し伸べていたリュシアンを無視し、サッとシオンの手を取った。


「ジョエルっ! お前っ!」

「お嬢様のエスコートは今まで私がしてきたんです。そう簡単にはその役目を渡せませんよ?」


 そう言うと、ジョエルはフワリとシオンを抱き上げた。その手際良さにシオンも関心しつつ、何だか懐かしい感じがした。


「お嬢様、もうすぐ昼食のお時間です。今日は暖かいですし、別邸のお部屋のベランダで昼食を摂りませんか?」

「えっと……」

「お庭もね、とても綺麗になったんです。それを眺めながらの食事は、きっといつもより美味しく感じると思いますよ」

「あ、の……リュシアン様、それでも良いですか?」

「君がそうしたいなら」

「公爵様の事なんて考えなくてもいいんですよ」

「おい!」

「怒らないでください、公爵様。お嬢様が怖がりますから」

「あ、いや、違うんだノア! これは怒っている訳じゃない!」

「さ、公爵様の事は気にしないで、行きましょう、お嬢様」

「あ、う、うん」


 シオンを抱き上げたまま別邸まで颯爽と歩き続けるジョエルの後を追うように着いていくリュシアンとメリエル。

 そのジョエルの勝手な行動が、リュシアンは何だかいつもらしいジョエルの態度でホッとするのだった。




 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...