叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
71 / 86

71話 伸ばした手

しおりを挟む

 フランクがリュシアンにカルテを見せながら、これまでの経緯と治療結果を話して聞かせている。


「副作用と考えられていた記憶の混濁も、もしかしたら薬が原因ではないかも知れません。これはまた臨床実験で確認しましょう。今後の経過はご自宅で見て頂いても問題ないかと」

「そうか。分かった」


 そんなやり取りを見ながら、メリエルは嬉しそうにシオンに言う。


「ノアさん! もう病気が治ったんですって! 良かったてすね!」 

「え? って事は、帰れるの?」

「はい! ノアさん! もうここにいなくても良いんですよ! 帰れるんです!」

「やった! リアムに会える!」

「えっ!?」

「きっとずっと心配してたんだと思うの! だから早く帰らないといけないの!」

「ですがそれは……」

「ここからカタラーニ家までは遠いのかな? なんでか私、今魔法が使えないから……」


 実はシオンはリアムに会いたい思いから、何度か魔法でカタラーニ家に帰ろうと瞬間移動を試みていた。
 しかし、魔法が発動する前に一瞬自身の身体が淡く光るだけで、すぐに魔力切れのような感じになって動けなくなってしまったのだ。

 
「ノア……君の帰る場所はカタラーニ家ではないんだ」

「え? どうしてですか? 私はフィグネリアお嬢様の奴隷です。だから病気が治ったら帰らないといけないんです」

「もう君はフィグネリアの奴隷じゃないんだよ」

「で、でも! リアムがいるんです! あそこにはリアムがいるんです! だから帰らないといけないんです!」

「リアムは……」

「私がフィグネリアお嬢様の奴隷じゃないって事は、リュシアン様が私を買ってくださったのですか? フィグネリアお嬢様から私を……」

「ノアは物じゃないんだ! 買うなんて、そんな事はしない!」

「ならどうして?! だったら、リアムも助けて貰えませんか?! 何でもします! いっぱい働きます! どんな仕事でもします! 私で出来る事なら何でもします! だから……!」

「リアムはもういない!」

「……え……?」

「ノア、落ち着いて聞いて欲しい。リアムはもういないんだ」

「え? 何を言ってるんですか? リアムがいないとか、そんな訳ありませんよ?」

「彼はもう、この世には、存在しない」

「ウソです。そんなの、絶対にウソです……」

「ノア、君には酷な事かも知れないが、リアムは……」

「嫌です! 嫌です! そんなの、絶対にウソなんです!」

「ノア!」

「いやぁーー!!」

 涙をボロボロ零しながら、シオンは駄々をこねる子供のように、両手で耳を塞ぎながら首を横に何度も振り、リュシアンの言葉を聞き入れようとしなかった。
 
 リュシアンはシオンを抱き締めた。それに抵抗するように、シオンはリュシアンの胸を何度も何度も強く叩く。だが、リュシアンはシオンを離してやらなかった。 

 側で見ていたフランクもメリエルも、どうすれば良いか分からずにただじっとその場にいたのだが、リュシアンが目配せをすると、二人はそれに気付いてそっと部屋から出て行った。

 
「リアムのところに行くの! きっとカタラーニ家にいるから、私を待ってくれているから、だから帰るの!」

「ごめん、ノア、ごめん……」

「リアムは強いの! いつも私を守ってくれたの! だから大丈夫なの!」

「ノア、私がついている。ずっと君の傍にいる。今度こそ君を守る。約束する。だから……」

「リアム……リ、ア……!」

「ノア?! ちゃんと呼吸しろ! ノア!」


 シオンは過呼吸を起こしていた。ハァハァと、呼吸が乱れ、苦しそうにしている。パニックを起こしているのだ。

 思わずリュシアンはシオンに口付けた。乱れた呼吸を整えるよう、シオンをしっかり抱き締めて深く深く口付けた。

 頭をおさえ、肩を強く抱き、自分から離れないようにして唇を重ね続ける。しばらくそうしていると少し落ち着いたのか、シオンの呼吸の乱れは少しずつ無くなっていったようだった。ゆっくり唇を離すと、シオンはまだ涙に濡れていて、リュシアンを悲しんだ目で見つめてはまた胸を何度も強く叩いた。

 それでもリュシアンはシオンを離さなかった。シオンの抵抗は可愛いもので、リュシアンの力には敵う筈もなかった。
 だが、心は痛かった。シオンを泣かせてしまった事、リアムがいないと言う現実を突き付け、絶望を味わわせた事に、またシオンに申し訳ない気持ちが胸を抉っているのだ。

 そして同時に、こんなに自分を想ってくれているシオンが更に愛おしく思えて、昂ぶる気持ちは留まる事を知らないように感じ胸を熱くさせた。

 シオンを抱き上げ、ソファーに座る。膝上にまだ落ち着かないシオンを乗せ、胸に抱き寄せる。


「ノア、聞いて欲しい。私がリアムの代わりになる。君の支えになる。君を守る。ずっと傍にいる。絶対に離さない。君を幸せにする。必ずそうする」

「リアムの代わりなんて……」
  
「なれなくても、君を一人にはしない。誰よりも傍にいて君を守り続ける」

「リュシアン様……」


 何度もそうやって言い聞かせていくと、少しずつシオンは落ち着いていった。だが、悲しみがなくなった訳ではない。現実を受け入れるには時間が必要で、シオンの気持ちは塞ぎ込んだままだった。

 リュシアンの腕の中で、いつしかシオンは気を失うように眠ってしまっていた。昨夜あれから一睡もできなかったのもあって、そうなってしまったのだろう。

 慰めるように、赤子をあやすようにシオンの体を優しく撫でて、涙で濡れた頬をそっと拭う。シオンの額に頬を寄せ、その体温を感じる。

 しばらくそうしていて、この体制では身体がキツイだろうと、シオンを抱き上げてベッドへ向かった。そっと寝かせて布団を掛け、髪を整えてから額に口付けを落とす。

 そうしてからリュシアンは部屋を出て、外で心配していたメリエルとフランクにシオンが眠った事を告げ、ひとまず安心させた。その後フランクは帰り、メリエルは荷物の整理をし始めた。
 
 眠りに落ちたシオンは、夢を見ていた。

 それはカタラーニ男爵家での日々の夢……

 いつもお腹を空かせた状態の二人は、フィグネリアに甚振られながらも賢明に生きていた。

 そうしてある日、フィグネリアに転移陣で何処か分からない街へ飛ばされて行く。
 必死で手を伸ばしてノアを連れ戻そうとするリアムの顔が目に焼き付いたまま、その手は届かずにとある街へ一人でやって来て……

 そこで悲惨な状況を見ながら魔力を全て開放し、人々を救った後、僅かに残った魔力で教会まで行って……

 その教会でリアムと会えた。

 いつも眠る時にするように、二人で手を握り合って、来世の事を話し合った。
 
 リアムはその時傷だらけで既に息も絶え絶えで、最後の力を振り絞ってシオンに何とか伝えようとしてくれていた。

 そしてリアムの吐息は無くなった。

 リアムの握っていた手から力が無くなった。

 リアムはその時、もう……

 そして自分もその場で全身の痛みに襲われながら、リアムの傍でリアムの顔を見つめながら……

 思わず手を伸ばす。

 私を置いていかないで……ずっと傍にいて……

 リアム……お願いだから何処にも行かないで……

 声にならずに追い縋るように必死なって手を伸ばす。


「ノア、大丈夫か?!」


 だけどその手を取ったのは、リアムではなくリュシアンだった。
 
 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...