67 / 86
67話 真実
しおりを挟む食事を終えて食後のお茶も済んだ頃、大司教ルーベンスがシオンのいる部屋を訪れた。
「信者が果物を持ってきてくれましてね。良かったらどうですか?」
「……司祭様……?」
覚えている頃より老けたように見えたが、シオンにはすぐにルーベンスが教会にいた時の司祭だと気付いた。
果物を受け取るメリエルを気にもせず、シオンは駆け寄ってルーベンスに抱きついた。それには流石にルーベンスが驚き戸惑った。
「司祭様! 司祭様! 会いたかったです!」
「これは、どうされましたか、公爵夫人」
「ノアです! 私はノアです!」
「なんと……!」
驚きながら、困った顔をしたリュシアンを見たルーベンスだが、リュシアンは黙って頷くのみだった。何故シオンがこうしているのかは分からなかったが、ルーベンスは微笑み、助けを求めるようにして抱きついてきたシオンを自分から優しく離す。
「ノア、でしたか。大きくなりましたね。私も会いたかったですよ」
「はい! また会えて嬉しいです!」
「ふふ……そうですね。私も嬉しいですよ」
「あの、他の子達は元気ですか? 仲良くやれていましたか?」
「はい。みんな元気で大きくなりましたよ」
「良かったぁ!」
嬉しそうに笑うシオンを、ただ見つめるしか出来ないリュシアンとメリエル。
それを見て、ルーベンスはふぅと息を吐く。
「ノア。ここでゆっくり過ごして、早く体を治しなさい。ここにいる人達は、みんな貴女の事を大切に思ってくれる方ばかりですよ。怖がる必要はありません」
「そうなんですか? みんな怖くない人達?」
「ええ。勿論ですよ」
ルーベンスにそう言われたシオンは明らかにホッとした表情をした。優しく微笑んでルーベンスは、
「また来ますからね」
と言って部屋を後にする。
入れ替わるようにして呼び出されたフランクが部屋へとやって来た。初めはビクッとなったシオンだが、ルーベンスの言葉を思い出して怖さを払拭したようだった。
リュシアンにシオンの体にある傷痕を調べるよう言われたフランクは、連れてきた女性医師にその役目を頼んだ。これはリュシアンが、医師であったとしても、シオンの身体を自分以外の異性が全て見てしまう事に抵抗を感じたからだった。
要するに嫉妬だ。
まだ自分も全ては見ていないのに、なぜ医師だと言うだけで全てを見せなくてはならないのかと考えつつ、その思考に至った自分が恥ずかしくて情けなくて、一人顔を赤くして部屋の前で待ち続けるリュシアンであった。
しばらくして女性医師が部屋から出てきた。シオン用のカルテには体の表面と背面が描かれてあって、そこに傷痕らしきものを足して説明書きもされてある。女性医師はそれをフランクに手渡した。
深刻そうにカルテを見て、傷痕に添えられた説明書きを読んでは大きくため息を吐きながら、今度はそれをリュシアンに手渡した。
「特に左脚の切り傷の痕が酷いですね。これじゃあ上手く歩けないのも仕方がありません。背中の傷痕も処置がキチンとされていなかったので、屈む時に引き攣れが生じたるのでしょう。右腕が麻痺しているのも、深めに切られたからでしょうね。本当はすぐに神経の縫合をすれば良かったのでしょうがそれが出来ておらず、麻痺が残っているのです。それと……」
女性医師の説明に、リュシアンの顔は段々と青醒めていく。こんなに身体中に酷い怪我を負っているとは想像もしていなかった。奇病と言っていたが、それはどんな病気なのか。
しかし何かが引っ掛かる。図面にある傷痕を見て、リュシアンはひとしきり考える。
不意に何故かジョエルの言葉が思い出された。
『貴方には! 迂闊な行動をしないで頂きたい!』
『貴方が誰に守られているのか何も分からないくせにっ!』
誰に守られているのか、とはどういう事だったのか。ジョエルは何が言いたかったのか。
そうして最後の時、ノアとリアムが教会で手を握り合いながら今度生まれ変わったらと話をした時の事を思い出す。
あの時ノアは何て言ってた? あの時ノアは……
『リアムはいつも怪我をしていたから、その傷を失くしてあげたい。私が代われたらそうしたい』
そう言っていた。それを今、やっとリュシアンは思い出したのだ。
改めて見ると図面に描かれた傷痕は、全て今までに自分が負ってきた傷痕ばかりだったのだ。
狩猟大会でメリエルを庇った時も、アウルベアのつけた傷痕と火傷は自分ではなくシオンの左肩に……
リュシアンから血の気が引いていく。これまでは自分がノアを助ける為に強靭な肉体を与えられたと思っていた。病気もせず怪我を負っても忽ちに治るこの体は、大切な人を守る為に与えられたものだと……
今になって、ようやくジョエルの言っていた事が理解できるなんて、自分はなんて愚かだったのだろうかと思い知る。これまでの自分が負ってきた傷を一つ一つ思い出すと、リュシアンの体はガタガタと震えだした。
自分は傷付かないからと、部下を下がらせ一人で魔物に挑んだのは一度や二度ではない。
傷付くのも恐れずに、自分の体を盾にして仲間を助けた事もある。それが全てシオンの体に刻まれていっていたなんて……!
その場に崩れ落ちるようにしてガタリと膝を折ったリュシアンの様子が只事ではないと、その場にいた医師達はすぐに気づく。
「どうされましたか?! 公爵様!」
「いや……何でも、ない……」
「お顔が真っ青です!」
「……大丈夫だ……問題、ない……」
心配する医師達をよそにフラリとリュシアンは立ち上がり、シオンのいる部屋へと入っていった。
ベッド横にシオンが腰掛けていて、メリエルがシオンに靴を履かせているところだった。
メリエルはリュシアンを見て驚く。絶望したような、悲観したような、今までにリュシアンからは見られなかったただならぬ様子でそこにいたからだ。
「あ、公爵様。ありがとうございます。ちゃんと医師様に診て頂けるなんて事を、こんな私なんかにしてくださるなんて……」
「シオン……すまない……」
「え?」
リュシアンの言いようのない雰囲気に思わずメリエルは立ち上がり、ゴクリと息を呑む。
フラフラとシオンの前まで来て、リュシアンは跪き頭を下げる。
「私が悪かった……すまないシオン……」
「え? どうしたんですか? 公爵様? なんで謝るんですか?」
「君の怪我は全て、私のせいなんだ……それを知らずに私は……」
「そうなんですか? 公爵様が私を叩いたのですか?」
「そうじゃない。そうじゃないが……」
「じゃあ、誰かに命令して、私を殴らせたのですか?」
「そんな事はしない。だが……」
「なら公爵様のせいじゃないです。だから謝らなくてもいいですよ」
「違う……違うんだ、シオン……」
頭を下げたリュシアンは泣いているようだった。シオンは何も言えず、ただ自分の膝横に項垂れているリュシアンの頭をそっと撫でた。
それにピクリとするリュシアンだったが、その優しさがまたリュシアンの心を痛めつけるように感じる。
「私なら大丈夫ですよ」
優しい言葉に見上げると、シオンはリュシアンを見てふわりとした感じで柔らかく微笑んでいた。
思わずシオンの腰に抱きついてしまう。太腿に顔をうずめ、何度も何度も
「ごめん……ごめんな、シオン……」
と謝り続ける。
「私はシオンじゃないですよ」
そう言いながらもそれ以上否定をせずに、リュシアンの頭を優しく撫で続けるシオンだった。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の代行、はじめました。
みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」
ホント突然だよ!
いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。
両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。
「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」
「そういうのは間に合っていますので」
現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。
一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから!
そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます?
やります、やらせてください!
果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!?
いえ、王妃様の方が怖いです。
聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる