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65話 根底にあるもの
しおりを挟むやっとだ。やっと目覚めてくれた。
リュシアンの胸は嬉しさでいっぱいだった。
しかし安心ばかりはしていられない。何かの副作用が起こっているのかも知れない。だから気を引き締めないと。
そうは思っても、やはりリュシアンの心は踊る。早く、一刻も早くシオンに会いたい。
そんな思いから、廊下もドカドカと大きな音を立てて走り、シオンがいる部屋まで向かっていく。
部屋の扉が見えた時、突然中からシオンの叫ぶような声が聞こえてきた。
何があったのかと、リュシアンはすぐに扉に手を掛け、勢いよく開け放ち中へと踏み込む。
ベッドにシオンの姿はなかった。
だがそのすぐ側で、シオンが地べたにうずくまって頭を下げているのが見えた。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! お許しください! お願いします!」
「シオン、どうした?!」
すぐに駆け寄り、土下座のような格好をしているシオンを抱き起こそうとするが、シオンはビクリと体を震わせながらも、その体制を崩そうとしなかった。
「申し訳ありません、フィグネリアお嬢様! 体罰は私が受けますから、お願いです! リアムはもう殴らないでください! お願いします!」
「シオン……?」
何に謝っているのかと見ると、シオンが頭を下げている先には大きな鏡があった。
「もしかして……自分の姿を、フィグネリアだと思った、のか……?」
「魔力も全てお渡しします! 体罰にも耐えます! だからどうか、リアムだけは…っ! リアムだけは助けてください! お願いしますフィグネリアお嬢様!」
「シオンっ!」
リュシアンはシオンの背中から抱き締めた。自分はどうなっても良いと言いながらも、シオンの体は震えていた。怖くて仕方がないのだ。
「もう大丈夫だ、シオン! ここにフィグネリアはいない! もう誰もシオンを傷つけない!」
「お願いします、お願いします……リアムにはもう……」
「リアムは無事だ!」
「え……?」
「リアムはもう体罰を受けない。無事なんだ」
「本当、に……?」
リュシアンがリアムの名前を出すと、やっとシオンは頭を上げた。そしてゆっくりリュシアンを見る。
シオンの体はまだ震えていて、涙がいくつもポロポロと頬をつたっていた。
リュシアンはシオンを胸に抱き寄せる。
幼い子供をあやすように、背中を頭を、何度も何度も優しく撫でて、シオンが落ち着くまで優しく慰め続けた。
いつしかリュシアンの瞳からも涙が流れていた。こんなに自分を想ってくれていた。自分の事よりも、リアムの無事を願ってくれていた。その気持ちが嬉しくて、だけど同時に切なくて、愛おしくて愛おしくてどうしようもない感情が胸に溢れてくる。
グッタリと力をなくしたようにリュシアンに体を預けるシオンを見ると、また眠りについたようだった。
リュシアンと共に駆け付けたメリエルも、今の状態のシオンを驚きの目で見つめている。
「あの、奥様は、どうされたんでしょうか……?」
「記憶が混乱しているかも知れない。すまないが、あの鏡を隠してくれないか。シオンには、フィグネリアが恐怖の対象でしかないのだ」
「はい、すぐに!」
メリエルが大鏡に布を掛け、何も映らないようにした。これでシオンは安心できるだろうか。
いや、なぜ自分の姿をフィグネリアだと見間違ってしまったのか。まだシオンの心はどうなっているのか分からないままだ。
ベッドにシオンを横たわらせ、布団を掛ける。目にはまだ涙があって、リュシアンはそれを優しく拭う。
今もまだシオンはフィグネリアに囚われたままなのか。どうしたらその恐怖を取り除いてやれるのか。何度大丈夫だと言葉で伝えても、根付いた恐怖心は簡単には拭えない。リュシアンはそれが歯痒く感じて仕方がなかった。
しばらく様子を伺っていると、シオンはゆっくりと目を覚ました。辺りを見渡し、手を握っているリュシアンを見る。
「シオン、良かった。体調はどうだ? 辛い所はないか? 痛い所はないか?」
「あ、の……」
「どうした? 喉が渇いたのか? それとも何か食事を持って来させようか」
「えっと、ここは何処ですか……?」
「そうか、そうだな。すまない。ここは大神殿にある部屋を借りてるんだ。シオンから疫病がなくなったと分かれば、すぐにでも帰れるからな」
「あの、あのぉ……!」
「なんだ? どうしたんだ? シオン?」
「貴方は誰ですか……?」
「え……?」
「それと、私はシオンっていう名前じゃありません。ノアって言います」
「な、に……?」
「リアムは……あ、茶色の髪をした男の子なんですけど、その子は見かけませんでしたか? 何処にいるか知りませんか?」
「俺が誰か……分からない、の……か……?」
「どこかで会った事がありましたか? 覚えてなくて申し訳ありません……」
「嘘だろ……」
「えっと……どうして私はここにいるんでしょう? リアムはお邸かな……じゃあ帰らないと……リアムが待ってるから帰らないと……」
「シオン、何処に帰ると言うんだ? 君の帰る場所は……」
「カタラーニ男爵家のお邸に帰らなくちゃいけないんです。ここから遠いんでしょうか? 早く帰らなくちゃ怒られちゃう……」
「シオン、そこにはもう帰らなくて良いんだ。君の帰る場所はモリエール家の邸だ。そこが俺達の家なんだ」
「違いますよ? 私はノアです。シオンと言う人じゃないです。どうしてここにいるか分からないんですけど、あの、すみません、もう帰りますから……」
そう言うとシオンはベッドから降りて、ヨタヨタと部屋から出ていこうとする。
「ダメだ! 出ていくな! 君の帰る場所はカタラーニ家ではない!」
思わずリュシアンは声を荒らげ、シオンの手首を掴む。その瞬間、シオンは恐怖に顔を歪めた。
「す、すみません! すみません! 申し訳ありません!」
リュシアンに謝りながら、シオンは自分を庇うように縮こまる。そして怯えて震えだした。それを見てリュシアンは思わず手を離す。
シオンはうずくまり、身を縮めて頭に手を乗せ、震えながら自分自身を守っているようだった。
その姿をただ呆然と見つめる事しか、その時のリュシアンには出来ないのであった。
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