叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
65 / 86

65話 根底にあるもの

しおりを挟む

 やっとだ。やっと目覚めてくれた。

 リュシアンの胸は嬉しさでいっぱいだった。

 しかし安心ばかりはしていられない。何かの副作用が起こっているのかも知れない。だから気を引き締めないと。

 そうは思っても、やはりリュシアンの心は踊る。早く、一刻も早くシオンに会いたい。
 
 そんな思いから、廊下もドカドカと大きな音を立てて走り、シオンがいる部屋まで向かっていく。

 部屋の扉が見えた時、突然中からシオンの叫ぶような声が聞こえてきた。
 何があったのかと、リュシアンはすぐに扉に手を掛け、勢いよく開け放ち中へと踏み込む。

 ベッドにシオンの姿はなかった。

 だがそのすぐ側で、シオンが地べたにうずくまって頭を下げているのが見えた。


「申し訳ありません! 申し訳ありません! お許しください! お願いします!」

「シオン、どうした?!」


 すぐに駆け寄り、土下座のような格好をしているシオンを抱き起こそうとするが、シオンはビクリと体を震わせながらも、その体制を崩そうとしなかった。


「申し訳ありません、フィグネリアお嬢様! 体罰は私が受けますから、お願いです! リアムはもう殴らないでください! お願いします!」

「シオン……?」


 何に謝っているのかと見ると、シオンが頭を下げている先には大きな鏡があった。

 
「もしかして……自分の姿を、フィグネリアだと思った、のか……?」

「魔力も全てお渡しします! 体罰にも耐えます! だからどうか、リアムだけは…っ! リアムだけは助けてください! お願いしますフィグネリアお嬢様!」

「シオンっ!」


 リュシアンはシオンの背中から抱き締めた。自分はどうなっても良いと言いながらも、シオンの体は震えていた。怖くて仕方がないのだ。


「もう大丈夫だ、シオン! ここにフィグネリアはいない! もう誰もシオンを傷つけない!」

「お願いします、お願いします……リアムにはもう……」

「リアムは無事だ!」

「え……?」

「リアムはもう体罰を受けない。無事なんだ」

「本当、に……?」


 リュシアンがリアムの名前を出すと、やっとシオンは頭を上げた。そしてゆっくりリュシアンを見る。
 シオンの体はまだ震えていて、涙がいくつもポロポロと頬をつたっていた。

 リュシアンはシオンを胸に抱き寄せる。

 幼い子供をあやすように、背中を頭を、何度も何度も優しく撫でて、シオンが落ち着くまで優しく慰め続けた。

 いつしかリュシアンの瞳からも涙が流れていた。こんなに自分を想ってくれていた。自分の事よりも、リアムの無事を願ってくれていた。その気持ちが嬉しくて、だけど同時に切なくて、愛おしくて愛おしくてどうしようもない感情が胸に溢れてくる。

 グッタリと力をなくしたようにリュシアンに体を預けるシオンを見ると、また眠りについたようだった。
 リュシアンと共に駆け付けたメリエルも、今の状態のシオンを驚きの目で見つめている。


「あの、奥様は、どうされたんでしょうか……?」
 
「記憶が混乱しているかも知れない。すまないが、あの鏡を隠してくれないか。シオンには、フィグネリアが恐怖の対象でしかないのだ」

「はい、すぐに!」


 メリエルが大鏡に布を掛け、何も映らないようにした。これでシオンは安心できるだろうか。

 いや、なぜ自分の姿をフィグネリアだと見間違ってしまったのか。まだシオンの心はどうなっているのか分からないままだ。

 ベッドにシオンを横たわらせ、布団を掛ける。目にはまだ涙があって、リュシアンはそれを優しく拭う。

 今もまだシオンはフィグネリアに囚われたままなのか。どうしたらその恐怖を取り除いてやれるのか。何度大丈夫だと言葉で伝えても、根付いた恐怖心は簡単には拭えない。リュシアンはそれが歯痒く感じて仕方がなかった。

 しばらく様子を伺っていると、シオンはゆっくりと目を覚ました。辺りを見渡し、手を握っているリュシアンを見る。


「シオン、良かった。体調はどうだ? 辛い所はないか? 痛い所はないか?」

「あ、の……」

「どうした? 喉が渇いたのか? それとも何か食事を持って来させようか」

「えっと、ここは何処ですか……?」

「そうか、そうだな。すまない。ここは大神殿にある部屋を借りてるんだ。シオンから疫病がなくなったと分かれば、すぐにでも帰れるからな」

「あの、あのぉ……!」

「なんだ? どうしたんだ? シオン?」

「貴方は誰ですか……?」

「え……?」

「それと、私はシオンっていう名前じゃありません。ノアって言います」

「な、に……?」

「リアムは……あ、茶色の髪をした男の子なんですけど、その子は見かけませんでしたか? 何処にいるか知りませんか?」

「俺が誰か……分からない、の……か……?」

「どこかで会った事がありましたか? 覚えてなくて申し訳ありません……」

「嘘だろ……」

「えっと……どうして私はここにいるんでしょう? リアムはお邸かな……じゃあ帰らないと……リアムが待ってるから帰らないと……」

「シオン、何処に帰ると言うんだ? 君の帰る場所は……」

「カタラーニ男爵家のお邸に帰らなくちゃいけないんです。ここから遠いんでしょうか? 早く帰らなくちゃ怒られちゃう……」

「シオン、そこにはもう帰らなくて良いんだ。君の帰る場所はモリエール家の邸だ。そこが俺達の家なんだ」

「違いますよ? 私はノアです。シオンと言う人じゃないです。どうしてここにいるか分からないんですけど、あの、すみません、もう帰りますから……」


 そう言うとシオンはベッドから降りて、ヨタヨタと部屋から出ていこうとする。


「ダメだ! 出ていくな! 君の帰る場所はカタラーニ家ではない!」


 思わずリュシアンは声を荒らげ、シオンの手首を掴む。その瞬間、シオンは恐怖に顔を歪めた。


「す、すみません! すみません! 申し訳ありません!」


 リュシアンに謝りながら、シオンは自分を庇うように縮こまる。そして怯えて震えだした。それを見てリュシアンは思わず手を離す。

 シオンはうずくまり、身を縮めて頭に手を乗せ、震えながら自分自身を守っているようだった。

 その姿をただ呆然と見つめる事しか、その時のリュシアンには出来ないのであった。

 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...