叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
64 / 86

64話 昏睡

しおりを挟む

 すぐにジョエルはモリエール邸に戻り、医療チームのリーダー、フランクを連れ出した。

 フランクも事前に聞いていたようで、医療セットと薬を既に用意しておりすぐに出立することが可能だった為、ジョエルは時間を置かずにまたルマの街の大神殿まで戻ってくる事ができた。

 待っていた司祭により案内された部屋は、恐らくこの大神殿で一番良い部屋なのだろうと思えた。
 
 広々とした室内に、整理整頓が行き届いた清潔な部屋。調度品等は無いが、家具やカーテンや敷物等は何処か上質さを伺える物であって、貴賓を迎え入れる為に用意された部屋なのだと言う事は説明されずとも分かる程に、質素ながらも上品さ溢れる部屋となっていた。

 窓際に置かれたベッドにシオンが寝かされていた。フランクはシオンを確認してから、すかさずリュシアンを見つめた。

 
「公爵様、もしや患者は奥様なんですか?!」

「そうだフランク。薬の用意を頼む」

「ですが……」

「分かっている。だがそれでも仕方がない。それ以外の方法が今は無い……!」


 悔しそうにするリュシアンを見て、それ以上何も言えなくなったフランクだが、二人のやり取りを見てジョエルは思わず口を挟む。


「待ってください公爵様、お薬に何か問題でもあるのでしょうか?」

「ジョエル……」

「答えてください! フランク様、どう言う事なんてすか?!」

「この薬はまだ臨床実験はされておりません」

「なんですって?!」

「あとは臨床実験を行い、副作用の有無を確認し経過を記録し、問題無ければ承認する手筈となっていた新薬だ」

「では副作用が起こるかも知れないって事なんですよね?!」

「……そうだ」

「この薬を使ってお嬢様に何かあったらどうするんですか?!」

「ではどうしろと言うんだ?! この疫病の致死率は80%以上なんだぞ?! 全身骨が砕けるような痛みに襲われ、内蔵が次々と壊死していくんだぞ?! このままではほぼ助からないんだ! 体の弱いシオンが……こんなに痩せて抵抗力も無さそうなシオンが助かるには、感染したばかりの今が一番効果的なんだ!」

「……っ!」

「お前の言いたい事は分かっている。私だって同じ気持ちだ。何かあったらと、考えなくもない……だが他に出来る事があるのか?! あるなら教えてくれ! 頼むから教えてくれ!」

「……申し訳ありません……」


 それ以上ジョエルは何も言えなかった。リュシアンの訴えは痛い程に分かってしまうから。同じように他に何か方法があるなら、ジョエルも教えて欲しいと思ってしまったから。

 
「……では公爵様。お薬の用意を致します」 

「あぁ、フランク。頼む」


 瞳を潤わせて、リュシアンはシオンを見つめる。その目は切なく、だけど愛しい人を見守るようだった。
 ジョエルはもう何も言えなかった。きっと誰よりもリュシアンはシオンを助けたいと思ってくれているだろうと知ったからだ。そしてこれからは自分ではなく、リュシアンがシオンの傍にいるだろうという事も。

 フランクが鞄から粉末状の薬を取り出し、それを容器に入れ、聖水を注いで混ぜていく。そうすると混ぜられた薬は青白く発光していった。
 
 フランクがそれを手渡そうとすると、リュシアンは大切な物を受け取るように両手のひらを差し出した。
 受け取った薬に願いを込めるようにしばらく目を閉じ、ゆっくり目を開けてからシオンを抱き起こす。しかしシオンの唇はかたく結ばれたままだった。

 
「シオン、君を助ける薬だ。何があっても、何が起こっても、私は絶対にシオンを助ける。今まで酷い事をしてきた私だが、信じて欲しいんだ」


 そう言うと、リュシアンは手に持った薬を自分の口に含ませた。
 そしてシオンの口に自身の唇を当て、口移しで少しずつ少しずつ薬を飲み込ませた。

 喉元に薬が流れ込むのを確認してから、そっとシオンを抱き締めて、それから優しくベッドに横たわらせる。

 髪を撫で、頬を撫で、唇にそっと触れてから、両手でシオンの手を握る。冷たくて細い指に心がズキリと音を鳴らす。
 
 あとはどうなるか。薬はちゃんと効いてくれるのか。副作用は出ないのか。

 祈るようにリュシアンは握った手を額につけて、シオンの目覚めを待ち続けた。

 だがシオンは一向に目を覚まさなかった。

 痛みに苦しむ様子もなく、ただ眠っているような状態が続き、リュシアンは心配で昼夜問わずシオンの傍に居続けた。

 リュシアンの書類仕事はシオンの傍で行い、ジョエルは昼間はシオンが大切に育てていた別邸の庭の世話をしに戻り、夜になると大神殿の部屋に戻ってくるという毎日を送っていた。
 世話係としてメリエルもここにいて、シオンの体を拭いたり服を着替えさせたり、流動食を食べさせたり薬を飲ませたりとしていた。

 夜はリュシアンはシオンの眠るベッドの近くに置いたソファーで眠り、いつでも目覚めたシオンに寄り添えるようにしていた。

 シオンが眠り続けて12日後の事。

 この日もリュシアンはシオンの傍で書類仕事を続けていた。そこにセヴランが訪ねて来る。


「リュシアン様、そろそろお戻りになって頂けませんか?」

「それはできない」

「ですが私では処理できない仕事も多くございます! 騎士達の管理もそうですが、王城へ赴く事もです! 国王陛下より登城せよとの書状が届きました!」

「大声を出すな。お前の声でシオンを目覚めさせたくはない。目覚めるなら、気持ちよく目覚めて欲しいのでな」

「そんなっ!」

「部屋を出て話をしよう。不快な会話は聞かせたくない。アイブラー嬢、シオンを頼む」

「承知致しました」


 リュシアンが部屋を出た後、今のうちにとメリエルはシオンの体を拭こうとした。布団を退けて、前開きの寝着のボタンを外そうとしたところで、肩が僅かにピクリと動いた。

 
「え……? 奥様?」


 シオンの顔を見ると、目を薄っすらと開けている。それは何処を見るでもなく、呆然としたような状態であった。


「奥様! お目覚めになられたのですね?!」

「え……」

「すぐに、すぐに公爵様をお呼びしますので! お待ちくださいね!」


 慌ただしくメリエルは部屋を出て行った。

 リュシアンを探すが、何処にいるのか分からない。ここは大神殿だ。勝手知ったるモリエール邸ではない。部屋を出ると他の司祭達の部屋があり、食堂があり、それを抜けると懺悔室があって礼拝堂がある。今も多くの人々が礼拝をしに女神像の元へと集っている。

 辺りを見渡し、リュシアンの姿を探すも見当たらない。もしかすると、外に話をしに行ったのかも知れないと思い、メリエルは裏手から外に出た。

 そこで言い合うリュシアンとセヴランを見つけた。


「公爵様! 奥様が! 奥様がお目覚めになられました!」

「なに?! シオンが?!」


 セヴランとの話はどこへやら、すぐにリュシアンはシオンのいる部屋へと駆け出して行ったのだった。

 

 



 
    
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」 ホント突然だよ! いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。 両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。 「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」 「そういうのは間に合っていますので」 現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。 一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから! そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます? やります、やらせてください! 果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!? いえ、王妃様の方が怖いです。 聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。 ※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

処理中です...