叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
61 / 86

61話 触れた指先

しおりを挟む
 リュシアンは別邸に着き、まずはジョエルの部屋へ向かった。

 ノックもせずに勢いよく扉を開けると、そこにいたのはジョエルだけだった。

 大きな音で扉を開けたから、それに驚いたジョエルは目を覚まし、飛び起きた。


「ここにはいないのか……?!」

「え? 公爵様? あれ、私はなぜ寝ていたんでしょうか?」

「それより、シオンは?!」

「お嬢様に何かありましたか?!」

「っ!」


 なぜか気だけがはやる。すぐにシオンに会わなければ。そうしなければといけないと、なぜだか脳が警笛を鳴らすのだ。

 隣にはシオンの部屋がある。リュシアンはすぐにそこへと向かった。

 ジョエルの部屋と同じ様に、ノックもせずに勢いよく扉を開け放つ。

 しかしすぐにリュシアンは目を細めてしまう。
 
 眩しい光が部屋中に溢れていたからだ。

 何とか目を凝らすと、光の中心には背中を向けたシオンがいた。


「シオン!」


 呼びかけるとシオンは少しだけをこちらを向いた。


「リュシアン様?」

「なんだこれは?! 何をしている?!」

「ごめんなさい、わたくしがあの街に行ってしまったから……」

「シオン? 何を言っている?」


 近づこうとするも、何かに阻まれているようで、思うように近づけない。
 眩しくて手をかざし影を作りながら、リュシアンは少しずつシオンに近づいていく。そうして気づく。これは転移陣だという事に。


「なぜこれがこんな所に……?」

「それは……」

「待てシオン、何処に行くつもりだ?」

「返してくるだけなの……だから……」

「待ってくれ!」


 何とか手を伸ばし、シオンの指先を掴んだ。

 その瞬間、リュシアンの頭の中にはノアと過ごした映像が溢れるように流れては消え、そしてまた流れては消えていく。
 
 ノアの笑顔。二人で耐えてきた日々。最後に手を握り締めて深い眠りについた瞬間さえも、鮮明にリュシアンの頭を埋め尽くしていった。
  
 そうだった。ノアとシオンの笑顔は同じだった。仕草も怖がりで泣き虫な所も、弱い癖に弱音を吐こうとしない所も、優しく穏やかな所もなにもかも……

 こうなって初めてリュシアンは全てを思い出した。今までも覚えてはいた。だが所々抜けているような事が多く、霧がかったように感じていた所もあった。
 
 たがシオンに触れた瞬間、やっと全てを思い出せたのだ。

 
「ノ、ア……」

「リアム……」

「やはり君が……ノアだったんだな……」

「うん、黙っててごめんね……あのね、もうあんまり無茶したらダメなんだよ。怪我とか、病気とかしないようにね、自分の体、大切にしなくちゃいけないんだからね」

「何を言って……」

「ごめんね、リアム……ごめん……っ!」

 
 目に涙をいっぱい浮かべて、シオンは掴まれた指先を振りほどく。

 
「ノアっ!!」


 ほどかれた手をもう一度、リュシアンは伸ばしてシオンを掴もうとするが、それは空を切った。
 さっきよりも眩しく光り、一瞬リュシアンは反射的に目を閉じた。

 だがすぐに目を開ける。

 しかしそこには誰もいなかった。

 
「嘘だろ……」 


 さっきまであった光は消えていて、静寂な空気に包まれる。

 リュシアンは消えた転移陣とシオンの痕跡を探すが為す術もなく、ただその場に呆然と立ち尽くしているしかなかった。最後に見たシオンの顔は目に涙を浮かべながらも微笑んでいた。

 
「あの時と……フィグネリアに送り込まれた時と同じじゃないかっ!」


 状況は違う。今回は自分の意志で行ったのだ。だがどこへ? なぜ?
 
 それがリュシアンには分からなかったが、さっきのシオンを思い浮かべる。
 シオンは言っていた。あの街に行ってしまったから、と。

 あの街……


「ルマの街か?!」


 あの街は今、疫病が猛威を振るおうとしている。またあの時と同じ様な事をしようとしているのか? そう考えるといてもたってもいられない。

 急ぎ部屋を出ようとしたところで、最速で着替えを済ませ駆け付けたジョエルに鉢合わせる。


「公爵様、お嬢様はどうしたんですか?! どこにいるんですか?!」

「ジョエル! 私もお前に聞きたい事がある!」

「な、なんですか!」

「シオンはノアなんだな?! そうなんだろう?! それをお前は知っていたのか?!」

「……やっと気づきましたか」

「なぜすぐ言わなかった?!」

「言えると思いますか?! あんなにお嬢様を邪険に扱い、会おうとも話そうともしなかったのは公爵様じゃないですか!」

「……っ!」

「ずっとお嬢様は貴方の事を……「リアムが幸せならそれで良い」と仰っていましたよ。自分の顔が憎い相手に似てるから見せたくないとまで言って……っ!」

「クソッ! シオン……っ!」

「後悔してますか? 自分が情けないですか? ですがそんなの今はどうでも良いです! お嬢様はどこに行ったんですか?!」

「……恐らくルマの街へ行ったのだろう。あそこは今、過去にあった疫病に侵されている。それを浄化しに行ったと考えられるが、なぜ何も言わずに一人で……っ!」

「ルマの街? もしかしてっ! あの街の大神殿に、お嬢様の魔力があったんです! エルピスの女神像に預かって貰ってたって言ってました! それが帰って来てしまったと!」

「魔力が帰って来た、だと?」

「えぇ! 元々お嬢様には魔力は殆ど無かったんです! それは女神像が預かっていたからだと……」

「シオンは……返してくるだけだと言っていた……向かったのはルマの街……! 目的は魔力を返し、疫病を撲滅させる事だ! あぁ、だが……っ!」

「どうしましたか?!」

「ダメだっ! シオンが疫病にかかってしまったらダメなんだ! 自分の身体は治癒が効かない!」

「そんな……ならどうすればいいんですか?! お嬢様はどうなるんですか?!」

「助ける! 今度こそ必ず助ける!」


 そう言うと、リュシアンは部屋から飛び出し、走り去って行った。
 
 ジョエルは何も出来なかった自分を情けなく感じていた。リュシアンにあれだけ言った癖に、自分も肝心な時に倒れていた事が不甲斐なく感じて仕方がなかったのだ。

 自分の身体は傷痕一つなく綺麗になっていて、昔いたぶられて負った古傷も無くなっていて、これが聖女の力なのかと驚いたのはついさっきリュシアンに起こされた後だった。

 
「お嬢様は……死を覚悟したと言う事なのか?!」


 居ても立っても居られなくなり、ジョエルもその場から走り出した。追っていくのはリュシアンの後。彼ならばルマの街まで最速で行けるんじゃないかと考えたからだ。

 転移陣は国の所有物であるが、管理はその土地の領主に委ねられている。容易く使う事は出来ず、申請して承認を得、適切な金額を支払って使う事が可能となっている。

 しかし緊急時に限り、許可が無くとも使用は可能となっている。それは領主の判断により決定される。

 リュシアンはモリエール公爵領の領主だ。今回はきっと転移陣を使うはず。そうジョエルは踏んだのだ。

 別邸を出ると、騎士達が慌ただしく動いていた。ジョエルはすぐに馬舎へ行く。やはりそこにはリュシアンがいて、既に馬に乗り駆け出そうとしていたところだった。


「公爵様! 私も行きます!」

「怪我人を連れてなどいけない!」

「もう大丈夫です! お嬢様のお陰で……!」

「……分かった! だが邪魔だけはしてくれるな!」

「もちろんです!」


 ジョエルも待機させていた馬に乗り込み、リュシアンと共に向かう事にする。

 二人は門を抜け、ルマの街に繋がる転移陣まで馬を走らせる。

 シオンが疫病に感染してしまう前に何としても駆けつけなければと、二人は馬に鞭を振るうのだった。

 
 

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...