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61話 触れた指先
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リュシアンは別邸に着き、まずはジョエルの部屋へ向かった。
ノックもせずに勢いよく扉を開けると、そこにいたのはジョエルだけだった。
大きな音で扉を開けたから、それに驚いたジョエルは目を覚まし、飛び起きた。
「ここにはいないのか……?!」
「え? 公爵様? あれ、私はなぜ寝ていたんでしょうか?」
「それより、シオンは?!」
「お嬢様に何かありましたか?!」
「っ!」
なぜか気だけがはやる。すぐにシオンに会わなければ。そうしなければといけないと、なぜだか脳が警笛を鳴らすのだ。
隣にはシオンの部屋がある。リュシアンはすぐにそこへと向かった。
ジョエルの部屋と同じ様に、ノックもせずに勢いよく扉を開け放つ。
しかしすぐにリュシアンは目を細めてしまう。
眩しい光が部屋中に溢れていたからだ。
何とか目を凝らすと、光の中心には背中を向けたシオンがいた。
「シオン!」
呼びかけるとシオンは少しだけをこちらを向いた。
「リュシアン様?」
「なんだこれは?! 何をしている?!」
「ごめんなさい、わたくしがあの街に行ってしまったから……」
「シオン? 何を言っている?」
近づこうとするも、何かに阻まれているようで、思うように近づけない。
眩しくて手をかざし影を作りながら、リュシアンは少しずつシオンに近づいていく。そうして気づく。これは転移陣だという事に。
「なぜこれがこんな所に……?」
「それは……」
「待てシオン、何処に行くつもりだ?」
「返してくるだけなの……だから……」
「待ってくれ!」
何とか手を伸ばし、シオンの指先を掴んだ。
その瞬間、リュシアンの頭の中にはノアと過ごした映像が溢れるように流れては消え、そしてまた流れては消えていく。
ノアの笑顔。二人で耐えてきた日々。最後に手を握り締めて深い眠りについた瞬間さえも、鮮明にリュシアンの頭を埋め尽くしていった。
そうだった。ノアとシオンの笑顔は同じだった。仕草も怖がりで泣き虫な所も、弱い癖に弱音を吐こうとしない所も、優しく穏やかな所もなにもかも……
こうなって初めてリュシアンは全てを思い出した。今までも覚えてはいた。だが所々抜けているような事が多く、霧がかったように感じていた所もあった。
たがシオンに触れた瞬間、やっと全てを思い出せたのだ。
「ノ、ア……」
「リアム……」
「やはり君が……ノアだったんだな……」
「うん、黙っててごめんね……あのね、もうあんまり無茶したらダメなんだよ。怪我とか、病気とかしないようにね、自分の体、大切にしなくちゃいけないんだからね」
「何を言って……」
「ごめんね、リアム……ごめん……っ!」
目に涙をいっぱい浮かべて、シオンは掴まれた指先を振りほどく。
「ノアっ!!」
ほどかれた手をもう一度、リュシアンは伸ばしてシオンを掴もうとするが、それは空を切った。
さっきよりも眩しく光り、一瞬リュシアンは反射的に目を閉じた。
だがすぐに目を開ける。
しかしそこには誰もいなかった。
「嘘だろ……」
さっきまであった光は消えていて、静寂な空気に包まれる。
リュシアンは消えた転移陣とシオンの痕跡を探すが為す術もなく、ただその場に呆然と立ち尽くしているしかなかった。最後に見たシオンの顔は目に涙を浮かべながらも微笑んでいた。
「あの時と……フィグネリアに送り込まれた時と同じじゃないかっ!」
状況は違う。今回は自分の意志で行ったのだ。だがどこへ? なぜ?
それがリュシアンには分からなかったが、さっきのシオンを思い浮かべる。
シオンは言っていた。あの街に行ってしまったから、と。
あの街……
「ルマの街か?!」
あの街は今、疫病が猛威を振るおうとしている。またあの時と同じ様な事をしようとしているのか? そう考えるといてもたってもいられない。
急ぎ部屋を出ようとしたところで、最速で着替えを済ませ駆け付けたジョエルに鉢合わせる。
「公爵様、お嬢様はどうしたんですか?! どこにいるんですか?!」
「ジョエル! 私もお前に聞きたい事がある!」
「な、なんですか!」
「シオンはノアなんだな?! そうなんだろう?! それをお前は知っていたのか?!」
「……やっと気づきましたか」
「なぜすぐ言わなかった?!」
「言えると思いますか?! あんなにお嬢様を邪険に扱い、会おうとも話そうともしなかったのは公爵様じゃないですか!」
「……っ!」
「ずっとお嬢様は貴方の事を……「リアムが幸せならそれで良い」と仰っていましたよ。自分の顔が憎い相手に似てるから見せたくないとまで言って……っ!」
「クソッ! シオン……っ!」
「後悔してますか? 自分が情けないですか? ですがそんなの今はどうでも良いです! お嬢様はどこに行ったんですか?!」
「……恐らくルマの街へ行ったのだろう。あそこは今、過去にあった疫病に侵されている。それを浄化しに行ったと考えられるが、なぜ何も言わずに一人で……っ!」
「ルマの街? もしかしてっ! あの街の大神殿に、お嬢様の魔力があったんです! エルピスの女神像に預かって貰ってたって言ってました! それが帰って来てしまったと!」
「魔力が帰って来た、だと?」
「えぇ! 元々お嬢様には魔力は殆ど無かったんです! それは女神像が預かっていたからだと……」
「シオンは……返してくるだけだと言っていた……向かったのはルマの街……! 目的は魔力を返し、疫病を撲滅させる事だ! あぁ、だが……っ!」
「どうしましたか?!」
「ダメだっ! シオンが疫病にかかってしまったらダメなんだ! 自分の身体は治癒が効かない!」
「そんな……ならどうすればいいんですか?! お嬢様はどうなるんですか?!」
「助ける! 今度こそ必ず助ける!」
そう言うと、リュシアンは部屋から飛び出し、走り去って行った。
ジョエルは何も出来なかった自分を情けなく感じていた。リュシアンにあれだけ言った癖に、自分も肝心な時に倒れていた事が不甲斐なく感じて仕方がなかったのだ。
自分の身体は傷痕一つなく綺麗になっていて、昔いたぶられて負った古傷も無くなっていて、これが聖女の力なのかと驚いたのはついさっきリュシアンに起こされた後だった。
「お嬢様は……死を覚悟したと言う事なのか?!」
居ても立っても居られなくなり、ジョエルもその場から走り出した。追っていくのはリュシアンの後。彼ならばルマの街まで最速で行けるんじゃないかと考えたからだ。
転移陣は国の所有物であるが、管理はその土地の領主に委ねられている。容易く使う事は出来ず、申請して承認を得、適切な金額を支払って使う事が可能となっている。
しかし緊急時に限り、許可が無くとも使用は可能となっている。それは領主の判断により決定される。
リュシアンはモリエール公爵領の領主だ。今回はきっと転移陣を使うはず。そうジョエルは踏んだのだ。
別邸を出ると、騎士達が慌ただしく動いていた。ジョエルはすぐに馬舎へ行く。やはりそこにはリュシアンがいて、既に馬に乗り駆け出そうとしていたところだった。
「公爵様! 私も行きます!」
「怪我人を連れてなどいけない!」
「もう大丈夫です! お嬢様のお陰で……!」
「……分かった! だが邪魔だけはしてくれるな!」
「もちろんです!」
ジョエルも待機させていた馬に乗り込み、リュシアンと共に向かう事にする。
二人は門を抜け、ルマの街に繋がる転移陣まで馬を走らせる。
シオンが疫病に感染してしまう前に何としても駆けつけなければと、二人は馬に鞭を振るうのだった。
ノックもせずに勢いよく扉を開けると、そこにいたのはジョエルだけだった。
大きな音で扉を開けたから、それに驚いたジョエルは目を覚まし、飛び起きた。
「ここにはいないのか……?!」
「え? 公爵様? あれ、私はなぜ寝ていたんでしょうか?」
「それより、シオンは?!」
「お嬢様に何かありましたか?!」
「っ!」
なぜか気だけがはやる。すぐにシオンに会わなければ。そうしなければといけないと、なぜだか脳が警笛を鳴らすのだ。
隣にはシオンの部屋がある。リュシアンはすぐにそこへと向かった。
ジョエルの部屋と同じ様に、ノックもせずに勢いよく扉を開け放つ。
しかしすぐにリュシアンは目を細めてしまう。
眩しい光が部屋中に溢れていたからだ。
何とか目を凝らすと、光の中心には背中を向けたシオンがいた。
「シオン!」
呼びかけるとシオンは少しだけをこちらを向いた。
「リュシアン様?」
「なんだこれは?! 何をしている?!」
「ごめんなさい、わたくしがあの街に行ってしまったから……」
「シオン? 何を言っている?」
近づこうとするも、何かに阻まれているようで、思うように近づけない。
眩しくて手をかざし影を作りながら、リュシアンは少しずつシオンに近づいていく。そうして気づく。これは転移陣だという事に。
「なぜこれがこんな所に……?」
「それは……」
「待てシオン、何処に行くつもりだ?」
「返してくるだけなの……だから……」
「待ってくれ!」
何とか手を伸ばし、シオンの指先を掴んだ。
その瞬間、リュシアンの頭の中にはノアと過ごした映像が溢れるように流れては消え、そしてまた流れては消えていく。
ノアの笑顔。二人で耐えてきた日々。最後に手を握り締めて深い眠りについた瞬間さえも、鮮明にリュシアンの頭を埋め尽くしていった。
そうだった。ノアとシオンの笑顔は同じだった。仕草も怖がりで泣き虫な所も、弱い癖に弱音を吐こうとしない所も、優しく穏やかな所もなにもかも……
こうなって初めてリュシアンは全てを思い出した。今までも覚えてはいた。だが所々抜けているような事が多く、霧がかったように感じていた所もあった。
たがシオンに触れた瞬間、やっと全てを思い出せたのだ。
「ノ、ア……」
「リアム……」
「やはり君が……ノアだったんだな……」
「うん、黙っててごめんね……あのね、もうあんまり無茶したらダメなんだよ。怪我とか、病気とかしないようにね、自分の体、大切にしなくちゃいけないんだからね」
「何を言って……」
「ごめんね、リアム……ごめん……っ!」
目に涙をいっぱい浮かべて、シオンは掴まれた指先を振りほどく。
「ノアっ!!」
ほどかれた手をもう一度、リュシアンは伸ばしてシオンを掴もうとするが、それは空を切った。
さっきよりも眩しく光り、一瞬リュシアンは反射的に目を閉じた。
だがすぐに目を開ける。
しかしそこには誰もいなかった。
「嘘だろ……」
さっきまであった光は消えていて、静寂な空気に包まれる。
リュシアンは消えた転移陣とシオンの痕跡を探すが為す術もなく、ただその場に呆然と立ち尽くしているしかなかった。最後に見たシオンの顔は目に涙を浮かべながらも微笑んでいた。
「あの時と……フィグネリアに送り込まれた時と同じじゃないかっ!」
状況は違う。今回は自分の意志で行ったのだ。だがどこへ? なぜ?
それがリュシアンには分からなかったが、さっきのシオンを思い浮かべる。
シオンは言っていた。あの街に行ってしまったから、と。
あの街……
「ルマの街か?!」
あの街は今、疫病が猛威を振るおうとしている。またあの時と同じ様な事をしようとしているのか? そう考えるといてもたってもいられない。
急ぎ部屋を出ようとしたところで、最速で着替えを済ませ駆け付けたジョエルに鉢合わせる。
「公爵様、お嬢様はどうしたんですか?! どこにいるんですか?!」
「ジョエル! 私もお前に聞きたい事がある!」
「な、なんですか!」
「シオンはノアなんだな?! そうなんだろう?! それをお前は知っていたのか?!」
「……やっと気づきましたか」
「なぜすぐ言わなかった?!」
「言えると思いますか?! あんなにお嬢様を邪険に扱い、会おうとも話そうともしなかったのは公爵様じゃないですか!」
「……っ!」
「ずっとお嬢様は貴方の事を……「リアムが幸せならそれで良い」と仰っていましたよ。自分の顔が憎い相手に似てるから見せたくないとまで言って……っ!」
「クソッ! シオン……っ!」
「後悔してますか? 自分が情けないですか? ですがそんなの今はどうでも良いです! お嬢様はどこに行ったんですか?!」
「……恐らくルマの街へ行ったのだろう。あそこは今、過去にあった疫病に侵されている。それを浄化しに行ったと考えられるが、なぜ何も言わずに一人で……っ!」
「ルマの街? もしかしてっ! あの街の大神殿に、お嬢様の魔力があったんです! エルピスの女神像に預かって貰ってたって言ってました! それが帰って来てしまったと!」
「魔力が帰って来た、だと?」
「えぇ! 元々お嬢様には魔力は殆ど無かったんです! それは女神像が預かっていたからだと……」
「シオンは……返してくるだけだと言っていた……向かったのはルマの街……! 目的は魔力を返し、疫病を撲滅させる事だ! あぁ、だが……っ!」
「どうしましたか?!」
「ダメだっ! シオンが疫病にかかってしまったらダメなんだ! 自分の身体は治癒が効かない!」
「そんな……ならどうすればいいんですか?! お嬢様はどうなるんですか?!」
「助ける! 今度こそ必ず助ける!」
そう言うと、リュシアンは部屋から飛び出し、走り去って行った。
ジョエルは何も出来なかった自分を情けなく感じていた。リュシアンにあれだけ言った癖に、自分も肝心な時に倒れていた事が不甲斐なく感じて仕方がなかったのだ。
自分の身体は傷痕一つなく綺麗になっていて、昔いたぶられて負った古傷も無くなっていて、これが聖女の力なのかと驚いたのはついさっきリュシアンに起こされた後だった。
「お嬢様は……死を覚悟したと言う事なのか?!」
居ても立っても居られなくなり、ジョエルもその場から走り出した。追っていくのはリュシアンの後。彼ならばルマの街まで最速で行けるんじゃないかと考えたからだ。
転移陣は国の所有物であるが、管理はその土地の領主に委ねられている。容易く使う事は出来ず、申請して承認を得、適切な金額を支払って使う事が可能となっている。
しかし緊急時に限り、許可が無くとも使用は可能となっている。それは領主の判断により決定される。
リュシアンはモリエール公爵領の領主だ。今回はきっと転移陣を使うはず。そうジョエルは踏んだのだ。
別邸を出ると、騎士達が慌ただしく動いていた。ジョエルはすぐに馬舎へ行く。やはりそこにはリュシアンがいて、既に馬に乗り駆け出そうとしていたところだった。
「公爵様! 私も行きます!」
「怪我人を連れてなどいけない!」
「もう大丈夫です! お嬢様のお陰で……!」
「……分かった! だが邪魔だけはしてくれるな!」
「もちろんです!」
ジョエルも待機させていた馬に乗り込み、リュシアンと共に向かう事にする。
二人は門を抜け、ルマの街に繋がる転移陣まで馬を走らせる。
シオンが疫病に感染してしまう前に何としても駆けつけなければと、二人は馬に鞭を振るうのだった。
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